SaaS業界のM&Aとは?メリットやポイント、実際の成功事例を解説
2024年4月26日
このページのまとめ
- SaaS業界は市場成長率が高く、M&Aも活発に行われている
- インカムアプローチ・マーケットアプローチ・コストアプローチで企業価値を算定する
- SaaSの企業を売却する際は、自社の適正価格の把握や労務まわりの整理が大切
- SaaSの企業を買収する際は、自社とのシナジーの検討が重要となる
近年、IT領域はM&Aの買収先として人気があり、すでにSaaS領域で事業展開している場合は既存事業を拡大させる手段として、これからSaaS領域への参入を目指す場合は新規参入の手段として、M&Aを検討している方もいるでしょう。
そこで本記事では、SaaS領域でM&Aを検討している人に向けて、SaaS業界のM&Aの動向や、買い手と売り手から見たメリット・デメリット、実際のM&A事例などを紹介します。
目次
SaaSとは
まず、SaaSの概要やSaaS業界の動向、M&Aの状況、株価の基礎となる企業価値の算定方法を解説します。
SaaSの概要
SaaSとは「Software as a Service」の略で、クラウド上で稼働するソフトウェアの総称です。クラウド上で操作できるため、インターネット環境があれば端末や場所を選ばずにサービスを利用できます。
近年では、SaaSを武器に業績を伸ばす企業が増え、多くの新興企業が上場を果たしています。SaaSはサブスクリプションとも相性が良く、従来の「ソフトの売り切り」から「課金制」へとビジネスモデルを変更する企業も増えています。
月額課金のサブスク方式は、売上が積み上げ式になっており、顧客の流出がない限り収益が徐々に増える仕組みです。さらに近年では、DXやデジタル化などSaaS業界を後押しする要因が多くみられます。そのため、SaaS業界の市場は今後さらに拡大していくでしょう。
IaaS・PaaSとの違い
SaaSと混同されやすい用語として、IaaSとPaaSが存在します。
IaaSは「Infrastructure as a Service」の略であり、クラウド上のネットワークやサーバーなどのインフラをサービスとして提供する形態のことを指します。
一方のPaaSは「Platform as a Service」の略で、開発環境やデータベースなどのアプリケーションを開発するためのプラットフォームを提供するサービスを意味しています。
SaaS・IaaS・PaaSともにクラウド上でサービスを提供する点は共通しているものの、提供するレイヤーが異なります。IaaSがITサービスの根幹部分のみ提供するのに対し、SaaSはアプリケーション部分まで完成した状態で提供し、PaaSはその中間という位置付けです。
SaaS業界のM&Aの動向
SaaS業界は変化が激しい競争環境のため、M&Aも活発に行われています。本章では、SaaSの市場動向やM&Aの潮流について紹介します。
SaaS業界の動向
世界のSaaS業界は、数ある業界の中でも成長率が著しい業界のひとつです。あらゆるサービスのクラウド化が進む中、今後も高い成長率を維持することが期待されています。一方、国内ではSaaSの普及が進みきっているとは言えず、潜在的な成長率が高い分野です。
最近では、テレワークに伴うクラウド利用の増加やDXの推進などが追い風となり、SaaS業界の市場拡大が進んでおり、国内の大手SaaS企業の業績は堅調です。また、人手不足の解消や生産性向上を目的とした業務効率化やデジタル化も、SaaS業界全体の伸張につながっています。
関連記事:IT業界のM&A動向は?M&Aの事例や実施方法を解説
SaaS業界の市場規模
総務省「令和5年版 情報通信白書」によると、世界のSaaS市場規模(売上)は2021年で1,399億ドル(およそ21兆2,243億円)とされており、ここ3年で急激に成長しています。この急成長は今後も続くことが見込まれ、2026年には3,283億ドルに達すると予想されています。
年度 | SaaSの市場規模(売上高) |
2018 | 799億ドル |
2019 | 968億ドル |
2020 | 1,223億ドル |
2021 | 1,399億ドル |
