入札によるM&Aとは?メリットやプロセス、注意点などを解説
2023年10月6日
このページのまとめ
- 入札方式とは、入札で選ばれた買い手が売り手企業に対して公開買付け(TOB)を行う方式
- 入札方式では、売り手の条件に最も合致する条件を提示した買い手が選ばれる
- 入札方式では買い手間で競争が起き、売り手に有利な価格や条件になりやすい
- 入札方式は煩雑で時間のかかるプロセスであり、専門家が必要
- 入札方式では、複数回の入札を経て買い手が決定される
入札方式は、複数の買い手が競り合って、最も有利な条件を提示した買い手が買収の権利を得る仕組みです。一般的な方法である仲介方式と比べて、売り手に有利な条件でM&Aが成立しやすい一方で、情報漏洩リスクや多大な時間を消費する可能性があります。本稿では、入札方式について、その概要やメリット、進め方などを網羅的に解説します。
目次
M&Aにおける入札方式とは
M&Aの入札方式とは、入札で選ばれたM&Aの買い手が売り手に対して公開買付け(TOB)を行う方式です。買い手間の競争が激しい場合や複数の買い手が興味を持っている場合に有効な方法と言えるでしょう。
入札方式では、不特定多数の買い手候補を募集するのではなく、売り手が限定された買い手候補にのみ情報を公開し、入札に参加してもらうことが一般的です。
入札に参加した買い手候補のうち、最も条件に合致した買い手がM&Aの相手に選ばれます。条件には、価格だけではなく、経営方針やM&A後の従業員の雇用条件などが含まれ、売り手はそれらを総合的に判断して買い手を決定します。複数の条件を考慮する点で、価格のみで決まる一般の競売やオークションと異なります。
入札方式と仲介方式の違い
M&Aの入札方式と比較されるのが仲介方式(相対方式)です。M&A全体で見た場合、入札方式よりも仲介方式を採用する案件のほうが一般的と言えます。
M&Aの仲介方式では、M&A仲介会社やコンサルティングファームなど第三者が仲介者となり、買い手と売り手の仲介を行います。
仲介方式では、まずはじめに、買い手、売り手ともに仲介者のネットワークを通じて交渉相手を探し、売り手と買い手が1対1で交渉を行います。この点が、入札や交渉を経て複数の買い手候補から買い手を絞りこむ入札方式との違いです。
仲介方式の場合、仲介者はM&Aの相手の選定だけではなく、交渉プロセスや合意の取りまとめなどM&A全体を仲介、支援します。仲介者が複雑な取引プロセスの管理や交渉の円滑化、情報の中立的な提供などの役割を果たすため、円滑にM&Aを進めたい場合、買い手、売り手双方にとって有益と言えるでしょう。一方で、入札方式では、入札者の招待や入札プロセスの管理、入札者への情報提供などすべてのプロセスを自社で進める必要があります。
M&Aにおける入札方式の特徴
入札といえば、オークションを想像する方が多いかもしれません。一般的なオークションでは、売り手が商品やサービスを提供し、買い手が競り合って価格を上げます。最終的に最も高い入札額を提示した買い手が購入する権利を得ます。
しかし、M&Aにおける入札方式は、一般的なオークションと少し異なります。どのように入札が実施されるのかを理解しましょう。以下に、入札方式の主な特徴を5つ紹介します。
クローズドビッド形式である
クローズドビッドとは、一般的にオークションや競売で使用される用語で、入札が期間限定で非公開、または制限されている状態を指します。
M&Aの入札方式におけるクローズドビッドとは、入札相手を絞り込んでいく過程で情報を徐々に開示していく方法です。買い手は可能な限り多くの情報を基に入札に参加したいと考えますが、売り手が最初から自社の情報を広く公開すると、情報漏洩リスクが高まります。自社の入札を行っていることが判明すれば、取引先や従業員などの利害関係者に影響が及ぶかもしれません。
したがって、入札方式では、機密情報を保護する目的と買い手に多くの情報を提供する目的を両立させるために、買い手を絞り込むプロセスの進行に合わせて公開する情報を増やしていくことになります。
少数参加者による入札方式である
M&Aの入札方式では、少数の買い手候補のみが入札に参加します。
