このページのまとめ
- 従業員承継は後継者の選択肢の幅が広い上に、後継者育成の手間も最小限で済む
- 後継者に金銭的な負担がかかるなど、デメリットも存在する
- 従業員承継を成功させるためには、十分な準備期間や現経営者によるサポートが必須
従業員承継とは、社内の従業員を後継者とする事業承継のことです。内部の人間が後継者となるため事業承継後もスムーズな業務ができる一方で、後継者にかかる金銭的な負担が大きいなどのデメリットがあります。
従業員承継を成功させるためには、従業員承継について深く理解し、ポイントを押さえて実施することが大切です。この記事では、従業員承継を実施する上で知っておくべき内容を詳しく解説します。
目次
従業員承継とは
従業員承継とは、社内の従業員等を後継者にして行う事業承継です。経営者が保有する株式のほか、以下のように経営に関する権利および資源のすべてを引き継ぐ方法があります。
- 経営関連:経営権・従業員
- 資産:会社の資金・負債・不動産や償却資産などの事業用資産
- 知的資産:取引先・顧客・技術・ノウハウ
従業員承継は、親族内に後継者の候補がいない・M&A(外部の人間を後継者とする第三者承継)を避けたいときなどに活用されます。また、円滑な事業承継を進めたいときにも有効です。
従業員承継を行う5つのメリット
従業員承継には、主に以下5つのメリットがあります。
- 後継者の選択肢の幅が広い
- 後継者育成の手間を軽減できる
- 社内のことを把握しやすいので承継後もスムーズに業務が進む
- 社内の反発を受けにくい
- 会社の文化を維持しやすい
従業員承継は、これまで供に働いてきた内部の人間を後継者とする方法です。親族内承継やM&Aでは得られない多くのメリットがあります。従業員承継の5つのメリットについて、それぞれ詳しく見ていきましょう。
後継者の選択肢の幅が広い
従業員承継は全従業員が後継者の候補となり得るため、後継者の選択肢の幅が広い方法です。選択肢が多いため、後継者に相応しく安心して任せられる人材を選びやすいと言えるでしょう。これまで一緒に働いてきたメンバーで人柄なども把握できており、選びやすい点も大きなメリットです。
親族内承継は経営者の親族のみが後継者候補であり、そもそもの選択肢が多くありません。その上、経営の適正や事業に対する理解、人柄などの要素を考慮する必要があります。結果として、後継者の選択肢が非常に限られてしまうのです。
第三者を後継者とするM&Aの場合、選択肢そのものは多いですが、条件に合致する人を探す、買い手と条件交渉するなどの必要性が生じます。理想的な人を見つけたとしても、買い手との条件が合わず上手くいかないケースも少なくありません。したがって、理想的な後継者を選べる可能性が高いとは言えないでしょう。
後継者育成の手間を軽減できる
従業員承継は社内のメンバーから後継者を選ぶため、必然的に業務に必要なスキルや経験を有する人が後継者となります。業務についてゼロから教える必要がないため、後継者育成の手間を軽減することが可能です。
親族内承継やM&Aのように外部の人間を後継者にする場合、業務に関する指導や承継も必要です。教えるべき内容が多いため、後継者育成のために膨大な時間・労力を費やすことになります。
社内のことを把握しやすいので承継後もスムーズに業務が進む
従業員承継は社内のメンバー、すなわち自社の文化や社風を理解している人が後継者となります。事業承継後も文化や雰囲気を同じように保つことができ、業務がスムーズに進む可能性が高いです。
後継者を社外から招く場合、自社の文化・社風を理解してもらえないケースもあります。結果として事業承継後に社内の雰囲気が変わってしまい、従業員から反発を受ける、業務がスムーズに進まないといったトラブルのリスクも大きいのです。
社内の反発を受けにくい
従業員承継は、社内からの反発や事業承継に伴う離職などが起きにくい承継方法です。
反発を受けにくい理由のひとつとして、経営者の交代による社内の変化が起きにくい点が挙げられます。業務や社内文化に精通している従業員が後継者になるため、それまでの雰囲気や業務の進め方などをそのまま継続することが可能です。
社内の大きな変化は従業員がストレスを受ける原因になりかねません。そのため、変化が最小限で済む従業員承継の方が反発を受けづらくなります。
また、これまで一緒に働いてきており、すでに人柄を知っている人が後継者であれば、「後継者がどのような人か」という疑問も起こりません。後継者となる人についてすでに理解した状態のため、事業承継を受け入れやすく、経営者の交代後も安心して勤務できるでしょう。
会社の文化を維持しやすい
従業員承継では、社内の文化を理解している人が後継者になります。後継者が自社の文化や理念に共感している状態である上、外部から新たな文化が入る・外部の影響を受ける可能性が低いです。そのため、経営者の交代が起きた後も会社の文化を維持しやすいといえるでしょう。
従業員承継を行う4つのデメリット
従業員承継には多くのメリットがある一方、デメリットもあります。
- 後継者への金銭面の負担が大きい
- 家族や親族からの反対の意見が出る可能性がある
- 大きな経営面の改善は期待できない
