このページのまとめ
- 事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐこと
- 事業承継の方法は、親族への承継・第三者への承継・M&Aの3種類がある
- 事業承継の手続きは、法人と個人事業主で異なる
- 事業承継の成功ポイントは、早めに後継者を選んで育成すること
「事業承継について具体的に考えたいけれど、どのような手続きがあるのかわからない」と悩む経営者の方もいるのではないでしょうか。事業承継の方法は親族間・第三者間の承継とM&Aがあり、それぞれ手続きは異なります。本記事では事業承継の各種ケースの手続きについて、詳しく解説します。
目次
事業承継とは?
事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。長く事業を続けていくなかで後継者への承継は避けて通れません。どの経営者もいつかは誰かに事業を引き継がなければならないため、早めの準備が必要です。
ここでは、事業承継に必要なことや、個人事業主と法人における手続きの違いについて解説します。
事業承継に必要なこと
事業承継で引き継ぐのは、以下の権利や財産です。
- 経営権
- 不動産や備品などの資産
- 知的財産(人材や技術力など)
また、承継には地位・事業のほかに精神などを引き継ぐという意味があり、事業承継では会社の経営権や資産を引き継ぐだけでなく、企業理念や経営者の想い、企業文化なども引き継ぎの対象です。
事業承継を行うには、まず現状を確認し、企業価値を高めて後継者に引き継ぎやすい状態にします。必要な手続きを把握するため、事業承継計画を作成しておくことも必要です。
個人事業主と法人では手続きが異なる
事業承継の方法は、誰に承継するかで以下の3つに分けられます。
- 親族への承継
- 従業員や第三者への承継
- M&A
かつて中小企業の多くは親族間承継を行っていましたが、近年は後継者不足に悩む企業も増えています。代わって、自社の役員・従業員への承継を行う企業も増えてきました。しかし、従業員への承継は後継者にとって購入資金の用意が難しいといった問題があります。
親族や親族以外の第三者への事業承継ができない場合、M&Aによる企業への事業承継という方法もあります。M&Aにより売り手側・買い手側の双方の強みが融合してシナジー効果(相乗効果)を生み、事業がより大きく発展する可能性があるでしょう。
個人事業主と法人のどちらもこれら3つの方法のいずれかを選択できますが、事業承継の手続きや必要書類は大きく異なります。
このあとの項目で、法人と個人事業主それぞれの手続きを解説します。
関連記事:事業承継とは?成功に向けたポイント方法や進め方を解説
法人が事業承継を行う方法と手続きの流れ
前述のとおり、法人の事業承継は3つの方法があり、それぞれ手続きの流れや必要書類は異なります。
いずれの方法で行う場合にも、まず関係する各方面に連絡し、従業員にも周知して理解を得ておくことが必要です。また、スムーズに事業承継を行い、承継後の事業を円滑に進めるには、早めに後継者を決めて教育を実施しておくことも大切です。
ここでは、法人が行う事業承継の方法ごとに流れをみていきましょう。
親族への承継
法人が経営者の親族に事業承継する場合、相続または生前贈与という方法で自社株式を譲渡する方法が一般的です。
親族への承継は、後継者の早期決定により十分な準備期間を確保できます。相続や生前贈与で財産・株式の所有と経営を一体的に承継できるのもメリットです。
親族承継の手続き
法人の親族承継は、経営者が亡くなったときと、存命のうちに行うときで手続き内容が異なります。
経営者が亡くなったときは、相続人である後継者が株式を相続します。そのため、相続により親族に引き継ぐことを決めたら、経営者は遺言書の作成が必要です。
遺言状がない場合は法律の規定による割合で相続されるため、後継者が事業を承継するために必要な株式や資産を相続できない可能性があります。そうならないためにも、遺言書の作成が必要です。
遺言書は公的な証明になる公正証書遺言をおすすめします。公正証書遺言であれば、経営者の希望に沿った承継手続きが可能です。弁護士や司法書士などの専門家に相談し、早めに遺言書を作成しておくとよいでしょう。作成後に事業の状況に変化がある場合、その都度書き換えていくことも必要です。
経営者が存命中に事業承継する場合は、生前贈与を行います。株式に譲渡制限がある場合、譲渡には取締役会か株主総会の承認を経なければなりません。生前贈与は、後継者への株式移動を見届けられる点で、安心できる方法です。
必要書類
親族への承継で必要になる可能性がある書類は、以下のとおりです。
- 遺言書(公正証書遺言)
- 生前贈与契約書
- 株式譲渡契約書
- 事業譲渡契約書
