農業のM&A動向とは?メリット・デメリット、手法、プロセスを解説

2024年3月26日

農業のM&A動向とは?メリット・デメリット、手法、プロセスを解説

このページのまとめ

  • 農業分野のM&Aは活発とは言い難いものの隠れたニーズはある
  • 農業法人の買収は不可能ではない
  • 農業のM&Aには、事業承継や販売チャネルの拡大などのメリットがある
  • 一方で、許認可取得に手間を要することなどがデメリット
  • 農地法の規制などがあるため専門家に相談して進めると良い

農業業界は多くの課題を抱えており、なかでも深刻化しているのが「後継者問題」「農業従事者の高齢化・人口減少」「安価な外国産農産物の輸入による国内の食料自給率の低下」です。農業のM&Aには、人材確保や事業承継の実現といったメリットがあり、こうした問題解決につながります。この記事では、農業のM&Aの動向やメリット・デメリット、プロセスなどについて解説します。

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農業分野のM&A動向

農業業界では古い産業構造が残存しているため、M&Aが活発に行われているとは言い難い状況です。農業は事業売却による利益が期待できない業界であり、他業種のような大規模なM&Aはほとんど見られません。

一部では、農業の川上から川下までを統合して、生産から消費者への配送までを管理し、価格変動のリスクを引き受ける垂直統合型のM&Aも存在しますが、一般的ではありません。

一方で、農業界の再編は徐々に進行しており、後継者のいない年配の農家が取り残されている状況が見受けられます。

事業継承を目的としたM&Aへの関心の高まり

そもそも、最近では親族内承継が減少しているとされています。これは、息子や娘が将来の職業選択を自由に行うことをより尊重する考え方が広まっていることや、個々の農家の将来が見えにくくなっていることなどが理由であると考えられます。そして目立つ形ではないものの、事業承継を目的としたM&Aが話題となっています。

また、事業承継に対する需要を見つけることは心理的、距離的、そして経済的な観点からも困難です。農家の間では「M&A」という概念への認知度がまだ低く、認知していても否定的なイメージを抱く人も少なくありません。実際に、M&Aによる事業の引き継ぎに抵抗感を持っているケースや、実施しようとしてもM&Aに関する知識や経験がないため、結果としてM&Aを選ばずに廃業するケースが多いようです。

農業に限らず、一般的には売り手にとってはM&Aが「後ろめたい」「従業員に申し訳ない」という感覚があり、買い手にとってはM&Aが敵対的な買収を行う「ハゲタカ」のようなイメージがあると言われています。特に地方では、そのような感覚がより強まる傾向があり、M&A支援機関などに対しても警戒心を抱く人が多く存在します。

M&Aに対するイメージの変化

しかし現代では、M&Aに対する否定的なイメージが、徐々に肯定的に受け入れられる傾向が見られます。M&Aは、売り手が築き上げた事業の価値を認められ、買い手からの評価を受けることではじめて実現します。したがって、売り手にとって後ろめたいことではなく、むしろ誇らしいことでしょう。

また、買い手にとって、他社が時間をかけて築き上げた事業を引き継ぐことは事業拡大の合理的な手段であり、通常は売り手との信頼関係に基づいて行われます。
これは農業のM&Aにおいても同様だと言えます。

農家のなかで、インターネットを活用して情報収集や発信を行う人はまだ少ない状況で、M&Aのメリットや優位性を直接丁寧に伝える必要がありますが、距離的な問題もあり容易ではありません。

しかし、農地法の改正などによりM&Aが実施されやすい環境にはなっており、後継者不足の解決策としても機能するため、具体的なM&A交渉が成立すると非常に喜ばれるケースもあります。農業は高齢者が多く、他の産業と比較して再編の必要性が高いのが現状です。

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農業法人は買収可能か? 