- 株式の取得が難しくなる可能性がある
続いて、従業員承継ならではのデメリットを4つご紹介します。
後継者への金銭面の負担が大きい
親族内承継の場合、親族側に後継者となる心構えができており、早い段階から備えをしている可能性が高いです。他社経営者に承継する場合も、経営者としての経験や心構えを活かせるため、備え不足によるトラブルの懸念を抑えられます。
一方で従業員承継の場合、後継者となる人に事業承継の備えができていないリスクが高まります。事業承継では後継者による自社株の買い取りが必要であり、金銭面の負担が大きいでしょう。後継者候補を見つけたとしても、資金力の不足や金銭的な負担を懸念しての辞退などが起こり得ます。
後継者にかかる金銭面の負担が大きい点は、従業員承継における無視できないデメリットです。
後継者の金銭的な負担を抑える方法については、後述の「従業員承継を成功させる4つのポイント」で解説します。
家族や親族からの反対の意見が出る可能性がある
従業員を後継者として選ぼうとすると、経営者の家族や親族からの反対意見が出る可能性があります。特にこれまで親族内承継のみを実施してきた会社や、親族の中に自身が後継者になることを想定していた人がいる場合、反対意見が出る可能性が大きいです。
親族による反対意見を無視して従業員承継を推し進めると、その後のトラブルが起こるリスクが高まります。従業員承継を実施する理由についてしっかり説明し、家族・親族からの理解を得る必要があるでしょう。
大きな経営面の改善は期待できない
従業員承継は社風や業務を知る従業員が後継者になるため、大きな変化が起こりにくい点がメリットです。一方、変化が起こりにくいことは、経営面をはじめ大きな改善は期待できないというデメリットも含みます。
後継者となる従業員には現経営者の理念や信条が引き継がれているため、大胆な改革に着手できないケースも少なくありません。後継者を選ぶ際は、経営者としての柔軟性や大胆な施策を実施できる素質を有するかチェックすることも大切です。
株式の取得が難しくなる可能性がある
従業員承継の方法によっては、後に株式の取得が難しくなる可能性もあります。
従業員承継では後継者が株式を取得する必要がありますが、前述のように、株式取得にあたって後継者にかかる金銭的な負担は大きくなりがちです。金銭的な負担を解消する方法として、現経営者の遺言書に後継者へ株式を遺贈する旨を記載するか、株式を贈与する手段が挙げられます。
このような遺贈(相続)・贈与にあたっては、法定相続人である親族の遺留分を考慮しなければなりません。遺留分とは、法定相続人に最低限保障された取り分のことです。遺言書による遺贈や生前贈与によって遺留分の侵害が行われた場合、法定相続人には遺留分減殺請求を行う権利が発生します。遺留分減殺請求を実施されれば、せっかく取得した株式を処分しなければならない事態も起こり得ます。
遺留分侵害のリスクをなくすためには、売買によって後継者が株式を取得する方法が最も確実です。ただし、売買では後継者に金銭的な負担がかかります。いずれの手段にせよ、後継者が株式を取得する方法について問題になるリスクが大きい点に注意してください。
従業員承継には3通りの方法がある
従業員承継の種類として、大きく3種類の方法が挙げられます。それぞれの方法について特徴やメリット・デメリット、その方法が適したシーンを見ていきましょう。
- 経営権のみ譲渡する
- 後継者に株式を売却する
- 無償で譲渡する
1.経営権のみ譲渡する
後継者に経営権のみを譲渡し、株式や資産は依然として現経営者が保有し続ける方法です。
経営権のみの譲渡では株式の所有者移転が必要ないため、後継者となる従業員に金銭的な負担がかかりません。金銭的な負担を抑えつつ事業承継をしたい場合に適した方法です。
デメリットとして、会社の所有者と経営者が分離する点が挙げられます。経営方針について強い権限を有するのはあくまでも株主です。そのため、経営権のみの譲渡では、実質的な権限は前経営者が有する状態となります。結果として、前経営者と後継者の間での分離やトラブルの恐れが大きくなり、安定した経営ができないリスクが否定できません。
2.後継者に株式を売却する
後継者が自社株を買い取って、経営権・所有権ともに引き継ぐ方法です。
所有と経営の分離が起こらず、安定した経営がしやすくなります。前経営者と後継者の間で意見の相違によるトラブルが起こるリスクを抑えられます。後述する無償での譲渡と違い、相続税や贈与税の懸念がない点もメリットです。
デメリットとして、後継者にかかる金銭的な負担が大きい点が挙げられます。後継者にかかる負担を小さくするためにも、現経営者によるサポートが必要です。
3.無償で譲渡する
株式を相続または贈与によって無償で譲渡する方法です。
無償での譲渡であれば、後継者にかかる金銭的な負担を抑えながらも所有と経営を一致させることができます。従業員承継では後継者にかかる金銭的な負担が特に懸念であるため、無償譲渡によって負担を軽減させる方法は効果的です。
ただし、贈与の場合は贈与税が、遺言書による遺贈の場合は相続税がかかります。自社株式の評価額によっては税額が大きくなるケースもあり、多少軽減されるとはいえ、結局は金銭的な負担がかかる可能性が高いです。
