製薬会社のM&A動向と買収・売却の流れを解説
2024年3月25日
このページのまとめ
- 製薬会社がM&Aを行う背景には、薬価引き下げやジェネリック医薬品推進などがある
- 製薬事業には莫大な資金が必要なため、M&Aによって事業規模を拡大することが有効
- 日本国内だけでなく、海外製薬会社とのM&A事例も増えている
製薬業界においては、薬価の引き下げやジェネリック医薬品の導入推進などが影響して、市場規模が徐々に縮小すると考えられています。
少子高齢化に伴う人材難に直面する可能性も高く、生き残るためにはM&Aを含めてさまざまな手段を活用することが大切です。
本コラムでは、製薬会社がM&Aを行う理由や具体的な実施の流れ、代表的な事例について解説します。
縮小する製薬業界を生き残りたいと考えている方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
製薬会社がM&Aを行う理由
日本の製薬業界の市場規模は、2015年に10兆円を超えたあたりから、以下のようにほぼ横ばいで推移しています。
参照元:厚生労働省「医薬品業界の概況について」
現状では横ばいとなっているため、急激に変化するケースはあまりないと予想できるでしょう。
しかし今後は、年数が経てば薬価の引き下げやジェネリック医薬品の推進などが影響して、市場規模の縮小を引き起こす可能性があります。
また、国内で見れば横ばいの医薬品市場ですが、過去2017~2021年の5年間で見た市場成長率のデータを見ると、日本だけが唯一マイナス成長となっています。つまり、グローバルな視点で見れば、医薬品業界はまだまだ成長市場と言えるでしょう。
そのような背景も考慮して、製薬会社がM&Aを行う理由を確認していきましょう。
- 後継者不足
- 薬価の引き下げによる影響
- 新薬開発の資金作り
- 海外進出の拠点作り
- 借入金の解消
- 従業員の雇用確保
- ジェネリック医薬品の市場拡大の影響
それぞれについて、詳しく解説します。
参照元:
厚生労働省「医薬品業界の概況について」p.2
後継者不足
製薬会社がM&Aを行う大きな理由のひとつとして「後継者不足」が挙げられます。
そもそも日本では、製薬会社に限らず多くの中小企業が後継者不足に悩まされています。
中小企業庁の調査によると、2020年時点で「後継者が不在」と回答した経営者の割合は、60代以上の各年代で以下のようになりました。
年代 | 割合 |
60代 | 48.2% |
70代 | 38.6% |
80代 | 31.8% |
実際、2020年時点で廃業した会社の中で「黒字だが倒産した」と回答した割合は、全体の61.5%でした。
また、廃業理由の29%が「後継者が見つからない」という内容になっています。
製薬会社においても状況は似ています。
2019年に厚生労働省が発表したデータによると、医薬品製造販売業者を対象にしたアンケートで「適切な後継者がいない」と回答した割合は35.5%でした。
また、適切な後継者がいる企業の中でも、以下のような理由で「すぐにアサインすることは難しい」と回答するケースがいくつかありました。
- 製薬に関する知識は十分あるが社内を統治する経験が足りていない
- 社内を統治する経験はあるが製薬に関する知識が足りていない
ここでの後継者とは、厳密には経営層ではなく「総括製造販売責任者」を指します。
総括製造販売責任者は、製薬販売における品質管理や安全管理を含め、すべての責任を負う人物を指します。
厳密には経営層ではないとはいえ、人をまとめる立場にある人物の数が不足しているのは、多くの製薬会社が直面する課題でしょう。
株式会社ダン計画研究所というシンクタンクの調査結果によれば、以下のような理由から「人材確保に苦戦しているバイオベンチャーが多い」という結果が得られました。
- ある程度のポジションの高度人材を雇う場合は高額オファーが必要となるため、ベンチャー黎明期では雇い入れが難しい
- 経営経験がない大学の教員が兼職としてベンチャーに参加することが、問題視されることがある
- バイオベンチャーはITベンチャーのようなリッチなイメージを持たれにくく、学生の中には最初からバイオベンチャーへの就職を選択肢として考えないケースが多い
このように、製薬業界を含めて日本の中小企業は、後継者不足やそもそも人材を確保できない点に悩まされています。
