取締役の善管注意義務とは?問題となる事例や発覚時の流れを解説

2024年2月6日

取締役の善管注意義務とは?問題となる事例や発覚時の流れを解説

このページのまとめ

  • 善管注意義務とは、取締役が会社の資産や業務を管理する上で、適切な判断と行動を取る義務のこと
  • 善管注意義務の内容は、対象者の実績や専門的知識の程度などにより変わる
  • 取締役が善管注意義務を遵守しない場合、解任や損害賠償金を請求されることがある
  • 善管注意義務違反があった際には経営陣・顧問弁護士で対応を協議する

「善管注意義務」とは、企業の取締役が持つ重要な責任の1つです。具体的には、取締役が経営者の立場で行動する際に、善良な管理者として注意を払い、適切な判断と行動を取ることが求められます。これは、会社の資産や業務を管理する上で、慎重かつ責任を持って行動することを意味します。

善管注意義務を怠った場合、取締役は民法に基づいて法的な責任を負うことがあります。これは、不適切な決定や管理不足により会社やその利害関係者に損害を与えた場合、取締役個人がその責任を問われる可能性があることを意味します。

この記事では「善管注意義務」について、その定義、重要性、そして実際の事例を用いて詳しく解説します。この義務の理解は、企業経営において非常に重要ですので、ぜひ参考にしてください。

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善管注意義務とは?

善管注意義務は、「善良な管理者の注意義務」という意味を持ちます。これは、善良な管理者が担うべき、注意深く委任された業務を遂行する義務を指します。日本の民法第644条には、「受任者は、委任の本旨に従って、善良な管理者の注意をもって、事務を処理すべきである」と規定されています。

この言葉は一般的にはあまり耳にしないかもしれませんし、言葉自体もやや難解かもしれません。ここでは、会社の取締役に求められる義務に焦点を当て、それぞれ詳しく解説していきます。この義務は、取締役の責任と役割を深く関連しているため、非常に重要です。

取締役の善管注意義務

善管注意義務のある職責の典型的な例は会社の取締役です。

取締役は、法律上(会社法330条、民法644条)、「会社から経営を委任された立場」にあり、取締役と会社との関係も「委任に関する規程に従う」と法律で規定されています。
さらに、取締役の任務として「法令を遵守して職務を行う」ことが、法律(会社法355条)で規定されており、その任務を怠ったために「生じた損害を賠償する責任を負います」とも記載されています。

つまり、取締役には、会社に損害を与えないように、善良な管理者の注意を十分に払って、取締役としての業務を行う義務、すなわち、「善管注意義務」があるのです。

取締役が善管注意義務を遵守しなかったときには、責任を追及され、最悪の場合には解任される可能性もあります。

善管注意義務と経営判断原則の関係

善管注意義務は取締役の多くの義務の1つであり、これは取締役が業務を執行する際に重要な役割を果たします。しかし、不確実な状況や環境のもとで迅速な決断が求められる場面が多いため、もし業務執行により会社に損害を与えた場合、取締役がそのすべてに対して賠償責任を負うと、業務執行に対して萎縮してしまうおそれがあります。

そのため、善管注意義務の遂行に関する判断では、以下の2点が重要です。

  • 当時の状況を踏まえ、合理的に情報を収集、調査し、検討が行われたか
  • 発生当時の状況と個々の取締役の能力水準に照らし合わせ、不合理な判断がされなかったか

この基準に基づくことで、事後的または結果論的な評価を避けることができます。
「経営判断の原則」とも呼ばれ、取締役が職務を執行する際の萎縮を防ぐための基準として言及されています。

また、善管注意義務は会社の業種や規模、その他の状況に応じて異なるべきであるとする判決も出ています。これにより、取締役の責任の範囲とその適用は、個々の会社の具体的な状況に応じて調整されるべきであるとされています。

善管注意義務に関する判断は、事後的なり結果論的な評価に基づくべきではないとされています。つまり、取締役の決断が後から評価されるのではなく、決断がなされた当時の状況や情報に基づいて評価されるべきだということです。これは「経営判断の原則」であり、取締役が職務を執行する際の萎縮を防ぐための重要な基準です。

さらに、善管注意義務の適用は、会社の業種や規模、その他の特定の状況に応じて異なるべきであるとの判決も存在します。このことは、取締役の責任を判断する際に、一律の基準を適用するのではなく、それぞれの企業の具体的な状況を考慮する必要があることを示しています。このような柔軟なアプローチにより、取締役がその職務を適切に、かつ効果的に遂行することが促進されることになります。

