ベトナムにおけるM&Aのメリット・デメリット、注意点を解説
2024年8月22日
このページのまとめ
- ベトナムはASEAN諸国の中で2番目にM&Aが盛んである
- ベトナムのM&Aは小規模のものが多く、投資がしやすい
- ベトナムでは外資によるM&Aが禁止あるいは条件付き投資とされている業種がある
- ベトナムの法規制は日本と異なるため、M&Aでは当局に対し多くの手続きが発生する
- ベトナムのM&Aは株式取得(株式譲渡)が主流だが資産譲渡(事業譲渡)の場合もある
クロスボーダーM&A(国外企業とのM&A)の候補地としてベトナムに興味をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。ベトナムは現在高い経済成長を続けており、市場が拡大中です。
本コラムでは、ベトナムのM&A動向、日本とは異なるM&Aに関する法規制の内容、ベトナムのM&Aのメリット・デメリット・注意点などを解説します。そのほか、ベトナム企業とM&Aを行った事例も紹介します。
目次
ベトナムの特徴
ベトナムの特徴には、以下が挙げられます。
- 人口が多く若年層の比率が高い
- 経済成長率が高い
- 親日
外務省の「ベトナム基礎データ」によると、ベトナムの2023年の人口は約1億30万人です。日本と対照的に、若年層の人口比率が高いという特徴があります。
ベトナムの経済成長率はASEAN(Association of South‐East Asian Nations=東南アジア諸国連合)加盟国10ヶ国の中でも上位であり、多くのASEAN諸国がコロナ禍でマイナス成長となるなか、比率は落ち込んだものの、それでもプラス成長を維持しました。
また、ベトナムは親日であり、日本の文化への愛着や日本企業・日本製商品への信頼が高いとされています。
参照元:外務省「ベトナム基礎データ」
ベトナムにおけるM&Aの動向
ここでは、ベトナムのM&A事情について紹介します。
ベトナムは、ASEAN諸国の中でシンガポールに次いで2番目にM&Aが盛んです。
ベトナムのM&Aの特徴や近年の目立った動向には以下のようなものがあります。
- 小規模なM&A案件が多い
- ベトナム国内企業によるM&Aが増加傾向
- M&Aの対象産業の変化
ベトナムのM&Aの特徴は、規模の小さな案件が多いことです。この特徴は、ベトナムの現地企業の資本金や事業規模が小さいもので占められていることに起因します。
また、従来のベトナムのM&Aは、外国企業がベトナムの企業を買収するケースが主でしたが、現在はベトナムの企業同士のM&Aやベトナムの企業が国外の企業を買収するM&Aも増えてきています。
ベトナムは人件費が安いことから、中国に代わる製造拠点として製造業を対象とするM&Aが外国企業によって広く行われてきました。しかし近年は、ベトナム経済の発展を背景に小売業、消費財製造業、金融業、不動産業などを対象とするM&Aが多くなってきています。
参照元:外務省「ベトナム基礎データ」
ベトナムでM&Aをする6つのメリット
ベトナム企業とM&Aをするメリットには以下の6点があります。
- 市場の拡大が期待できる
- 政府間で投資活動を推進している
- 少ない投資額で買収が可能である
- 人材が豊富
- 諸外国との良好な関係による恩恵を得られる
- インフラの改善が急速に進んでいる
それぞれのメリットの内容を説明します。
市場の拡大が期待できる
ベトナムは今後、市場の拡大が見込まれるため、多くの産業でビジネスチャンスがあり、今、ベトナムの企業とM&Aをすることは大きなメリットがあります。
ベトナムは日本より少し小さな面積の国ながら、すでに1億人近い人口があり、さらに増加中です。人口が増加するということは、今以上に若年層の比率が高くなることを示しています。そして、ベトナムは、ASEAN諸国の中でもトップクラスの経済成長率です。
人口の増加と安定した経済の発展という2つの要因で、ベトナムの市場の拡大は確実視されています。M&Aによってベトナム市場へ進出することは、大きなビジネスにつながるチャンスとなるでしょう。
政府間で投資活動を推進している
日本とベトナムの間では日越投資協定が締結されているため、投資活動が保護されており安心してM&Aができるのがメリットです。日越投資協定は、2003年(平成15年)12月に署名され2004年(平成16年)12月から発効となりました。
