SESのM&A事例10選、最新動向や統合のポイントも解説
2024年8月5日
このページのまとめ
- SESはシステム開発や保守運用など特定業務に対してエンジニアを提供するサービス
- SES企業を買収する側の目的は主にエンジニアの確保であることが多い
- SES企業を売却する側の目的は事業承継や経営資源の集中、売却益の獲得など
- 企業価値の算出にはインカム・マーケット・コストの3つのアプローチがある
- 買収後のPMI(統合プロセス)の実施が、M&Aの成功には必要不可欠
少子高齢化の影響で労働人口が減少するなか、特にITエンジニアの不足が深刻化しています。このような背景から、人材確保を目的としたSES企業のM&Aが盛んに行われています。今後もこのトレンドは続き、活発にM&Aが行われると予想されます。
そこで本稿では、M&Aを検討している企業に向けて、SES企業のM&Aにおける重要なポイントや、買収取引が完了した後の統合プロセス、成功事例について解説します。
目次
SES企業とは
まず、SIerや派遣業と混同されやすい、SES企業の概要について紹介します。
「SES」の概要
「SES」とは、「System Engineering Service(システムエンジニアリングサービス)」の略で、ソフトウェアをはじめとしたシステムの開発や保守、運用管理などの特定業務に対してエンジニアを提供するサービスです。他社でエンジニアが就業する、客先常駐型の業務形態となります。
準委任契約や請負契約、派遣契約との違い
SESを理解するには、準委任契約や派遣契約、請負契約との違いを把握することが重要です。
SES契約は準委任契約と基本的に同じ
準委任契約とは、エンジニアによる業務遂行に対価を支払う契約形態です。準委任契約には、以下2つの特徴があります。
- 業務の完成に対する義務や瑕疵担保責任を負わない
- 指揮命令権がエンジニアを雇用する派遣元にある
基本的に、SES業務は準委任契約の内容に準じて行われることが大半です。したがって、SES契約=準委任契約と捉えて問題ありません。
請負契約との違い
請負契約とは、成果物の完成に対価を支払う契約形態です。雇用する企業が指揮命令権を有する点は準委任契約(SES契約)と同じです。一方で、業務の完成義務や瑕疵担保責任を有する点が準委任契約とは異なります。
派遣契約との違い
派遣契約とは、契約当事者の一方が、相手方に対してエンジニアの派遣を約束する契約です。準委任契約(SES契約)や請負契約との違いとして、「指揮命令権の所在」が挙げられます。派遣契約では、派遣先であるクライアントが指揮命令権を有します。
客先常駐型の働き方という点ではSESと同じですが、「誰の指示を受けるのか」に違いがあると言えます。
SES企業とSIerとの違い
派遣業以外に、SESと混同されやすい言葉に「SIer(エスアイヤー)」があります。これらも明確な違いがあるため、正しく理解しておきましょう。
SESは先述の通り、システム開発などの特定業務に対して、エンジニアを提供するサービスです。
一方でSIerとは、システム導入などを一括で請け負うサービス業を指します。システムの企画・要件定義から設計、開発、テスト、運用、保守までを一貫して担います。
SESは、就業したエンジニアの業務時間に対して報酬が発生しますが、SIerはシステムなどの成果物に対して報酬が発生する仕組みです。また、大手のSIerは基本的に、開発規模にもよりますが請け負った業務を1社のみで担うことはありません。下請けの企業群と工程を分担して業務を完遂します。
SESのビジネスモデル
SESのビジネスモデルは、大きく2種類に分けられます。
1つ目は、自社エンジニアをクライアント企業に常駐させるスタイルです。同じエンジニアを長期にわたって雇用するため、提供するサービスの品質が平準化しやすいです。ただし、一般的な企業と同様に給与や福利厚生を提供するため、固定費は高くなる傾向があります。
2つ目は、フリーランスや提携企業との協業です。業務が発生したタイミングでフリーランスまたは提携企業のエンジニアと契約し、クライアント企業に常駐してもらうスタイルをとります。必要な時のみ外注費用が発生するため、固定費を抑えやすいメリットがあります。ただし、起用するエンジニアが毎回異なることで、サービス品質にムラが出やすい点に注意が必要です。
SES業界の市場トレンド
続いて、SES業界を取り巻く市場環境や業界の課題を解説します。
市場規模
SES事業は、総務省「日本標準産業分類」の中分類「情報サービス業」の一部に該当します。
総務省統計局「経済構造実態調査」および「経済センサス」によると、2018年〜2022年における情報サービス業の市場規模は以下の通り推移しています。