入札という言葉には、不特定多数の買い手候補が参加するイメージがあります。しかし、ネットオークションなどと異なり、会社の買収価格は高額であり、M&Aの成否は売り手の将来を左右します。したがって、売り手は買い手から提示された条件を丁寧に審査し、条件に合致する買い手を選ぶ必要があります。入札への参加者を少数に限定することで、買い手を慎重に吟味することが可能になるのです。
また、機密保護の観点から、少数の参加者に限定することで、扱いがデリケートな商業情報や価格戦略など重要な情報の漏洩リスクを抑えられます。
実務上では、売り手と買い手候補間の情報のやり取りを容易にし、M&A成立までの時間を短縮することで、入札開催の費用を抑制する目的もあります。
買い手が同時に入札書(意思表明書)を提示する
入札方式では、公平性の担保や競争促進のために、買い手が同時に入札書(意向表明書)を提示します。
複数の買い手候補が同時に入札書を提示することで、他の買い手候補の条件を知ることなく、自社の条件を明確にします。また、買い手候補に開示される情報量が同じなので、情報の非対称性が生じず、買い手候補間の公平性が維持されます。
さらに、買い手候補間の競争促進のためにも入札方式は有効です。同時に条件を提示させることで、他社の提示した条件を知らない買い手候補に「他社がもっと良い条件を提示するかもしれない」という適度な緊張感を持たせ、より良い条件を提示させるプレッシャーをかけることが可能だからです。
買い手が入札書(意向表明書)に条件を記載する
M&Aの入札書である意向表明書(Letter of Intent)は、買い手が買収の交渉を開始する意向を示す文書です。仲介方式では、経営者同士のトップ面談後に提示されますが、入札方式では、入札の段階で買い手候補がそれぞれの条件を意向表明書に記載して、売り手に提示します。
意向表明書に記載される内容は以下のとおりです。
- 買収価格(買収対象企業の評価や買収価格)
- 買収後の従業員の雇用条件
- 経営方針
- 支払い条件(現金、株式など)
- 連帯保証の有無
- 実施時期(取引が完了する予定の時期やスケジュール)
- 機密保護(情報の取り扱い方針、秘密保持契約)
売り手は意向表明書に記載された条件を比較検討して、買い手を選定します。売り手にとって重要な判断材料ですので、買い手は内容を慎重に検討する必要があります。
必ずしも入札額で決定されない
入札方式では、買い手は必ずしも入札額だけで決まりません。確かに価格は重要な要素であり、売り手の決断に影響を与えます。しかし、M&Aの入札では価格以外の要素が決定的な影響を与えることが珍しくありません。
価格以外に、買収後の従業員の雇用条件や取引先との関係、買い手の経営方針など売り手の将来に重大な影響を与える条件がいくつもあります。たとえ最高入札額を提示しても、価格以外の条件で合致しない場合には買い手として選ばれないことがあります。
売り手にとって入札方式とは、入札額だけではなく、会社や従業員の将来などを総合的に考慮し、最適な買い手を選ぶことができる方法なのです。買い手は価格以外にも魅力的な条件を提示する必要があると言えます。
M&Aの入札方式のメリット
M&Aでは入札方式よりも仲介方式が一般的です。それでもあえて入札方式を選択する企業があるのはなぜでしょうか。入札方式のメリットを解説します。
競争原理が働き仲介方式より高い売却価格がつきやすい
入札方式では、買い手候補間の競争が展開され、売り手にとって有利な条件を引き出しやすくなります。特に、客観的に認識しやすい買収価格は競争原理によって吊り上がることがあります。
M&Aは買い手にとって大きな買い物ですので、可能な限り買収費用を抑えたいと考えるものです。
しかし、低い価格で入札すると売り手に選ばれない恐れがあるので、買い手には可能な限り高い価格を提示しようとする心理が働きます。
仲介方式では売り手の企業価値評価を参考に価格が算出されますが、入札方式では企業価値を超える買収価格に落ち着くことが珍しくありません。入札方式を選択することで、買収価格が予想以上に高額になり、多額の創業者利益を獲得する可能性が生まれます。
売り手の要望が聞き入れられやすい