農業法人を買収する場合、通常のM&Aのスキームで株式譲渡や事業譲渡などが可能です。農業法人であっても、買収における特別な制限は原則ありません。M&Aにおいては株式譲渡が一般的ですが、農業業界では事業譲渡が主流とされています。

ただし、農業法人を買収するためには「農地所有適格法人」としての要件を満たしていなければなりません。この要件を満たさない農業法人は、農地の所有を許されず、事業運営に制約を受けてしまいます。M&Aスキームの詳細や「農地所有適格法人」については後述します。

農業のM&Aを行う背景・動機

他業種と比べて活発ではないものの、農業のM&Aは一定数見受けられます。
その背景には、業界内における以下2つの傾向があります。

農業従事者の高齢化と減少

農林水産省「農業を担う人材の育成・確保に向けて」によると、令和2年2月時点における基幹的農業従事者のうち、65歳以上が69.6%と大半を占める一方で、49歳以下は10.8%と少なく、高齢者によって業界が支えられている状況です。また、平成15年には53.9%であった高齢化率は、令和2年には69.6%まで上昇しており、高齢化が深刻化しています。

高齢化の進行に伴い、平成15年には225.6万人であった基幹的農業従事者は、令和2年に136.3万人まで減少しています。

一方で、農林水産省によると、こうした背景を受けて経営規模の拡大などを図る農業者が増加しているとのことです。データには表れていないものの、担い手がいない農地や事業を買収し、経営規模拡大や新規参入を図るケースも一定数存在すると考えられます。

参照元:農林水産省:「農業を担う人材の育成・確保に向けて

農地法改正による農業参入者の増加

平成21年と平成27年の農地法改正により、農地所有適格法人やリース法人として農業に新規参入するケースが増えています。

農林水産省「農地所有適格法人の農業参入の動向」および「リース法人の農業参入の動向」によると、改正前の平成17年と令和4年を比較した場合、農地所有適格法人やリース法人の数は以下の通り大幅増加しています。

  • 農地所有適格法人:7,904社→20,750社
  • リース法人:44社→4,202社

法改正によって農業に新規参入しやすくなった状況を受けて、M&Aによる参入を図る企業も増えていると考えられます。

参照元:農林水産省:「農地所有適格法人の農業参入の動向」「リース法人の農業参入の動向

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農業経営体の種類と参入状況

e-Stat「令和4年農業構造動態調査」や農林業センサスでは、農業の経営体は「個人経営体」と「団体経営体」に大別されています。
この章では、各経営体の概要や数について、違いを明確にしながら解説します。

個人経営体

農林水産省「用語の解説と2020年農林業センサスにおける農業経営体の概念」によると、個人経営体とは個人(世帯)で事業を行う経営体を指します。個人でも法人化した経営体は含みません。

令和4年において、農業経営体の数は97万5,100に上り、そのうち個人経営体は93万5,000と約96%を占めます。前年(99万1,400)と比較すると、5.7%減少しました。

団体経営体

団体経営体とは、個人経営体以外の経営体を指します。団体経営体は、法人経営体と非法人経営体に大別され、法人経営体は会社法人、農事組合法人、その他に分けられます。

令和4年において、団体経営体の数は4万100であり、そのうち法人経営体は3万2,200と約80%を占めます。前年と比較すると、団体経営体は1.5%、法人経営体は1.9%増加しています。

会社法人

法人経営体のうち、会社法人には、農業を営む株式会社や合名・合資会社、合同会社、相互会社が含まれます。令和4年における会社法人の数は2万1,200であり、法人経営体の約66%を占めます。前年と比較して、300経営体増加しました。

農事組合法人

法人経営体のうち、農事組合法人とは、農業協同組合法に基づいて、組合員の農業生産に関して協業を図り、共同利益を増進することを目的に設立された法人を指します。令和4年における農事組合法人の数は7,700であり、法人経営体の約24%を占めます。前年と比較して、200経営体増加しました。

参照元:
e-Stat「令和4年農業構造動態調査
農林水産省「用語の解説と2020年農林業センサスにおける農業経営体の概念

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農業法人買収にあたり最初に押さえておきたいポイント

先述したとおり、農業のM&Aでは大規模な事業売却益を得ることが難しいほか、農業特有の構造上、買収意欲があってもなかなか手を打ちにくい側面もあります。

農業のM&Aを実施したい場合には、農業分野における理解を深めることに加え、失敗を避けるための慎重さも重要です。農地法の改正により、他業種から農業分野への新規参入が増えていますが、的確な事業計画や戦略を持たずに参入し、失敗した企業も少なくありません。