- 遺産分割協議書
遺言書は経営者が亡くなったあとに残された親族間の争いを防ぎ、後継者に株式を集中させるために作成します。
生前贈与は契約書がなくてもできる手続きですが、相続の場合と同じく争いを避けるために生前贈与契約書として書面に残しておくと安心です。
株式譲渡契約書は会社の株式を後継者に譲渡する契約書であり、株式を確実に後継者へと引き継ぎます。
事業譲渡契約書は当事者間の合意内容を明確にするため、譲渡の詳しい内容を記載した契約書です。
遺産分割協議書は、遺言書が残されていない場合に相続人の話し合いで遺産分割を行い、書面にした文書です。
必要費用・税金
相続では相続税、生前贈与では贈与税が発生します。ただし、事業承継では「事業承継税制」の利用が可能です。事業承継税制は、会社や個人事業の後継者が取得した一定の資産について、贈与税や相続税の納税を猶予する制度です。承継後、一定期間にわたって要件を満たした場合、猶予された税額は免除されます。
なお、金融機関から借入れを行う際に個人保証や担保を提供している場合、これらは基本的に後継者に承継されます。そのため、事業承継前に、個人保証や担保を外して後継者に引き継げるよう金融機関に交渉して手続きを進める必要があるでしょう。
第三者への承継
自社の従業員や役員など、親族以外の第三者に承継する方法です。経営者の知人や取引先などから後継者を迎える例もありますが、第三者への承継の多くは社内承継です。
第三者承継の手続き
第三者承継で後継者に会社の経営権を引き継ぐ方法は、以下の2通りです。
- 経営者が保有する株式を後継者が買い取り、経営権と株式を承継する
- 経営者や親族が株式を保有したまま、経営権だけを第三者に承継する
2番目の方法による承継は一時的で、将来は再び別の親族が後継者になることが予定されているといった場合に利用されます。
株式には譲渡制限がついている場合が多く、株式の譲渡にあたり、譲渡者である経営者が、取締役会または株主総会に譲渡承認申請する手続きが必要です。
必要書類
第三者への承継で必要になる書類は、主に以下のものがあげられます。
- 株式譲渡承認請求書
- 株式譲渡契約書
- 株式名義書換請求書
- 株主名簿
株式譲渡承認請求書は、株式に譲渡制限がある場合、現経営者が会社に対し株式譲渡の承認を請求する書類です。
株式譲渡契約書は、正式な譲渡の契約書類として譲渡の合意と契約内容を定めた文書を指します。
株式名義書換請求書は株式譲渡実施後、株主名簿の書換を行うため、経営者と後継者が共同で作成する書類です。
また、株主が変わったあとは、会社の株主名・住所などが記載されている株主名簿への書き換えが必要です。
必要費用・税金
株式を買い取る後継者は、購入資金が必要です。また、株式を譲渡した元経営者には、株式の売却益から手数料を差し引いた譲渡所得に所得税と住民税がかかります。
後継者に株式購入の資金がないなどの理由で株式を贈与する場合は、株式を時価で譲り受けたものとされ、時価相当額の受贈益に贈与税が課税されます。ただし、贈与税の納税を猶予する事業承継税制は親族外の場合にも適用され、一定の要件を満たせば納税の猶予・免除が可能です。
M&Aによる承継
親族内・親族外の承継が難しい場合、M&Aによる事業承継を検討することになります。M&Aは経営権を他の会社に移転する方法で、従業員の雇用を守りながら後継者問題を解決し、経営者は売却代金を得ることができます。
M&Aの手続き
M&Aは売り手側と買い手側の合意により契約を進めますが、多くの手続きが必要で、経営者だけで進めるのは難しいことも多いでしょう。そのため、M&A仲介会社に依頼するのが一般的です。
手続きは、以下の流れで行います。
- 買い手企業を探す
- 基本合意書を作成する
- デューデリジェンスを実施する
- 交渉・契約を締結する
M&A仲介会社との契約手続きを終えたら、買い手企業を探します。よい会社を見つけたら交渉を開始し、詳細な情報開示を行います。交渉が進み、合意ができたら基本合意書を作成し、締結するという流れです。基本合意書とは、M&Aに関する基本内容について確認する書面で、法的拘束力はありません。
デューデリジェンスとは、買い手側が売り手企業の財務状況や事業内容、リスクなどの詳細な情報を調査する手続きです。簿外債務や訴訟の可能性など、承継後に問題が起こる可能性がある要因についてチェックします。M&Aの成功には、このデューデリジェンスが欠かせません。
デューデリジェンスを完了して問題がなければ、買い手側が企業価値の算定手続きを行います。最終的な交渉手続きを行い、最終契約書を締結します。締結後、クロージング(契約の履行)として事業承継手続きと業務の引き継ぎを行うという流れです。
必要書類