買い手選定の決め手は価格だけではありません。入札方式では、買収後の従業員の雇用条件や経営方針についても、売り手の意見が反映された条件を引き出しやすくなります。売り手は価格以外にも様々な要望を持っています。競争に勝ち、売り手に選ばれるためにそれらの要望にできるだけ応えようと、買い手は真摯に向き合ってくれるでしょう。複数の条件について、売り手に優先順位があれば、それを公表することで理想的な条件を提示する買い手が現れるかもしれません。
例えば、買収後の従業員の雇用条件を重視する場合には、最高入札額を提示しても、雇用を無視した条件を提示した買い手は選ばれないでしょう。入札方式は、買い手によるアピール合戦になるので、売り手の様々な要望が聞き入れられる点がメリットです。
買い手選定の公平性が担保される
買い手選定の公平性が担保されることは、株主等の利害関係者が納得できるよう説明責任を果たすことにつながります。
特に上場企業では、企業の所有者である株主や銀行等の債権者、取引先などの利害関係者が大きな影響力を持っています。これらの利害関係者に説明責任を果たすことは、企業側の責務と言えるでしょう。
株主の利益最大化のため、高い買収価格を実現するだけが重要なわけではありません。公平性と透明性が確保された手続きのもと、社会的信用のある適切な買い手が選定されることが、会社の評判や買収後の会社の将来に重大な影響を及ぼします。
入札方式では、入札前に売り手が公表したプロセスに従って、公平に入札が実施されます。買い手選定の手続きに公平性が認められることから、売り手は多くの利害関係者を納得させることが可能です。
M&Aの入札方式のデメリット
入札方式は、自社の希望を可能な限り実現したい売り手にとって理想的な方式に思えます。しかし、入札方式にもデメリットが存在します。デメリットを理解したうえで入札方式の採用の是非を決めましょう。
プロセスが煩雑で時間がかかる
仲介方式と比べて、入札方式は手続きが煩雑で時間がかかります。
入札方式では、期間、スケジュール、ルールなど入札に関する情報を複数の買い手候補に共有しなくてはなりません。買い手を絞り込むために複数回の入札が必要で、入札ごとに買い手候補の意向表明書に記載された条件を比較検討します。
つまり、仲介方式では最低1社の意向表明書を検討しますが、入札方式では複数社の意向表明書を何度も比較検討する必要があります。入札後にはクローズドビッド方式に基づき、公開する情報の範囲を決めた上で次の入札に向けて情報公開もしなくてはなりません。買い手候補から質問があれば、その都度対応する必要があるでしょう。
このように、入札方式は、時間とお金がかかる手続きですので、効率的に買い手の選定を行いたい場合には適さないと言えます。
情報漏洩リスクが高い
入札方式では、情報漏洩リスクが高くなります。入札はクローズドビッド方式に基づき実施され、入札やM&Aの情報、売り手の機密情報が漏洩しないよう注意が払われますが、買い手候補が1社に限定される仲介方式と比べて、情報が流出する可能性は高いと言えます。
本来、入札やM&A検討の事実は、取引先や従業員など利害関係者への悪影響を最小限にするために、綿密に公表時期が検討されるべきものです。
しかし、不適切な時期に自社の機密情報が漏洩すれば、事業の競争力に影響があるかもしれません。また、M&Aの情報が漏洩すれば、取引先や従業員が会社の将来を不安視する恐れがあります。
このように、入札方式には情報漏洩リスクが存在することを認識しておきましょう。
複数社のデューデリジェンスに対応する必要がある
デューデリジェンスとは、企業間の合併や買収を行う際に、売り手の財務・法務・経営・業務などの情報やデータを詳細に調査・分析するプロセスを指します。買い手候補が、売り手の経済的、法的、商業的な側面について深く理解し、リスクや価値を評価するために行われます。
デューデリジェンスは買い手が実施しますが、受入側の売り手の協力が不可欠ですので、売り手も相応の時間と労力を要します。1社の買い手への対応でも大変な作業ですが、入札方式では買い手候補が複数いるので、複数社のデューデリジェンスに対応しなくてはなりません。複数社のデューデリジェンスに対応することは容易ではなく、人員や時間など多くのリソースを割く必要があるでしょう。
