このページのまとめ
- 事業譲渡では基本的に従業員の雇用契約はそのまま維持される
- 事業譲渡後の従業員の処遇は元企業での勤務継続・出向・希望退職・転籍・再雇用がある
- 事業譲渡を理由に解雇はできないため、従業員を解雇するときは正当な理由が必要
- 譲受側は優秀な人材が流出しないように、統合プロセスに注力する必要がある
「事業譲渡を行う場合、従業員に対しての対応はどうすれば良いのだろう?」と気になる経営者も多いことでしょう。人材獲得を目的にM&Aを行うケースも多く、従業員の処遇や優秀な人材をつなぎとめる方法を事前に考えておく必要があります。
本コラムでは、事業譲渡で必要になる従業員への対応や、トラブル防止のポイントを解説します。
目次
事業譲渡とは
事業譲渡とは、自社の事業のすべて、または一部の売却を行うことです。会社自体は残り、事業だけを譲渡する点がポイントになります。
また、事業譲渡では、設備や施設だけではなく、従業員や取引先との契約、無形資産などもまとめて譲渡を行います。
ただし、従業員や取引先との契約は、自動的に承継されるわけではありません。再度、個別に契約を結びなおす必要があります。
労働契約は引き継がれる
事業譲渡後も次の労働契約は引き継がれます。
- 給与や待遇
- 未払い賃金
- 有給休暇
なお、基本的には、M&A成立前に譲渡企業が未払い賃金を支払います。しかし、支払っていないときは、譲受企業が支払う義務を負います。
また、有給休暇も引き継ぎの対象ですが、労働条件の交渉に含まれることもあるため、事前に確認しておきましょう。
従業員は勤務を継続できる
事業譲渡を行った場合でも、基本的に従業員の雇用は維持できます。
その際、譲受企業に人材が引き継がれる場合もあれば、譲渡企業で部署を変え、継続して雇用する場合もあります。
譲受企業に引き継ぐ従業員は、譲受企業が任意で選ぶケースがほとんどです。譲受企業と譲渡企業は、どの従業員を残し、どの従業員を引き継ぐか、十分に話し合いを行いましょう。
事業譲渡を理由に解雇はできない
事業譲渡での注意点は、事業譲渡を理由に解雇はできないことです。
もし、従業員の解雇を行う場合には、事業譲渡以外に合理的な理由が必要になります。
労働契約法第16条では、「使用者からの申し出による一方的な労働契約の終了を解雇と言いますが、解雇は、使用者がいつでも自由に行えるというものではなく、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、労働者をやめさせることはできません」と定められています。
具体的には、整理解雇を行う場合、次の4要件を満たさなければなりません。
- 人員削減の必要性
- 解雇回避の努力
- 人選の合理性
- 解雇手続きの妥当性
たとえば、従業員が事業譲渡に付随する人事異動を拒否したとします。
しかし、人事異動の拒否だけでは整理解雇の4要件を満たさないため、解雇はできません。
参照元:厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」
参照元:e-Gov法令検索「労働契約法第16条」
有期労働契約の場合も一方的な解雇はできない
労働契約の期間が定められた従業員の場合、雇止めが許されないケースがあることを覚えておきましょう。たとえば、次のような状況の場合、解雇には社会通念上の相当性が必要です。
- 業務状況や当事者間の言動から、契約更新を期待する合理的な理由がある
- 過去に何度も契約更新がされており、正規雇用労働者と実態が変わらない
有期労働契約であっても、一方的に解雇はできないため、注意が必要です。
事業譲渡が従業員に与える変化
事業譲渡が従業員に与える変化には、次の4つがあります。
- 労働条件
- 職場環境
- キャリアパス
- 退職金・年金
それぞれ従業員にどのような変化を与えるか、解説します。
労働条件
労働条件は、そのまま維持するケースと、一定期間後に変更するケースがあります。
事業譲渡で従業員が転籍する場合は、転籍前と同じような条件で契約を結びなおすケースが一般的です。
ただし、転籍後に期間を置き、労働条件の変更が行われるケースがあります。
給与が下がる場合もあれば、転籍前の企業よりも経営が良いことで、転籍前よりも条件が良くなる場合もあります。
職場環境
転籍した従業員は、職場環境も変わることになります。
社風や従業員の雰囲気、人間関係などが異なる環境で働くことになるでしょう。
職場環境が良い場合には、モチベーションが上がり、以前よりも従業員が実力を発揮する場合もあります。