日越投資協定の主旨は、ベトナムで投資活動(M&A)を行う日本企業とM&Aによって得た財産の保護を、ベトナム政府に担保してもらうことにあります。
これによって日本企業は最恵国待遇と共に現地のベトナム企業と同等に扱われる内国民待遇を得て、自由かつ保護されたM&Aが可能です。もちろん、日本政府も日本に進出してくるベトナム企業に同じ保護を約束するものであり、日本とベトナム間の経済交流の促進も狙いとしてあります。
少ない投資額で買収が可能である
ベトナムでのM&Aは少ない投資額で実施が可能であることもメリットの1つです。ベトナムは小規模企業が多く、M&Aも小規模なものが多いという特徴があります。したがって、日本企業がM&Aでベトナム企業を買収する場合も、少ない投資額で済みます。
また、ベトナムでは業種によって外国企業が出資してよい比率が定められていることが多く、その場合、全株式を取得できません。これにより、投資額はより少なく済みます。
人材が豊富
豊富な人材を確保できる点もベトナム企業とのM&Aで期待できるメリットの1つです。
前述のとおり、ベトナムは1億人を超える人口を誇ります。
「ベトナム基礎データ」によると、ベトナムの人口は2023年時点で約1億30万人です。
また、公益財団法人日本貿易振興機構(JETRO)によると、ベトナムの生産年齢人口(15~64歳)は6,700万人と、ASEANの中ではインドネシア、フィリピンに次いで3番目に多い水準となっています。
労働力不足が各業界で問題となっている日本企業にとって、ベトナム企業とのM&Aは課題解決を図る手段として非常に有用であると言えます。
参照元:
外務省「ベトナム基礎データ」
公益財団法人日本貿易振興機構(JETRO)「深刻化する人材確保の課題、多様な人事施策の検討がカギ(ベトナム)」
諸外国との良好な関係による恩恵を得られる
ベトナムは様々な国と良好な外交関係を築いており、その恩恵を期待できる点もメリットです。
ベトナムは「全方位外交」や「対外開放」「地域・国際市場経済との間における関係強化」を外交の基本方針としており、欧米の先進国や日本をはじめとしたアジア諸国だけでなく、旧社会主義国などとも良好な関係性の構築に努めています。
2023年の公益財団法人日本貿易振興機構(JETRO)「トゥオン国家主席が訪日、日ベトナム関係を包括的戦略的パートナーシップに格上げ」によると、ベトナム外交上で最高位の2国間関係を表す「包括的戦略的パートナーシップ」に中国、ロシア、インド、韓国、米国、日本の6ヶ国が指定されています。政治のみならず経済面でも強力なパートナー関係を築いています。
以上より、グローバルなビジネス展開を図りたい日本企業にとって、ベトナム企業とのM&Aは有用な戦略となるでしょう。
参照元:公益財団法人日本貿易振興機構(JETRO)「トゥオン国家主席が訪日、日ベトナム関係を包括的戦略的パートナーシップに格上げ」
インフラの改善が急速に進んでいる
著しい経済発展に伴い、ベトナムではインフラ改善も急速に進んでいます。
公益財団法人国際通貨研究所「足元のベトナム経済情勢と今後の見通し」によると、ベトナムは鉄道や空港などのインフラ整備を中心とした公共投資に対して、GDP比5.8%に相当する657 兆ドンを投じています。
今後もインフラ改善が進むことで、国内の物流や多国間の輸出入をスムーズに行いやすくなることが想定されます。
また、商業エリアや工場の増設、拡大にも有利に働くため、海外進出を図りたい日本企業にとって大きなメリットです。
参照元:公益財団法人国際通貨研究所「足元のベトナム経済情勢と今後の見通し」
ベトナムでM&Aをする6つのデメリット
ベトナム企業とM&Aをする場合、以下の6つのようなデメリットを被る場合があります。
- 為替レートの変動リスクがある
- M&Aに関する法律が日本と大きく異なる
- 企業評価が正確でないことがある
- 決算書の透明性が低いことが多い
- 買収ニーズが大きく、他の買い手候補との競争が激しい
- 買収後の事業展開が比較的難しい
それぞれのデメリットの内容を説明します。
為替レートの変動リスクがある
デメリットの一つは、ベトナム企業とのM&Aでは外国為替レートの変動リスクがあることです。この理由は、ベトナム企業とのM&Aでは、円ではなくアメリカドルで取引が行われるケースが多いことにあります。
円建てで予算を組んでベトナム企業とのM&A交渉を行っている場合、実際に対価を支払う時期に外国為替レートが円安・ドル高に振れていると、予定していた金額よりも多く出費することになります。