逆に言えば、しっかりとした戦略を持っていれば、新規参入企業でも農業分野で成功できる可能性があるでしょう。また、既存の農業関連企業を買収することで技術やノウハウを獲得するケースだけではなく、単に資本参加する企業も存在します。

農業のM&Aや業界再編は、これまで比較的静かに進行してきました。しかし、農林水産省が発表した「農業の経営承継に関する手引き」の中でも「農業においても、⼤⼿⼩売企業が農地所有適格法⼈を⼦会社化する事例も出てくるなど注⽬度があがってきており、今後、M&Aが増加することが⾒込まれる」としており、今後は他の分野と同様に活発化が期待されます。

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農業M&Aの「売り手」の目的とメリット

ここでは、農業におけるM&Aを実施する際の、売り手側の目的とメリットを解説します。

事業承継

経済産業省「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」によれば、日本全国において2025年までに、中小企業の経営者の平均年齢が70歳を超え、その約半数(127万人)が後継者未定となる見込みです。

後継者が不在である中小企業は、将来のビジョンが見えないまま何も対策を講じなければ、廃業せざるを得なくなるかもしれません。そうなれば、従業員の雇用喪失やサプライチェーンの混乱などが生じるほか、地域社会にも大きな影響を及ぼすおそれがあります。

さらに、廃業によって経営資源が散逸し続けると、活用されない優れた経営資源が失われ、日本経済に大きな損失をもたらすでしょう。このような状況のなか、M&Aによって外部の第三者が中小企業の事業を引き継ぐ事例が増えており、M&Aは中小企業の事業承継の手段として認識され始めています。

農業においても、従事者の減少や高齢化に伴い、多くの農業従事者が後継者問題に直面しています。通常、事業承継を行う際に経営者の家族が存在しない場合は、自社の役員や従業員から後継者候補を選びます。

しかし、農家や農業法人においては、親族内や社内に後継者候補が存在しないケースも多く、社外の第三者に後継者候補を求めるしか手段がありません。それができなければ廃業に追い込まれてしまうでしょう。

親族内での相続が困難な場合でも、第三者(親族外)に事業を引き継ぐことは、農業の事業承継の可能性を大きく広げる選択肢となります。

参照元:経済産業省「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」 

経営の安定と拡大

M&Aを通じて、他の農業法人や事業規模の大きい一般企業との統合(合併や子会社化)が実現すれば、より安定した経営基盤のもとで事業を展開することが可能です。IT技術や新しい農法の導入によって、経営の効率化や事業成長が期待されます。

デジタル技術を活用した次世代農業への移行

デジタル化は、農業の将来を考える上で避けては通れない重要なテーマです。

現在、経営環境は急速に変化しています。日本では経営者の高齢化だけではなく、新型コロナウイルスのパンデミックも大きな契機となり、グリーンエネルギーやデジタル化などの大きな変革が進んでいる状況です。

円滑な事業承継によって経営資源を次世代に引き継ぐことはもちろん、グリーンエネルギーやデジタル化のような新しい領域への進出や、生産性の向上を目指す取り組みへの果敢な挑戦が期待されています。

デジタル技術を用いた農作業や水管理の自動化、農産物や家畜のリアルタイムモニタリングは、作業効率の向上やコスト削減、生産性の向上につながります。逆に言えば、デジタル化に適応できない農家は、競争力の面で遅れをとるでしょう。

農業経営の大部分を占める個人農家や小規模農業法人は、自らの資産や努力だけではデジタル化の推進は困難です。他の企業との統合や経営基盤の強化を図ることで、デジタル化の実現が可能となります。