上記のような状況下で、後継者や人材確保の手段として期待されているのがM&Aです。
M&Aを実施することで、社外の人物から後継者を選べるようになるため、従来よりも選択肢の幅が広がります。
とくに製薬業界では、経営スキルだけでなく高度な医療分野の知識も要求されるため、適切な人材を見つけにくいでしょう。
M&Aによって後継者探しの選択肢の幅を広げて、廃業の危機から脱することができるのは大きなメリットです。
参照元:
中小企業庁「事業承継とは」
厚生労働省「令和元年度厚生労働行政推進調査事業費補助金厚生労働科学特別研究事業分担研究報告書」
株式会社ダン計画研究所「令和2年度「バイオベンチャーにおける研究人材確保に関する調査」実施報告書」
薬価の引き下げによる影響
製薬会社がM&Aを実施する背景として「薬価の引き下げ」も影響しています。
薬価とは、医療用医薬品の価格のことです。
病院や薬局に対して、国の医療保険制度に基づく予算から支払われます。
薬価は自由に決められるものではありません。製薬会社の状態や薬の効能、新規性などを考慮して厚生労働省が定めています(公定価格)。
薬価を決める際は、大きく分けて以下の2つの方法を用いることが多いです。
- 類似薬効比較方式
- 原価計算方式
【類似薬効比較方式】
類似薬効比較方式とは、新薬の効能や化学構造式、投与形態などが似ている薬がある場合、その薬の1日薬価に合わせる方式のことです。
新薬に、従来にはない新規性や有効性が認められた場合は「補正加算」という形で薬価が上乗せされます。
補正加算の種類や具体的な加算率は以下のとおりです。
補正加算の種類 | 加算率 | 補正加算となる対象 |
画期性加算 | 70~120% | 新規の作用機序 高い有効性や安全性 疾病の治療方法の改善 |
有用性加算 | 5~60% | 高い有効性や安全性 疾病の治療方法の改善等 |
市場性加算 | 5%・10~20% | 希少疾病用医薬品等 |
小児加算 | 5~20% | 用法・用量に小児に係るものが明示的に含まれている等 |
特定用途加算 | 5~20% | 特定用途医薬品として指定された新規収載品 |
先駆加算 | 10~20% | 先駆的医薬品として指定された新規収載品 |
【原価計算方式】
新薬と似ている薬がない場合に適用される薬価の規定方法は、原価計算方式です。
原材料費や製造経費等を考慮して薬価を決定します。
ただし、既存治療と比較して高い有用性等が認められた場合は、上記の額に補正加算が加えられます。
この医薬品の公定価格は原則として2年に1度改定されており、厚生労働省のデータによると近年では以下のとおりです。
年 | 前年度と比較した薬価の数値(薬剤費ベース) | 前年度と比較した薬価の数値(医療費ベース) |
2016年 | -5.64% | -1.22% |
2017年 | -5.57% | -1.22% |
2018年 | -7.48% | -1.65% |
2019年 | -4.35% | -0.93% |
2020年 | -4.38% | -0.99% |
薬価が下がれば、実際に患者が購入する際の出費も抑えられるため、一見すると良いことのように思えるかもしれません。
しかし価格が下がった分、当然病院や薬局などの売り上げは減少します。
売り上げが減少し、利益を出しにくくなることは、長期的に製薬業界全体にとってマイナスです。
このような薬価の引き下げによって利益を出しにくくなった製薬会社が、現状を打破する手段としてM&Aを選択しています。
M&Aを実施することで取引先のリソース(資金や人材、技術など)を活用でき、自社だけで経営するよりも高い成果を出せることが期待できるでしょう。
参考:
厚生労働省「令和6年度薬価改定について」
厚生労働省「薬価改定の経緯」
新薬開発の資金作り
新薬開発の資金作りの手段として、M&Aを実施する製薬会社も多いです。
製薬関連事業は、一般的な企業と比較して新薬開発などに莫大な開発費がかかります。
厚生労働省自身が「医薬品の開発には数百億~数千億円規模の費用が必要」と言及しているほどです。
具体的な1社あたりの平均研究開発費用は、直近5年間で以下のように推移しています。
年 | 1社あたりの平均開発費用 |
2015年 | 1,376億円 |
2016年 | 1,301億円 |
2017年 | 1,414億円 |
2018年 | 1,490億円 |
2019年 | 1,633億円 |
