事業譲渡で行われる地位承継とは?概要やメリット・デメリットなど全体像を解説

2023年9月14日

事業譲渡で行われる地位承継とは?概要やメリット・デメリットなど全体像を解説

このページのまとめ

  • 地位承継は、売買取引にて生じた権利義務関係を第三者である他社や他者に引き継ぐ行為
  • M&Aにおいては、事業譲渡のスキームにおいて地位承継の手続きが必要
  • 事業譲渡の地位承継では、関係者間の個別同意が必要となる点がポイント
  • 個別同意が必要なことから、手間と時間を要することやトラブルを招くリスクも内在
  • トラブルなどを回避するために覚書を上手く活用し、共通認識化することが重要

地位承継については、不動産の引き継ぎなどで耳にしたことがある方もいるかもしれません。M&Aにおいては事業譲渡でこの地位承継が行われます。M&Aの地位承継では、関係者との個別の同意が必要となる点が最大の特徴と言えるでしょう。それに伴って、メリットやデメリット、および実施すべき手続きも他とは異なる部分があります。当記事では、地位承継の全体像や覚書、印紙などの必要性についても合わせて解説していきます。

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地位承継とは

まず初めに、地位承継とは何か、その言葉の指す意味や民法で定められている事項などの概要を紹介します。

地位承継の概要

地位承継とは、モノの売り買いの取引によって生じた権利義務関係を、第三者である他者や他社に引き継ぐ行為のことを指します。

ここでいう権利義務関係とは、資産、負債、権利、義務などの項目を意味しています。例えば、金融機関などから借りている資金の債務や、店舗や事業所のように借りている不動産の権利などが代表的で、他にも取引先との契約や従業員との労働契約などが該当します。

いずれにしても企業の事業運営に深く関係するため、これらの権利義務関係がM&Aにて譲渡される対象であった場合、地位承継が正確に行われなければM&Aの取引自体が無効になってしまうケースも起こり得ます。したがって、地位承継について正しく理解しておくことは、M&Aを扱う担当者にとって必要不可欠なポイントと言えるでしょう。

民法における地位承継の定め

この地位承継が必要であることは民法にて明確に定められています。具体的には、民法の第539条の2「契約上の地位の移転」に下記の通り記載があります。

「契約の当事者の一方が第三者との間で契約上の地位を譲渡する旨の合意をした場合において、その契約の相手方がその譲渡を承諾したときは、契約上の地位は、その第三者に移転する。」

これは、2017年(平成29年)の民法改正時に新たに明文化された項目です。それ以前にも地位承継自体は行われていたものの、解釈に依拠する部分が大きかったため、より明確にする目的で変更がなされました。

この中の「相手方の承諾」という点がポイントであり、地位承継では関係者間の個別同意が必要となります。

M&Aにおいては、上記の条文にて「当事者の一方」が事業の譲渡側、「第三者」が事業の譲受側となります。この通常2者間で行われる取引がM&Aとなるわけですが、さらに「契約の相手方」という別の関係者が加わります。

つまり、事業を譲渡する側は、譲渡を行う権利義務関係について、金融機関や不動産オーナー、取引先、従業員など契約を締結している相手から個別の同意を得なければなりません。

言い換えれば、この同意が得られなければその権利義務関係は第三者に譲渡できないということになります。当然、契約の第三者からすれば、この会社や人だから契約を締結しているという可能性もあり、その対象が変わるのであれば契約を破棄することも十分起こり得ます。この場合、否定された権利義務関係が譲受側にとって重要な項目であれば、M&A自体の停止にも繋がるため、非常に重要なポイントであると言えるでしょう。

※参照元:e-Gov 法令検索「民法(明治二十九年法律第八十九号)

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地位承継が必要な状況とは

M&Aの全てのスキームにおいて地位承継が必要かと言われると、そうではありません。

地位承継は、事業の一部、または全てを引き継ぐ事業譲渡にて必要となりますが、株式譲渡では実施されません。なぜなら株式譲渡では、企業全体の経営権そのものを譲渡するため、事業譲渡のように取引する対象範囲を個別に定める必要がないからです。

したがってM&Aにおいては、基本的に事業譲渡のスキームにて地位承継が必要となります。

なお、冒頭でも言及した通り、地位承継は個人や法人間で行われる不動産の売買取引においても実施されますが、本稿ではM&Aに焦点をあて、事業譲渡で行われる地位承継について解説していきます。