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取締役以外に善管注意義務が問題になる例について

取締役以外にも、善管注意義務が問題となる場合があります。
具体的には、以下のようなケースの場合、一般の方々でも善管注意義務を負います。

  • 他人からなんらかの事務を委任された
  • 他人から物を預かっている
  • 売買契約で引渡しが決まっている物を保管する
  • 後見・保佐(補佐)・補助に関する事務を行う

それぞれについて説明しましょう。

他人からなんらかの事務を委任された

民法では、他人から「事務」を任された人は、委任者に対して善管注意義務を果たさなければならないと規定されています。これは、事務を委任された人が、その任務を信頼に基づいて裏切らずに遂行する必要があることを意味します。

ここでいう「事務」とは「仕事」に近い意味を持ち、民法ではこの用語を頻繁に使用しています。

また、会社の環境では、取締役だけでなく、他の役員や会計監査人も、取締役と同じく善管注意義務を負います。これにより、これらの役員や監査人も、職務を適切に遂行する責任があることが示されています。

他人から物を預かっている

他人から物を預かる場合、その物を返却するまでの間、壊したり失くしたりしないように細心の注意を払うことが必要です。これは、預かった物を安全に保管し、元の状態で返す責任があることを意味しています。

売買契約で引渡しが決まっている物を保管

売買が成立した場合、その取引が完了するまで、売買された物を適切に管理する必要があります。これは、売買契約に従って、物品を安全に保管し、契約条件に基づいて引き渡す責任を意味しています。

後見・保佐(補佐)・補助に関する事務を行う

成年後見制度を利用する際、後見人、保佐人(補佐人)、または補助人が、本人の支援を行います。これらの役割を担う人々は、それぞれ善管注意義務を負っており、本人の利益を最優先に考えながら事務を適切に遂行する必要があります。

「自己の財産と同一の注意義務」との違い

善管注意義務と「自己の財産と同一の注意義務」とは異なる概念であり、混同されやすいです。

善管注意義務の下では、故意や過失によって委任者に損害を与えた場合、その責任を負い、損害を賠償しなければなりません。これは、委任された事務を適切に管理し、丁寧に取り扱う必要があることを意味します。

これに対して、「自己の財産と同一の注意義務」を持つ場合、故意または重過失がなければ、損害を与えた場合でも賠償義務を負いません。これは、自己の財産を扱う際と同じ程度の注意を払うことが求められるということです。

ここで、重過失と軽過失には、以下のような違いがあります。

  • 重過失:少しでも注意を払えば、結果が予想でき回避できたのに、それを怠った
  • 軽過失:結果が予想できて、回避できたのに、それを怠った

このように、注意義務のある人が、どのくらいの過失であれば違反になるのか、という点において、両者には違いがあります。

取締役の善管注意義務はどのように決まる?

善管注意義務の内容は、義務のある人の地位や置かれている状況などによって変わってきます。

取締役のケースでは、善管注意義務の内容は、以下の要素が考慮されて決まります。

  • 過去の経験や実績
  • 専門的知識を有する程度
  • どのような役割が期待され、取締役に選任されたか
  • 発生した問題が、担当の範囲内かどうか
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取締役の善管注意義務違反が問題になるケース

取締役がその善管注意義務を問題とされるケースは、主に次のいずれかに分類されます。

  • 取締役が自ら法令違反を犯した
  • 自分の担当職務で発生した違法行為などを見逃した
  • 判断ミスで会社に損害を与えた
  • 利益相反取引や競業取引の開示・承認取得を怠った
  • 悪意または重過失によって第三者に損害を与えた

それぞれについて確認しておきましょう。

取締役が法令違反行為を犯した

取締役が法令違反行為、例えば粉飾決算や会社資金の横領などの犯罪行為に加担している場合、これは善管注意義務違反の中でも最も悪質な例と考えられます。取締役は、会社に対して高度な忠誠義務と善管注意義務を負っており、このような違法行為はこれらの義務に明確に反します。そのため、このような行為は、会社やその利害関係者に対して重大な損害を与える可能性があり、法的な責任を伴うことが一般的です。