しかし、環境に馴染めなければ、成果や能力が下がってしまう点には注意が必要です。馴染めないまま時間が経つことで、退職してしまう可能性も考えられます。
また、転籍せずに残った従業員にとっても、以前と環境は変わっています。譲渡した事業がなくなっているため、部署移動などの影響を受けることになるでしょう。
キャリアパス
従業員のキャリアパスも、事業譲渡の影響を受けます。
転籍する場合や、譲渡元に残る場合でも、その先のキャリアは変わるでしょう。
たとえば、転籍後が大手企業の場合は、選択肢が広がり、キャリア形成が行いやすくなる場合もあります。
退職金・年金
事業譲渡により譲受企業への転籍が決まると、従業員の退職金制度や年金制度は譲受企業のものが適用されることが一般的です。転籍以外でも雇用契約が変わるときは、従業員に退職金・年金が変わることを伝えておきましょう。
なお、従業員が転籍する場合、M&A成立前に退職金・年金を清算するケースと、退職金・年金の権利が転籍後の企業に引き継がれるケースがあります。退職金・年金の権利が引き継がれる場合は、従業員が転籍した企業を退職するときに、転籍先で獲得した退職金・年金と合算して受け取ることになります。
事業譲渡後の従業員の処遇
事業譲渡後の従業員の処遇としては、次の5つが想定されます。
- 元の企業で勤務継続
- 出向
- 希望退職
- 転籍
- 再雇用
それぞれの処遇に関して、解説します。
元の企業で勤務継続
従業員は事業譲渡後も、譲渡した企業で継続して勤務ができます。
譲受企業が提示した条件を拒否し、譲渡企業でそのまま勤務するケースもあるため注意しましょう。
もし、能力を持った従業員や事業の核となる人物に転籍を拒否されてしまうと、事業価値が下がる可能性もあります。転籍を拒否されないように、労働条件は入念に検討しましょう。
出向
転籍ではなく、出向してもらうケースがあります。
出向で譲受企業の企業風土や環境に馴染んでもらい、問題なければ転籍を行うためです。
譲渡企業に残したまま譲受企業で働けるため、転籍に前向きではない従業員がいた場合に活用できます。
希望退職
希望退職を募り、退職してもらう場合もあります。
希望退職とは、退職金の割り増しや再就職支援などを提示し、従業員に自らの意思で退職してもらうことです。
希望退職で退職金の割り増しを行う場合は、譲渡企業が退職金を支払います。この際、退職金の支払いを拒否したり、解雇を選択したりしないように注意しましょう。解雇回避努力をしておらず、解雇権の濫用と判断されてしまうリスクが高まります。
転籍
事業とともに、従業員も譲受企業に引き継ぐケースです。
多くの場合で、従業員は転籍して譲受企業で働くことを選択します。
この際、労働条件は転籍前と大きく変えずに、維持するケースが一般的です。
ただし、譲受企業としては、従業員のスキルに合わせて労働条件を変えたいと考えます。
そのため、一定期間が経過したあとで、労働条件を変更する方法を取ることが一般的です。
また、転籍する従業員に対しては、譲渡企業は転籍承諾書を取ることが努力義務として課されます。軸となる従業員に転籍を拒否されると、事業価値が下がってしまうからです。
再雇用
譲渡企業を退社し、譲受企業に再雇用されるケースもあります。
再雇用の場合は、譲受企業が労働条件を自由に変更できるからです。
事業譲渡で転籍をした場合には、労働条件は引き継ぎが基本になります。
再雇用が選択される場面は、譲渡企業と譲受企業で労働条件に差がある場面です。再雇用であれば労働条件を変更して雇用できるため、譲受企業にとっては契約が行いやすくなります。
ただし、譲渡企業と譲受企業、従業員の同意がなければ、実行できないため注意しましょう。
従業員の処遇別の注意点
事業譲渡後の処遇によって、従業員の生活や働き方が大きく変わります。処遇ごとの注意点を解説します。
退職時の注意点
事業譲渡に伴い退職を選択する従業員や、転籍により退職する従業員もいます。退職する従業員に対しては、退職日と退職金について明確にしておきましょう。
事業譲渡により退職する場合は従業員の雇用契約が切れる日を退職日としますが、従業員から転籍同意書を得ている場合や希望退職の場合は、個別で退職日を決めることも可能です。一方、解雇により退職する場合は、解雇日の30日前には解雇予告をしておかなくてはいけません。
また、事業譲渡時に退職金を支払うときは、通常の退職金と同じく従業員に直接支払います。しかし、退職金を譲受企業が引き継ぐときは、譲渡企業は従業員ではなく譲受企業に退職金に相当する金額を支払うか、譲渡金額から退職金相当額を差し引くなどの調整が必要です。