年次 | 市場規模(売上高の合計) |
2018 | 27兆3,845億円 |
2019 | 28兆6,706億円 |
2020※1 | 33兆9,012億円 |
2021 | 33兆4,375億円 |
2022※2 | 34兆9,259億円 |
※1:経済センサス-活動調査のデータを活用
※2:一次集計(速報値)のデータを活用
2018年以降、SESおよび関連する事業の市場規模は拡大傾向であると言えます。
参照元:
総務省「日本標準産業分類」
総務省統計局「経済構造実態調査」
総務省統計局「経済センサス」
SES業界の課題
SES業界には、主に以下2つの課題があります。
多重下請構造
多重下請構造とは、元請会社が発注者(エンドユーザー)から引き受けた案件が、細分化された上で一次下請業者に再発注され、さらにその業務が細分化された上で二次下請、三次下請・・・といった形で、業務が複数の階層にわたって再委託される構造です。
多重下請構造の背景には、元請け企業がコストを削減する狙いがあります。自社で人員を雇うにはコストがかかるだけでなく、プロジェクト終了後に雇った人員が余ってしまい、無駄が生じます。必要な時だけ人員を確保し、コストを削減できるメリットがあることから多重下請構造が採用されています。
また、規模の大きいプロジェクトでは、複数の専門知識や技術が必要ですが、元請け企業で全ての業務を内製化することは難しいのが現状です。そこで、特定の技術に特化した下請企業に業務が委託されます。同じSES企業同士でM&Aを実施することで、多重下請構造の解消、必要な技術やノウハウを持った人材の獲得につながる可能性があります。
公正取引委員会「ソフトウェア業の下請取引等に関する実態調査報告書」の記載によると、IT業界では多様化するニーズや新しいIT技術への対応を図る必要性から、一定規模以上の開発では多重下請構造が一般化しているとのことです。その弊害として、下請企業に買いたたきや報酬の減額、支払遅延といった不利益が生じており、深刻な課題として認識されています。
SESの領域も例外ではなく、課題解決の手段として大手企業への傘下入りや人材確保を目的としたM&Aが活発に実施されています。
SES企業のM&Aにおける狙い
では、SES企業のM&Aによる売買には、具体的にどのような目的があるのでしょうか。買い手と売り手双方の目線から、M&Aの狙いについて解説します。
買い手目線のM&Aの狙い
SES企業を買収する最大の狙いはエンジニアの確保です。
SESとはエンジニアを提供するサービスであり、SES企業は多くの優秀なエンジニアを保有しています。業種を問わないIT関連のM&Aが活発に行われていることからも分かるように、ITはさまざまな業種における競争戦略上の重要なテーマです。それを担うエンジニアの確保は、当然のアクションとなるでしょう。また、労働人口、特にエンジニアの不足が叫ばれる昨今の労働市場において、優秀なエンジニアを雇用することは、競合との大きな差別化につながります。
したがって、エンジニアの確保による、競争力の確保および人材不足の解消が、買い手にとってのSES企業の買収における主な狙いと言えます。
さらに、システム開発におけるノウハウの獲得を期待して、SES企業のM&Aを実施するケースもあるでしょう。しかしながら、ノウハウの獲得については、企画や要件定義から幅広い業務範囲を担うSIerを買収するほうがより効果的です。そのため、SES企業の買収においては、エンジニアの確保を企図する部分が大きいと言えます。
売り手目線のM&Aの狙い
一方で、売り手側においては、SES企業の売却による特有の狙いは少ないと言えます。
基本的には、他業種と同様に、売却による既存事業の選択と集中、もしくは売却益の獲得が目的となるでしょう。
ただし、SES企業は業務特性上、エンジニアの質に大きく競争力が依存することから、中小企業や零細企業にて、事業の後継者がいない、エンジニアの雇用が困難であるといった、事業継続性の懸念を理由とした売却は十分起こり得ます。
SES企業M&Aにおける代表的な売買手法
ここからは、SES企業M&Aで活用される代表的な売買手法を見ていきましょう。
株式譲渡と事業譲渡
基本的に、M&Aの売買においては、以下の2つの手法がメインであり、SES企業・事業の売買でも同様です。
株式譲渡
株式譲渡は企業自体を譲渡する形式をさし、企業の株式の過半数(50%)以上を売却し、会社の経営権そのものを、別の企業に譲渡することを指します。
事業譲渡
事業譲渡は企業の特定事業のみを譲渡する形式を指し、会社の経営権自体は、現状の株主にそのまま残されます。
