このページのまとめ
- 事業譲渡では、債権・債務の自動承継は行われない
- 事業譲渡で債務を引き継ぐには、債務引受契約が必要である
- 事業譲渡では基本的に債権者保護手続きは不要
- 商号や屋号を引き継ぐ場合、免責登記をしないかぎりは弁済責任を負う
「事業譲渡で債務は引き継がれる?」と疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
事業譲渡の契約をしただけでは、譲渡会社の債務は承継されません。承継や免責をするためには手続きが必要です。
本コラムでは事業譲渡で債務を引き継ぐ場合の取り扱いや手続きを解説します。また、債権者保護手続きや債権譲渡についても解説するので参考にしてください。
目次
事業譲渡で債務は引き継がれる?
まずは、そもそも事業譲渡とは何かを説明し、債務はどのように引き継がれるかについて解説します。
そもそも事業譲渡とは?
事業譲渡とは、事業の全部または一部を他社に譲渡することで、M&Aの手法のひとつです。
株式譲渡が企業全体を売買対象とするのに対し、事業譲渡は契約によって譲渡の対象となる事業を選択できるのが特徴です。継続したい事業は残し、売却したい事業だけを譲渡することができます。
権利義務関係を個別に契約するため、手続きが複雑になるという側面があり、コストがかかるのがデメリットです。
債務は自動で引き継がれない
事業譲渡契約をしただけでは、債権や債務は引き継がれません。債権・債務も併せて引き継ぎたい場合は、個別に契約を締結する必要があります。
売掛金などの債権を引き継ぐ場合は債権譲渡契約を結び、借入金などの債務を引き継ぐ場合は債務引受契約を締結します。どちらも承継しないのであれば、特に何もする必要はありません。
債務を引き継ぐ場合に交わす債務引受契約とは
債務を引き継ぐ場合、個別に債務引受契約を交わす必要があります。
一般的に、債務引受契約は、契約書を単体で作成して締結します。
ただし事業譲渡による債務引受契約の場合は、事業譲渡契約書に「どの内容の債務を引き継ぐのか」を明記し、引き継がれる債務をリストアップした目録を事業譲渡契約書に添付する形式で行われるのが一般的です。
事業譲渡における債務引受契約には、免責的債務引受と重畳的債務引受の2種類があります。
2種の大きな違いは、契約締結後の譲渡企業の免責の有無です。
免責的債務引受と重畳的債務引受について、それぞれ詳しく説明します。
免責的債務引受
免責的債務引受とは、譲受企業が債務を引き継ぐことにより譲渡企業から債務が切り離されて、譲受企業が新たな債務者として同一内容の債務を負担することです。
債務は新・債務者に完全に移転し、旧・債務者は債務を免責されます。債権者は新・債務者に対して返済を求めることになります。
もし返済能力の低い者に債務が引き継がれた場合、債権者の不利益になります。そのため、免責的債務引受を行う場合は、債権者の承諾も必要です。譲渡企業と譲受企業の2社のみでは契約ができません。
重畳的債務引受
重畳的債務引受とは、譲受企業に債務を引き継いだあとも引き続き譲渡企業もともに債務に対する責任を負う方法です。重畳的債務引受は「併存的債務引受」とも呼ばれます。
従来の債務者に加えて新たな債務者が増えるため、連帯債務のような形式になります。
免責的債務引受と異なり債権者が不利益を被ることはないため、譲渡企業と譲受企業の合意のみで契約が成立します。
事業譲渡で債務を引き継いだ場合の債権者保護手続きの要否
ここでは、事業譲渡における債権者保護手続きの取り扱いについて解説します。
事業譲渡では債権者保護手続きは必要ない
債権者保護手続きとは、債権者の利益を守ることを目的に、債権者に事前に通知して異議を申し立てる機会を与える手続きのことです。
合併や会社分割では組織再編に伴い債務も移動するため、債権者が不利益を被らないように債権者保護の手続きを行うことが法律で規定されています。
事業譲渡においては、債権者保護手続きは会社法に定めはありません。
事業譲渡の場合は、債務や契約上の地位が移転する際に個別同意が必要になるため、債権者保護手続きをしなくてもよいという認識です。
詐害行為とみなされると事業譲渡が取り消される
事業譲渡では債権者保護手続きは必要ありません。しかし、債権者が損害を被ることになる行為を債務者が行った場合、債権者は民法424条に規定される詐害行為取消権を行使し、事業譲渡を取り消すことが可能です。
詐害行為とみなされる例は、債務を抱える事業において債務は譲渡されず、優良事業のみが譲渡されるケースです。特に、優良事業が相場よりも格段に安い価格で譲渡された場合、「債務者が故意に財産を減らし、債権者への弁済を逃れようとした」とみなされ、詐害行為取消権が行使されます。
事業譲渡を行う場合には、債権者に詐害行為として取消をされないよう、適正な譲渡価格を定める必要があります。
事業譲渡で商号・屋号を承継する場合の債務の取り扱い
事業譲渡では個別に契約手続きを行わない限り、債務が自動的に移動することはありません。しかし例外があり、商号・屋号を承継する場合は取り扱いが異なります。