専門知識が必要だが対応可能な専門家が少ない
M&Aの入札を実施するには高度な専門知識が必要です。入札の周知やスケジュール、公開する情報の決定、入札者の募集など入札実施前に準備すべきことが多くあります。入札が開始されると、複数の買い手候補を相手にして、価格等の条件の検討や質問対応、デューデリジェンス対応などを行う必要があります。
売り手が単独で入札を進めると、社内の膨大なリソースを割く必要があり、時間とお金、労力が掛かり過ぎます。中小零細企業の場合、デューデリジェンスに対応するために本業に割くリソースが減少し、一時的に経営に悪影響を及ぼす可能性もあります。
これらの企業の場合、社内のリソースだけですべてに対応するのは困難かもしれません。
したがって、入札方式でM&Aを進める際には、M&Aの入札に詳しい専門家のサポートが必須です。近年、M&Aに注目が集まり、M&A仲介会社やM&Aコンサルタントは増えていますが、ほとんどが仲介方式に特化しています。入札方式に精通した専門家は供給が足りず、適切なサポートを見つけることが困難と言えるでしょう。
M&Aの入札方式のプロセス
入札方式でM&Aを進めるために、プロセスを理解しておく必要があります。一般的に知られる仲介方式のプロセスと異なりますので、注意しましょう。入札方式のプロセスは、主に「情報公開」「ヒアリング」「入札」「デューデリジェンス」で構成されます。
買い手企業に売り手企業の情報を公開する
はじめに、「入札に興味がある」という買い手候補に売り手企業が自社の情報を公開します。また、売り手が「入札に参加して欲しい」と考える買い手候補に情報を公開するケースもあります。買い手候補には、秘密保持契約締結後にインフォメーションパッケージ(インフォメーションメモランダム)とプロセスレターという2つの資料が配布されます。
プロセスレターは、入札の時期やスケジュール、基本的なルールなどを記載した入札に関する資料です。
一方で、インフォメーションパッケージは、企業名を伏せた状態で売り手に関する重要な情報をまとめた資料です。インフォメーションパッケージに含まれる情報は以下のとおりです。
- 会社の概要:基本情報、業界、事業モデル、市場ポジション
- 財務情報:財務報告書、収益・利益・資産・負債などの財務情報
- 法的情報:法的な契約、知的財産権、訴訟・リスク要因などの法的な情報
- 事業戦略:事業戦略、成長計画、市場戦略
- 人事情報:組織構造、主要な管理層、人材のスキルセット
- 市場分析:市場の分析や競合他社の情報
- 将来の展望:将来の見通しや成長機会に関する情報
プロセスレターとインフォメーションパッケージを受け取った上で、売り手に興味を持った買い手候補が入札に参加することになります。
買い手企業によるヒアリング
インフォメーションパッケージだけでは、売り手に関する疑問はすべて解消されません。したがって、入札に参加する買い手候補は、売り手の経営陣や各部門の責任者に対して追加の情報のヒアリングを行います。
買い手候補がヒアリングする項目の例は以下のとおりです。
- 財務や業績: 過去数年間の財務・業績履歴や将来の見通しなど
- 契約関連: 複雑な契約の有無、係争中の訴訟や知的財産など
- 事業戦略: 事業戦略の実現性や顧客基盤(主要顧客やサプライヤー)など
- 組織や人材: 人材のスキルや保持計画など
これにより、買い手は売り手に関する詳細な情報や洞察を得ることができ、M&Aに関する戦略的な意思決定を行うことが可能になります。売り手にとっても買い手候補の事業戦略や条件を深く理解する機会となるでしょう。
第一回入札
インフォメーションパッケージやヒアリングを経て、買収の意思を持った買い手は、プロセスレターに記載されたルールに従い、第一回入札に参加します。
入札時には、複数の買い手候補から売り手に対して意向表明書(入札書)が提出されます。
売り手は、意向表明書に記載された買収価格や経営方針、従業員の雇用条件などを比較検討し、買い手候補を絞ります。必ずしも入札額が最重要視されるわけではなく、条件の優先順位は売り手によって異なります。