例えば、SES事業とソフトウェア開発事業の2つの事業領域を持つ会社があったとして、SES事業のみを譲渡する場合を事業譲渡と言います。
買い手における手法ごとの違い
では、それぞれの手法における買い手や売り手にとってのメリット、デメリットは何になるのでしょうか。まず、買い手側について解説します。
株式譲渡
株式譲渡は、会社そのものを買収するため、経営資源全般を取得できます。これにより、運営のスムーズさ、期待したシナジーの得やすさ、手続きの簡便さなどのメリットを得られるでしょう。ただし、リスクもあわせて抱え込むこととなるため、慎重な判断が必要です。
事業譲渡
事業譲渡は、リスクを抑えられることがメリットです。その一方、株式譲渡よりも手続きが煩雑になったり、期待した人材などの経営資源が得られなかったりするデメリットがあります。特に、人材の流出については、買収した事業や業務に魅力を感じている場合は問題ありませんが、売却元の企業自体に惹かれ、高いエンゲージメントを持っている場合に起こりがちです。
したがって、SES企業買収後のエンジニア流出を最小限に食い止めることに重きを置くのであれば、株式譲渡のほうがリスクを抑えられるでしょう。ただし先述の通り、経営リスクは高まりやすい点に注意が必要です。
売り手における手法ごとの違い
売り手側にとっても、株式譲渡と事業譲渡、それぞれの手法によって得られる効果は異なります。手続きの煩雑さの違いは買い手側と同様ですが、最大のポイントは他事業への影響です。SES以外の事業を運営している場合、その事業をどう捉えるかによって手法を判断するべきでしょう。
例えば、SES事業以外に技術者派遣事業を営んでいる場合、SES事業の売却によって得た資本を技術者派遣事業に投下することで、さらなる成長につながります。このように、事業の選択と集中による効果が見込める場合は、事業単体を切り離す事業譲渡が適しています。
一方で、SES事業と密接に関連している事業、例えばシステム販売業などを営んでおり、切り離すことで両事業の相乗効果を得られなくなる場合は、株式譲渡が適しているでしょう。
一般論での両手法における違いは、別記事にて詳細に解説していますので、興味のある方はこちらの記事もご参照ください。
SES企業M&Aにおける売買相場
続いて、SES企業のM&Aにおいて最も重要な価格について、基本となる考え方やポイントを紹介します。
M&Aの基本となる売買価格の算出方法
M&Aでは、「デューデリジェンス(DD)」と呼ばれるステップがあります。DDの目的は、対象企業・事業の評価を行い、価格の算定とリスクを特定することです。このステップは、SES企業に限らず、どのような業種のM&Aでも非常に重要な要素です。
DDはビジネス、IT、人事、財務、税務などのさまざまな観点から実施されますが、価格算出はいずれの項目においても、基本的に次の3つのアプローチを中心に、単体もしくは複数の組み合わせにより行われます。
- 収益性に着目したインカムアプローチ
- 純資産に着目したコストアプローチ
- 過去事例などに着目したマーケットアプローチ
インカムアプローチ
インカムアプローチは、収益や利益に着目して、対象企業・事業の将来における収益性を評価します。そのため、現在の企業価値よりも高い評価を得られる点がメリットです。しかし、将来という未確定の要素を扱う以上、評価において一定の恣意性が生じてしまうデメリットがあります。
コストアプローチ
コストアプローチは、純資産に着目し、現在の価値を評価する手法です。客観性の担保が可能な一方、成長期の企業・事業にとっては、将来性が見込まれず価格が下振れするおそれがあります。
マーケットアプローチ
マーケットアプローチは、過去の類似する事例に着目した手法です。コストアプローチと同様に客観性を担保できるほか、過去事例にてすでに数値化されているため算出が容易な点がメリットです。しかしながら、市場や業種によっては「類似事例」の定義が困難であり、その点で一定の恣意性が入り込む余地があるでしょう。
例えば、SES企業を取り上げても、同じアプリ開発を主軸にしている場合、2023年現在のアプリビジネスではOpen AIが登場し、フリーランスなど働き方の流動性が高まっていることから、5年前よりも企業価値が低くなっている可能性があります。一方で、現在ではエンジニアが不足しているため、希少性は5年前より高まっているという意見もあります。このように、時代や環境に応じて市場環境は変化するため、正確な「類似事例」の定義は困難です。
M&Aにおける価格算出についても、詳細は別記事にて解説していますのでぜひご参照ください。
株式譲渡と事業譲渡での算出における違い