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農業M&Aの「買い手」の目的とメリット

次に買い手側の目的とメリットについて解説します。

買い手が同業者の場合

買い手が同業者の場合、次のようなメリットがあります。

  • コスト削減
  • 販売チャネルの拡大やクロスセル
  • 遠隔地での生産

以下でそれぞれ解説します。

コスト削減

農家や農業法人が同業種の企業を獲得し、農地や事業の規模を拡大することで、経営の効率化と大幅なコスト削減につながります。

販売チャネルの拡大やクロスセル

また、新たな販売チャネルの拡大やクロスセル(自社の既存顧客に対して既存の商品と関連する商品・サービスを提案し、追加の売上を生み出す活動)も可能となるでしょう。

販売チャネルの拡大は、同じ業種の水平統合のように、提供する製品やサービスが類似している場合に既存顧客が相互に重複しない条件下で行われる活動です。それぞれの既存顧客に対して販売することで新しい販売チャネルを開拓し、新規顧客の獲得につなげて営業エリアを拡大することを目指します。

販売チャネル拡大の有効性は、買い手と売り手の既存顧客層が異なる場合や、営業エリアが地理的に重複しない場合に高まります。

販売チャネルを共有することで、買い手と売り手は限られた営業リソースで新しい顧客を獲得できます。販売地域が異なる場合は、統合によって販売エリアの拡大も可能です。

さらに、異なる業種や業界につながる販売チャネルを持つ企業との統合により、新たなチャネルを通じて以前はアクセスできなかった市場との接点を持つことができるでしょう。その場合、既存顧客とは異なるニーズに対応する必要があるため、自社の製品の改良や新たな開発にもつながります。

一方、クロスセルは、売り手と買い手の既存顧客のニーズの類似性が高く、相互に補完的な商品・サービスを提供する場合に効果的です。ただし、クロスセルでは既存顧客の信頼を損なう無計画な提案は避けるべきであり、追加販売する商品・サービスの効果を慎重に検討する必要があります。

遠隔地での生産

ほかにも、商品ラインナップの拡大と不作時のリスク分散のために、遠隔地の農業法人でさまざまな商品を生産できることもメリットと考えられます。

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買い手が異業種の場合

買い手が異業種の場合、次のようなメリットがあります。

  • 自社グループへの取り込み
  • 農地や設備の取得
  • 農業経営の効率化
  • 企業ブランドの向上
  • シナジー効果の創出

以下でそれぞれ解説します。

自社グループへの取り込み

食品・飲料・食品小売り・加工食品製造などの異業界の企業が、原材料の安定調達や商品・サービスの付加価値向上・ブランド化を目的として農業生産者を自社グループに取り込むケースがあります。

農地や設備の取得

農地や設備の取得も、異業種の企業が農家や農業法人を買収する目的の一つです。設備投資を一から行う必要がないため、農業に関わったことのない企業にとってはリスクを抑えられるメリットがあります。

農業経営の効率化

また、革新的な農業経営を展開するために新規事業や農法の導入に取り組んだり、これまでの事業で培った技術や経営知識、IT資源を買収した事業に活用したりすることで、農業経営の効率化を図れます。

企業ブランドの向上

企業の社会的責任活動の一環として農業を取り組むことで、企業ブランドの向上も期待できるでしょう。

シナジー効果の創出

さらに、シナジー効果の創出も大きなメリットです。シナジー効果とは、2つ以上の企業や事業の統合により、単独で事業を行っていた場合よりも大きな価値(1+1以上の価値)を生み出すことを指します。シナジー効果には、売上原価や販売管理費などのコストを削減する「コストシナジー」も含まれます。

例えば、食品の加工や小売りを行う企業が、農業事業を買収することで、生産から出荷までまとめて管理できるようになります。生産を自社で行うことで、外部から食材を調達するよりもコストを削減できます。

また、「コストシナジー」の一例として、広告宣伝や販促活動の見直しがあります。売り手の広告および販売促進活動において、各活動の目的を明確化し、費用対効果の観点から実施・不実施を判断する活動です。同業他社と比べて売上高に対する広告宣伝費や販売促進費の比率が高い場合や、年間予算が固定され売上の増減に関連しない場合に効果を発揮します。