M&Aでは、買い取り企業の候補を探す段階からさまざまな書類が必要です。主な必要書類は、以下のものがあげられます。
- ロングリスト・ショートリスト
- ノンネームシート
- 秘密保持契約書
- 意向表明書
- 基本合意書
- 最終契約書
ロングリストとは、買い手企業の候補先をリストアップする書類です。ロングリストの作成後、各企業についてを詳しく調査し、最終的に候補先を絞り込むショートリストを作成します。
ノンネームシートとは、リストアップした候補先企業に、自社名を伏せて打診するために提示する企業概要書です。秘密保持契約書は、M&Aの交渉を開始する際に締結するもので、機密情報の漏えいを防ぐために作成します。
意向表明書は、買い手側が提示する買収条件の表明書です。
M&A交渉が大筋で合意に達したら、基本合意書を作成します。最終契約書はM&Aの最終交渉で合意したときに締結する契約書であり、「株式譲渡契約書」「事業譲渡契約書」など、契約書名はM&Aの手法により異なります。
必要費用・税金
M&Aで必要な費用は、依頼するM&A仲介会社や専門家、売却額により異なります。一般的に必要になる費用や税金は、以下のとおりです。
- 相談料
- 着手金
- 中間金
- リテイナーフィー
- 成功報酬
相談料は正式に依頼する前の相談にかかる費用で、無料になるケースもあります。
着手金は正式に依頼する際に必要になり、中間金は基本合意書締結時に発生する費用です。どちらも成功報酬の一部前払いにあたり、完全成功報酬制の会社では発生しません。
リテイナーフィーとは、成功報酬とは別に毎月発生する定額顧問料のことです。発生しない会社もあります。
成功報酬は、最終契約書締結後のクロージング時に発生する手数料です。
個人事業主が事業承継を行う方法と手続きの流れ
個人事業主の事業承継も、法人と同じく親族間・第三者間で行われ、他社に売却する場合もあります。ただし、経営権の承継手続きは法人とは異なります。
ここでは、個人事業主が事業承継を行う方法と手続きをみていきましょう。
法人と同じく方法は3つ、手続きは異なる
個人事業で後継者に引き継ぐものは、以下の3つです。
- 経営権
- 経営資源
- 物的資産
個人事業は株式等による承継はできず、現経営者の廃業と後継者の新規開業によって経営権を承継します。
経営資源とは、経営理念や会社の信用力・ブランド・ノウハウ・技術などです。従業員や顧客・取引先なども経営資源となります。
物的資産は不動産や機械、オフィスの備品など、事業に必要な固定資産のことです。売掛金や借入金のような債権・債務も物的資産に含まれます。
個人事業主が事業承継をする方法は、法人と同じく親族・第三者・企業へ売却の3つです。
親族への承継は相続か生前贈与になり、相続の場合は法人の場合と同じく遺言書を用意する必要があります。
承継者には相続税や贈与税が発生しますが、「個人版事業承継税制」の利用が可能です。個人版事業承継税制とは、法人の事業承継税制と同じく相続税・贈与税の納税が猶予される制度です。一定要件を満たすと、最終的に納税が免除されます。
親族に承継者がいない場合、従業員や取引先などの第三者や企業に事業用の資産を売却する方法もあります。
経営権の承継手続き
個人事業主の事業承継は、以下の手続きを行います。
- 現経営者の廃業手続き
- 後継者の開業手続き
- 従業員・取引先の引き継ぎ
- 資産の引き継ぎ
個人事業では、経営権の引き継ぎが必要です。経営権の譲渡手続きは法人と異なり、まず経営者が廃業手続きをしたうえで、後継者が同じ屋号を用いて開業するという流れになります。
現経営者の廃業手続き
現経営者の廃業手続きは、以下の流れで行います。
- 廃業届を提出する
- 青色申告の取りやめ届出書を提出する
- 事業廃止届出の手続きを行う
まず廃業届を提出し、青色申告を行っている場合は一緒に「所得税の青色申告の取りやめ届出書」を提出します。
事業廃止届出の手続きは、消費税の課税事業者や予定納税をしていた場合、従業員を雇っていた場合に必要です。
後継者の開業手続き
後継者は、開業届の提出と、青色申告を希望する場合は青色申告承認書の提出が必要です。従業員を雇う場合は、その届出も行わなければなりません。
従業員・取引先の引き継ぎ
1人でも従業員を雇用している場合で、事業承継後も雇用を継続するときは、雇用契約の更新が必要です。
後継者は雇用契約や労働条件に関する書類を用意し、雇用保険・労災保険などへの加入手続きを進めます。
取引先の引き継ぎは、特別の取り決めがない限り、個別の連絡で問題ありません。ただし、取引先の交代は取引の継続に影響を与える場合もあるため、早めの連絡が必要です。引き継ぎ後も変わらず取引できるよう、事業承継をする前には必ず伝えておきましょう。
資産の引き継ぎ