商号とは、法人登記を行っている会社の名前です。一方、屋号とは法人登記を行っていない個人事業主が、事業を行う際に名乗ることができる店舗や事務所の名前です。
商号・屋号を承継する場合の債務の取り扱いについて、詳しくみていきましょう。
商号を承継する場合の債務の取り扱い
事業を譲り受けた会社が譲渡会社の商号を引き続き使用する場合は、譲受企業も譲渡対象事業によって生じた債務を弁済する責任を負うと会社法22条で規定されています。
事業譲渡で商号が続用されている場合、債権者は事業譲渡が行われたことに気づかず、譲渡企業に対する債権保全の手続きをする機会をなくしてしまう可能性があります。そのため、債権者保護の観点から、第三者の立場にある債権者から債務の弁済を求められた場合、譲受企業が譲渡企業に代わって債務を支払わなければなりません。
屋号を承継する場合の債務の取り扱い
事業譲渡後に譲渡会社の屋号を継続して使う場合も、譲受会社は債務を弁済する責任を負うことになると考えたほうがよいでしょう。
会社法上では「商号を引き続き使用する場合には」と規定されていますが、過去の裁判において、屋号であっても類推適用するとして、事業を譲り受けた企業に債務の弁済責任を認める判決を下しています。
商号・屋号は免責の登記が可能
譲渡会社の商号・屋号を譲受会社が引き続き使用するケースで、債務の弁済する責任を負わないようにしたい場合は、免責登記をしてください。
免責の登記とは、譲渡会社の債務を弁済する責任を負わないという趣旨の登記です。
事業を譲渡する側の同意を得たうえで、免責登記をします。
事業譲渡以外のM&A手法における債務の取り扱い
ここでは、事業譲渡以外のM&A手法における債務の取り扱いについて解説します。
株式譲渡・会社分割・株式交換・株式移転・合併の順に説明します。
株式譲渡における債務の取り扱い
株式譲渡とは、売り手企業の株主が、保有する株式を買い手企業または個人に譲渡することです。株式譲渡の手法により、会社の経営権が移転します。
株式譲渡契約を締結することによって、債務も含めて包括的に譲渡先に承継されます。
株式譲渡では、特に債権者保護手続きが法で定められていません。株式譲渡では株主が変わるのみで会社の財産には影響がないため、債権者保護は不要とされています。
会社分割における債務の取り扱い
会社分割とは、会社の事業のすべてまたは一部をほかの会社に引き継ぐことです。すでに存在している会社に事業を分割する「吸収分割」と、新たに設立した会社に事業を分割する「新設分割」の2種類があります。
会社分割は債権者から個別に同意を得ることなく、事業を包括的に承継する手法です。会社の資産や負債が移動した場合は債権者に不利益を与える可能性があるため、債権者保護手続きを行うことが規定されています。
債権者に不利益が生じうる例は、不採算部門を分離するために会社分割が行われたケースや、多角的な経営を行っていた企業が会社分割によりリスクヘッジの機能が失われるケースです。
基本的に手続きの対象になるのは、会社分割の影響により分割前の債務を請求できなくなった債権者です。
会社分割の債権者保護手続きは、以下の流れで行われます。
- 官報に会社分割することを公告する
- 会社分割によって不利益を被る可能性のある債権者に個別催告する
- 異議申立期間内に債権者からの異議申立を受け付ける
債権者から異議申立がなかった場合、会社は会社分割を進め、異議申立があった場合は債権者に対して弁済などを行います。
株式交換における債務の取り扱い
株式交換とは、売り手企業の全株式と買い手企業の株式などを交換し、完全な親会社・子会社の関係を作り出す手法です。株式交換では原則として、債権者保護手続きはありません。
完全子会社となる会社は消滅せず、原則として権利義務の承継が生じないためです。完全親会社となる会社も、株式交換で完全子会社となる株主に交付する金銭などが完全親会社の株式もしくはこれに準ずるものである場合、財産状態の悪化はなく、債権者保護の問題は生じません。
ただし、例外的に債権者保護手続きが必要な場合もあります。
(完全子会社の場合)
完全子会社が新株予約権付社債を発行している場合で、子会社が発行する新株予約権付社債の新株予約権者に対して、完全親会社の新株予約権を代替交付するとき、社債権者は異議を述べることができます。そのため、完全子会社は債権者保護手続が必要です。
(完全親会社の場合)
完全親会社で債権者保護手続きが必要な場合は、2つあります。
まず、完全親会社が完全子会社となる会社の発行していた新株予約権付社債を承継する場合は、完全親会社の金銭債務が増加するため、債権者保護手続きが必要です。
また、完全親会社が株式以外の金銭等を対価として完全子会社に交付する場合で、対価の合計額が株式交付の対価の総額の20分の1以上であるとき、完全親会社の財産状態が悪化する恐れがあるため債権者保護手続きをしなければなりません。
株式移転における債務の取り扱い