広告は企業名や商品名を宣伝するための活動であり、販売促進は製品やサービスの販売を促進するための活動です。これらの活動について、目的や期待される成果、受注内容などを検討し、活動の継続・中止・見直しの判断を行うことが重要となります。

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農業M&Aの「売り手側」「買い手側」のデメリット

農業M&Aには、主に以下のデメリットがあります。

  • これまでの経営スタイルやビジョンを維持することが難しくなる(売り手)
  • 許認可取得などの手続きに手間が生じるおそれがある(買い手)
  • 自然災害などによってクロージングやM&A後の経営に支障をきたすおそれがある(買い手・売り手)
  • 従業員の離職や取引先との契約打ち切りが生じ得る(買い手・売り手)

特に注意すべき点が一つ目です。

農林水産省「農地の売買・貸借・相続に関する制度について」によると、農地を売買する際は、原則として農業委員会から許可を得なくてはいけません。加えて、デューデリジェンスやバリュエーションといったM&Aの手続きも発生します。煩雑な手続きが多くあるため、当初の想定よりも買収に時間がかかったり、事業運営に支障が生じたりするおそれがあります。

また、自然災害の影響を受けやすい点や、契約内容や経営主体の変化によって従業員や取引先から反発を受けるおそれがある点にも注意が必要です。

参照元:農林水産省「農地の売買・貸借・相続に関する制度について

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農業法人を売買する際にチェックすべき点

農業法人の売買を行う際、はいくつか確認すべき点があります。売り手・買い手それぞれの立場でのポイントについて、以下に解説します。

農地の状態

農業法人を買収したい場合、事前に現地を訪れて農地の状態を確認する必要があります。専門家や農業に詳しい人と一緒に、農地の状態を観察することが望ましいでしょう。プロの目から見た評価を得ることが重要です。

売り手側としては、買収の1~2年前には買い手に農地を見てもらえるよう、農地の状態を良くしておくことが推奨されます。

農機具や設備の状態

農機具や設備の状態を確認しておくことも重要です。買い手側は、どのような農機具や設備が存在するのかをチェックするとともに、メンテナンスの状態も確認しておきましょう。

売り手側としては、買い手側の企業に良い印象を与えるために、設備や農機具のメンテナンスや除錆を済ませておいてください。
買い手が農業に詳しくない場合もあるため、機材のリストや基本的な説明を提供できると、良い印象を与えるでしょう。

年間を通しての農地の状態

農地の状態を正確に把握するためには、状態の良い時だけではなく、一年を通して訪れることが重要です。農作業は季節ごとに異なるプロセスを経るため、訪問時期を慎重に選ぶ必要があります。一年中頻繁に農地を訪れることが望ましいですが、時間がなく難しい場合は、一年のうちで最も重要な時期に訪問しましょう。

一般的には、作物が収穫される時期が適していますが、特殊な技術が使用される工程がある場合は、その時期に訪れることも検討してください。

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農業における「個人」のM&Aのスキーム

農業においてM&Aを実施する際に、法人格を持たない個人が当事者(売り手と買い手)である場合は、事業譲渡という手法を採用することが一般的です。

事業譲渡とは、売り手が所有する事業(農地、建物、機械設備などの資産・負債、技術ノウハウ、知的財産を含む)の全部または一部を譲渡することを指します。資産、負債、契約、許認可は債権者や従業員の同意のもとで個別に譲渡されます。不動産が譲渡の対象に含まれる場合は、登記手続きも必要です。また、多くの場合、許認可は譲受人に移行されず、譲受人は新たに許可証を取得しなければなりません。

事業譲渡を選択した場合、株式譲渡に比べて手続きは複雑になりますが、個々の資産単位で移管できるため、売り手の手元に事業の一部を残すことが可能です。買い手にとっては、特定の事業や資産のみを譲渡できるため、簿外債務を引き継ぐ必要がないメリットがあります。