自分の担当職務で発生した違法行為などを見逃した

取締役が自分の担当する職務領域で発生した違法行為を見逃し、監督上の過失があると判断された場合、取締役は善管注意義務違反の責任を負うことになります。これは、取締役自身が直接違法行為を行っていなくても適用されます。

取締役は、自身の職務に関連する違法行為を防止するために、担当者と密接にコミュニケーションを取り、現場の状況を常に把握することが重要です。これは、潜在的なリスクを事前に把握し、適切に対処するために必要です。

さらに、取締役はリスクマネジメント体制の構築、運用、そして強化に関しても責任を負っています。これにより、企業のリスクを最小限に抑え、違法行為や不正行為の発生を予防することが求められます。

判断ミスで会社に損害を与えた

取締役が判断ミスによって会社に損害を与えた場合、善管注意義務違反の責任を負うことがあります。しかし、不確定な要素が多い現代の企業経営において、著しく不合理な判断があった場合にのみ、善管注意義務違反と見なされることが一般的です。

これは、経営判断が必ずしも常に正しい結果を生むとは限らないという現実を反映しています。したがって、取締役が合理的な情報とプロセスに基づいて判断を行い、それが後に不利な結果を生んだとしても、必ずしも善管注意義務違反となるわけではありません。重要なのは、取締役が合理的な判断基準を用い、適切な情報を基に経営意思決定を下したかどうかです。

利益相反取引や競業取引の開示・承認取得を怠った

競業取引や利益相反取引は、必ずしも会社に損失を与えるものではないため、一律に禁止されていません。しかし、取締役がこれらの取引を行う際には、自身の私益を優先する可能性があるため、株主総会での開示と承認が義務付けられています。取締役がこれらの手続きを怠り、会社に損害を与えた場合、善管注意義務違反と見なされ、責任を問われることになります。

悪意または重過失によって第三者に損害を与えた

業務執行中において善管注意義務違反が発生した場合、取締役は責任を負うのは当然ですが、職務執行中に悪意や重大な過失が原因で取引先、債権者、株主などの第三者に損害が発生した場合、取締役はその第三者に対して損害賠償責任を負うことになります。この規定は、取締役が職務を遂行する際には高度な責任感を持ち、利害関係者の利益を損なわないように行動することを求めています。

第三者に損害を与えた行為について、取締役の悪意、あるいは重大な過失が認められるのは、次のようなケースです。

  • 取締役による会社資金の横領が発覚し、結果、株価が暴落した
  • 他の取締役によって行われた粉飾決算で、簡単に粉飾の事実がわかるはずなのに、チェックを怠り、見逃してしまい、その後、粉飾決算を行った取締役が逮捕され、結果、株価が暴落した

また、注意を怠っていなかったことを自分で証明しない限り、第三者が被った損害を賠償する責任を負うのは、次のようなケースです。

  • 株式・社債・新株予約権ならびに、新株予約権社債にかかわる募集事項等についての虚偽通知・記載・記録
  • 計算書類・事業報告ならびにこれらの付属明細書、臨時計算書類の重要な事項に関する虚偽記載・記録
  • 虚偽の登記
  • 虚偽の公告
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取締役が善管注意義務違反を犯した場合どうなるの?

取締役が善管注意義務違反を犯した場合、会社や株主などのステークホルダーに対して損害賠償責任を負う可能性があります。

どのような責任を負う可能性があるのか、説明いたします。

株主から責任追及される可能性がある

取締役が善管注意義務に違反し、株主に損害を与えた場合、株主から損害賠償責任を追及され、訴訟を起こされる可能性があります。特に、粉飾決算や業務上の横領などの重大な法令違反行為を取締役が行った場合、株主による個人賠償請求の訴訟を起こされるリスクが高まります。

このような状況では、取締役は会社だけでなく、株主や債権者からも損害賠償を請求される可能性が高くなります。悪意や重大な過失に基づく法令違反行為は、株主による訴訟提起のリスクを特に高める要因となり得ます。したがって、取締役は常に善管注意義務を遵守し、会社の利益と法令を尊重する行動を取ることが重要です。

株主代表訴訟を提起される可能性がある

株主代表訴訟は、取締役や役員が経営判断のミスなどにより会社に損害を与えたにも関わらず、会社が彼らの責任を追及しない場合に、株主が役員に対して損害賠償を求めて訴訟を起こすことができる制度です。この制度は、取締役が会社の利益を最優先に考え、責任ある経営判断を行うよう促すことを目的とします。

