酒蔵のM&Aの2023年の動向は?事例や相場、成功のポイントまで解説
2024年8月5日
このページのまとめ
- 酒蔵業界は後継者不足
- 海外人気は高いが国内需要は右肩下がり
- 後継者不足で廃業する酒蔵も多い
- M&Aや事業継承での譲渡をすることで廃業を免れられる例がある
- 酒蔵のM&Aは計画的に実施することが重要
「酒蔵を廃業せず事業を承継したいが、どうすればいいのかわからない」とお困りの方もいるのではないでしょうか?酒蔵業界は後継者不足が深刻で、悩む経営者も少なくありません。
本コラムでは、酒蔵業界におけるM&Aの動向やM&Aの流れ、費用相場や事例などについて解説していきます。酒蔵業界におけるM&Aの買い手と売り手双方のメリットやデメリット、個人で成功させるポイントについても触れていますので参考にしてください。
目次
酒蔵業界の現況
清酒(日本酒)製造業界は、日本酒の製造・販売を主な事業として展開している業界を指します。
まずは酒蔵が置かれている状況を見ていきましょう。
酒蔵では後継者不足が深刻化している
酒蔵は後継者不足の業界です。酒蔵業界の後継者不足の状況は大きく以下のパターンに分かれます。
- 後継者そのものがいない
- 後継者はいるが、後継者の育成ができていない
それぞれ解説していきます。
後継者そのものがいない
日本酒作りは体力的に厳しい仕事です。冬の厳しい寒さのなか重い米や麹を運び、数回に分けて仕込みを行う必要があります。
また、危険が伴う作業も多いです。
アルコールを発酵させる過程で二酸化炭素が発生し、タンク内の酸素濃度が薄まります。
タンクに落ちれば、呼吸困難になる可能性があるわけです。
実際にタンクの下敷きになったり、日本酒タンクに転落して死亡したりする事故もしばしば発生しています。業務がハードで危険性も高いという点も、後継者不足の要因の1つです。
後継者はいるが、後継者の育成ができていない
日本酒は酵母とよばれる微生物から作ります。生き物相手であるため、非常に繊細な作業が要求されます。マニュアル化しさえすれば、誰にでも美味しい日本酒が作れるわけではありません。
こうした背景から、後継者はいるものの、必要な技能が身についていないために、安心して酒蔵事業を託すことができないケースも多いのが実情です。
ハウツーを明確化しさえすれば後継者が育つわけではない点に、酒蔵業界特有の事情があるといえるでしょう。
酒造業界で増加する廃業や休業
酒類を製造するには、酒類製造免許を酒類の品目・製造場所ごとに取得する必要があります。
しかし清酒の製造免許は新規取得が難しく、後継者がいない場合、廃業や休業を選択する傾向にあるのです。
廃業した酒蔵一覧
近年廃業した酒蔵の具体例を紹介します。
鷹正宗株式会社(2023年民事再生)
福岡県久留米市にある、日本酒「鷹正宗」などの銘柄で高い知名度を持つ鷹正宗株式会社は、老舗酒蔵です。鷹正宗は1988年に大手飲料メーカーの傘下に入りました。
2008年には、同じく福岡県久留米市で酒類の小売・卸売を手掛ける株式会社原武商店に株式譲渡し、原武商店のグループ企業として新体制による業務を開始。しかし後に粉飾決算が発覚し、2023年6月に民事再生法の適用を申請しました。
参考:鷹正宗株式会社「民事再生手続き開始の申立てについて」
寿喜娘酒造有限会社 (2015年破産)
福井県越前市にある寿喜娘酒造有限会社は1864年(元治元年)に創業した老舗の酒蔵です。
「寿喜娘」「三田村」「酒屋千流」などのブランドを展開するほか、越前和紙を使ったオリジナルラベルを作るなど、力のある酒造として知られていました。
しかし、日本酒需要の落ち込みの影響を受けて負債が重なり、2015年に破産しました。
参考:NetIB-News「寿喜娘酒造(有)(福井)/清酒製造」
後藤酒造株式会社(2021年3月廃業)
愛媛県松山市にある後藤酒造は、1602年に創業した歴史ある酒蔵です。酒蔵の老朽化も進むなか、日本酒の需要も減り、2021年3月に廃業しました。
長年勤めていた杜氏が数年前に引退したことも廃業の大きな要因とのことです。