SES企業のM&A手法である株式譲渡と事業譲渡では、基本となる価格算出の考え方が異なります。
株式譲渡は、純資産と営業利益に加えて、役員報酬の2~5年分を合算した値、事業譲渡は、譲渡資産と事業利益の2~5年分の合算値となり、これは企業全体を移管するか、事業のみを移管するかというスキームの違いにより生じます。いずれにしても、インカムアプローチとコストアプローチを組み合わせた形式が主軸となります。
ただし先述の通り、恣意性に左右される要素もあれば、マーケットアプローチを用いる場合もあり、DDをどの程度精緻に行うかによっても価格は大きく変動します。そのため、上記の考え方は、M&Aの検討段階における、おおまかな見積もりとして参照元にしましょう。
SES企業のM&A売買価格に影響する要素
SES企業であるからこそ重要視される特有の要素もあります。それはエンジニアのスキルと数であり、SESの業態特性によるものです。
「エンジニアのスキル」は、一概には定義できないものの、要件定義や保守などの業務範囲の専門性や開発言語、汎用性の高さ、過去の実績などを総合して算出されます。
加えて、企業・事業の全体的な観点からは、特許や取引実績(特に海外事業との実績)も、SES企業の価格に影響を与える要素となるでしょう。
SES企業の買収後における統合
市場トレンドの章でも簡単に触れた「統合プロセス(PMI:Post Merger Integration)」について解説します。
PMIとは
PMIとは、M&Aにおける買収後の統合プロセスを指し、「Post Merger Integration」の略です。
M&Aで陥りがちなポイントとして、買収自体を目的化してしまうことが挙げられます。しかし、M&Aの戦略的な狙いおよび本質は、買収した後どのようにその効果を最大限発揮するかであり、そのためにはPMIが重要なカギとなります。
つまりM&Aにおいては、企業の買収によって両社による相乗効果(シナジー)を生まなければ「成功」とは言えないでしょう。また、買収によるマイナスな効果が出てしまう、いわゆるディスシナジーも存在します。例えば、新たに加わった企業の文化・風土・方針に合わず、元々自社にいた優秀な人材が流出してしまったり、パフォーマンスが低下してしまったりするケースです。
このように、SES企業のM&Aでは、買収後いかに両企業を上手く統合し、成長軌道に乗せてシナジーを創出するか、すなわちPMIがM&Aの成功には必要不可欠です。
PMIのプロセス
PMIでは基本的に、法的に買収が完了した日を「Day1」とし、PMIの成否を大きく左右する3ヶ月から100日後を「Day100」と呼びます。これら2つのマイルストーンに合わせて、Day1プラン、Day100プラン、その後の中長期的な統合プランを策定することが重要です。
Day1プラン
具体的に、Day1プランでは、法的に違反がないこと、社員がそれまでと変わらずスムーズに業務を遂行できるようにすることが重要です。戦略や文化のようなソフト面よりも、ITシステムや法手続き、人事制度などのハード面を優先しましょう。
Day100プラン
Day100プランでは、ディスシナジーを引き起こさないこと、短期的なシナジーを生み出すことに重きを置きます。例えば、キーマンとのコミュニケーションや、両社のノウハウやスキルの交流、業務統合によるコスト削減などの施策が適切でしょう。
中長期的な統合プラン
その後の中長期プランでは、期待したシナジーを創出するというM&Aの目的達成を目指し、戦略や文化、価値観などの包括的な統合を目指すことが一般的です。
先ほど、M&Aの成功率は2割程度と紹介しましたが、主たる要因は、これらのプラン不足にあります。期待するシナジーをいかに明確化し、どのように効果創出につなげるかを、M&A戦略の策定段階で計画しておかなければなりません。しかし、多くのケースでは、完了後の計画が曖昧となったままM&Aを目的化してしまい、PMIで予期していなかったディスシナジーを引き起こしてしまう状態に陥ります。
PMIについての一般的なポイントは、こちらでも詳細に解説していますので、あわせてご一読ください。
SES企業のPMIにおけるポイント
SES企業の買収の主な目的は優秀なエンジニアの獲得です。そのため、PMIにおいて、重要なエンジニアをどのようにリテンションするかが成否を左右するといっても過言ではありません。
特に、人材流出が生じやすいのは、Day1からDay100の期間です。Day100プランでは、以下のようなアクションを織り込み、実行することが重要となります。
- 優秀なエンジニアの特定
- 従業員間のコミュニケーションおよび情報流通における力学やキーマンの特定