この訴訟により、高額な損害賠償金が請求されることもあります。株主代表訴訟を起こされると、取締役は会社に対して損害賠償金を支払う義務が発生します。このため、取締役個人にとっては重大なリスクとなり、経済的にも大きな負担を背負うことになります。

取締役を解任される可能性がある

取締役が善管注意義務を遵守しない場合、株主総会において彼らの解任がほぼ確実に決議される可能性が高いです。会社側としては、不祥事を起こした取締役を早期に解任し、追放することで、損なわれた会社のイメージを回復しようと努めます。

これは、取締役が会社の代表者として、経営における高度な責任を担っていることを反映しており、善管注意義務違反は会社の信頼性や評判に直接影響を与えるため、迅速な対応が求められます。

会社から損害賠償責任を追及される

取締役が経営判断のミスによって会社に多大な損害を与えた場合、会社はその判断ミスをしたり任務を怠ったりした取締役に対して損害賠償を請求する可能性が高くなります。

これは、取締役が会社に対して負う責任と義務に基づくもので、彼らの行動が会社に損失をもたらした場合、その責任を問うための法的手段として損害賠償請求がなされるのです。このような場合、取締役は、自らの行動の結果に対する法的責任を負うことになります。

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取締役の善管注意義務違反が発覚した場合に会社がやるべきこと

取締役が善管注意義務違反を犯し、その事実が発覚した場合、会社は迅速に事態の収拾を図ることが最優先されます。これは、善管注意義務違反が会社の信頼性、財務状態、株主やその他のステークホルダーとの関係に重大な影響を与える可能性があるためです。

会社は、問題を調査し、適切な措置を講じ、関係者に対して透明かつ責任ある方法で情報を提供することが求められます。

具体的には、以下の4つの対応が必要となるので、この流れに従って、迅速に対応しましょう。

  • 経営陣と顧問弁護士で対応の仕方を協議する
  • 株主に対して説明を行う
  • 違反した取締役の処遇を決める
  • 再発防止策の実施

それぞれについて詳しく解説します。

経営陣と顧問弁護士で対応の仕方を協議する

取締役の善管注意義務違反などの不祥事が発生した場合、会社の評判や業務に与えるダメージを最小限に抑えるために迅速な対応が必要です。

不祥事が発覚した際には、経営陣はまず顧問弁護士と共に対応方針について協議を行います。この協議を通じて、弁護士は問題への対処方法を優先順位に従って整理し、迅速な対応をサポートします。

また、弁護士から法的なアドバイスを受けたうえで、違反を犯した取締役の責任追及、取締役の解任、株主やその他の関係者からのクレームへの対処などを円滑に行うことです。

株主に対して説明を行う

取締役の善管注意義務違反が発覚した場合、株主に対して迅速に状況を説明することが重要です。このような事態が発覚しますと、株主は会社に対して不信感を抱く可能性が高く、この不信感が解消されない限り、会社経営において大きな困難に直面する可能性があります。

株主の信頼を回復するためには、不祥事に対する対応方針が経営会議で決定された後、プレスリリースなどを通じて経営陣からの公式なメッセージを迅速に発表することが重要です。この公式な発表を通じて、会社の透明性と誠実さを示し、株主に対する説明責任を果たすことが、信頼回復の鍵となります。

違反した取締役の処遇を決める

善管注意義務違反を犯した取締役の処遇は慎重に検討する必要があります。会社に損害を与えた場合、その取締役に対して損害賠償請求を行うべきです。会社の損失は株主にとっても損失であり、損害を請求することは株主の信頼を回復するためにも重要です。

また、たとえ取締役がこれまで会社に多大な利益をもたらしていたとしても、不祥事による会社イメージの損失は重大です。そのため、新たなスタートを切るために、問題のある取締役を解任することが適切な場合もあります。経営陣がここで解任すべきであると判断した場合は、臨時株主総会を招集し、株主に解任の可否を問うことが必要です。

再発防止策の実施

取締役による不祥事が会社に与えるダメージは甚大であり、そのため再発防止策の検討と実施は非常に重要です。この再発防止策は、会社の具体的な状況に即して策定される必要があります。そのため、弁護士や他の専門家に相談し、会社の実情に合った効果的な対策を考えることが望ましいです。

取締役の善管注意義務違反が再び発生しないように、効果的な予防策や体制の構築に努めることが重要です。これには、組織内のコミュニケーションの強化、透明性の確保、リスク管理プロセスの改善などが考えられます。