店舗・設備などの資産を引き継ぐ場合は、個別に手続きが必要です。親族や従業員などへの承継で無償贈与する場合、あるいは親族が相続する場合は、贈与税・相続税が発生します。
前述のとおり、要件に該当する場合は個人版事業承継税制を利用でき、当てはまらない場合は納税が必要です。
必要書類
現経営者と後継者それぞれの必要書類をみていきましょう。
現経営者の必要書類
現経営者は、以下の書類を用意します。
- 廃業届
- 所得税の青色申告の取りやめ届出書
- 事業廃止届出書(課税事業者の場合)
- 所得税及び復興特別所得税における予定納税額の減額申請書(予定納税をしていた場合)
- 給与支払事務所等の廃止届出書(従業員を雇っていた場合)
廃業届は正式名称を「個人事業の開業・廃業等届出書」といい、開業届と共通の書類です。青色申告を行っている場合は、廃業届と一緒に「所得税の青色申告の取りやめ届出書」を提出します。
事業廃止届出の手続きは、課税事業者や従業員を雇っている場合などで異なるため、必要書類を確認しておきましょう。
後継者の必要書類
後継者は、次の書類の準備が必要です。
- 開業届
- 青色申告承認書(青色申告を希望する場合)
- 青色事業専従者給与に関する届出書(青色専従者を雇用する場合)
事業承継の際、屋号を引続き使用する場合は、開業届に同一の屋号を記載します。ただし、屋号が登記されている場合は、法務局で名義変更手続きが必要です。
確定申告で青色申告をする場合は、開業届と一緒に青色申告承認書を提出します。従業員を雇用して給与を必要経費に算入する場合、青色事業専従者給与に関する届出書を提出しなければなりません。
必要費用・税金
個人事業主の事業承継で後継者が資産を有償で引き継ぐ場合、その代金が必要です。
また、状況に応じて以下の税金が課税されます。
- 相続税
- 贈与税
- 所得税
- 消費税
相続税は3,600万円(法定相続人が1人増えるごとに600万円ずつ加算)まで、贈与税は年間110万円までの非課税枠がありますが、それ以上の部分は課税されます。
税金にはいくつかの節税方法があり、ケースごとに適切な節税手続きは異なるため、税理士や公認会計士など専門家に相談するとよいでしょう。
売却によって得た利益は、所得税・住民税の課税対象です。売却代金から経費を差し引いた額に課税され、売却翌年の確定申告で申告・納税します。
消費税は、課税事業者の場合のみ発生する税金です。経営者の生前に事業承継する場合と相続で承継する場合で、計算が異なります。
生前に事業承継する場合、経営者は廃業までの課税売上に対して消費税を納税します。後継者は、前々年の課税売上高が1,000万円を超えない場合には非課税のため、2年間は課税されません。
相続で事業承継する場合、課税売上も引き継がれるため、前経営者の時代の売上高と後継者の売上高に対して消費税が課せられます。
事業譲渡の手続きを円滑に進めるポイント
事業承継の手続きを円滑に進めるためには、いくつか押さえるべきポイントがあります。詳しくみていきましょう。
後継者を選定して育成する
事業承継で事業をスムーズに承継するには、後継者を早めに選定することが必要です。親族や従業員に承継する場合でも、経営に精通していないことが多いでしょう。
余裕をもって経営手法の伝授や取引先への紹介などを行い、経営者としての能力を備えてもらわなければなりません。
特に個人事業は、事業主が培った技術や信頼関係が経営の主要な軸となっていることも多く、計画的な後継者育成が必要になります。
早めに相続税対策を行う
相続はいつ起こるかわからず、突然の相続によって急いで事業承継しなければならないケースもあります。事業承継の準備や相続税対策は、早めに行っておくことが大切です。
相続税対策は基礎控除や事業承継税制など、さまざまな制度があります。どの制度が利用できるかを考え、突然の事業承継にも対応できるようにしておけば安心です。
相談窓口を活用する
事業承継に関する悩みは、公的機関の事業承継・引継ぎ支援センターや地域の商工会・商工会議所などに相談できます。後継者不在や相続・贈与の悩みなどがあれば、気軽に相談してみるとよいでしょう。
M&Aによる事業承継は、M&A仲介会社がよい相談先となります。取り扱う業界・業種や実績をみて、自社に合うM&A仲介会社を探しましょう。
まとめ
事業承継には親族に承継するほか、従業員や取引先などの第三者承継やM&Aによる方法もあります。手続きの流れはそれぞれ異なり、法人と個人事業主でも異なります。
事業承継では、後継者が経営者として事業を進めていけるよう、早めに後継者を選んで育成することが大切です。また、相続税対策も欠かせません。気軽に相談できる窓口もあるため、活用するとよいでしょう。
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