- 当該人材らとの丁寧なコミュニケーション
- 評価や報酬体系などの流出の原因となりそうな要因の整備、改善
特に重要なポイントを以下で解説します。
優秀なエンジニアの特定
Day100プランにおけるポイントは、優先順位をつけて重要な人材を特定することです。非情にも聞こえますが、全員を一堂に満足させる施策を実施しようとすると、上手くいかずに中途半端な結果となり、リテンションプランは成功しません。従業員個々のポジションや職種によって、捉え方や重要視する点は異なるため、すべてに共通した人事施策は上手くいかないケースがほとんどです。
したがって、M&Aの目的を達成するためには、優先順位をつけてコミュニケーションを開始することが推奨されます。
キーマンの特定
特に、SES企業のM&Aは人材確保が目的となるケースが多いため、買収した企業の「キーマン」を探すことが重要です。キーマンとは、案件やクライアントの情報を詳細に把握していたり、取引先から信頼を得ていたりする人物です。
また、従業員間のコミュニケーションも実は極めて重要なポイントです。どのような組織においても、(本人が意識しているかは問わず)メンバー間での情報流通を積極的に促し、買収したSES企業と文化形成を担う人物がいることは、想像に難くないでしょう。
これらすべてを事前にDDで把握しておくことは不可能に近いため、統合が実際に行われたDay1以降、速やかに実施する必要があります。
PMIの成否を左右するDD
一方で、DDがPMIにおける重要な役割を担っていることも事実です。DDの目的は、価格算出のほかに、リスクの洗い出しであり、PMIの成否を左右する要素の1つとなります。
先ほどのキーマンの例を挙げると、情報開示が限定的な段階でキーマンの事前特定は困難ですが、M&A取引の主な当事者となる役員クラスが、現場メンバーとどの程度密にコミュニケーションをとっているかなどは、ある程度の把握が可能です。つまり、密なコミュニケーションが取られていない場合、Day1以降にキーマンを特定することが非常に困難となるリスクがあります。
DDは外部のアドバイザーを活用して実施されるケースが大半ですが、どのようなリスクがあり、なぜそのような判断に至ったかのロジックを、アドバイザーに任せすぎず、PMI担当者も把握しておきましょう。これにより、リスクを正しく認識し、適切なアクションを速やかに取れるようになるため、PMIの成功率が上がります。
SESのM&A事例10選
最後に、SESのM&A事例を10件紹介します。
株式会社ヴェス(2024年)
株式会社ヴェスによる株式会社エー・アンド・ビー・コンピュータのSES事業買収の事例です。
買い手 | 株式会社ヴェス:ソフトウェアテスト事業 |
売り手 | 株式会社エー・アンド・ビー・コンピュータ:SESやWeb開発事業 |
手法 | 事業譲渡 |
M&Aの目的 | サービスの拡充、グループシナジーの創出(買い手) |
2024年4月、ヴェスはエー・アンド・ビー・コンピュータからSES事業を買収しました。
同社は、システム開発から保守運用までのサービスを一気通貫で提供できる体制を構築し、事業の成長を加速させる目的でM&Aを実施しました。また、顧客や案件の紹介などによるクロスセルなどにより、グループシナジーが発揮されると見込んでいます。
譲渡価格は非公表です。
参照元:Orchestra Holdings「連結子会社による事業譲受に関するお知らせ」
アクモス株式会社(2024年)
アクモス株式会社による株式会社プライムシステムデザインの連結子会社化の事例です。
買い手 | アクモス株式会社:ITソリューション全般(ソフトウェア開発やSIなど) |
売り手 | 株式会社プライムシステムデザイン:SES事業 |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | 上場企業の傘下入りによる自社事業の業容拡大(売り手) 首都圏におけるSES事業の拡大(買い手) |
2024年1月、アクモスはプライムシステムデザイン株式の80%を取得し、同社を連結子会社化しました。
買い手側は首都圏のSI・ソフトウェア開発分野におけるSESの事業拡大、売り手側は安定した経営基盤を有する上場企業への傘下入りによる業容拡大を図る目的でM&Aを実施しました。
譲渡価格は非公表です。
参照元:
プライムシステムデザイン「アクモス株式会社との経営統合(連結子会社化)に関するお知らせ」
アクモス「株式会社プライムシステムデザインの株式取得(連結子会社化)に関するお知らせ」
株式会社エアトリエージェント(2024年)
株式会社エアトリエージェントによる株式会社ユナイテッドウィルのSES事業買収の事例です。