また、前述のように遺留分の侵害が起きてしまうと、せっかく取得した株式を処分しなければならない事態も起こり得ます。
事業継承・引き継ぎ補助金の活用も検討しよう
従業員承継においては、後継者に金銭的な負担がかかります。金銭的な負担が原因で、事業承継がスムーズに進まない、あるいは想定していた事業承継ができない可能性も否定できません。
金銭的な負担を軽減させる上で効果的なのが、「事業承継・引継ぎ補助金」です。事業承継・引継ぎ補助金は、事業承継を契機とした経営革新等を行う中小企業・小規模事業者を対象に、経営資源の引継ぎや各種経費の補助を実施する制度です。補助金は返済の必要がない資金であり、金銭的な負担の軽減に大いに貢献してくれます。
事業承継・引継ぎ補助金の申し込みには、さまざまな書類の用意や手続きが必要です。申し込み時期によって公募要領の内容が異なる可能性もあるため、詳しくは公式サイトに掲載されている最新の公募要領を確認してください。
参照:事業承継・引継ぎ補助金
従業員承継を成功させる4つのポイント
従業員承継を成功させるポイントは、以下の通りです。
- 事業承継の計画は早めに行う
- 自社の経営者として相応しい適性を明確にする
- 後継者が資金面で苦労している場合はサポートする
- できるだけ個人保証の解除できるよう交渉する
従業員承継を成功させるためには、後継者をはじめとした従業員に任せきりにせず、現経営者によるサポートや対策を行うことが大切です。ここからは、従業員承継者を成功させるために現経営者が押さえるべき4つのポイントについて解説します。
事業承継の計画は早めに行う
従業員承継では社風や業務を理解している人が後継者になりますが、会社に対する理解が深くても経営者としてすぐに活躍できるわけではありません。従業員から一人前の経営者になるためには、十分な準備期間が必要です。
事業承継までの時間が短ければ、準備やサポートが足りないままに経営者交代が起きる恐れがあります。従業員承継を検討しているのであれば、早めに計画し、準備を始めましょう。
自社の経営者として相応しい適性を明確にする
従業員として優秀な人材が、経営者としての適性を有するとは限りません。また、現経営者から見れば後継者に最適な従業員であっても、他の従業員からの支持は得られていないケースもあります。
後継者を選ぶ際は、自社の経営者として相応しい人材を選ぶことが大切です。自社の経営者に求める要素や適性を明確にすることで、適切な人材選びを進めやすくなります。
後継者が資金面で苦労している場合はサポートする
従業員承継における大きなデメリット・懸念点が、後継者となる従業員にかかる金銭的な負担の大きさです。従業員を後継者として選んだ場合、その従業員は株式を買い取る必要があるために多額の資金が必要になります。
後継者になることを想定しなかった場合などは、買い取るだけの資金が十分でない可能性があります。後継者となる従業員に丸投げするのではなく、現経営者が資金面でのサポートを行うのが理想的です。
従業員承継に際して実施できるサポートとして、以下の例が挙げられます。
- 事業継承のための金融機関の融資:事業承継に関する融資制度は複数あります。返済の必要性はありますが、実施できる可能性が高い・資金を用意できるまでのスピードが早いなどがメリットです。
- 相続税・贈与税の納税猶予制度:贈与や相続によって取得した株式にかかる税金の納付について猶予を受けられる制度です。短期間で多額の支出が発生するのを防げます。
- 日本政策金融公庫から後継者への融資:日本政策金融公庫は中小企業や小規模事業者を対象とした融資制度を多く実施しています。公式サイトから確認できる制度の案内や事例紹介が豊富なため、利用前の情報収集がしやすく安心です。
できるだけ個人保証の解除できるよう交渉する
個人保証とは、会社が金融機関からの融資を受ける上で、経営者個人を保証人とする制度のことです。株式会社は出資金を上限に責任を負う有限責任ではありますが、個人保証がある場合は実質的に無限責任の状態となります。
事業承継では資産だけでなく、負債の引継ぎも行います。個人保証がついたままの状態では、後継者となる従業員にかかる負担が過大になる恐れが大きいです。個人保証を理由に従業員承継を拒否するケースも珍しくありません。
個人保証がついている場合、従業員承継までに個人保証を解除するよう、金融機関と交渉をするのが好ましいでしょう。
まとめ
従業員承継は後継者の選択肢の幅が広い上に、後継者育成の手間も最小限で済みます。また、事業承継による変化が小さく、会社の文化を維持しやすい点も大きなメリットです。
一方、後継者に金銭的な負担がかかる・大きな改善は期待できないなどのデメリットもあります。従業員承継を行う際はメリットだけでなくデメリットもしっかり把握し、その上で成功のためのポイントを押さえることが大切です。十分な準備期間をとり、可能な限りのサポートも実施しましょう。
スムーズかつ理想的な事業承継のためには、専門家によるサポートを受けるのがおすすめです。
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