参考:愛媛新聞ONLINE「後藤酒造が3月いっぱいで酒造業から撤退」
廃業を回避した酒蔵
一方、廃業の危機に瀕しながらも事業承継により持ち直した酒蔵も存在します。
例えば神奈川県相模原市の久保田酒造です。
久保田酒造は爽やかですっきりとした飲み口が特徴の「相模灘」を作る酒蔵で、創業は1844年と、古い歴史があります。
久保田酒造は、杜氏の引退で一度は廃業の危機に直面したものの、オーナーの親族が継承し、現在も酒蔵事業を運営しています。
酒蔵の事業承継が難しい背景
酒蔵の事業承継が難しい背景には、酒造事業の特殊性があります。後継者不足と一言で言っても、後継者が必ずしも酒造りに必要な技能を身につけている必要はありません。また、すべての酒蔵が昔ながらの体力勝負の酒造りをしているわけではなく、機械化を進めている酒蔵も少なくありません。
後継者になり得る立場が複数ある
酒造りの事業には、立場と機能の異なる3つの「人」が存在します。「杜氏(とうじ)」は酒造りの最高責任者、「蔵元」は酒蔵のオーナー(経営者)、「蔵人」は蔵元の下で働く従業員です。
杜氏は、酒蔵で1人だけの最高責任者です。国家資格の酒造技能士(酒造技能検定1級)や杜氏組合の認定資格を持つことが多いです。
酒蔵によっては、社長が自ら杜氏を務める「蔵元杜氏」もありますが、一般的には後継者は杜氏である必要はなく、経営者として蔵元の役割を果たすことができればいいわけです。
逆に、経営者がいても、杜氏がいなくなれば、酒造りを続けることはできません。後継者を探す場合は、酒蔵の蔵元・杜氏・蔵人がどのような状況で、後継者としてどの機能を満たすことが必要なのかを明確に示さなければ適任者を得ることは難しくなります。
酒造りの近代化
酒造りでは、昔ながらの伝統的な酒造りだけでなく、近代化が進んでいます。近代化が進んでいる背景はさまざまですが、危険な長時間労働を回避することや、多様なニーズに合わせたフルーティな酒造りのために、ベテラン杜氏の勘と経験に頼ることなく、精密な温度・時間調整を行う必要があることなどが挙げられます。
新種鑑評会に出展する大吟醸だけは昔ながらの伝統手法を守りながらも、米や重量物の運搬作業を機械化したり、コンピューターを用いて温度管理を自動化したりすることで、酒造りの過酷な労働環境を改善し、時代に合わせた多様な日本酒を作っている酒蔵も少なくありません。
酒蔵の廃業を防ぐためにできること
廃業・倒産を選択する酒蔵が多いなか、廃業を防ぐためにはどのような対策が有効なのでしょうか。
M&A
M&Aで経営安定化や事業規模拡大をすれば、廃業を回避できます。酒蔵のM&Aには、企業をまるまる譲渡する「株式会社」と酒蔵事業だけを譲渡する「事業譲渡」があります。
どちらもメリット・デメリットがあるので、状況に合わせて選択することが重要です。
事業承継で親族や従業員に譲渡する
親族や従業員に事業を継承して譲渡する手段もあります。
子子孫孫、代々継承している酒蔵の場合など、M&Aを避けたいケースにも適しているでしょう。
酒蔵のM&A事例
実際に酒蔵のM&Aを行った事例をご紹介します。
【運送×酒蔵】磐栄運送と菱友醸造
売り手の菱友醸造は、長野県下諏訪町唯一の酒造メーカーで「御湖鶴(みこつる)」を製造しています。
買い手である磐栄運送は福島県いわき市を拠点とする運送会社です。
「地域で唯一の酒蔵を守りたい」という考えのもと酒蔵事業を継承しました。
菱友醸造は事業継承を機に先進設備を導入しつつ、「御湖鶴」を人気銘柄にすることを目指していたとのことです。
参考:信州・市民新聞グループ「地酒「御湖鶴」復活へ 福島県の磐栄運送が事業継承」
【飲料製造×酒蔵】友桝ホールディングスとハクレイ酒造
売り手のハクレイ酒造は、1832年に京都丹後で創業した歴史ある蔵元です。
京都府宮津市で日本酒を製造販売しています。
買い手である友桝ホールディングスは清涼飲料の製造会社で、佐賀で1902年に創業した会社です。
企業価値の向上を目的に2018年10月に株式譲渡ハクレイ酒造を買収しました。