1社あたりで、新薬開発にあたっては1,000億円単位の巨大な金額が必要であるとわかります。
これだけ巨額の資金を投資したとしても、必ず新薬が承認されるとは限りません。
⽇本製薬⼯業協会の発表によると、標的となる薬物を定めてから申請承認されるまで、約15年の月日がかかります。
さらに、承認される可能性は、わずか0.003%に過ぎません。
実際、国内における未承認新薬の数は、以下のように年々増加傾向にあります。
年 | 国内の未承認新薬数 | 申請数に対する未承認の割合 |
2016年 | 117 | 56% |
2017年 | 134 | 62% |
2018年 | 154 | 66% |
2019年 | 157 | 69% |
2020年 | 176 | 72% |
上記のように、製薬業界は「新薬開発に巨額の費用が必要」「時間がかかる」「承認可能性は低い」など、さまざまなリスクを抱えています。
こうしたリスクをなるべく回避して新薬開発に取り組むには、M&Aを活用して事業規模を拡大し、自社のリソースを増やすことが必要です。
事業規模が大きくなれば使える金額の規模も増やせますし、人材や技術をフル活用して少しでも新薬の承認可能性を高められるでしょう。
参照元:
厚生労働省「医薬品産業ビジョン2021資料編」p.12、p.15
⽇本製薬⼯業協会「第1回 医薬品開発協議会」p.7
海外進出の拠点作り
海外進出に向けた拠点作りの一環として、M&Aを実施する製薬会社もあります。
先ほど解説したように、日本の薬価は年々減少傾向にあるため、製薬会社も利益を出しにくくなっています。製薬会社が利益を出しにくくなれば、将来的に国内製薬業界の市場規模は縮小していくと考えられるでしょう。
新薬開発に莫大な費用を投下しても、国内の市場規模が縮小してしまっては、製薬会社として投資分を回収できません。
国内の市場規模は、世界と比較すると減少度合いが顕著に表れます。
経済産業省が発行するマガジンによると、2021年時点での世界全体の医薬品市場規模は約200兆円となっており、年平均で5.1%の拡大率を示しています。
一方、日本の医薬品市場規模は、マイナス0.5%の変動を示しています。
先ほど解説した「薬価の引き下げ」によって、製薬会社の売り上げが低下したことも原因のひとつです。
2020年までの5年間において、欧米で承認された新薬243品目のうち、176品目が日本国内では非承認となっています。
このように日本の製薬業界の市場規模は年々減少傾向にあるといえます。
さらに日本の後発医薬品メーカーの売上高は、大手メーカーと比較しても低いです。
厚生労働省の資料によると、2019年時点での具体的な売上高には、以下の差があります。
医薬品メーカーカテゴリ | メーカー名 | 売上高 |
大手医薬品メーカー | 武田薬品 | 3兆2,912億円 |
大塚ホールディングス | 1兆3,962億円 | |
アステラス製薬 | 1兆3,008億円 | |
第一三共 | 9,818億円 | |
エーザイ | 6,956億円 | |
後発医薬品メーカー | 日医工 | 1,901億円 |
沢井製薬 | 1,825億円 | |
東和薬品 | 1,104億円 |
このように製薬業界は、長年参入している大手が有利であるため、後発の企業が日本国内だけで売り上げを伸ばすのは厳しいといえるでしょう。
製薬会社としては、市場規模が縮小する日本よりも海外進出を目指すのは、当然の流れのように思われます。
こうした海外進出を果たす手段として活用されているのが、M&Aです。
海外市場でゼロから自社のみで製薬業界に参入するのは、相当ハードルが高いでしょう。
M&Aを実施することで、初期段階から海外のリソースをフル活用して成長の見込める市場に飛び込めるため、企業にとってもメリットが大きいです。
実際に直近の数値を見ても、海外市場へ進出する日本の製薬会社数は、年によって多少の差がありつつも増加傾向にあります。
年 | 海外市場へ進出する医薬品関連企業数 |
2013年 | 371 |
2014年 | 378 |
2015年 | 384 |
2016年 | 372 |
2017年 | 364 |
一方で国内の製薬会社数は減少傾向にあります。
年 | 国内の製薬企業数 |
2013年 | 327 |
2014年 | 310 |
2015年 | 305 |
2016年 | 294 |
2017年 | 298 |