ただし、外国為替相場が逆の動き(円高・ドル安)になっていれば、予定額よりも低く出費を抑えられることもあるので、メリットに一転する側面もあります。
M&Aに関する法律が日本と大きく異なる
ベトナムに限ったことではありませんが、外国と日本では法律が異なるため、M&Aも注意して行わないと法律に違反してしまう危険性があるのはデメリットの1つです。加えて、外国と日本では取引慣習や商慣習も違うため、その点も含めて注意しましょう。
M&Aに関する法律で特に気をつけなければならないのは、外国人による投資(株式購入)・買収が禁止されている業種があることです。さらに、条件付きで投資が認められる業種は228種類(2023年8月時点)あり、それらの場合はベトナム政府から許可を得ないと投資・買収ができません。
また、投資・買収が可能な業種でも、外国人の出資が認められる比率が業種ごとに定められているケースもあり、M&Aの際には確認が必要です。
参照元:JETRO「外資に関する規制 条件付き経営投資分野、業種の目録」
企業評価が正確でないことがある
ベトナム企業の多くは小規模なところが多く、財務管理が行き届いていない場合があります。その点はM&Aの相手企業としてデメリットです。財務管理が杜撰なために、企業価値評価に必要な資料自体がそろわない可能性すらあります。
また、ベトナムは経済が発展途上段階ということもあり、国として会計基準があいまいな点もデメリットです。それらの理由で企業価値評価が正確に行えない場合は、M&Aの買収側である日本企業がリスクを負うことになります。
企業価値評価が正確に行えないなか、ほとんどのベトナムの中小企業では、M&Aの経験や外国企業との取引経験がないことが多いと考えられるため、交渉自体が難しいものとなるでしょう。
決算書の透明性が低いことが多い
前項と関係しますが、決算書の正確性の低さもデメリットとして挙げられます。
ベトナムには、二重帳簿や三重帳簿を当たり前に行っている企業が多いと言われています。
つまり、企業会計用と税務用、銀行提出用を分けて帳簿作成しているのです。
理由として、現地企業(外資が入っていない企業)に対する税務調査が厳しくない点や、現地企業かつ非上場であれば会計監査を受ける義務がない点などが挙げられます。
このように会計の透明性が低いベトナム企業を買収すると、後々の税務調査によって法人税等の追徴課税を受けたり、社会的評判の低下を招くリスクがあります。
デューデリジェンスを徹底し、まずは決算書の透明性を見極めることが重要です。
二重帳簿などのリスクが見つかった場合には、対策(帳簿を一致させるなど)を講じたり、買収金額を調整するなどの判断が求められます。
買収ニーズが大きく、他の買い手候補との競争が激しい
前述したメリットの大きさから、近年はベトナム企業に対する買収ニーズが高まっています。
それに伴い、他の買い手候補との競争が激化している点にも注意が必要です。
たとえば買収金額が他の買い手候補よりも低いと、交渉すらさせてもらえないケースも見受けられます。
ベトナム企業とのM&Aを成立させるには、リスクやバリュエーションに見合った範囲内で好条件を提示することが重要です。
また、現地に詳しいアドバイザーの協力を得て、金額面以外の魅力的な条件の提示をすることや競争率が低い優良企業探し、自社とM&Aを行うメリットの効果的な訴求などを行うことも効果的です。
買収後の事業展開が比較的難しい
ベトナムは日本と比べてビジネスの展開が難しい国です。理由としては、前述した会計基準の透明性に加えて、法規制や独自の文化などが考えられます。
たとえ優れた企業を買収できても、業績悪化によりM&Aが失敗に終わるリスクがあります。
こうした事態を防ぐには、現地の法規制やビジネス慣習、市場の特性を熟知したアドバイザーやパートナー企業の協力が必要です。
関連記事:クロスボーダーM&Aとは?リスクや成功させるポイント、事例を解説
ベトナムのM&Aの事例
ここでは、ベトナムの企業に対しM&Aを実施した日本の上場企業の事例を見てみましょう。取り上げるのは以下の5社です。
- エラン
- 大正製薬ホールディングス
- キリンホールディングス
- 森永乳業
- シャープ
この5社が、ベトナム企業にどのようなM&Aを行ったのかを説明します。
株式会社エラン