個人間または個人と法人間の事業譲渡は、通常、多くの権利や義務の移転を伴いません。

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農業における「法人」のM&Aのスキーム

法人のM&Aのスキームには3つのケースが考えられます。それぞれ解説します。

農地所有適格法人以外が売り手となる場合

「農地所有適格法人」とは、農地法で定められる呼称であり、同法の第2条第3項で規定される条件を満たし、農地に関する権利を取得できる法人のことです。農業協同法人や株式会社など、特定の要件を満たした法人の一部を指します。また、適格農地所有会社は、いわゆる認可会社ではなく、特定の要件を満たした会社です。

農地所有適格法人の要件は、会社形態、事業要件、会員・議決権要件、経営要件に関して定められており、すべての要件を満たす必要があります。農地の権利を取得する申請手続きの際に審査され、権利の取得後も引き続き要件を満たさなければなりません。

農地所有適格法人以外が売り手となる場合は、農業法人としての制限はないため、通常の会社と同様にスキームの選択が可能です。一般的な選択肢としては、株式譲渡や事業譲渡、合併などがあります。

株式譲渡

株式譲渡は、業種を問わず最も多く利用されるスキームです。M&A対象企業の株主が、自身が保有する株式を買い手に譲渡する方法であり、M&A対象企業は買い手の子会社となります。株式譲渡では、M&A対象企業の仕組みはそのまま引き継がれる点が特徴です。会社の資産、負債、従業員、社外の契約や許認可などは原則として存続し、手続きも他の方法に比べて簡略化されています。

ただし、未払いの残業代や、将来的に発生しうる紛争に伴う損害賠償責任など、まだ発生していない偶発債務も引き継ぐ場合があるため注意が必要です。

事業譲渡

事業譲渡は、農業法人のM&Aでよく利用されるスキームですが、法人間の事業譲渡では管理コストが問題になることがあります。

そのほか、合併(2つ以上の法人が1つになること)では、すべての権利・義務がまとめて移転するため比較的理解しやすいものの、株主や債権者、従業員のために、会社法に基づいて一連の手続きを行う必要があります。一方、農業法人の多くは、比較的小規模であるため、合併よりも事業譲渡が選択されるケースも少なくありません。

2つの法人が出資(資本提携など)を通じて協力関係や協調関係を結ぶケースもあり、このような場合も広義のM&Aに含まれます。

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農地所有適格法人が売り手となる場合

農地所有適格法人となるためには、議決権要件(総議決権の過半数を農業に関係する者が保有すること)を満たす必要があります、議決権要件を満たしながらM&Aを行う方法の一例としては、下記のような方法が考えられます。

  1. 買い手企業のオーナー、経営者、取締役、支配株主などの個人が、売り手企業の株式を取得し(買い手企業自身が議決権要件に抵触しない範囲で譲り受ける株式と合わせて)、議決権の過半数を取得する。
  2. 株式を取得した個人は、売り手企業の役員となり、常時農業に従事する。
  3. 買い手法人が売り手法人の支配権を事実上獲得し、農地所有適格法人としての議決権要件や役員要件を維持したまま、売り手法人を子会社とする。

ただし、農地所有適格法人同士のM&Aの場合、株式譲渡を利用するよりも、事業譲渡によって売主の事業を買主に移転させるほうがシンプルです。また、議決権要件に抵触することなく、農地所有適格法人に出資して協力関係を構築するスキームも考えられます。

農事組合法人が売り手となる場合

農事組合法人とは、農業生産に協力する法人のことです。農事組合法人では、事業は農業関係共同利用施設の設置・共同化・農業経営および農業に関連する活動に限定され、農家や組合のみが組合員になれます。

農事組合法人が当事者となるM&Aの選択肢としては、以下があります。

  1. 売り手が組合員を脱退させ、買い手が組合員を追加することによる組合員の入れ替え・買主による十分な数の議決権の取得
  2. 持分の譲渡(出資制の農業協同法人では、持分を譲渡することにより組合員の入れ替えを行うことができる)
  3. 農事組合法人間の新設合併(複数の農事組合法人が消滅し、新たに農事組合法人を設立)、もしくは、吸収合併(ある農事組合法人が消滅し、他の農事組合法人に吸収)