2022 | 1,674億ドル |
2023 | 1,985億ドル |
2024 | 2,246億ドル |
2025 | 2,686億ドル |
2026 | 3,283億ドル |
※2022年度以降は予測値
参照元:総務省「令和5年版 情報通信白書」
SaaS業界のM&A
SaaS業界のM&Aは非常に活発に行われています。その要因としては主に次の3点が挙げられるでしょう。
- 技術の変化が激しい
- イグジットを目指す起業家が多い
- IT業界の巨大企業によるM&Aが活発化している
SaaS業界は、技術の流行り廃りが激しいことからイノベーションが起きやすく、急成長しやすい市場であると言えるでしょう。そのため、最新のトレンドとなっている技術をゼロから自社で構築するより、他社の買収によって獲得する企業が多い点が特徴です。
また、変化の激しさや個人単位でも一定規模のビジネスを成立させられる点などから、M&Aによるイグジットを目指す起業家も存在します。
さらにグローバルでは、GoogleやAppleなどのテックジャイアントと呼ばれる巨大企業がM&Aを繰り返している点も、特徴のひとつです。
関連記事:「【最新情報】IT業界のM&Aとその要諦とは?」
SaaS業界のM&Aにおける企業価値の算定方法
SaaS業界でM&Aを実施する場合、まずは売り手企業の純資産をベースに、簡易的に企業価値を算定し、株価算定を行います。より厳密に企業価値を算定する方法として、インカムアプローチ、マーケットアプローチ、コストアプローチなどがあります。これらの方法を単一、もしくは複数組み合わせて売買価格を決定するのが一般的です。それぞれの特徴を見ていきましょう。
インカムアプローチ
過去よりも将来に生み出す利益に着目し、リスクなどを考慮した割引率で割り引いて事業価値を導き出す方法です。
インカムアプローチでは、企業の将来性や収益性が重視されます。M&Aにおける企業価値評価のほか、銀行などの金融機関の融資判断や、事業や設備投資への投資判断に使われることもあります。以下の算定方法があります。
収益還元法
企業の正しい利益を推測し、そこに企業リスクを加えてから割引率を適用して企業価値を算定する方法です。
配当還元法
株主が受け取る株式配当(配当金)に注目して企業評価する方法です。
DCF(Discounted Cash Flow)法
事業を行うことによって将来生み出されるキャッシュフローに着目し、一定の割引率を用いてそれを現在価値に引き直したうえで「事業価値」を算定します。そこに「非事業用資産の価値」と「有利子負債等の価値」を考慮して株式価値を導く方法です。
マーケットアプローチ
類似企業や株式市場における上場会社の株価に着目した評価方法です。市場において成約する価格をベースとして、対象会社の株式価値を評価します。
類似会社比準法
自社と類似した企業の財務指標を参考に評価する方法です。M&Aにおいて評価対象の会社が非上場の場合によく使われます。
類似業種比準法
自社と類似した業種の財務指標を参考に評価する方法です。経営者の相続税対策として株価を抑えたい場合に多く活用されます。
市場株価法
上場企業のみ用いることのできる、過去半年程度の平均株価を評価額とする手法です。非上場企業は活用できません。
コストアプローチ
貸借対照表(バランスシート)の純資産をベースに評価する方法で「純資産法」とも呼ばれています。ここでいう純資産とは、貸借対照表の資産額から負債額をマイナスしたものです。非上場の中小企業に多く用いられます。
簿価純資産価額法
帳簿上の資産から負債を差し引いて株式を評価する方法です。一般的には取得原価に基づいているため、帳簿上に記載されている資産や負債の評価額は、現時点の価値である時価と乖離しやすいデメリットがあります。
時価純資産価額法
特に中小企業では、帳簿上の資産や負債を取得時における評価で計上されたままになっているケースが多くあります。そこで、評価時点での実態を表すために資産・負債の各項目を精査して、現時点での価値で再評価し、株価算定を行います。
時価純資産価額法+営業権(のれん)法
上記(2)の時価純資産価額に、会社の超過収益力である営業権を考慮することによって、清算価値あるいは再調達価値に将来の企業価値を加味した継続企業価値を表す方法です。