退職する従業員が従事していた業務については、退職日までに引き継ぎをしなくてはいけません。退職日が事業譲渡日以降になるときは、譲渡日までに引き継ぎを終えるように注意を喚起しておきましょう。
転籍時の注意点
譲受企業によっては、譲渡企業から転籍する従業員の「転籍承諾書」を求めることがあります。求められたときは、譲渡企業は速やかに該当する従業員から転籍承諾書を取りましょう。
また、労働条件は譲渡企業のものを引き継ぐこともありますが、譲受企業によっては労働条件を変更して雇用することがあります。ただし、転籍後一定期間は譲渡企業の労働条件が適用されることが一般的です。譲受企業が労働条件の変更を求めているときは、転籍してから一定期間経過後に労働条件が変わる可能性があることを従業員に伝えておきましょう。
なお、従業員が転籍を拒否する場合でも、拒否したことを理由に解雇できません。ただし、譲受企業にとっては譲渡企業の価値が下がることを意味するため、譲渡金額から相当額を差し引く必要があります。
従業員が転籍に伴い配置換えを希望する場合は、個別に対応することが必要です。配置換えにより給与や職位が下がる可能性も説明しておきましょう。従業員が配置換えによる変化に対して納得せずに退職を選ぶときは、会社都合の退職として扱います。
一部の従業員のみ引き継ぐときの注意点
譲受企業が、従業員の一部や特定の従業員だけを引き継ぎたいと希望するケースもあります。
その際、従業員と譲渡企業、譲受企業の3者で合意を得られるのであれば、問題ありません。
しかし、リストラや特定の従業員を排除する目的で事業譲渡を行う場合には、解雇権の濫用とみなされる可能性があるため注意しましょう。
解雇時の注意点
事業譲渡に伴い従業員を解雇するときは、解雇権の濫用に該当しないか確認しておくことが必要です。次の条件を満たしているときは、解雇権の濫用にあたらないと考えられるため、従業員を解雇できます。
- 経営不振などにより人員削減の必要性が認められる
- 配置転換の提案や希望退職者の募集など、解雇回避のための努力をする
- 解雇対象者を選ぶ基準が合理的かつ客観的である
- 労働組合や従業員個人に対して、解雇の必要性や時期などを説明する
労働契約の承継・転籍を拒否するときの注意点
従業員が労働契約の承継・転籍を拒否する場合は、次の選択肢を検討できます。
- 事業譲渡の対象事業以外の部署で雇用する
- 転籍するように説得する
- 自主退職を勧める
- 解雇する
事業譲渡の対象事業以外の部署で従業員を受け入れる余地があるときは、配置転換を実施して雇用を継続できるかもしれません。ただし、複数の部署が選択肢として検討される場合、あえて悪条件の選択肢のみを従業員に提示すると、意図的に退職を仕向けた不当行為とみなされる可能性があるため注意してください。
譲渡企業内での雇用が難しいときは、転籍を説得するしかありません。譲受企業とも連携して3者間で話し合い、労働条件を変更するなどの提案をして、転籍を受け入れられないか説得してみましょう。
従業員が転籍を受け入れないときは、退職を視野に入れて提案できるかもしれません。退職金を上乗せしたり再就職先を紹介したりすることで、自主的に退職するように勧めてみましょう。従業員が自主退職も受け入れないときは、解雇もやむを得ないでしょう。前述の解雇時の注意点に留意し、解雇権の濫用に該当しないように注意してください。
事業譲渡で発生する失敗例
事業譲渡では、次の4つの失敗に注意しましょう。
- 優秀な人材が離職する
- 経営理念が合わない
- 待遇が悪化した従業員のモチベーションが下がる
- 統合プロセスに失敗する
それぞれの失敗例に関して、詳しく解説します。
1.優秀な人材が離職する
事業譲渡をきっかけに、優秀な人材が離職してしまうケースがあります。
人材が離職してしまうと、M&Aの目的を達成できずに、M&A自体を中止してしまう場合も発生します。
たとえば、従業員の帰属意識が高い企業を買収する際は注意しましょう。譲受企業では活躍が難しいと判断し、離職してしまう可能性があります。
M&Aでは、人材獲得を目的に進めるケースもあります。優秀な人材がいなくなると、企業価値は下がってしまい、M&Aのメリットが失われてしまうでしょう。
2.経営理念が合わない
経営理念が合わないことで、失敗してしまうケースもあります。
転籍後に経営理念が変わることで、働きにくさを感じたり、居心地が悪くなったりしてしまうからです。
従業員にとって経営理念は、自分の行動に反映されるほど浸透している考え方です。急に変わってしまえば、コミュニケーションに影響したり、業務の失敗につながってしまう可能性もあります。