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取締役の善管注意義務違反が起きないために企業ができる対策

取締役が善管注意義務違反を起こさないようにするためには、社内のコンプライアンス体制を機能させ、強化することが重要です。

具体的には、以下で紹介するポイントを参考にして、取締役の職務を規律できるよう、適切なコンプライアンスが機能しているかどうかを確認しましょう。

取締役間で相互監視ができる体制を整える

取締役間で相互監視が効果的に行われる体制を整えることは、取締役に課せられた重要な役割です。取締役の職務の執行状況を最も適切に監視できるのは他の取締役だからです。そのため、情報共有や報告を取締役間で綿密に行うことで、判断ミスや違法行為に他の取締役が早期に気付く体制を社内に構築することが重要です。

取締役会の内容も、各取締役が業務報告を定期的に行うようにすることが有効です。タイムリーな相互監視を行うためです。

また、弁護士を社外取締役に選任することで、取締役間の相互監視機能を強化することも効果的です。

内部監査や外部監査を積極的に行う

取締役間の相互監視だけでは見落としや隠ぺい、共謀が発生する恐れがあるため、内部監査や外部監査の積極的な実施が不祥事の再発を防ぐために効果的です。客観的な視点からの調査は、会社の状況を明確にし、問題点を特定するのに役立ちます。

大企業では通常、外部監査と内部監査を併用しています。それゆえ、監査法人や公認会計士による監査を強化することが求められます。

一方の中小企業では、法定監査が求められないため、外部の監査法人や公認会計士などに特別な調査を依頼することがあります。外部の専門家を雇うには多額の費用がかかる場合がありますが、会社の健全性を維持するためには必要な経費と捉えるべきです。費用対効果を考慮した上で、特別な調査の実施を検討することが重要です。これにより、会社は健全な運営を維持し、将来的なリスクを減少させることができます。

社内全体でのコンプライアンス意識を高める

取締役による違法行為を防止するためには、取締役自身の相互監視に頼るだけではなく、社内全体でのコンプライアンス意識を高めることがさらに重要です。社内にコンプライアンス意識を深く根付かせることで、違法行為が発生しにくい体制を整えることができます。

この目的を達成するために参考になるのは、金融機関などで用いられている「三つの防衛線」(Three Lines of Defense)モデルです。このモデルでは、コンプライアンスのチェックを3つの段階で行います。これにより、コンプライアンス違反を効果的に防ぐ体制を構築することが可能になります。

具体的には、現業部門が日常的なコンプライアンス管理を行う第一防衛線、法務部門、リスク管理やコンプライアンス部門がこれをサポートする第二防衛線、そして、内部監査部門がチェックを行う第三防衛線が設けられます。

このような体制を構築することで、会社全体のコンプライアンス意識を高め、違法行為の発生を効果的に防ぐことができます。これを参考にして、自社内に、ダブルチェック、トリプルチェックできるコンプライアンス体制を整えると効果的です。

  • 現業部門(営業など)
  • 管理部門(法務、コンプライアンス、経理など)
  • 内部監査部門

また、コンプライアンスの向上には、従業員研修の実施や部署ごとのコンプライアンス担当者の配置による啓蒙活動が重要です。これにより、組織全体のコンプライアンス意識を高めることができます。トップダウンでの管理だけでなく、従業員自身の自発的な取り組みを促進することで、不祥事の防止を目指すことが肝要です。

専門家の知見を求める

コンプライアンス体制の構築は、企業運営における必要不可欠な投資です。このためには、社外取締役として専門家を配し、社内の法務部門に弁護士資格を持つ人材を雇用することが効果的です。専門家の知見を活用することで、法的なチェック能力を高め、企業のコンプライアンス基準を強化することができます。

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デューディリジェンスと取締役の善管注意義務

M&A(合併および買収)におけるデューディリジェンスは、取締役の善管注意義務の観点から、非常に重要なプロセスです。これは、買収側の企業が、譲渡側の企業や事業の実態を事前に詳しく調査し、買収価格や取引条件に関して適切な判断を行うためのものです。一般に「デューデリ」や「DD」と略され、「買収監査」とも呼ばれます。