友桝ホールディングスがハクレイ酒造を子会社化した形です。
参照元:株式会社友桝飲料「友桝ホールディングスによるハクレイ酒造株式会社の事業承継に関するお知らせ」
【インフラ×酒蔵】オリエンタルコンサルタンツと瀬戸酒造店
売り手の瀬戸酒造店は慶応元年創業の伝統的な蔵元です。
買い手のオリエンタルコンサルタンツは、道路整備・保全や交通運輸、防災、地方創生などの事業を多角的に展開しています。
2017年、株式譲渡のスキームを用いてM&Aを実施しました。瀬戸酒造店がオリエンタルコンサルタンツの子会社となった形です。
参照元:株式会社オリエンタルコンサルタンツ「開成町で、慶応元年創業の株式会社瀬戸酒造店を100%子会社化 6月27日に醸造所建替工事の地鎮祭を挙行」
酒蔵のM&Aのメリット・デメリット
続いて、酒蔵のM&Aメリット・デメリットを売り手および買い手それぞれの目線で解説します。
メリット
まずは酒蔵のM&Aのメリットを見ていきましょう。
売り手側のメリット
酒蔵のM&Aにおける売り手目線のメリットには、例えば以下のような点が挙げられます。
- 後継者問題の解消
- 従業員の雇用・ブランドの維持
- オーナー収益の獲得
それぞれ解説していきます。
後継者不足の解決
現在多くの酒蔵では後継者不足に頭を悩ませています。
後継者不足の問題を解決しないと、どれだけ業績が好調でも廃業を選択せざるをえなくなります。
M&Aで酒造事業や会社を売却すれば後継者問題の解決が可能です。
従業員の雇用・ブランドの維持
資金繰りの悪化や後継者不足で廃業すると従業員は失業に追い込まれることとなります。
M&Aで酒蔵事業を譲渡すれば従業員の雇用を守ることが可能です。
酒造りには、最高責任者「杜氏(とうじ)」、酒蔵の経営者である「蔵元」、蔵元の下で働く従業員である「蔵人」などが関わります。
特に最高責任者である杜氏は酒蔵事業において重要で、杜氏が変われば酒の味も変わる、といわれるほどブランドに大きく関係します。
M&Aで酒蔵事業を譲渡すれば、ブランドも失われずに済むわけです。
オーナー収益の獲得
株式譲渡をすれば、売却益を得られます。
資本状況が悪い酒蔵にとって、売却益の獲得は大きなメリットでしょう。
買い手側のメリット
酒蔵のM&Aにおける買い手目線のメリットには、例えば以下が挙げられます。
- 清酒酒造免許の取得
- 経営資源の獲得
- スケールメリット(規模の経済性)
それぞれ解説していきます。
清酒製造免許の取得
日本酒を製造するためには酒類の品目別、製造場ごとに免許が必要になります。国内の日本酒需要の低下を理由に現存する酒蔵を守るため、輸出用を除いて免許の新規発行は原則認められていません。新規に日本酒製造を始めようとしても、清酒製造免許が取得できなければできません。M&Aを行うことで、清酒製造免許を取得することができます。
経営資源の取得
酒蔵事業を営むには、酒造のノウハウや杜氏、機械設備など、さまざまな経営資源が必要です。
酒蔵事業に新規参入する場合、これらをすべて一から揃えなければならず、膨大な時間や費用がかかることになります。
M&Aによって酒蔵事業を運営する会社を買収すれば、買収先の酒蔵から経営資源を引き継ぐことができるため、低リスク・短期間での新規参入が叶う点がメリットです。
スケールメリット(規模の経済性)
酒蔵同士でM&Aを行った場合、スケールメリットを享受できます。
海外に日本酒販売をする場合、一定程度の単位で輸出しなければ採算が取れません。ある程度の規模の酒蔵でないと海外への販売は厳しいでしょう。
M&Aで複数の酒造を買収し、グループを形成すれば、中小零細の酒蔵でも海外輸出が実現可能です。国際的な販路を持っている会社を買収すれば、グローバルな競争力の習得が見込めます。
デメリット
次は酒蔵のM&Aのデメリットを見ていきましょう。
売り手側のデメリット
酒蔵のM&Aにおける売り手目線のデメリットには、例えば以下が挙げられます。
- 買い手が見つからない可能性がある