今後も高い成長性を誇る海外への進出を目的として、M&Aを実施する製薬会社は増加していくと考えられるでしょう。
参照元:
METI Journal「バイオ創薬は世界で勝負。製薬トップと日本の戦略を考える」
借入金の解消
M&Aを実行することで、借入金の解消につなげることもできます。
先ほども解説したように、製薬会社が新薬を開発するには数千億単位で莫大な金額が必要です。
こうした莫大な資金を、初期段階から自社のみで確保するのは難しいでしょう。
場合によっては、研究開発費用のために借入を実施している企業もあるでしょう。
当然ですが借入金は返済する必要があります。
そのため、返済が完了するまでは自社の経営を圧迫し続けることになります。
「新薬開発のために数億円単位で借入を行っている」となれば、返済が完了するまで経営陣に重いプレッシャーがかかるでしょう。
万が一、新薬が承認されなければ返済金額分を回収できず、最悪の場合は倒産などにつながるかもしれません。
M&Aを実施した場合、両者の合意があれば売り手が抱える借入金を買い手に引き継ぐことも可能です。
資金力のある大手の傘下に入ると、巨額の借入金を自身の手元から手放すことが現実的となります。
借入金を減少させて返済の負担を軽減するのは、経営者にとって魅力です。
従業員の雇用確保
M&Aを実施することで、従業員の雇用確保にもつなげられます。
製薬会社で働く従事者の数は減少傾向にあるといわれています。
「製薬会社で働く薬剤師の数」という限定的なものではありますが、厚生労働省の調査によると、2018年と2020年では以下のように従事者数が減少しました。
- 2018年:41,303人
- 2020年:39,044人
徐々にですが、製薬業界で従事する人数は減少傾向にあることがわかります。
また、製薬会社に限らず、医療業界は「希望すれば未経験から誰でも従事できる」とは言えません。
一定の資格やスキル、経験を求められることが多いため、人材確保に苦労する製薬会社も多いでしょう。
上記で触れた薬剤師に関しても、薬学部を卒業し、さらに国家試験に合格しなければなりません。「未経験から挑戦したい」と思っても、就業するハードルは高いことがわかるでしょう。
さらに日本では少子高齢化も進行しているため、製薬業界の従事者自体の平均年齢も上がると予想されます。
従事者の平均年齢が上がると、数年後には引退を考える人数が増え、さらなる人材不足に陥る可能性が高まります。
上記のような課題を解消して、製薬会社にとって必要な人材を確保する手段として、M&Aは有効活用できます。
M&Aを実施することで、売り手が雇用している人材をそのまま買い手で引き継ぐことも可能です。
引き継いだ人材は製薬業界での経験が豊富なため、ゼロから教育し直すコストもほとんどかかりません。
製薬会社に限らず、人材不足で悩む企業にとって、M&Aは課題を解消する手段として有効といえるでしょう。
参照元:厚生労働省「令和2(2020)年医師・歯科医師・薬剤師統計の概況」p.22
ジェネリック医薬品の市場拡大の影響
製薬会社がM&Aを実施する背景には、ジェネリック医薬品の市場拡大の影響もあります。
ジェネリック医薬品とは、「後発医薬品」と呼ばれる薬のことです。
新薬(先発医薬品)の特許が切れた後に製造・販売されるものであり、「新薬と同じ有効成分を含んでおり同等の効き目がある」と認められています。
ジェネリック医薬品は、特許が切れているため、新薬よりも比較的安価で取引が可能です。新薬よりも取引価格が低く開発費用も抑えられるため、日本でもジェネリック医薬品の導入を推進する動きが強くなっています。
政府広報オンラインによると、ジェネリック医薬品は海外では広く浸透しているといわれています。
数量シェアは、アメリカで「90%以上」、ヨーロッパで「60~80%」となっており、世界的にもジェネリック医薬品導入が進んでいることがわかるでしょう。
さらに日本では「2023年度末までに全都道府県でジェネリック医薬品を80%以上導入する」という目標も掲げています。
2022年9月時点での導入率は79%となっており、これからの数か月で目標の80%を達成するかが注目されます。
しかし、ジェネリック医薬品の導入が引き起こすのは、良い面だけではありません。
「新薬より安価で購入できる」ため、その分、製薬会社の売り上げも減少します。売り上げが減少すれば利益も減るため、長期的に見ると製薬業界全体の市場規模が縮小する可能性もあります。