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地位承継が必要な事業譲渡について

続いて、本稿で焦点を当てる事業譲渡について、簡単に補足しておきます。

事業譲渡とは

事業譲渡とは、企業が複数あるうちの特定の事業のみを選択して(場合によっては全ての事業が譲渡されるケースもある)、別の企業へと譲渡するスキームのことを指します。つまり、譲渡する側の企業はそのまま存続する形をとります。

上記の地位承継における個別同意の説明を聞くと、株式譲渡の方がスムーズなスキームに思えますが、一概には言い切れません。株式譲渡と事業譲渡にはそれぞれメリットとデメリットがあり、企業の戦略によってどちらが適切かは異なります。

事業譲渡の特徴

事業譲渡の特徴は、特定の事業を選択する過程で、それに紐付く資産や権利なども選択しなければならないという点です。

例えば、特定の製品を製造・販売する事業を売却するとしましょう。この場合、当然、その製品を営む事業そのものが譲渡の対象となるわけですが、工場で働く従業員や工場の設備、土地などは個別に選択が必要となります。

言い換えれば、譲渡側は、非常に優秀な従業員がいる場合には別の事業に移動してもらう、資産価値の高い設備や土地があれば価値をさらに高めるために保有しておく、といった戦略を選べます。ただし、譲受する企業の要望も満たす必要があるため、これらは重要な交渉ポイントになると言えるでしょう。

このように、ある程度の譲渡範囲の自由度があるため、権利義務関係についても個別の調整が必要となるわけです。

事業譲渡が適するケース

事業譲渡は対象の選択ができることから、例えば一部の不採算事業を抱えている企業などがよく採用するスキームとなります。また、メインとなる成長事業にリソースを集中させたい場合などにも適していると言えるでしょう。

事業譲渡と株式譲渡の違い

株式譲渡とは、その名の通り株式を譲渡するため、特定の事業ではなく企業の経営権そのものを譲渡するスキームを指します。

現在の日本企業が多く採用する株式会社とは、基本的に株主の資本を借りて、株主の代わりに資本を最大化させるミッションを負っています。株式譲渡が行われた場合、その根幹となる株主が代わることを意味します。

したがって、経営方針などは変わるものの、企業の組織体そのものはそのままの形で残ることとなります。権利義務関係も包括的に引き継がれるため、個別の手続きが不要となるわけです。

この両者の違いについては、「株式譲渡と事業譲渡の違いとは?M&A手法としてのメリット・デメリット」にて詳しく解説していますので、ぜひ合わせてご一読ください。

関連記事:M&Aにおける事業譲渡とは?メリット・デメリット、手続き・ポイントなどを解説

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地位承継のメリット・デメリット

ここまで、地位承継が必要な理由や概要についてまとめました。その上で地位承継を行うことのメリットとデメリットについて、この章ではくわしく解説します。

地位承継のメリット

まず、地位承継のメリットと活用ポイントは以下の通りです。

個別に譲渡する対象を選択できる

地位承継のメリットは、すなわち事業譲渡におけるメリットと同様であるとも言えますが、個別に譲渡する対象を選択できることに他なりません。

既存事業に不可欠な資産を残せる譲渡企業にとっては、上記で例示したように、既存事業を維持・運営していくために不可欠な資産を維持することが可能になります。

譲受側は債務などのリスクを回避できる

譲受企業にとっては、債務などのリスクを無理に引き継ぐ必要がない点がメリットと言えるでしょう。

メリットを享受するためのポイント

これらのメリットを享受できるかどうかは、適切な見極めと相手方との戦略的な交渉が大きく影響します。

譲渡企業としては、どの資産や権利が譲渡すべきではないものか、価値があるものかを見極める必要があります。譲受企業としても、潜在的なものも含めてどこにどのようなリスクが存在しているかを特定しておくことが肝要です。

このような企業における価値やリスクの評価は、M&Aでは主にデューデリジェンス(通称DD)というプロセスで行われます。
デューデリジェンスについては、「デューデリジェンスとは?種類や実施の流れ、必要書類を解説」にてくわしく説明しているため、興味のある方は合わせてご参照ください。

また、これらが適切に見極められたとして、相手側企業も同様の認識を持つはずです。譲受側は価値のある資産や権利を得たく、譲渡側はリスクを手放したいと考えるでしょう。

まさにこの点における両社間での交渉がポイントとなります。一般的なM&Aでは、このような価値やリスクを「対価」として変換することで両社のギャップを埋め、合意形成を図る試みがなされます。その結果、売買価格が決定します。