譲渡企業と譲受企業で経営理念が違うことで、優秀な人材が離れてしまうケースにも注意しましょう。
3.待遇が悪化した従業員のモチベーションが下がる
転籍後に待遇が悪化した場合、従業員のモチベーションが下がるため注意しましょう。
モチベーションの低下は、生産性悪化や退職につながります。
特に、給与面が悪化してしまうと、従業員のモチベーションに大きく影響するでしょう。譲受企業は、転籍前の労働条件を維持する努力が必要になります。
また、給与だけではなく、退職金や手当などの待遇にも注意しましょう。給与が上昇する場合は問題ありませんが、待遇の悪化は避けなければなりません。
4.統合プロセスに失敗する
統合プロセスに失敗してしまうと、事業譲渡そのものが失敗してしまう可能性があります。
急激な変化は混乱を生じてしまうため、時間を掛けて統合を行いましょう。
たとえば、業務に使用するシステムが一気に変わってしまうと、対応できない従業員も発生します。また、企業風土や従業員同士のコミュニケーションなどに、徐々に適応してもらう必要があるでしょう。
統合プロセスに失敗すると、シナジー効果が発揮されず、事業価値が下がる恐れもあります。統合プロセスには時間を掛け、失敗しないように慎重に進めましょう。
事業譲渡で従業員とのトラブルを防ぐポイント
事業譲渡では、従業員とのトラブルを防ぐことも大切です。
次の4つのポイントを意識して対応しましょう。
- メンタル面のフォローを行う
- 事業譲渡の発表タイミングに注意する
- 労務デューデリジェンスを怠らない
- 従業員に事業譲渡のメリットを伝える
ここでは、トラブルを防ぐために必要な対応を解説します。
1.メンタル面のフォローを行う
転籍する従業員に対して、メンタル面のフォローを行いましょう。
転籍をネガティブに感じる従業員や、待遇に不満を持つ従業員が発生するからです。
フォローを怠ってしまうと、従業員が離職する可能性もあります。
転籍が決まった従業員には、十分な説明とフォローを行うようにしましょう。
また、譲受企業の受け入れ体制も重要です。
転籍で異動してきた従業員が安心して働けるように、体制を整えましょう。
2.事業譲渡の発表タイミングに注意する
あまり早い段階で事業譲渡について従業員に伝えると、社内が混乱する可能性があります。相手企業との交渉が終わり、最終契約書を締結したタイミング、もしくはクロージングの後で従業員に伝えるようにしましょう。
最終契約書を締結するまでは、M&Aを実施しない可能性も十分に想定されます。経営陣や各部署の責任者などの限られた人のみに伝え、不要な混乱で業務に支障が出ないようにしておきましょう。
3.労務デューデリジェンスを怠らない
相手企業と基本合意書を締結すると、相手企業を精査する「デューデリジェンス」が始まります。デューデリジェンスでは税務状況や財務状況などを調べますが、労務状況について調査する「労務デューデリジェンス」も丁寧に行うことが大切です。
労務デューデリジェンスでは、次のポイントを調べます。
- 労働契約や最低賃金などの雇用条件
- 労働時間制度、時間外労働の実情
- 有給休暇取得状況、産休などの実施状況
- ハラスメント研修の実施状況、ハラスメント関連のトラブルの有無
- 就業規則、企業風土、安全衛生管理
- 人事制度、退職金制度などの各種制度
丁寧に行うことで、事業譲渡後の統合プロセスがスムーズに進みます。
4.従業員に事業譲渡のメリットを伝える
従業員に対して、事業譲渡を行うメリットを伝えておくことも大切です。
メリットが伝われば、転籍に同意する従業員も増えるでしょう。
たとえば、転籍後に給与が上がるのであれば、従業員のメリットになります。職位が上がる、キャリアアップがしやすいなどのメリットも考えられるでしょう。
譲受企業が従業員を引き継ぐためには、従業員の同意が必要です。
ただ転籍を依頼するのではなく、メリットを伝えておくことで、スムーズに同意をもらえるようになります。
関連記事:M&Aにおける事業譲渡とは?メリット・デメリット、手続き・ポイントなどを解説
まとめ
事業譲渡では、従業員の扱いに注意することが必要です。従業員は元の企業に雇用が引き継がれますが、企業間の話し合いと従業員の同意により譲受企業が雇用契約を結ぶこともあります。また、譲渡側は、リストラや特定の従業員排除を理由にした事業譲渡を行うと、解雇権の濫用と判断される可能性もあるため注意が必要です。
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