上記のような状況下で、製薬会社が生き残る手段としてはM&Aが有効です。
M&Aによって事業を拡大できれば、限られた市場の中で自社が占める割合を伸ばせます。
参照元:
政府広報オンライン「安心してご利用くださいジェネリック医薬品」
厚生労働省「後発医薬品(ジェネリック医薬品)及びバイオ後続品(バイオシミラー)の使用促進について」
製薬会社のM&Aの流れ
上記で解説したように、薬価の引き下げやジェネリック医薬品の導入推進などによって、日本の製薬業界の市場規模は縮小する可能性が高いです。
そのような状況下で生き残るためには、M&Aを実行して事業規模を拡大し、活用できるリソースを増やすことが大切になります。
実際に製薬会社でM&Aを実施する際は、以下の流れを意識しましょう。
- M&A仲介会社に相談して取引先を探す
- 秘密保持契約の締結
- 企業概要書の提示
- 売却側・買収側の面談
- 基本合意書の締結
- 希望買取額の提示・条件交渉
- 契約締結
それぞれについて詳しく解説します。
M&A仲介会社に相談して取引先を探す
まずはM&Aの仲介会社に相談して取引先を探しましょう。
M&A自体は2社間の合意があれば実施できるため、仲介会社を使わなくても実施可能です。
しかし実際のM&Aでは、以下のように幅広い業務が発生します。
- 売却価格の交渉
- 複雑な契約書類作成
- 雇用条件のすり合わせ
- 利用するM&Aのスキームのすり合わせ
- 譲渡する資産や負債の確認
M&Aの経験を持たない製薬会社同士で上記のような業務に取り組む場合、ミスやトラブルが発生する可能性は高いです。
M&Aを行った後に「聞いていた条件と違う」「企業のカルチャーが合わず従業員が辞める」などのトラブルが発生すると、解決に時間と手間がかかることが多いです。
上記のようなミスやトラブルをなくすためにも、基本的にはM&Aの仲介会社を活用しましょう。
M&Aの仲介会社を選ぶ際は、以下6つのポイントを意識することが大切です。
- 自社にあった契約の種類を選ぶ。
- サポートの範囲をチェックする
- 料金体系をチェックする
- M&Aの得意分野はどこか
- 具体的な実績はどれくらいあるか
- 専門家は在籍しているか
契約の種類は、「仲介型(中立的な立場から譲渡側と譲受側の間を取り持つ)」と「アドバイザリー型(依頼側の企業の利益が最大化するようにM&Aを進める)」に分かれます。一部の仲介会社は、事前調査やPMIに対応していないケースもあるため注意してください。
さらに、仲介会社によって「成果報酬型か」「相談料や中間金は発生するか」などが異なります。また、仲介会社のネットワークや他事業によって得意な業界は異なります。
仲介会社のM&A実績が豊富であれば、ノウハウが蓄積されており、信頼できると考えられます。財務や税務、法律などの専門家が在籍している仲介会社であれば安心して依頼できるはずです。
秘密保持契約の締結
M&Aの取引先を見つけたら、秘密保持契約を締結しましょう。
製薬会社に限らずM&Aの実施にあたっては、自社の財務状況や売却希望価格など、外部に知られてはいけない情報を取り扱う必要があります。
万が一「あの製薬会社はM&Aを行うらしい」という情報が拡散されれば、企業の評判や信頼性に影響を及ぼす可能性があります。
情報が拡散されれば、従業員が「この会社は売られるから仕事がなくなる」と誤解して、退職を考える可能性もあるでしょう。
M&Aが完了するまで無用なトラブルを発生させないためにも、2社間で秘密保持契約を締結しましょう。
企業概要書の提示
秘密保持契約を締結したら、具体的な交渉段階へと移ります。
交渉の際は、売り手が買い手に対して企画概要書を提示することが一般的です。
企画概要書は「IM(インフォメーション・メモランダム)」とも呼ばれており、売り手に関する非公開情報が掲載されています。
買い手は企画概要書(IM)に記載された情報を基に、具体的な交渉内容を練っていきます。
売却側・買収側の面談
企画概要書の中身を確認してお互いに問題がなければ、売却側・買収側、双方のトップ同士で面談を実施します。
M&Aが完了すると、異なる製薬会社同士が一つの事業として統合されるため、「企業同士の相性や理念がマッチしているか」という点が重要になります。
仮に金額や雇用条件面などで納得できても、「社風が合わない」「経営陣の考え方が好きになれない」という場合、一緒に事業を営むことは難しいでしょう。