2024年(令和6年)6月、エランはベトナムの TMC VIET NAM TRADING AND SERVICE JOINT STOCK COMPANY(以下TMC社)の株式51.0%を取得し、特定子会社化したことを発表しました。取得価額は約13億2,200万円です。
エランは介護医療の関連事業を行っている企業です。TMC社は、病院等向けランドリーサービスや医療機器・化学薬品・消耗品販売などの事業を行っています。エランとしては、ベトナム国内全域における大手病院向けランドリーサービスのさらなる拡大を図る目的で、TMC社の子会社化を実施しました。
参照元:株式会社エラン「ベトナムにおける株式取得(子会社化)及び特定子会社の異動に関するお知らせ」
大正製薬ホールディングス株式会社
2019年(令和元年)5月、大正製薬ホールディングスの連結子会社である大正製薬は、ベトナムのDuoc Hau Giang Pharmaceutical JSC(以下DHGP社)の株式51.01%を取得し、連結子会社化したことを発表しました。取得価額は約118億円です。
DHGP社の株式35%を保有していた大正製薬が、同年3月から4月にかけてDHGP社株式のTOB(株式公開買付け)を実施し15.78%の株式を買付けました。その後、既存株主から0.23%の株式を取得し、51.01%の株式保有に至っています。
大正製薬は、医薬品・健康関連商品などの研究・開発・製造・販売を行っている企業です。DHGP社は、ベトナムで医薬品製造販売、機能性食品販売などを行っています。大正製薬ホールディングスとしては、セルフメディケーション事業の海外部門強化を目的にDHGP社の連結子会社化を実施しました。
参照元:大正製薬ホールディングス株式会社「Duoc Hau Giang Pharmaceutical JSC社の連結子会社化に関するお知らせ 」
キリンホールディングス株式会社
2011年(平成23年)3月、キリンホールディングスは、マレーシアのTrade Ocean Holdings Sdn. Bhd.(以下TOH社)とWONDERFARM Biscuits & Confectionery Sdn. Bhd.(以下WBC社)の全株式を取得し完全子会社化しました。取得額は公表されていません。
このM&Aの狙いは、TOH社が57.25%の株式を保有するベトナムのInterfood Shareholding Company(以下IS社)を孫会社化することです。また、WBC社は、IS社の知的財産権の管理を行っています。
キリンホールディングスは、酒類・飲料事業、ヘルスサイエンス事業、医薬品事業などを行っている企業グループの持株会社です。ベトナムの上場企業であるIS社は、清涼飲料事業、食品事業などを行っています。
キリンホールディングスとしては、アジア・オセアニア地域での国際総合飲料グループ戦略展開のためにIS社をグループに加えました。
参照元:キリンホールディングス株式会社「ベトナム飲料会社グループの株式取得について」
森永乳業株式会社
2021年(令和3年)3月、森永乳業はベトナムのElovi Vietnam Joint Stock Company(以下Elovi社)の株式51.0%を取得し、連結子会社化したことを発表しました。取得価額は非公表です。
森永乳業は、乳製品をはじめとした食品の製造および販売事業を行っている企業です。Elovi社は、飲料・ヨーグルト製品の製造および販売事業を行っています。森永乳業としては、新たな販売チャネルの開拓や商品ラインナップの拡充を実施し、ベトナム市場における事業の強化を図る目的でElovi社の連結子会社化を実施しました。
なお、森永乳業は同年5〜6月(当初発表の予定)にElovi社の株式を100%取得し、同社を完全子会社化しました。
参照元:森永乳業株式会社「ベトナム Elovi Vietnam Joint Stock Company の連結子会社化のお知らせ」
シャープ株式会社
2017年(平成29年)6月、シャープはベトナムのSAIGON STEC CO.,LTD.(以下SSTEC社)の持分51.0%を取得し、子会社化したことを発表しました。取得価額は約3億5,400万円です。
シャープは電気通信機器等の製造・販売事業を行っている企業です。SSTEC社は、カメラモジュールの製造事業を行っています。シャープとしては、カメラモジュール事業における競争力強化を目的にSSTEC社の子会社化を実施しました。