- 不利な条件でのM&Aになる可能性がある
それぞれ解説していきます。
買い手が見つからない可能性がある
買い手がいなければM&Aは実施できません。
経営状態が悪かったり、商品や設備などに魅力がなかったりするとなかなか買い手が見つからない可能性があります。
確度を高めるためには、できる限り業績を改善し、技術力やノウハウを磨いた上でM&Aを行うようにしましょう。
不利な条件でのM&Aになる可能性がある
仮に買収してくれる企業が見つかっても、自社の希望が通るとは限りません。
M&Aの条件面で譲歩せざるを得ない可能性があります。
だからといって買収側の希望を全面的に受け入れれば、本末転倒になってしまうリスクがあるのです。
自社の資本状況や設備環境、条件などを客観的に分析し、M&Aをすべきかどうか、検討することが重要です。
買い手側のデメリット
酒蔵のM&Aにおける買い手目線のデメリットには、例えば以下が挙げられます。
- 杜氏や従業員や取引先、顧客などから反発を受けるリスクがある
- 期待した利益を得られないリスクがある
それぞれ解説していきます。
杜氏や従業員、取引先などから反発を受けるリスクがある
酒造業界は、従業員・杜氏・経営者の結びつきが強固といわれています。
酒蔵は何代にもわたって経営を承継するケースも多く、杜氏や蔵人、取引先が蔵への愛着が強い場合も少なくありません。蔵の名前や酒造方法などを変えることに難色を示されるケースもあるでしょう。
ゆえに、経営者・経営主体の会社が変わることで、杜氏・蔵人・取引先から反発を受けるリスクがあります。反発を受けた結果、人材の流出や、取引先や顧客との契約打ち切りによる収益の減少などが発生する可能性があります。
こうした反発を避けるためにも、従業員や取引先にM&Aの経緯を説明し、買収元の酒蔵の伝統や価値観を尊重する姿勢を見せることがポイントです。
期待した利益を得られないリスクがある
M&Aが成功したとしても期待通りの利益を得られない可能性があります。
M&Aでは、シナジー効果などを見越して高い金額で買収するケースも多いですが、想定通りに事が運ぶとは限りません。多額の減損損失が生じる可能性もあるでしょう。
しっかりとデューデリジェンスを実施し、相場と照らし合わせてM&Aを実行することが肝心です。
酒蔵のM&Aの流れ
酒蔵のM&Aは大きく以下の流れで進みます。
- 事前検討・目標設定・戦略策定
- 仲介会社などに相談、契
- マッチング
- 条件交渉・デューデリジェンス
- 最終条件交渉、契約締結
- クロージング
- PMI
それぞれ解説していきます。
1.事前検討・目標設定・戦略策定
M&Aの検討を始めた後にまずすべきことは、目標設定と戦略の策定です。
M&Aが進行し始めると、通常業務とM&Aに関する業務が同時に発生します。
最初にきちんと計画を立てておかないと、目的が達成できなかったり、想定以上に費用が膨らんでしまったりする可能性があります。
最低限、以下に挙げる項目は事前に検討しておきましょう。
- 目的
- 方向性
- 予算
- 時期
- 条件
事前検討の段階から買収・売却後のビジョンを描いておくことが重要です。
2.仲介会社などに相談、契約
目標や戦略を明確化したら、M&Aの仲介会社などに相談します。
自社で交渉相手を探すことも不可能ではありませんが、条件に合う相手を探し出すことは困難です。
また、M&Aを成功させるには、財務や法務、税務、労務などの幅広い専門知識が要求されます。
手続きや進行も複雑で、自社だけで行うのは難しいのが実情です。そのため、仲介会社の支援の元でM&Aを進めるのが一般的です。
3.マッチング
仲介会社が決まったら、その会社を通して相手先企業を探します。
通常、M&Aのマッチングの流れは以下のとおりです。
- 匿名の資料(ノンネームシート)を売り手企業が作成する
- 仲介会社がノンネームシートを用いて買い手の候補となる企業に打診する
- 買い手企業がノンネームシートを確認する
- 秘密保持契約を締結する