SaaS業界におけるM&Aのメリット・デメリット
ここでは、SaaS業界におけるM&Aのメリットとデメリットを、売り手と買い手それぞれの目線から解説します。
売り手のメリット
売り手のメリットは以下の2点です。
- 売却益の獲得
- 事業存続が可能
それぞれ詳しく解説します。
1. 売却益の獲得
売り手側にとっての最大のメリットは売却益の獲得です。SaaS業界は変化が激しいため、トレンドのタイミング次第では高値で売却できる可能性もあります。
イグジットを目指す起業家の場合、できるだけ高く売りたいと考えますが、高く売るためには需要の高い分野で事業を展開しなければなりません。SaaS業界は成長産業であり、異業種からも参入が活発です。
2. 事業存続が可能
また、M&Aによって事業を継続できるメリットもあります。
経営者が高齢など、何らかの理由で経営が難しい場合、後継者不在が原因で黒字廃業となるおそれがあるでしょう。しかし、M&Aで売却できれば事業継続が可能となり、従業員の雇用や取引先の利益も守られます。
買い手のメリット
買い手のメリットは以下の2点です。
- シナジー創出による既存事業の拡大
- 異業種からの新規参入が可能
それぞれ詳しく解説します。
1. シナジー創出による既存事業の拡大
買い手側の動機として、既存事業の拡大と新規参入が挙げられます。成長産業であるSaaS業界でシェアを拡大したい場合に、M&Aは事業成長のドライブという意味でレバレッジになります。
また、同じSaaS業界でも違う領域の企業を買収することで、サービスの範囲を拡充したり、優秀なエンジニアや特許、技術などを吸収したりでき、事業拡大が可能です。
2. 異業種からの新規参入が可能
異業種からSaaS領域に新規参入したい場合にもM&Aは有効な手段と言えます。SaaS領域のノウハウや経験のない企業が一から事業を立ち上げると、軌道に乗るまでに多くの時間がかかります。
また、すでに多数の企業が事業展開しているSaaS業界で、必ず成功できるとは限りません。そのため、既存のSaaS企業を買収することで、事業成長の時間を大幅に短縮でき、一定の収益を確保できるでしょう。SaaS業界に限らず、「お金で時間を買う」手段としてM&Aは用いられます。
売り手のデメリット
売り手のデメリットは以下の2点です。
- 期待する売却額とのギャップが生じる可能性
- 残された従業員が流出するリスク(特に事業譲渡の場合)
それぞれ詳しく解説します。
1. 期待する売却額とのギャップが生じる可能性
SaaS業界は変化が激しい分、高値で売却できる可能性が高いですが、その逆に思っていた以上に低い額でのバリュエーションとなる可能性もあります。
これは競合に対する優位性を見極めるために高度な専門性が必要なことや、そもそも優位性を見出しにくいといった要因が挙げられます。
2. 残された従業員が流出するリスク
経営者は事業拡大やイグジットを目的としてM&Aを実施する場合でも、従業員は「会社の経営が危ないのではないか」と考え、会社を離れるケースも多くあります。特に事業譲渡の場合、残された事業側の従業員にはその疑念が高まる可能性があるでしょう。
SaaSなどのIT業界ではトレンドの移り変わりが激しく、市場から撤退を余儀なくされる企業も少なくありません。このような業界で働いている従業員が自社のM&Aのニュースを聞いて、転職を考えることは容易に想像できるでしょう。
従業員の流出は、M&A実施後にも起こりえます。統合後の新会社で新しく雇用契約が締結されるタイミングで、報酬を含めた既存の契約条件が改悪された場合などです。SaaS領域では、従業員、特にITエンジニアに事業が左右される部分が大きいため、従業員の流出は経営的に大きなダメージとなってしまいます。
買い手のデメリット
買い手のデメリットは以下の2点です。
- 変化が激しいことによる事業失敗リスク
- 従業員の流出による競争力の低下
それぞれ詳しく解説します。
1. 変化が激しいことによる事業失敗リスク
買い手側のデメリットは、単純に事業投資が失敗に終わるおそれがあることです。一般的には、既存事業の拡大、新規事業への参入に関わらず、買い手は買収価格を上回る利益を見込んでM&Aを実施します。