第一回入札を経て、買い手候補は10社~15社程度から2、3社程度に絞られます。ここで入札に参加する買い手候補を絞ることで、売り手は入札開催にかかる費用や時間を節約する狙いがあります。第一回入札を経て絞られた買い手候補には売り手に関する追加情報が共有されるので、機密情報の漏洩を防ぐ狙いもあります。追加情報を与える相手を絞ることで情報漏洩のリスクを低減することにつながります。
買い手によるデューデリジェンス
買い手は最終入札(第二回入札)への参加の是非を決めるためにデューデリジェンスを実施します。
第一回入札後に公開される追加情報を基にデューデリジェンスを実施し、売り手を買収するリスクや機会、売り手の大まかな企業価値を評価します。
買い手がデューデリジェンスで評価する要素は以下のとおりです。
- 財務:資産・負債・利益・キャッシュフローなどの財務指標
- 法務:法的な契約や訴訟、知的財産権、法的リスク
- 人事:組織文化や人事関連の情報
- IT:社内のITシステムやデジタル化
- 技術:特許や技術の所有権、製品の競争力
しかし、この時点では売り手に関するすべての情報が開示されているわけではありません。したがって、デューデリジェンスの結果は次回入札への参加の可否を決める材料にすぎず、M&Aの実施を確定する必要はありません。
第二回入札
第二回入札(最終入札)は最終的な買い手が選定されるプロセスです。
その上でM&A実施を希望する場合には意向表明書(最終入札書)を提示し、入札に参加します。第一回入札同様に意向表明書には買収価格や買収スキーム、経営方針、従業員の雇用条件などが記載されますが、第一回入札で提示した条件に変更を加えたり、追加情報を記載したりすることもあります。
売り手は2、3社の買い手候補から提示された意向表明書を比較検討し、最終契約を締結する買い手を選定します。どの条件を売り手が重視するかはケースバイケースですので、必ずしも最高入札額を提示した買い手候補が選ばれるとは限りません。
最終契約の締結
最終入札を経て選定された買い手と売り手が最終契約書を締結することでM&Aが成立します。最終契約書は、M&A取引の最終段階で作成される法的な文書です。
この文書には、以下の項目が含まれます。
- 取引条件: 買収価格、支払い方法(現金、株式、その他の資産など)、価格の調整条件など
- 成立条件: 取引が成立するための条件。規制当局の承認、株主の承認、特定の合意書の署名、法的手続きの完了など
- タイムライン: M&Aのスケジュール、期限、引き継ぎ方法など
- 機密保持: 秘密保持契約など
- 終了規定: 取引の中止条件や手続きなど
- その他: コベナンツ、表明保証など
最終契約書は法的拘束力を持つ法的文書であり、法律家や専門家の助言を受けながら詳細に作成されます。最終契約締結後に対価の支払い、株主名簿の書き換え、登記手続きが行われ、M&Aが完了します。
買い手にとっての入札方式の注意点
入札方式では、買い手にとって割安な企業や掘り出し物的な企業が見つかるかもしれません。しかし、入札に参加するに際していくつか注意点があります。以下のポイントを意識することで、M&Aの成功率を上げることが可能です。
売り手を徹底的に調査する
入札を決定する前に、売り手の情報を徹底的に調査することが大切です。入札では競争原理が働き、他社より有利な条件を提示したくなりますが、情報収集、分析を行い、リスクを回避しつつ「勝てる条件」を提示しましょう。
調査すべきポイントは以下のとおりです。
- 簿外債務など隠れた負債はないか
- 未解決の法的紛争はないか
- 提示する買収価格は企業価値から著しく乖離していないか
- 規制当局から違法行為を指摘されたことはないか
- 事業計画に実現性があるか
情報収集、分析はM&A取引の成功に不可欠なステップです。売り手に関する十分な情報と洞察を得ることで、取引のリスクを最小限に抑えつつ、戦略的な意思決定を行うことができます。
M&Aの基準を事前に決める
M&Aにおける入札は、買い手が売り手を選ぶ場でもあります。買収の基準を厳密に定義することで取引の方向性や目標を明確にし、効果的な意思決定が可能になります。最終入札に参加する前にM&Aの基準を決めておきましょう。
事前に決めるべき基準の具体例は以下のとおりです。