- 売り手企業が必要な情報(事業内容、財務状況、資産状況など)を記載した資料(インフォメーションメモランダム)を開示
- 買い手企業がインフォメーションメモランダムを分析
このとき、売り手企業は秘密保持契約の締結後に具体的な情報を開示する形をとることがポイントです。M&Aを検討していることが従業員や取引先などに漏れてしまう事態を回避できます。
4.条件交渉・デューデリジェンス
売り手と買い手の双方がM&Aに合意した場合、条件交渉・デューデリジェンスのフェーズに移ります。
基本合意書の締結
本格的な条件交渉に入る前に、「基本合意書」を交わすことになります。
基本合意書はM&Aのスキーム・金額や従業員・役員の処遇といった条件についての暫定的な合意事項や、以降のプロセスなどについて盛り込んだ契約書です。
基本合意書はあくまでも暫定的な合意書であり、M&A契約そのものを確約するものではありません。
デューデリジェンス
デューデリジェンス(DD、買収監査)とは、買収する予定の酒造会社の価値や事業内容、リスクなどについて調査することです。
デューデリジェンスでは財務や法務、税務、労務、ITなど幅広い領域について調査します。
売り手側は資料を提供するなどし、デューデリジェンスに協力します。
5.最終条件交渉、契約締結
基本合意書を取り交わしたら、最終段階として買収の可否の判断や買収価格の調整を行います。
このタイミングで争点になりやすい事項として、例えば以下が挙げられます。
- スキーム変更
- クロージングに向けた売り手の義務
- クロージング後の買い手・売り手の義務
- 譲渡価格の変更・偶発債務の補償
それぞれ解説していきます。
スキームの変更
例えば、不採算事業の存在や多大な偶発債務などが検出された場合にスキームを変更し、そのリスクに関わる事業・資産をM&Aの対象から除外するといったことが検討されます。
もしくは、その事業をクロージングまでに処分することや、偶発債務の現実化を防ぐための措置を講じることを求めるといったことも考えられます。
クロージングへ向けた売り手の義務
デューデリジェンスで明らかになったリスクを、最終契約締結やクロージングまでに解消するように求められることも少なくありません。
チェンジ・オブ・コントロール条項(経営権の移動時の対応について定める条項)が契約書にある場合には、契約相手と交渉して引き継ぎの承認を得たり、不備のある許認可を取得するよう求めたりします。
また、将来の行動によって新たなリスクや買収価値の減少を引き起こさないよう要求することもあります。
たとえば、以下のような行動が該当します。
- 重要な取引先との契約解除
- 組織や資産の大きな変更
このような行動は控えるべきでしょう。
クロージング後の買い手・売り手の義務
クロージング後には、買い手と売り手の間でさまざまな義務が生じます。
買い手の義務のうち争点になりがちなのは以下です。
- 売り手企業の役員及び従業員の待遇
- 雇用の引き継ぎ
- オーナー経営者の退職条件(退職金、時期、個人保証の解消)
- 会社名やブランドの継続など
売り手側の義務のうち争点になることが多いのは以下です。
- 競業避止
- 統合後の一定期間の営業サポート
- 知的財産権
- ブランドの使用許諾など
譲渡価格の変更・偶発債務の補償
デューデリジェンスの結果、企業価値の見積もりが下方修正された場合は、譲渡価格を変更するための交渉が行われることになります。
留意が必要なのが、損害発生した際に売り手が損害賠償責任を負う旨の取り決めが検討されることもある点です。
そのような場合、「エスクロー方式」での決済が提案されることもあります。
エスクロー方式とは担保のために売り手と買い手の間に第三者(エスクロー業者)を介在させて決済する取引形態です。
デューデリジェンスの結果を受けて最終的な条件交渉が行われ、双方が条件に合意できたら、最終契約書(DA)を締結します。
この最終契約書(DA)の内容によって定められたクロージングの前提条件を満たさなければクロージングには至りません。