しかし、買収した事業が軌道に乗らず、赤字となるケースは大企業であっても珍しくありません。変化が激しいSaaS業界だからこそ、このリスクも高まると言えます。
2. 従業員の流出による競争力の低下
また、売り手側と同様に、従業員の流出のリスクが買い手にも伴います。
特に買収が行われた直後のタイミングは従業員の流出が起きやすくなります。具体的には、統合後の新会社で新しく雇用契約が締結されるタイミングで、報酬を含めた既存の契約条件が改悪された場合などです。
SaaS領域では、従業員、特にITエンジニアに事業が左右される部分が大きく、従業員の流出は経営的に大きなダメージとなってしまうため、十分に留意し対策をとりましょう。
SaaS企業におけるM&Aのポイント
SaaS企業のM&Aを成功させるために必要なポイントを、売り手と買い手の立場からそれぞれ解説します。
売り手の4つのポイント
M&A交渉における売り手の希望は、できるだけ高値で自社を売却することです。そのためには、自社の魅力を上手く交渉相手に伝える必要があります。
ポイント1:自社の企業価値の向上
自社の企業価値を高めることが何よりも大切です。
SaaS企業の価値は、提供する技術やソフトウェアの強みに大きく依存すると言えるでしょう。扱うソフトウェアやサービスを磨き、自社にしかない技術やノウハウを確立します。その自社の技術やノウハウ、サービスの品質や安定性、セキュリティなどの強みを明確に示し、買い手にその価値を伝える必要がある点に留意が必要です。
また、どのような顧客がいるかも大きなポイントとなるため、顧客基盤に大手取引先が入っていることも重要です。一方、企業価値においてマイナス部分である有利子負債はできるだけ圧縮し、不要な資産は処分しておきましょう。
ポイント2:自社の適正価格の把握
自社の企業価値評価を行い、適正価格を知っておくことが大切です。相場よりも高すぎると売却が難しくなり、低すぎると損をしてしまいます。
特にSaaS企業は、急成長かつノンアセット型の企業が多い点が特徴です。つまり将来性の予測が難しく対象資産も限られることから、企業価値の評価においてはマーケットアプローチが有効であると言えるでしょう。
ポイント3:財務・人事・労務まわりの整理
財務における簿外債務や、人事労務における労働組合との表面化していない、いわゆる労務密約などを事前に把握し、整理しておく必要があります。買い手の買収監査であるデューデリジェンスでは把握できず、契約締結後に発覚すると、大きなトラブルにつながるおそれがあります。
特にSaaS業界のスタートアップのように急成長してきた企業の場合は、財務・人事・労務まわりの整理も必要となることが多いです。
ポイント4:SaaS業界に強みを持つM&A専門会社の活用
上記1~3を客観的に評価するためには、IT業界を得意とするM&Aの仲介会社(エージェント)に相談することが効果的です。SaaS企業のの客観的な価値評価やトラブルになりうるリスクを把握できるため、結果として売却がうまくいくことが多いでしょう。
買い手の3つのポイント
SaaS企業の買い手はM&A実施後を見据えて、期待した効果が得られるかを十分に検証する必要があります。既存事業の拡大や新規参入といった目的達成のために、対象企業が買収先として最適であるかを見極めることが重要です。
ポイント1:統合後のシナジーの見極め
SaaSの会社を買収・統合後にシナジー効果を得られるかが重要なポイントです。自社が強化したい事業や分野をよく見極めた上で、買収後にリターンを獲得できるかという視点で買収先のSaaS企業を見極めましょう。
具体的に確認すべき項目としては、買収後の技術統合がスムーズに進むかどうかを判断するため、技術の品質、セキュリティ、拡張性などが挙げられます。
特に、買収によって市場のシェア拡大や競合優位性の強化が期待できるかどうかを重点的に確認しましょう。
ポイント2:従業員の流出を回避するためのPMI計画の策定
買い手のデメリットとして従業員の流出のおそれがあると説明しました。特に、SaaS業界のように特定の個人のスキルに依存しやすい業態では、従業員の確保は非常に重要です。