もしも社風や理念、考え方の面を擦り合わせず強引にM&Aを実施すれば、事業を開始してから「社風が変わったことで離職者が増える」などの事態になりかねません。
M&Aは、2社が一つになることがスタート地点です。
末長く事業を一緒に進めるためにも、トップ面談によって理念や社風、経営陣の考え方などは確認しておきましょう。
基本合意書の締結
トップ面談まで完了してお互いの考え方や理念に共感できたら、基本合意書を締結しましょう。
基本合意書とは、M&Aを実施するにあたり「売り手・買い手の双方が基本的な条件に合意した」という旨を明示する書類のことです。
基本合意書自体に法的拘束力はありません。
しかし、実際の交渉は基本合意書の内容をもとに進めるため、事前に定めておきましょう。
基本合意書の記載内容例は以下の通りです。
- 利用するM&Aのスキーム
- 譲渡する対象の事業や負債の範囲
- 支払いの対価
- 従業員の雇用条件
- 支払いタイミング
- デューデリジェンスの実施に関して
基本合意書に重要なポイントをまとめておくことで、双方の認識ズレをなくし「合意不足で最終契約まで至らない」という事態も防げるでしょう。
また、基本合意書を締結することで独占交渉権が付与されます。
独占交渉権とは「売り手は数ヶ月間、基本合意書を締結した企業以外とM&Aの交渉ができない」という権利のことです。
売り手は他の製薬会社と交渉できないため、「途中で違う企業がいきなり買収した」というトラブルも防止できます。
基本合意書と異なり、独占交渉権は法的拘束力が働くため、買い手としても安心です。
希望買取額の提示・条件交渉
基本合意書を締結したら希望買取額を提示して、具体的な条件面を交渉しましょう。
金額などの具体的な条件面を決めるにあたっては、売り手に対してデューデリジェンスを実施します。
デューデリジェンスとは、買収予定の企業の価値や負債、訴訟トラブルなど各種リスクを調査することです。
デューデリジェンスは必須ではありませんが、多くの場合実施されます。
しかし、事前に調査をしておかないと、M&A完了後に「簿外債務(貸借対照表に記載されていない負債)があった」「実は借金があった」などの事実が発覚する可能性もあります。
負債や訴訟のトラブルリスクなどが発覚すれば、買取金額にも影響を与えます。
M&A完了後、2社間でのトラブルを避けるためには、デューデリジェンスを実施しましょう。
デューデリジェンスは、財務や法務など幅広い角度から調査を実施します。
調査項目が多岐にわたるため、専門知識を持つ士業などの協力も受けながら実施することが一般的です。
契約締結
デューデリジェンスを実施してお互いに金額面で合意できれば、最終契約を締結しましょう。
最終契約書は基本合意書と異なり、法的拘束力を持ちます。
法的拘束力があるため、もし一方的に合意条件を破棄されるようなことになれば、損害賠償の請求も可能です。
最終契約書には以下のような内容を記載します。
項目 | 内容・定義 |
前文と定義 | ・契約の当事者と締結目的 ・売り手の名前 ・頻出単語の定義 |
M&Aの合意と譲渡対象の価格決定 | ・譲渡対象の詳細 ・重要物品の指定 |
表明保証 | ・売り手が買い手に対する保証内容 |
誓約事項 | ・表記内容の実施(または非実施)を約束する事項 |
クロージングの前提条件 | ・キーマン条項 ・MAC条項 |
補償条項 | ・違反時の損害補償 |
契約解除の条件 | ・契約違反時の契約解除条件 |
一般条項 | ・通常の契約書に記載される内容(例:秘密保持義務、契約変更方法など) |
キーマン条項とは、特定の人物が引き続き勤務できることを約束するものです。一方で、MAC条項は、経営状況などに重大な悪影響を及ぼす事態が発生した場合に契約を解除できるものです。
上記の内容を最終契約書にまとめて再度検討し、お互いに問題がなければ締結しましょう。
締結できれば無事にM&Aは完了です。
製薬会社のM&Aの事例
製薬会社による代表的なM&A事例としては、大きく以下の3つが挙げられます。
- 武田薬品によるシャイアー(アイルランドの製薬会社)とのM&A
- ロート製薬による天藤製薬とのM&A
- アステラス製薬によるIveric Bio社(アメリカの製薬会社)とのM&A
それぞれについて詳しく解説します。
武田薬品によるシャイアー(アイルランドの製薬会社)とのM&A