そのため、最終契約書(DA)の締結日からクロージング日までは、一定の期間を空けるのが一般的です。
最終的な契約書には、M&Aの基本条件に加えて、以下のような項目も含まれます。
- 前提条件:クロージングを行う条件(財務や事業に関する事項など)を定める項目
- 表明保証:提供された財務や事業に関する事項の正確性を保証する内容を含む項目
- 解除条件:表明保証に違反した場合や契約義務に対する違反があった場合に契約を解除できる条件を規定する項目
- 補償条項:表明と保証に違反があった場合に生じた損害を補償する内容を含む項目
M&Aのスキームによって盛り込むべき内容が変わるため、弁護士などの専門家に契約書の締結をサポートしてもらうことがおすすめです。
6.クロージング
最終契約書(DA)を締結したら、M&Aの取引自体を実行するクロージングのフェーズに移ります。
クロージングの準備
クロージングに入る前に、M&Aスキームと契約内容に応じた準備をしなければなりません。
- 売上高が一定水準を超える場合
- 合併・企業分割・株式譲渡の場合
- 事業譲渡の場合
それぞれのポイントを解説していきます。
売上高が一定水準を超える場合
当事者企業の国内売上高合計額が一定の水準を超える場合は、M&Aについて事前に公正取引委員会に届出をし、独占禁止法違反がないか、審査を受けなければなりません。
公正取引委員会による第1次審査が完了するまで、M&Aを実行することができません。
通常第1次審査の期間は30日ですが、違反の疑いが認められれば2次審査に進むため、より長期間を要することとなります。
合併・企業分割・株式譲渡の場合
合併・企業分割・株式譲渡の場合、M&Aの効力発生日までに双方の株主総会でM&A契約についての承認決議を得る必要があります。「債権者保護手続き」とよばれる、債権者の異議への対応も必要です。
企業分割の場合は、以下の両者に異議申立ての期間を設けなければなりません。
- 承継事業に主として従事していたものの買い手側企業(新設企業)に労働契約が承継されない労働者
- 承継事業に主として従事していたわけではないのに承継される労働者
その上で、労働者の意向に沿った対応をする必要があります。
事業譲渡の場合
株主総会の承認と、反対株主による株式買取請求への対応が必要です。ただし債権者保護手続きは不要です。
また、事業譲渡の場合、雇用契約の承継について労働組合、承継予定労働者と事前に協議した上で、労働者から個別に同意を得なければなりません。
クロージング
クロージングは、M&Aの取引そのものの実行です。
株式譲渡では、「株式等の引き渡し」と「対価の支払い」を行うことで、M&Aの手続きが完了します。
7.PMI
M&Aの手続きが完了しても、売り手と買い手の経営を統合しなければ、メリットは享受できません。M&A後に行う経営統合のことを「PMI(Post Merger Integration)」と呼びます。
PMIはM&Aで最も重要なプロセスのひとつです。
もともと別の組織だった企業がひとつに統合されるM&Aでは、統合直後に次のようなリスクが生じることがあります。
- 業務・経営上の混乱
- 内部対立の顕在化
- 従業員の反発や離職
- 会計処理の違いによる財務諸表の作成の遅れ
こうしたリスクを排除するために行うのがPMIです。
PMIの実施項目としては、主に下記のようなものがあります。
- 経営体制・組織の統合
- 制度の結合
- 業務システムやインフラの統合
- 業績評価基準の再検討
- 事業内容・取引先の精査検討
それぞれ解説していきます。
経営体制・組織の統合
企業の経営理念や企業文化には少なからず違いがあります。経営体制や経営方針を統合しないまま業務を継続すると、組織内での軋轢が生まれ、結果的に対立や人材流出につながりかねません。
PMIでは、組織内の対立や反発が生じないように、一体化後の経営体制、意思決定プロセス、組織体制、人員配置、情報伝達フローなどを決定することが重要です。
制度の統合