- 業績基準: 売上・営業利益などの成績、純資産・借入残高などの財務
- 経営方針: 自社の成長戦略との整合性、企業文化や価値観
- 人事: 成長に必要なスキルを保有する人材、従業員に対する考え方
- ITシステム: 利用しているITシステム、デジタル化の進捗度合い
基準を満たさない企業を買収しても、M&A実施後に経営が行き詰まる可能性があります。基準を明確にすることで、適切な価格での取引や過度なリスクを回避できるでしょう。
売り手にとっての入札方式の注意点
入札方式は価格を含め売り手の希望を最大限に実現する方法ですが、入札を開催するに際してはいくつか注意点があります。以下のポイントを意識することで、売り手の利益を最大化したM&Aを実現できるでしょう。
入札方式に詳しい専門家に相談する
入札方式に詳しい専門家のサポートを受けながらM&Aを進めましょう。入札を開催するためには、複数社に対する入札の周知と入札者の募集、情報の公開範囲の決定などを戦略的に準備しなければいけません。入札開始後には、複数の買い手候補からの質問やデューデリジェンスに対応することになります。また、入札が終わり契約を締結する際には、多くの手続きや文書作成を伴うので、関連する法律や規制を遵守するための法的な専門知識が必要です。
このように入札方式は、財務、法務、戦略的な側面が複雑に絡むプロセスであると言えます。自社単独で対応できる企業は少なく、入札方式に詳しい専門家の助言やサポートを受ける必要があるでしょう。M&A仲介会社は仲介方式だけではなく、入札方式の支援を行っていることがあるので、相談を検討することをおすすめします。
条件に納得できない時には入札停止を検討する
買い手候補が提示した条件に納得できない場合には、入札停止を検討しましょう。通常、売り手は入札を開始する前に買い手の条件を設定し、各条件に優先順位をつけます。買収価格、経営方針、従業員の雇用条件など、すべての条件を完全に満たす買い手を見つけることは容易ではありません。優先度の高い条件を満たす買い手を選定することが多いと思いますが、納得できる条件を提示した買い手が現れない時には、入札停止を検討する判断も大切です。
M&Aを実施することが目的になってしまい、条件に合致しない買い手を選定すると、M&Aの当初の目的を達成することができません。最終契約には契約を履行する法的責任を生じさせる効果があるので、入札の中止を行う場合、少なくとも最終契約の前までに決める必要があります。
入札方式の各プロセスに期限を定める
入札を開催する前に入札方式の各プロセスに期限を設定しましょう。
M&Aの入札方式は主に以下のプロセスで構成されます。
- 入札の周知と入札者の募集
- 売り手の情報を公開
- 売り手に対するヒアリング
- 第一回入札
- デューデリジェンス
- 第二回(最終)入札
- 最終契約の締結
これらの各プロセスに期限を設定し、期限を守って手続きを進めることで入札を効率的に運営することができます。期限を設定せず、1つのプロセスに多くの時間をかけてしまうと、プロセス全体で多大な時間を消費してしまいます。時間が経つにつれ、既に公開された売り手に関する情報に変化が出たり、デューデリジェンスの結果が陳腐化したりなどの悪影響があるかもしれません。入札プロセスの間延びを防ぐためにも期限の設定、遵守を徹底しましょう。
取締役の善管注意義務を認識しておく
取締役の善管注意義務(善良な管理者の注意義務)とは、企業の取締役がその職務を遂行する際に、慎重さや注意深さをもって企業の利益を追求する法的責任のことを指します。これは、取締役が企業の経営や意思決定において、適切な情報収集、リスク評価、合理的な判断を行う義務を意味します。
上場企業では、株主の利益を最大化するためにも、取締役には善管注意義務遵守が求められます。
M&Aの入札においても同様です。ここでは、高い価格で自社株を売却し、還元を受ける株主の利益を最大化する義務を指します。
入札方式では、買い手によって売却利益が大きく変動することがあります。したがって、仲介方式よりも厳しく善管注意義務を要求されることが多く、株主に納得される買い手の選定を行う必要があります。
入札方式と仲介方式のどちらを選ぶか?