買い手 | 株式会社エアトリエージェント:人材関連事業 |
売り手 | 株式会社ユナイテッドウィル:SES事業、人材関連事業 |
手法 | 事業譲渡 |
M&Aの目的 | 人員強化による事業拡大(買い手) |
2024年3月、エアトリエージェントは、投資先のユナイテッドウィルからSES事業を買収することを発表しました。
同社は、人員増強による事業拡大を図る目的でM&Aを実施しました。M&A後は、自社グループが有する知見やITオフショアの開発力を活かし、さらなる事業拡大を図るとしています。
譲渡価格は非公表です。
参照元:エアトリ「当社子会社の株式会社エアトリエージェント社が投資先の株式会社ユナイテッドウィルよりSES事業譲受のお知らせ」
株式会社テンダ(2023年)
株式会社テンダによるリーサコンサルティング株式会社の子会社化の事例です。
買い手 | 株式会社テンダ:SES事業やIT製品・サービスの開発 |
売り手 | リーサコンサルティング株式会社:システム開発、ソフトウェア販売など |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | SES事業の強化、新規事業の創出、受託開発事業の成長(買い手) |
2023年12月、テンダはリーサコンサルティングの全株式を取得し、同社を子会社化しました。
テンダは、売り手企業が有する顧客基盤やElasticsearch技術の獲得により、SES事業の強化や新規事業の創出、受託開発事業の成長を実現する目的でM&Aを行いました。
譲渡価格は6億4,000万円です。
参照元:テンダ「リーサコンサルティング株式会社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
株式会社SHIFT グロース・キャピタル(2023年)
株式会社SHIFT グロース・キャピタルによる株式会社クレイトソリューションズの株式取得の事例です。
買い手 | 株式会社SHIFT グロース・キャピタル:SHIFTグループにおけるM&A戦略の実行 |
売り手 | 株式会社クレイトソリューションズ:SES事業、ERPなどの導入・保守、システムの受託開発など |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | 事業の選択と集中(売り手) |
2023年6月、ミナトホールディングス株式会社は連結子会社であるクレイトソリューションズについて、自社が保有する全株式(90.1%)をSHIFT グロース・キャピタルに譲渡しました。
ミナトホールディングスは、中長期的な成長戦略を考慮した上で、子会社の売却によって資金を獲得し、成長性が高い事業の設備投資やM&A、グローバル展開を図る目的でM&Aを実施しました。
譲渡価格は、約17億5,656万円です。
参照元:ミナトホールディングス「連結子会社の異動(株式譲渡)及び特別利益の計上見込みに関するお知らせ」
アイフル株式会社(2023年)
アイフル株式会社 によるセブンシーズ株式会社の子会社化の事例です。
買い手 | アイフル株式会社:消費者金融・カードローン |
売り手 | セブンシーズ株式会社:SES事業 |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | 顧客ニーズに迅速に対応できる体制の構築(買い手) |
2023年3月、アイフルはセブンシーズの全株式を取得し、同社を完全子会社化しました。
アイフルは、売り手企業が有するエンジニア採用・育成ノウハウやシステム開発の技術を獲得し、顧客ニーズに迅速に対応する体制を構築する目的でM&Aを実施しました。
譲渡価格は非公表です。
参照元:アイフル「SES事業を営むセブンシーズ株式会社の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」
株式会社パワーソリューションズ (2023年)
株式会社パワーソリューションズ によるミニコンデジタルワーク株式会社の子会社化の事例です。
買い手 | 株式会社パワーソリューションズ:システム受託開発・運用保守、業務コンサルティングなど |
売り手 | ミニコンデジタルワーク株式会社:SES事業、システム受託開発、RPA導入サービス |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | RPA関連サービスの事業拡大(買い手) |
2023年4月、パワーソリューションズはミニコンデジタルワークの全株式を取得し、同社を子会社化しました。