株式移転とは、すでに存在している株式会社を対象に、その会社の発行済み株式の全部を新たに設立する会社に取得させることです。株式移転によって設立される会社を株式移転設立完全親会社といい、完全子会社となる会社を株式移転完全子会社といいます。
株式移転の場合も株式交換と同じく、債権者保護手続きは原則として必要ありません。
親会社が既存の会社を親会社とするか新設するかの違いであるため、例外的に債権者を保護する条件も株式交換と同様です。
合併における債務の取り扱い
合併とは、2つ以上の会社が1つの会社になることです。合併は「吸収合併」と「新設合併」に分類されます。
合併では、債権者保護手続きが必要です。合併の相手方会社の経営状態が悪いときは、債権回収が困難になる恐れがあり、債権者が不利益を被る可能性があるためです。
債権者保護手続きを行わなかった場合、法令に違反するとして、当事会社の株主から吸収合併の差し止めを請求される可能性があります。また、債権者保護手続きを行わない場合、合併の効力は発生しません。手続きをせずに合併を実行すると、合併が無効になる場合があります。
合併の債権者保護手続きは、以下のとおりです。
- 官報に吸収合併もしくは新設合併することを公告する
- 合併によって不利益を被る可能性のある債権者に個別催告する
- 異議申立期間内に債権者からの異議申立を受け付ける
債権者から異議申立がなかった場合、会社は合併を進めることができます。異議申立があった場合は、債権者に弁済などを行います。
事業譲渡で債権を引き継ぐ場合はどうする?
事業譲渡では、売掛金などの債権も自動的に移転しません。債権を引き継ぎたい場合、債権譲渡の手続きをする必要があります。
債権譲渡とは、債権の同一性を変えず、債権者の意思によって債権を第三者に移転させることです。
ここでは、事業譲渡で債権を引き継ぐ場合の流れをみていきましょう。
債権譲渡の手続きが必要
事業譲渡では、債務だけでなく債権も個別の手続きを行わなければ移転しません。事業譲渡とともに債権を譲渡したい場合は、債権譲渡の手続きが必要です。
債権者が特定している指名債権は、譲渡禁止特約がついていなければ原則として自由に譲渡できます。債務者の承認は必要ありません。
ただし、第三者に債権譲渡が有効であることを主張するためには、対抗要件が必要です。債権は現金や不動産とは異なり目に見えない財産であるため、引き渡しを伴わず権利が移転します。債務者からは誰が本当の権利者なのかがわかりづらく、権利者ではない者に義務を履行してしまう可能性があります。
誰が正当な権利者なのかを確定するために、対抗要件が必要です。対抗要件を備えないまま債権譲渡が二重に譲渡されてしまった場合、一方の債権者は債務者に対して権利を主張することができません。
債権譲渡で必要になる債務者への対抗要件は、「債権者から債務者への通知」 あるいは「債務者の承諾」です。通知は口頭でもかまいませんが、通知したことを明確にするため、内容証明郵便で通知するのが一般的です。
また、債務者以外の第三者に対して自分が債権者であることを主張するためには、通知または承諾を確定日付がある証書によって行わなければなりません。確定日付とは変更のできない確定した日付のことで、証書の作成日であることを証明するものです。
債権譲渡の手続きの流れ
事業譲渡において債権譲渡を行う手続きの流れは以下のとおりです。
- 債権譲渡契約の締結
- 対抗要件の具備
- 譲渡確定日付の証書作成
まず、債権譲渡契約を締結します。
一般的には単体で契約書を作成しますが、事業譲渡と一緒に行う場合は、事業譲渡契約書に譲渡することを明記して債権の内容を掲載した目録を添付する形式がとられることが多いです。
債権譲渡契約書には、債権の内容や金額、支払い時期などを明記しましょう。
債権譲渡契約を締結したら、対抗要件の具備が必要です。
債権の譲渡側が債務者への通知を行うか、債務者から承諾を得る手続きを行います。
次に、債権の二重譲渡や詐欺などをに遭うことを防ぐために、公正証書を作成しましょう。債務者の承諾を確定日付のある証書で行う場合には、公正証書を使います。作成した証書を公証人役場に持参し、公証人名の入った確定日付を押してもらう方法です。
通知を行う場合は、確定日付のある内容証明郵便を利用してください。
まとめ
事業譲渡で債権・債務は自動的に承継されません。引き継ぐ場合は個別の契約が必要です。
債務を引き継ぐ際に交わす債務引受契約は、免責的債務引受と重畳的債務引受の2種があります。
免責的債務引受では、債務は完全に譲受企業に移転し、譲渡企業は免責されます。一方、重畳的債務引受では譲渡企業・譲受企業がともに債務への責任を負います。
事業譲渡では債務は自動では引き継がれませんが、商号を承継する場合は債務の弁済責任を負います。また、屋号の承継も弁済責任を負う可能性があります。どちらの場合も、免責の登記を行うことで弁済責任を免れることが可能です。
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