日本の大手製薬企業である武田薬品工業株式会社が、アイルランドのシャイアー社を買収した事例です。
武田薬品とシャイアー社は、日本とアイルランド、それぞれにおける製薬会社の大手として知られています。
大手同士である両社がM&Aを実施することで、日本とアイルランド、さらには世界の他の主要な医薬品市場において、リーディングカンパニーとしての地位を確立できました。
武田薬品によるシャイアー社の買収は、2回の段階で実施されました。
まず、1回目は2018年に発表されて2019年に実施されました。
1回目の買収では、武田薬品の株主が統合後の会社の株式を約50%保有することになりました。
また、新株式は東京証券取引所および日本国内の地方証券取引所に上場することが決定しました。
2回目のM&Aは、2020年8月に発表されて同年10月に実施されたものです。
2019年のM&Aによって、武田薬品は世界でもトップ10に入る製薬会社へと変化しました。
さらなる成長を遂げるために、完全子会社であるシャイアー・ジャパン株式会社を吸収合併し、武田薬品とシャイアーの持つシナジーを最大限に引き出すこととなりました。
吸収合併によってシャイアー・ジャパン株式会社は消滅し、その業務は武田薬品工業株式会社として継続しています。
参照元:
武田薬品工業株式会社「武田薬品によるシャイアー社買収の申出について」
武田薬品工業株式会社「完全子会社との合併(簡易・略式合併)に関するお知らせ」
ロート製薬による天藤製薬とのM&A
ロート製薬株式会社が天藤製薬株式会社と株式譲渡契約を締結した事例です。
もともとロート製薬は、2030年までのビジョンとして「OTC医薬品のリーディングカンパニーになる」ということを掲げていました。
このビジョンを達成するために、ロート製薬は、江戸時代から痔疾用新薬の先駆けとして販売されてきた、ボラギノール®の製造・販売会社である天藤製薬の力を取り入れることとなりました。
天藤製薬はOTC医薬品分野においてブランド力や顧客からの支持力が高く、安定した事業を展開しているため、ロート製薬のビジョンにマッチしたといえるでしょう。
さらにロート製薬は海外ネットワークも充実しています。
そのため、ボラギノール®を含めて多くの製品を効率的に世界中へ届けられるようになり、さらなる事業拡大が期待できるでしょう。
今回のM&Aでは、ロート製薬が天藤製薬の株式のうち「67.19%」を株式譲渡契約によって取得しました。
参照元:ロート製薬「ロート製薬による天藤製薬の株式の取得(子会社化)について」
アステラス製薬によるIveric Bio社(アメリカの製薬会社)とのM&A
アステラス製薬がアメリカの製薬会社であるIveric Bio社を買収した事例です。
2023年4月に契約締結が完了しました。
アステラス製薬は企業のビジョンとして「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの『価値』に変える」を掲げています。
上記のビジョン達成に向けて、現在は「再生と視力の維持・回復」を含む5つの領域へ優先的に経営資源を投下しています。
Iveric Bio社は眼科領域における新薬の研究開発に注力しているため、現状のアステラス製薬にとって最適なM&A相手といえるでしょう。
今回のM&Aは、Iveric Bio社の買収は、Berry Merger Sub, Inc.(アステラス製薬の米国持株子会社、アステラスUSホールディングの100%子会社)を通じて実施されました。総額約59億米ドル(40.00米ドル/株)を対価として買収することで合意しています。
参照元:アステラス製薬株式会社「米国Iveric Bio社買収に関する契約締結のお知らせ」
まとめ
製薬業界は、薬価の引き下げやジェネリック医薬品導入推進などの影響によって、市場規模が縮小すると考えられています。
また、少子高齢化の影響もあり、後継者不足や人材確保に悩む製薬企業は今後増加していくでしょう。
縮小する製薬業界で生き残るためには、M&Aによって事業規模を拡大することもひとつの手です。
日本国内だけでなく、海外製薬会社とのM&A事例も多数存在するため、参考にして「自社とのシナジーを生み出す方法はないか」を模索するのもよいでしょう。
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