M&A実施後に従業員が流出するリスクを回避するために、PMI計画を策定することを意識しましょう。
ポイント3:SaaS業界に強みを持つM&A専門会社の活用
被買収企業のデューデリジェンスや契約業務など、M&Aの実務は非常に高い専門性が求められるため、経営者のみでM&Aを実施するとリスクが大きくなります。リスクを極力回避するために、外部専門家に相談して進めることも検討しましょう。SaaS業界特有の専門知識を備えた、IT業界専門のM&Aエージェントも多く存在します。
SaaS業界のM&Aの事例
SaaS業界を売り手とするM&Aの事例を7つ紹介します。
買い手企業 | 売り手企業 | M&Aの目的 |
日立製作所 | Fusionex International | 主力サービスLumadaをAI・データアナリティクスで強化、グローバル展開を加速 |
TOPPAN | Monopos | CRMとSCMを一気通貫で支え、顧客のオムニチャネル支援を強化 |
KDDI | ソラコム | 日本発のグローバルIoTプラットフォームの構築を企図 |
SAP | Qualtrics | SAPのソフトウェアデータに、エクスペリエンスデータを掛け合わせることによる顧客体験・経験価値の強化 |
Microsoft | GitHub | オープンソース型の事業の拡大を企図 |
日本テレビ放送網 | Hulu | 定額制動画配信サービスへのコンテンツの拡大 |
資生堂 | Perfect | 美容プラットフォームやバーチャルメイクアップなどのソリューション展開 |
以下でそれぞれの事例を詳しく解説します。
事例1:株式会社日立製作所
株式会社日立製作所が、AI・データアナリティクスの技術や人材、ノウハウ確保のためにFusionex Internationalの新会社を完全子会社化した事例です。
日立製作所のニュースリリース「アジア地域でAI・データアナリティクスのSaaS事業を取得し、Lumada事業のグローバル展開を加速」によると、日立製作所はマレーシアを拠点にAIやデータアナリティクスのSaaS型サービスを提供するFusionex International PlcからSaaS事業を承継した新会社を完全子会社化しました。
アジア地域でAI・データアナリティクスのSaaS事業を取得し、日立製作所のLumada事業のグローバル展開を加速。Fusionexのアジア地域でのデジタル人財や顧客基盤、技術・ノウハウ獲得をねらい、M&Aを実施しました。
M&Aの目的
今回の新会社の完全子会社化によって、Fusionex InternationalのデータサイエンティストやAI開発・構築を行うエンジニアなどのデジタル人材を獲得し、グローバル市場においてLumada事業拡大の中核を担う日立ヴァンタラをはじめとする日立グループ各社と連携させ、フロント機能とデリバリー機能を強化することが目的です。
また、Fusionex Internationalが培ってきたAI・データアナリティクスの技術や、サブスクリプション型のSaaS事業ノウハウをLumadaに取り込むことによる、ユーザー個別の開発やカスタマイズの必要が少ない、横展開が容易なSaaS事業の強化も狙いのひとつです。グローバル市場での事業拡大に必要不可欠である、高効率なデリバリーモデルの確立を目指しています。
さらに、両社の技術・ノウハウやデジタル人材を融合し、日立のOT(Operational Technology)・プロダクト技術と組み合わせることで、新たなデジタルソリューションを創出していくとのことです。
参照元:日立製作所「アジア地域でAI・データアナリティクスのSaaS事業を取得し、Lumada事業のグローバル展開を加速」
事例2:TOPPAN株式会社(旧:凸版印刷)
TOPPAN株式会社(旧:凸版印刷)がオムニチャネルの支援を強化するため、株式会社Monoposを買収した事例です。
凸版印刷「凸版印刷、オムニチャネル支援を強化」によると、凸版印刷は株式会社IROYAの子会社であるMonoposを2018年8月1日付けで買収したことを発表しました。