参照元:シャープ株式会社「当社によるSAIGON STEC CO.,LTD.の持分の取得(子会社化)に関するお知らせ」
ベトナム企業と日本企業との違い
ベトナムでのM&Aでは、ベトナム特有の会社組織を理解しておくことも重要です。まず、ベトナムにおける公開会社と非公開会社を区別しなければなりません。
ベトナムの証券法では、以下のいずれかに該当する場合、公開会社となります。日本では公開会社=上場企業ですが、ベトナムでは必ずしも公開会社が上場企業ではない点に注意しましょう。
- 株式を証券取引センターまたは証券取引所に上場した会社
- 資本金が100億ベトナムドン以上で100人以上の株主がいる会社
- 株券を公募した会社
また、ベトナムでの非公開会社の会社形態には以下の3種類があります。
- 1人有限責任会社
- 2人以上有限責任会社
- 株式会社
1人有限責任会社とは、出資者(正確には社員という)が1人の会社です。2人以上有限責任会社は、出資者が2人以上50人未満の会社を指します。株式会社は、株主が3人以上必要です。
ベトナムでは、株式会社の設立には費用と時間がかかってしまうため、上場を目指すような場合を除き、選択されません。そのため、多くは有限責任会社です。
また、役職名なども日本とは異なるものがあります。出資者の代表を意味する「委任代表者」、出資者が法人の場合にそれを代表する立場を意味する「会長」、代表取締役を意味する「法定代表者」、事業運営の代表者を意味する「社長」、会長や社長を監督する「監査役」などです。
社員総会(有限責任会社における出資者の総会)や株主総会での定足数、普通決議や特別決議に要する議決権数も日本と異なっています。そればかりか、1人有限責任会社と2人以上有限責任会社、株式会社それぞれで定足数や必要議決権数が異なっており、その点も注意が必要です。
ベトナムでのM&Aの手法
まず、ベトナムで公開会社に対しM&Aを行う場合は、TOB(株式公開買付)手続きを踏むことが義務付けられています。TOB実施に該当するのは以下のケースです。
- 対象企業の25%以上の株式を取得したいケース
- 対象企業の25%以上の株式所有者が、さらに10%以上の株式を取得したいケース
- 直近のTOBから1年未満で対象企業の25%以上の株式所有者が、さらに5~10%未満の株式を取得したいケース
また、TOBにより対象企業の株式80%以上を所有した場合、その日から30日間、TOBを継続し、売却希望株主がいる限り、残りの株式も買い取らなければなりません。
ベトナムで非公開会社に対しM&Aを実施する場合、以下の4つのM&A手法が考えられます。
- 株式取得
- 資産譲渡
- 合併
- 会社分割
ただし、合併や会社分割は、ベトナム企業法に規定はあるものの、現実にはほとんど行われていません。そこで、ここでは株式取得と資産譲渡の内容を説明します。
株式取得
ベトナムでのM&A手法の株式取得とは、日本で行われているM&A手法の株式譲渡と同じです。ベトナムの対象企業の株式を過半数、買収することで経営権を取得します。ベトナムの非公開会社の会社形態は、1人有限責任会社、2人以上有限責任会社、株式会社(株主3人以上)です。
したがって、1人の株主が過半数の株式を保有していない場合、複数の株主と交渉しなければなりません。手続きの簡便さという点では後述する資産譲渡よりも優れているため、ベトナムでのM&Aの多くは株式取得が用いられています。
ただし、日本における株式譲渡と同様に包括承継であるため、不要な資産や負債も承継せねばならず、また、経営上のリスクとなる偶発債務などの簿外債務を引き継いでしまうことが懸念点です。
資産譲渡
ベトナムでのM&A手法の資産譲渡とは、日本で行われているM&A手法の事業譲渡とほぼ同じです。対象企業の持つ資産や権利義務、取引先との契約を買収することで、その事業の運営権を取得します。
株式取得では複数の株主と交渉しなければならない可能性が生じますが、資産譲渡の場合は経営陣または代表者との交渉ですむ点が違いです。ただし、社員総会や株主総会の承認手続きが生じます。また、資産譲渡であれば、株式取得のように不要な資産や負債、簿外債務などを引き継ぐリスクはありません。
その一方で、資産や負債を個別に評価して買収額を交渉したり、取引先との契約引き継ぎには個別に同意を取ったり、従業員との移籍交渉が必要であったりなど手続き面が煩雑で、M&Aが完了するまでに株式取得よりも時間がかかってしまうのは避けられないでしょう。
ベトナムでのM&Aの流れ