組合員の入れ替えと持分の譲渡については、島根県「農事組合法人の具体的な運営方法」によると、一般的には総組合員の3分の2以上の賛成による決議が必要です。また、合併には農業組合法上、以下の手続きが必要となります。

  1. 合併に関する総会決議
  2. 設立委員が選任した総会決議および設立委員による定款の作成、役員の選任(新設合併)、もしくは、定款の変更などの総会決議(吸収合併)
  3. (出資制の農事組合法人の場合)財産目録・貸借対照表の作成と債権者への開示、合併に対する異議があれば述べるように債権者への公示・個別催告、債権者からの異議に対する債務の弁済または資産の信託
  4. 合併の登記
  5. 行政機関への届け出

以上が、農地所有適格法人や農事組合法人が売り手となる場合のスキームです。具体的な案件においては、法律や規制、契約書などの詳細な検討が不可欠であるため、専門家の助言を受けながら進めることをおすすめします。

参照元:島根県「農事組合法人の具体的な運営方法

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農業M&Aのプロセス

農業M&Aは、一般的に以下のプロセスで実施されます。

  1. M&Aの検討と準備
  2. M&Aの相手選定と交渉
  3. デューデリジェンス
  4. 最終契約書の締結・クロージング

以下で詳しく解説します。

1.M&Aの検討と準備

まずはM&A目的の明確化や、事前準備としてM&A仲介会社への相談などを行います。実務を依頼するM&A仲介会社が正式に決定したら、アドバイザリー契約を締結します。

2.M&Aの相手選定と交渉

仲介会社と契約したら、M&Aの相手選定を行います。一般的には、売り手企業が自社の情報を提示し、買い手企業がその内容をもとに交渉に進むかどうかを検討します。買い手企業が交渉の意図を示したら、経営者同士の面談を経た上で、条件面の交渉を行います。条件面で双方がある程度同意した場合、認識のズレを防ぐために基本合意書を締結します。

農業は、他の業界と比べてビジネスモデルが独特な部分があります。そのため、売り手側としては、買い手企業が農業経営をどの程度理解しているかを把握し、買い手として適切かどうかを判断することが重要です。

3.デューデリジェンス

基本合意書を締結した後、その内容に沿ってデューデリジェンスを実施します。デューデリジェンスとは、買い手企業が財務や法務などの観点から売り手企業を分析し、M&Aのリスクを把握するプロセスです。特に農業のM&Aでは、栽培している品目や農業従事者の年齢比、労務状況(たとえば未払残業代の有無)などの分析が重要となります。

デューデリジェンスの結果をもとに、買収金額の修正や買収可否の検討などを行います。

4.最終契約書の締結・クロージング

デューデリジェンスが完了したら、法的に有効な最終契約書を締結します。その後、契約書の内容に沿って農地の譲渡や対価の支払いといったクロージングを実施し、農業のM&Aは完了します。

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農業M&Aを成功に導くためポイント

農業M&Aの成功可能性を高めるコツを、売り手および買い手の視点から解説します。

売り手側のポイント

売り手のコツは以下の2点です。

  • 業績や市況が良いタイミングで売却する
  • 早い時期からM&Aの準備を進める

特に重要なのは一つ目です。M&Aを成功させる(買い手を見つける、高値で売却する)には、買い手側からニーズのある法人や事業であることが重要です。つまり、業績や事業の成長性、業界全体の成長面などが良いことが求められます。したがって、業績が好調であるタイミングや市場が活発である時期にM&Aを決断しましょう。

現時点で業績が低調である場合には、早い時期から企業価値の向上を図ることも重要です。具体的には、人材育成や他社にない強み(独自の生産品や取引先など)を確保する施策が効果的です。

買い手側のポイント

買い手のコツは以下の2点です。

  • 農地の実態や人材の年齢比・人数などの実態を把握する
  • 農業のM&Aに関する知識や経験が豊富な専門家に相談する

買い手がM&Aを成功させるには、買収した資金を可能な限り早く回収し、かつ利益を最大化することが重要です。そのためには、特に一つ目のコツが重要です。

そのためには、デューデリジェンスによって売り手企業が運営する農業の実態を把握することが求められます。実態を把握することで、売り手企業の強みや想定されるシナジー効果などを、より正確に分析できるようになります。また、潜在的なリスクとなる簿外債務や偶発債務の発見にもつながります。こうした効果により、高値掴みを回避しやすくなります。