M&Aには「入札方式」と「仲介方式」があります。売り手の立場では、どちらの方式を選ぶべきでしょうか。どちらの方式が適しているか、具体的なケースを挙げて紹介します。
入札方式が良いケース
入札方式を選ぶべき2つのケースを解説します。
1.高く売却したい場合
少しでも高く売却したい場合には入札方式を選びましょう。入札方式では、入札に参加する複数の買い手候補の間で競争原理が働き、彼らは互いに牽制するので、売却価格が高くなる傾向があります。売却価格は重要な条件の1つですので、高い売却価格を設定することは売り手の関心を惹く有効な手段だからです。
一方で仲介方式では、最初から買い手と売り手が1対1で交渉を行うので、買い手に競争する相手がいません。競争原理が働かないので、高い売却価格を提示するインセンティブは少なくなります。仲介方式では企業価値評価で算定された売却価格から大きく乖離することは少ないでしょう。
2.利益が出ていて買い手に詳細な説明をする必要がない場合
安定的に利益が出ていて、買い手への詳細なフォローが不要な場合には入札方式が適しています。入札方式では、売り手は複数の買い手候補の対応をするので、丁寧な個別説明が難しいと言えます。
例えば、入札への参加を20社、30社に打診する場合にすべての買い手候補に何度も会って、詳細な説明はできないでしょう。したがって、利益が赤字の場合や売上が変動して不安定な場合に、買い手候補に納得のいく説明を丁寧にすることは容易ではありません。
一方で、安定的に黒字経営であれば、買い手候補に細かいフォローが不要で、詳細な説明なしでも興味を持ってもらえる可能性が高くなります。
仲介方式が良いケース
仲介方式は入札方式より一般的な方法です。売り手はどのような場合に仲介方式を選ぶべきでしょうか。仲介方式を選ぶべき3つのケースを解説します。
1.短期間でM&Aを成功させたい場合
M&Aの成立までの期間を短くしたい場合には仲介方式が適しているでしょう。複数の買い手候補を入札で絞るプロセスが必要な入札方式と比べて、仲介方式は短期間ですべてのプロセスを終えることができます。売り手と買い手の1対1の交渉であり、買い手を選定するプロセスが不要だからです。
入札方式は交渉開始から成立まで時間がかかります。その間に売り手の業績悪化や政治経済情勢など外部要因の変化による影響が出るなど、売り手の状態が変化する可能性があります。この場合、条件面の再調整が必要となり、さらに時間がかかる悪循環に陥るでしょう。
仲介方式では売り手の状態が大きく悪化するほど時間はかからず、希望する条件を維持できる可能性が高くなります。買い手にとってもM&Aを決めてから成立までの時間が短く、ビジネスチャンスを逃しません。
2.情報漏洩のリスクを最小限にしたい場合
情報漏洩リスクを抑えたい場合には仲介方式が適しています。M&Aの情報が事前に漏洩することは、様々な悪影響を引き起こす可能性があります。取引先が今後の取引継続に不安を抱くことで、売り手との信頼関係が崩れ、供給チェーンに混乱が生じるかもしれません。M&A後の組織の変化や再編成の影響を受ける従業員は雇用に不安を抱き、転職を考える可能性もあります。
情報漏洩リスクは情報に接する者が多いほど高まり、入札方式では、入札者が多いほどリスクが高くなります。一方で仲介方式では、交渉が1社の買い手に限定されるので、リスクを最小限に抑えられます。機密情報を保護し、取引先や従業員など利害関係者への悪影響を阻止したい場合には仲介方式を検討しましょう。
3.自社の強みを伝えるために詳細な説明が必要な場合
売り手が自社の強みを伝えるために、買い手に丁寧な個別説明が必要な場合には仲介方式が適しています。例えば、以下のような企業は自社の強みが伝わりにくい可能性があります。
- ニッチな業界に属している企業
- 地域に特化したビジネスやサービスを提供している企業
- 強みが業績や財務などに目に見えて現れない企業
- 創業間もなく収益性は低いが成長性は期待できる企業
仲介方式では、売り手と買い手が1対1の交渉を行うので、時間をかけた交渉が可能です。公開されている資料や財務情報だけでは伝わらない自社の強みや魅力を時間をかけてアピールできます。
まとめ
本稿では、M&Aにおける入札方式について、その概要やメリット、注意点、プロセスなどを解説しました。
M&Aにおける入札方式は、売り手が自社の公開買付け先の相手企業を募集し、最も条件に合致した企業を買い手に選定する方法です。入札者の間で競争原理が働き、買収価格などの条件が売り手に有利に展開する傾向があります。プロセスにかかる期間の管理や情報漏洩リスクに気を配ることで、効率的に入札を運営できるでしょう。
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