パワーソリューションズは、市場や顧客ニーズへの対応力向上により、RPA関連サービスの積極的な事業拡大を図る目的でM&Aを行いました。
譲渡価格は1億3,000万円です。
参照元:パワーソリューションズ「ミニコンデジタルワーク株式会社の株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
テモナ株式会社(2022年)
テモナ株式会社による株式会社サックルの子会社化の事例です。
買い手 | テモナ株式会社:クラウド型システム「サブスクストア」の提供 |
売り手 | 株式会社サックル:SES事業、システム受託開発など |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | 開発力の強化、多様なソリューションの開発(買い手) |
2022年4月、テモナはサックルの全株式を取得し、同社を子会社化しました。
テモナは、開発力の強化やサブスクリプションビジネスをサポートするソリューション開発を実現する目的で、開発やデザイン・マーケティングのプロによる包括的なサポート体制を強みとしているサックルとのM&Aを行いました。
譲渡価格は3億円です。
参照元:テモナ「株式会社サックルの株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
株式会社Kaizen Platform(2022年)
株式会社Kaizen Platformによる株式会社ハイウェルの子会社化の事例です。
買い手 | 株式会社Kaizen Platform:KPI向上を実現するソリューションの提供 |
売り手 | 株式会社ハイウェル:デジタルプロモーション事業、採用支援事業、SES事業 |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | DXソリューションのサービス範囲拡大、グロースハッカー人材に対する活躍の場所提供(買い手) |
2022年10月、Kaizen Platformはハイウェルの全株式を取得し、同社を子会社化しました。
Kaizen Platformは、DXソリューションのラインナップ拡大や、グロースハッカー人材に対する活躍の場所提供を図る目的で、M&Aを行いました。自社のグロースハッカーネットワークと売り手企業が有する採用支援ノウハウを融合し、DX課題をトータルで解決する企業としてのポジショニング確立を目指すとしています。
譲渡価格は4億9,000万円です。
参照元:Kaizen Platform「株式会社ハイウェルの株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
株式会社エルテス(2022年)
株式会社エルテスによる株式会社GloLingの子会社化の事例です。
買い手 | 株式会社エルテス:AIセキュリティ事業、デジタルリスク事業など |
売り手 | 株式会社GloLing:システム受託開発、SES事業など |
手法 | 株式譲渡 |
M&Aの目的 | エンジニアの獲得、各種ソリューション開発の内製化(買い手) |
2022年3月、エルテスはGloLingの全株式を取得し、同社を子会社化しました。
エルテスは、エンジニアの拡充や各種ソリューション開発の内製化などのシナジー創出により、収益拡大を図る目的でM&Aを行いました。自社が有するセキュリティ領域の知見と、売り手企業が有するシステム開発支援のノウハウを融合することで、さらなる成長の加速を目指すとしています。
譲渡価格は非公表です。
参照元:エルテス「株式会社GloLingの株式取得に関するお知らせ」
まとめ
本稿では、SES企業の概要や市場環境、M&Aでの狙いや手法、M&Aの成否を握るPMIにおけるポイントを解説しました。
SES企業は、エンジニアが最大の資本であることが特徴です。そのため、異業種によるM&Aでは、エンジニアが慣れ親しんだ業習慣や文化が異なるケースが多いため、ハードルはより高まるでしょう。逆を言えば、エンジニアの獲得に成功すれば、重要な競争優位の源泉となります。
レバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社には、SES企業をはじめとするIT業界のM&Aに長けたコンサルタントが在籍しています。
デューデリジェンスにも対応しており、SES企業のM&Aのご成約まで一貫したサポートを提供することが可能です。
安心かつ円滑なM&Aを実現します。ぜひレバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社のご利用をご検討ください。