デューディリジェンスの主な目的は、譲渡金額の妥当性や、M&Aを困難にする可能な特別な事情の有無を判断することにあります。この調査を怠ると、事業価値の過大評価や見落とされた簿外債務などにより、譲受企業に損害が発生するリスクがあります。このリスクが顕在化した場合、譲受企業の株主が、取締役に対して善管注意義務違反を理由に損害賠償訴訟を起こすおそれがあります。

善管注意義務違反が問題となった事例

参考までに、最近発生した、善管注意義務違反が問題となった事例を紹介します。

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長事件のケース

日産自動車のカルロス・ゴーン元会長事件では、日産自動車が元取締役に対して善管注意義務違反を理由に提訴しました。この訴訟の背景には、金融商品取引法違反の罪に問われていたゴーン元会長の役員報酬が適切に開示されなかった問題があります。日産自動車は、この善管注意義務違反が原因で生じた損害の一部として、14億円の賠償を求めました。

参照:日経新聞「日産がケリー元役員を提訴 14億円賠償請求、横浜地裁に」 

アパマンショップ株主代表訴訟事件

アパマンショップホールディングス(HD)の事例では、取締役がアパマンショップマンスリーを完全子会社化する過程で、株式を1株あたり5万円で買い取ることを決定しました。この決定に対して、アパマンショップHDの株主は、株価が不当に高額であると主張し、取締役に善管注意義務違反があるとして株主代表訴訟を起こしました。

しかし、この訴訟において、平成22年(2010年)に最高裁判所は、取締役の善管注意義務違反はなかったとする判決を下しました。この判決は、取締役の経営判断に対する裁量の範囲と、その判断がどのように評価されるべきかについての重要な事例となります。取締役の決定が、合理的な情報に基づいており、適切なプロセスを経て行われた場合、たとえ結果が株主にとって不利益であっても、必ずしも善管注意義務違反には該当しないことを示しています。

参照:日経新聞「子会社買収額は「経営陣の裁量」 アパマン経営側勝訴」

野村證券増資インサイダー取引事件

平成24年(2012年)に発生した野村證券の増資インサイダー事件では、当時の取締役に善管注意義務違反が認められ、その結果として引責辞任に至りました。この事件は、取締役の監視や監督の義務が適切に果たされなかったことが原因とされ、野村證券には金融商品取引法に基づく業務改善命令が出されました。

このケースは、取締役が会社内での適切な監督やコンプライアンス管理の責任を負っていることを示しています。取締役の義務違反が明らかになると、個人の責任追及だけでなく、会社全体に対しても法的な制裁が及ぶことがあります。

参照: 日経新聞「野村に業務改善命令 金融庁、増資インサイダーで」

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まとめ

取締役は企業経営において大きな裁量を持つ一方で、会社との委任関係に基づく善管注意義務を負います。この義務には曖昧な部分が多く、具体的な事情を考慮しながら違反か否かを判断するのは困難です。

善管注意義務の違反が発覚した場合、取締役は多額の損害賠償責任を負うリスクがあります。また、この違反は他の取締役の監督義務の不履行にもつながり、株主からの訴訟リスクや株価への影響も考慮しなければなりません。

善管注意義務についての正しい知識と理解が重要です。万が一、違反が発覚した場合には、顧問弁護士と協議し、迅速かつ適切に対応する義務があります。このような対応は、法的な問題を解決し、会社の信頼性と安定性を守るために不可欠です。

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監修者|岸田 康雄

監修者

岸田 康雄

国際公認投資アナリスト(日本証券アナリスト協会認定)/公認会計士/税理士/宅地建物取引士/中小企業診断士/1級ファイナンシャル・プランニング技能士/行政書士 平成28年度経済産業省中小企業庁「事業承継ガイドライン委員会」委員、令和2年度日本公認会計士協会中小企業施策研究調査会「事業承継支援専門部会」委員、東京都中小企業診断士協会「事業承継支援研究会」代表幹事。 一橋大学大学院修了。中央青山監査法人にて会計監査及び財務デュー・ディリジェンス業務に従事。その後、みずほ証券投資銀行部M&Aアドバイザリーグループ、メリルリンチ日本証券プリンシパル・インベストメント部不動産投資グループ、三菱UFJ銀行ウェルスマネジメント営業部などに在籍し、中小企業の事業承継から上場企業のクロスボーダーM&Aまで、100件を超える事業承継とM&Aアドバイザリー業務を遂行した。現在は、相続税申告と相続・事業承継コンサルティング業務を提供している。