人事や総務、法務などの制度領域での統合も重要です。買収元・買収先企業の混乱や反発を考慮しながら、経営戦略・マネジメント・ノウハウの統合を意識して進めることが大切です。
具体的には、例えば下記のような両社のあらゆる制度の精査や見直しが重要です。
- 人事評価制度
- 報酬制度
- 教育制度
- 研修制度
現場環境や各社員の働き方にまで落とし込みながら、意見を調整し、認識を統一することが、経営統合の成功につながります。
業務システムやインフラの統合
業務システムやインフラの統合も重要です。ただし、システムやインフラの統合には、相応のコストや手間を要します。
業務システムのスムーズな統合を実現するためにはM&Aによる効果から逆算し検討することが重要です。
以下の点を見積もっておきましょう。
- 優先順位
- 時期
- 範囲など
また、統合によって担当者の負担が増加することも予想されます。
PMIをするメリット、PMIをしない場合のデメリットを説明するなどし、理解を得た上で施策を進めると良いでしょう。
業績評価基準の再検討
PMIでは、効果の検証と共に、期待される経営指標や業績評価基準を再検討することも重要です。
両社の経営戦略や業績目標を総合的に考慮し、新たな評価基準を策定することで、統合後の業績評価や報酬制度を適切に設計することができます。
この過程では、組織内外のステークホルダーとのコミュニケーションも重要であり、統合後のビジョンや目標の共有を図るためにも、情報共有や意見交換の機会を設けることが望ましいでしょう。
事業内容・取引先の精査検討
相手先の事業内容や取引先の精査・見直しも経営統合における重要な課題です。
利益やシナジーの大きさを考慮しながら、選択と集中を繰り返し、精査を進めます。
例えば、以下のような事項を精査すべきでしょう。
- 双方の事業内容を統合したときの相乗効果
- 双方が類似製品やサービスを提供している場合の統廃合
- 複数の仕入先がある場合の仕入れ先の絞り込み
事業内容や取引先の精査を入念に行うことで、M&Aの利益を最大化することができます。
経営統合においては、組織や制度、業務システムの統合に加えて、人的資源の活用やコミュニケーションの円滑化も重要な要素となります。綿密な計画と慎重な実行を通じて、経営統合の成功を目指しましょう。
酒蔵のM&Aを成功させるポイント
最後に酒蔵のM&Aを成功させるポイントを紹介します。
事前準備を入念に行う
酒蔵の売却や買収を成功させるには、計画性が重要です。最低限、次に挙げる事項は事前準備の段階で明確にしておきましょう。
- 目的
- ビジョン
- 自社及び相手先企業の資本状況や
- 設備環境
- 条件
- 予算
- 期間
また酒蔵のM&Aでは高度な専門知識を要します。同業のM&Aの例などを学ぶなどして知識を習得することも必要です。
信頼できる相談先を見つける
どれだけ専門知識を詰め込み、入念に事前準備をしても、酒蔵のM&Aは失敗することがあります。企業同士の売却・買収では想定外の事象が発生するため、一歩間違えれば、M&Aを後悔する事態にもなりかねないのです。
酒蔵のM&Aを成功させるには、経験豊富な仲介業者など信頼できる会社に相談するのが賢明といえるでしょう。
まとめ
日本酒の海外人気が高まる一方、酒造業界は慢性的な後継者不足にあります。こうしたなか、M&Aの選択肢をとる酒蔵が増えています。
M&Aは倒産や酒蔵事業の廃業を避けるだけでなく、シナジー効果で事業を拡大していくことが可能です。
レバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社は、酒蔵をはじめとしたさまざまな業種のM&Aに関連する仲介業務をサポートしています。M&A事情に詳しいコンサルタントが、M&Aにまつわる悩みを解決いたします。
当社の料金体系は、M&Aが実現した場合にのみ費用が発生する完全成功報酬型です。M&Aの実現までは無料でサービスをご利用いただけますのでご安心ください(ただし、譲渡側には中間金が発生します)。
酒蔵のM&Aを検討されている場合は、お気軽にご相談ください。