ここでは、ベトナムでM&Aを行う場合の流れについて、公開会社とM&Aするケースと、非公開会社とM&Aをするケースに分けて説明します。
公開会社をM&Aをする場合の流れ
ベトナムで公開会社にM&Aを実施する場合、まず行うのは、「日越投資協定において外資出資割合の規制事業かどうか」の確認です。対象事業であれば協定の規制が適用されます。
協定の規制事業でなかった場合は、「投資法その他の関連法で外資出資割合が規制されている事業かどうか」の確認が必要です。これに該当していれば、その法令の規制が適用されます。
上記にも該当しない場合は、「条件付き投資分野の事業かどうか」の確認です。これに該当する場合は上限が49%と定められており、経営権を握れません。
条件付き投資分野の事業ではない場合、「対象企業の定款に外資規制割合が定められているかどうか」を確認し、定めがあればその内容に合わせた買収が可能です。定款に外資規制がない場合は完全子会社化できます。
非公開会社をM&Aをする場合の流れ
ベトナムで非公開会社にM&Aを実施する場合、その企業が条件付き投資分野の事業を行っているか、そうでなくても51%以上の株式を買収する場合は、事前に「M&A登録手続き」をしなければなりません。登録手続きは計画投資局に対して行い、結果は15日程度で通知されます。
ただし、インフラ建設事業など重大プロジェクトに該当する場合は、国会、首相、省級人民委員会(地方自治体)の事前承認が必要です。M&A実施後は、企業登記局で「社員または株主変更通知」手続きを行います。手続きは3営業日ほどで完了します。
ベトナムでM&Aをする際の10個の注意点
ベトナムでM&Aを実施する場合、以下のような点に注意しましょう。
- 業種による出資制限
- 買収承認の取得
- 企業登録証明書の変更手続き
- 対価支払いのタイミング
- 土地の使用権
- 賄賂の請求
- 統一企業法や証券法などへの抵触リスク
- M&Aの手続きにかかる時間・スケジュール
- デューデリジェンス不足によるリスクの顕在化
- 現地の共同投資家とのトラブル
それぞれの注意点の内容を説明します。
1.業種による出資制限
ベトナムでは以下の事業への外資の出資は禁止されています。
- 麻薬物質に関する事業
- 化学物質や鉱物に関する事業
- 希少な野生動植物、水産物に関する事業
- 売春事業
- 人身売買、生体組織や胎児などの売買
- 人の無性生殖に関連する事業
- 爆竹販売事業
- 債権回収事業
また、228分野の事業は条件付き投資に設定されています(2023年8月時点)。これらはベトナム政府から許可を得ないとM&Aができません。ベトナムでのM&Aでは出資制限内容を熟知する必要があります。
参照元:JETRO「外資に関する規制 条件付き経営投資分野、業種の目録」
2.買収承認の取得
ベトナムでのM&Aでは、外国人投資家が51%以上の株式を買収する場合、地方計画投資局、または工業団地・輸出加工区・ハイテク地区・経済特区の管理委員会の審査を受け、買収承認を得なければなりません。承認がおりると、投資登録証明書が発行されます。この手続きは、公開会社・非公開会社共通の規則です。
3.企業登録証明書の変更手続き
ベトナムでのM&Aでは、企業登録証明書の変更手続きを必ず行わなければなりません。企業登録証明書の変更は、出資比率や外資かどうかの区別なく、全てのM&Aで実施が義務付けられている手続きです。
この手続きは、M&Aの契約書に署名・締結後、クロージングまでの間に行わなければなりません。企業登録証明書の変更は、株主名簿書き換えと同じ意味合いを持つものですが、手続きは企業登録機関に対して行うものです。新しい企業登録証明書の発行は3日程度とされています。
4.対価支払いのタイミング
以前のベトナムの法律では、買収の対価を支払ってからでないと、買収承認の取得や企業登録証明書変更の手続きができませんでした。これは外国人投資家や外国企業にとっては、リスクがあることです。
法改正により、買収承認の取得や企業登録証明書変更手続きの完了後、対価を支払えばよいことになりました。しかし、法改正の認知が徹底されていないのか、現在でも当局から先に対価を支払うよう求められることがあるようです。
そのような事態への事前の対策として、株式譲渡契約書の条件の中に、買収承認取得と企業登録証明書変更手続きが完了してから対価を支払う旨を明記するとよいでしょう。
5.土地の使用権