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農業分野のM&A事例

以下では、農業分野のM&A事例を5つ紹介します。

みのり3号投資事業有限責任組合と積水ヒノマル株式会社のM&A

このM&Aは譲渡会社が肥料、植薬、産業資材などの仕入れ・販売の積水ヒノマル株式会社、買収会社が投資ファンドのベーシック・キャピタル・マネジメント株式会社が運営するみのり3号投資事業有限責任組合です。

実行時期は2020年8月で、株式譲渡のスキームを用いて実施されました。9大企業グループからのカーブアウト(子会社独立)を支援する目的で実施され、結果としてアグリ事業はヒノマル株式会社という新会社として独立することとなりました。

参照元:ベーシック・キャピタル・マネジメント株式会社「積水ヒノマル株式会社のアグリ事業取得について

NECキャピタルソリューション株式会社とオリザ鹿児島ファーム株式会社のM&A

このM&Aの実行時期は2019年9月で、株式譲渡のスキームを用いて実施されました。

農産物の生産から加工、流通、販売までの一連の流れを踏まえた農業事業の高度化に取り組む目的で実施され、結果として、NECキャピタルソリューション株式会社が小平の保有するオリザ鹿児島ファーム株式会社の株式を譲受して子会社化しました。

参照元:NECキャピタルソリューション株式会社「小平株式会社との業務提携契約の締結およびオリザ鹿児島ファーム株式会社の株式取得に関しまして

大和フード&アグリ株式会社と株式会社スマートアグリカルチャー磐田のM&A

このM&Aは、譲渡会社が食、農業に関するビジネスを営む大和フード&アグリ株式会社、買収会社はパプリカなどの野菜を生産する株式会社スマートアグリカルチャー磐田です。
実行時期は2021年10月で、資本参加の形で実施されました。

日本で解決に向けて取り組むべき社会課題の一つである農業の活性化へ貢献することを目的に実施され、結果として大和フード&アグリ株式会社がこれまでの大規模施設園芸の運営経験を活かし、新たにパプリカの生産、販売ビジネスを開始しました。

参照元:大和フード&アグリ株式会社「株式会社スマートアグリカルチャー磐田への経営参画について

株式会社トミイチと株式会社北栄農産のM&A

このM&Aは、譲渡会社が農産物の卸販売およびコントラクター(農作業の代行受託)事業を営む株式会社北栄農産で、買収会社が農業・食品事業を営む株式会社トミイチです。

実行時期は2019年3月で、合併のスキームで実施されました。

さらなる効率的な事業運営の推進と契約産地の拡大を加速した上での質の高い青果物の安定供給を目的として実施され、結果として株式会社トミイチが存続会社となり、株式会社北栄農産は消滅しました。

参照元:エア・ウォーター株式会社「株式会社トミイチと株式会社北栄農産の合併について

大和フード&アグリ株式会社による株式会社平洲農園のM&A

このM&Aは譲渡会社がベビーリーフ生産ビジネスを営む大和フード&アグリ株式会社で、買収会社がトマト生産業の株式会社平洲農園です。

実行時期は2020年3月で資本提携の形で実施されました。

農業の活性化を目的として実施され、結果として、大和フード&アグリ株式会社がカゴメ株式会社との連携のもとトマト生産ビジネスに参入しました。

参照元:大和フード&アグリ株式会社「山形県川西町におけるトマト生産ビジネスへの参入について

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まとめ

農業従事者の数は年々減少し、高齢化が進んでいます。後継者を見つけることに苦労している農家や農業法人も少なくありません。また、規制の緩和により農業への参入障壁が低下し、異業種からの農業参入が促進されています。

将来的には、デジタル化やスマート農業の流れが加速すると予想され、事業の承継や拡大、新規事業推進の手段としてM&Aが活用されています。農業のM&Aは、今後ますます活発化するでしょう。

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