オムニチャネルSaaSを提供する新会社Monoposを完全子会社化することで、EC・店舗の商品在庫をリアルタイム管理し、効率的なサプライチェーンマネジメントの実現を目指します。
Monoposは、オムニチャネルワンストップSaaSサービスMonoposを展開し、ECや店舗、倉庫など多岐にわたる在庫のリアルタイムな管理に強みのあるテックベンチャー企業です。
M&Aの目的
今回の施策を通して凸版印刷は、 Monoposと共同でECオムニチャネル支援事業を強化するとしています。凸版印刷の持つ企画力やバックオフィス業務のノウハウと、Monoposの持つシステム開発力を融合し、CRMとSCM(Supply Chain Management)を一気通貫で支える新サービスの開発によって、顧客企業のオムニチャネルの推進を積極的に支援する方針です。
参照元:凸版印刷「凸版印刷、オムニチャネル支援を強化」
事例3: KDDI株式会社
KDDI株式会社が、IoTビジネス強化のために株式会社ソラコムを買収した事例です。
KDDI「株式会社ソラコムの子会社化について」によると、KDDIはグローバルにも通じる「日本発」のIoTプラットフォーム構築を目指して、IoT向けの通信プラットフォーム「SORACOM」を提供するソラコムの株式を取得し、連結子会社化を実施しました。
「SORACOM」は、通信とクラウドを融合し、リーズナブルでセキュアな最適化された通信を提供するプラットフォームです。ウェブコンソールやAPIから回線やデバイスを一括操作・管理できるほか、クラウド連携や閉域接続などの各種サービスを活用することで、迅速にIoTシステムの導入・運用が可能となります。2015年9月のサービス開始以降、120超の国と地域で利用され、7,000超の顧客を有しています。また、パートナープログラムにも350社以上が登録しています。
M&Aの目的
KDDIは、15年以上にわたりM2Mに取り組んでおり、現在はセルラーLPWAや5G、IoTソリューションなどのIoTビジネス基盤を強化しています。今回の子会社化により、グローバルにも通じるIoTプラットフォーム構築を進め、ビジネスの拡大を図っています。
参照元:KDDI「株式会社ソラコムの子会社化について」
事例4:SAP
ERP(統合基幹業務システム)の大手企業SAPが、技術統合によるシナジー効果を求めてQualtricsを買収した事例です。
ヨーロッパ最大級といわれ、さまざまな事業を展開するドイツのソフトウェア会社SAPは2018年にオンライン調査サービス会社のQualtricsをM&Aで買収しました。
売り手側であるQualtrics社は、今日のエクスペリエンス経済において企業を成功に導くエクスペリエンスマネジメント(XM)ソフトウェア分野の世界的パイオニアです。顧客に対して4つのエクスペリエンス(顧客、従業員、製品、ブランド)の効果的な管理を実現する「エクスペリエンスマネジメント(XM)」製品を訴求しています。
M&Aの目的
SAP社とQualtrics社のM&Aにより、SAPのソフトウェアデータとQualtricsのエクスペリエンスデータが融合され、エクスペリエンス経済は大きく活性化することが見込まれます。
SAPのCEO、ビル・マクダーモット(Bill McDermott)氏は、次のような声明を発表しています。「我々は絶えず変革の機会を模索しており、今日の発表はまさにそれだ。SAP(の業務アプリケーション群)は全世界の取引の77%を占めている。そのオペレーショナルデータをクアルトリクスのエクスペリエンスデータと組み合わせることで、グローバル規模のエンドツーエンドソリューションとしてXMという新しい分野を加速する」
参照元:日本経済新聞「独SAP、ネットアンケート米社を9100億円で買収」
事例5: Microsoft
ソフトウェア開発・販売の大手企業Microsoftが、オープンソース型の事業の拡大を意図してGitHubを買収した事例です。
マイクロソフト「マイクロソフト、GitHub を 75 億ドルで買収へ」によると、ソフトウェアやプラットフォームの提供、クラウドサービスの提供、PC関連デバイスの提供などを手掛けるMicrosoftは、ソースコードの共有プラットフォーム「GitHub」を運営するGitHubを買収しました。