ベトナムでのM&Aを実施し事業を行っていくためには、ベトナム特有の土地への概念も知っておくことが肝要です。ベトナムでは土地は全て国家のものとされています。そのため、土地に関しては「使用権」を有償で取得することで、使いたい土地を押さえることが可能です。
ベトナムの土地の使用権には、「割当土地使用権」と「リース土地使用権」の2種類があります。リース土地使用権では、国からのリースの場合とデベロッパーからのサブリースの場合があることも覚えておきましょう。また、土地の使用権には期限があります。
6.賄賂の請求
残念ながらベトナムでは、賄賂が横行することで知られています。買収承認の取得や企業登録証明書変更手続きなどにおいて、当局から賄賂が要求されることもあるほどです。ベトナム政府は、この状況に歯止めをかけるため、汚職防止の規制に乗り出しています。
日本からベトナムにM&Aをする場合は、現地スタッフが贈収賄に加担してしまわぬよう、社内のコンプライアンス体制を作り上げていく努力が必要です。
7.統一企業法や証券法などへの抵触リスク
ベトナムには、日本の会社法に該当する統一企業法があり、会社の種類や設置義務のある機関、株主の義務及び権利、各M&Aスキームで必要となる手続きなどが規定されています。
また、これとは別に、公開会社の株式取得に関して規定した証券法などの法律があります。
一見すると似ていても、日本の法律とは異なる部分がたくさんあり、気づかずに法律に抵触するリスクがあります。
M&Aの成立や買収後の事業運営の継続が困難となる事態を避けるためにも、現地法の理解と対応は不可欠です。
8.M&Aの手続きにかかる時間・スケジュール
ベトナム企業とのM&Aが成立するには、前述した法律に基づく手続きや、当局による認可などを得る必要があり、国内企業同士のM&Aと同等またはそれ以上の時間を要します。
条件面の交渉やデューデリジェンスなどの手続きも含めると、クロージングまでに半年〜1年もの時間を要する場合も多いため、余裕を持ったスケジュール策定が求められます。
無理に時間を短縮しようとすると、手続きに抜けや漏れが起きたり、不利な条件で買収せざるを得なくなったりするリスクが高まるため注意しましょう。
9.デューデリジェンス不足によるリスクの顕在化
ベトナム企業とのM&Aでは、デューデリジェンスをより一層徹底することが重要です。
なぜならば、前述した二重帳簿はもちろん、属人性の高さ(現経営者に依存し過ぎている)や賃金の未払いなど、法律や労務、会計などの分野であらゆる問題を抱えているリスクがあるためです。
デューデリジェンスを十分に行わずにM&Aを行うと、買収後に上記のリスクが顕在化・深刻化し、事業の続行が困難となり、多額の損失を被るおそれがあります。
10.現地の共同投資家とのトラブル
現地市場や法規制への対応を目的に、買収後にベトナム人投資家(またはベトナム企業)と共同で会社経営にあたるケースは少なくありません。
この場合、現地パートナーとの間で経営に対する考え方に相違が生じ、意思決定に支障をきたすトラブルが発生するおそれがあります。
こうしたリスクに備えるために、慎重に出資比率を決定したり、事前に株主間契約を締結しておくなどの対策が求められます。
関連記事:海外M&Aとは?メリットやデメリット、成功・失敗事例を解説
まとめ
ベトナムの経済成長には目を見張るものがあり、今後、クロスボーダーM&A(国外企業とのM&A)の候補としてますます人気を高めていくでしょう。しかしながら、日本とは法規制が違うため、手続き面は慎重に進める必要があります。
また、ベトナムでの産業の実態の把握も重要です。ベトナム企業とM&Aを行う際には、ベトナムの市場に精通し、ベトナムでのM&Aに一定の経験を持つ専門家の起用をおすすめします。
レバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社は、M&A全般をサポートする仲介会社です。国内企業同士のM&Aだけでなく、クロスボーダーM&Aにも対応しています。国内外ののM&Aに対し、それぞれの会社様に適したアドバイス・サポートを提供できる会社です。
料金体系は、M&Aのご成約時にのみ料金が発生する完全成功報酬型のため、M&Aのご成約まで費用は発生しません(買い手企業様のみ中間金が発生します)。
随時、無料相談をお受けしておりますので、M&Aに関するご質問やベトナムなどクロスボーダーM&Aをご検討の際には、ぜひお気軽にお問い合わせください。