2,800万人以上の開発者が参加するGitHubは開発者が学び、共有し、連携して未来を創造する世界有数のソフトウェア開発プラットフォームです。
両社は協力し、開発ライフサイクルのあらゆる段階でより多くのことを実現できるよう開発者を支援します。さらに、企業における GitHub の利用を推進し、マイクロソフトの開発ツールとサービスを新たなターゲットへ提供する狙いもあります。
M&Aの目的
買収目的は、オープンソース分野での事業拡大です。GitHubは「開発中のソフトウェアをインターネット上に保管するための置き場所を提供するサービス」であり、ファイルの変更履歴を管理できる特徴があります。現在、世界中の開発者に利用されており、プログラミングを行ううえで欠かせないサービスとなっています。
GitHub上では、自分の作成したオープンソースソフトウェア(OSS)などを公開できます。公開したソフトウェアは、世界中の人が利用可能です。また、他のユーザーがソフトウェアの修正や機能追加を提案することもできます。このように、プログラマーが交流しながらソフトウェアを開発するというSNSのような側面がGitHubにはあります。
Microsoftといえば、WindowsやMicrosoft Officeなどがメインの商品ですが、オープンソースとは対極な立場として囲い込み戦略型のビジネスモデルとも捉えられます。そういう意味では、今回の買収により、Microsoftはオープンソース戦略に舵を切ったといえるのではないでしょうか。
参照元:マイクロソフト「マイクロソフト、GitHub を 75 億ドルで買収へ」
事例6: 日本テレビ放送網株式会社
日本テレビ放送網株式会社が定額制動画配信サービスへのコンテンツの拡大を意図してHulu日本事業を買収した事例です。
「Huluの日本市場向け事業を承継し定額制動画配信に参入~Huluの作品ラインアップも大幅強化~」によると、2014年に日本テレビ放送網(以下、日テレ)が定額制動画配信サービスの米国Huluの日本事業を承継したことを発表しています。
M&Aの目的
今となってはテレビとNetflixなどの動画配信サービスはお互いに補完し合う部分も出てきていますが、当時の日テレにとってHuluをはじめとするこれらのサービスは、テレビの視聴率低下を招く競合と考えられていました。
しかしながら、潮流の変化を機敏に感じとり、Huluとのコンテンツの連携および出資へと議論が発展し、最終的に事業承継へと踏み切った形となりました。
参照元:日本テレビ放送網「Huluの日本市場向け事業を承継し定額制動画配信に参入~Huluの作品ラインアップも大幅強化~」
事例7: 株式会社資生堂
株式会社資生堂が、美容プラットフォームやバーチャルメイクアップなどのソリューション展開を目的にPerfectに出資した事例です。
「資生堂、パーフェクト社へのマイノリティ出資」にて、資生堂が2022年にAR(拡張現実)やAIのSaaSソリューションを提供するPerfectにマイノリティ出資を行ったと発表されました。
M&Aの目的
近年、ロレアルやP&G、花王などのビューティー業界の大手が積極的にAIなどのIT技術の活用を進めている中で、資生堂も同様の戦略を執っていることがわかります。具体的には、美容プラットフォームやバーチャルメイクアップなどのソリューションを展開し、新しいビューティー体験の提供を企図しています。
同社はビューティー市場でのデジタルのグローバルリーダーになることを目標と掲げており、本件はその一端と捉えることができるでしょう。
参照元:資生堂「資生堂、パーフェクト社へのマイノリティ出資」
まとめ
SaaS業界では、同業種を買収してシナジー効果を狙う、もしくは他業種からの新規参入でSaaSビジネス立ち上げの足掛かりにする目的でM&Aが実施されます。特に、顧客のニーズを的確に把握し、課題解決できるサービス・技術を有する企業を中心にM&Aが活発化しています。
M&Aを検討する際は、適切に企業価値評価を行うためにも、ぜひ本稿を参考にしてください。
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