地位承継のデメリット

次に、デメリットは主に以下の2つです。

個別の同意を得るため手間と時間を要する

個別に譲渡対象を選択できるというメリットがあるということは、裏を返せば、その分の手間と時間を要することがデメリットとなります。

場合によっては手続きが煩雑になる

また、場合によっては手続きが煩雑になる可能性があり、弁護士や税理士などの専門的な知見が必要になったり、取引完了の時期が延伸されたりすることも起こり得ます。
特に、関係者との個別の同意は時間と手間、手続きの煩雑さを要するだけでなく、トラブルを招きやすい点にも注意が必要です。

例えば譲渡側企業が借りている事業所について、その貸借主である不動産オーナーが譲受側企業には貸し出さないとするケースが挙げられます。この場合、再度交渉してオーナーを説得するか、新たな事業所を探すといった対応が必要となります。他に、譲渡側の得意取引先が譲受側の直接的な競合である場合などもトラブルの代表的な例となり得ます。

いずれにしても、時間をかけた慎重な対応が必要となる点が地位承継におけるデメリットと言えるしょう。

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地位承継の権利義務に関して注意すべきポイント

本章では、専門的な知識やトラブルの元となりやすい地位承継における代表的な3つの権利義務について、それぞれ注意すべきポイントに言及します。

債権・債務の地位承継における注意すべきポイント

まず1つ目は、債権・債務が挙げられるでしょう。ほとんどの企業は100%自己資本(株主資本)で事業運営しているわけではなく、債権者から融資などの形で金銭およびそれに類するものを借りています。対象事業に対してこの債権・債務が紐付けられている場合、これらも地位承継の対象となります。

債権者の代表的な例としては銀行などの金融機関が挙げられますが、債権・債務の譲渡に関しては当該機関との個別同意が必要です。特に譲受企業にとっては、債権・債務を受けることはリスクとなる可能性が高いため、慎重に見極めることが重要となります。

また、基本的に金融機関は承認プロセスに時間を要するケースが多く、この地位承継における個別同意も例外ではありません。したがって、取引先との契約の個別同意などよりも比較的多くの時間を要する可能性があることに注意しておきましょう。そのため、債権・債務が譲渡対象になると合意されれば、まず初めに金融機関との個別同意の手続きに着手することがおすすめです。

貸借権の地位承継における注意すべきポイント

続く2つ目の代表例は、不動産を中心とした貸借権の地位承継です。ここでの不動産の貸借とは主に店舗や事業所、工場などを対象とし、不動産投資による売買は冒頭で定義した通り今回の対象とはしていません。

前述のように、不動産の貸借権とは基本的に対象物件の不動産オーナーからの同意が必要となります。土地を借りている場合も同様で、該当する土地の所有者に個別の同意を得なければなりません。

不動産の貸借権においてポイントとなるのは、どの物件を譲渡・譲受するかの棲み分けが困難であることでしょう。例えば、飲食店の店舗であれば、その飲食事業が譲渡対象か否かという判別は難しくありませんが、工場や事業所となれば話は別です。

多くの場合、工場は特定の事業の製品だけではなく複数の事業の製品を取り扱っていたり、事業所では異なる事業の関係者が同一の物件を使用していたりします。このようなケースでは工場や事業所の一部を切り離すことは物理上不可能であるため、譲渡側に残しておくか譲受側に全て移管するかの判断が必要となります。これによって該当する不動産オーナーとの交渉の有無も変わってくるので、慎重な判断を要します。

また、貸借権におけるもう1つの留意点として、元の借り手である譲渡側が支払っていた敷金の返還請求権は、基本的には譲受側に引き継げないことも押さえておくべきでしょう。

許認可の地位承継における注意すべきポイント

最後の代表例は許認可に関する地位承継です。ここで「許認可の地位承継」という表現をしましたが、許認可におけるポイントは、事業譲渡時にその権利が承継できないという点にあります。

したがって、正確には「許認可の地位承継」という概念は存在せず、許認可は地位承継されないということに留意してください。

例えば、貸借権の地位承継によって店舗そのものは資産として譲渡・譲受ができたとしても、その店舗で同様の営業を行う権利(許認可)については引き継がれないというケースが挙げられます。この場合、譲受側は事業譲渡後もその店舗での営業を引き続き行うために、許認可を取得し直す必要があります。

ここでのリスクは、許認可の取得には基本的に地方自治体や行政機関からの承認が必要であり、このプロセスに想定以上の時間を要することが挙げられます。許認可が取得できなければ、実質的に譲受側は期待していた譲受事業の運営を行えなくなるため、事業譲渡の取引の完了日に大きく影響を与える可能性があります。

したがって、許認可の再取得の必要性やその取得期間については事前に調査をしておき、十分な期間を確保した上で取引を行うことが肝要です。

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地位承継の手続きにおける覚書について

本稿の最後に、地位承継の手続きの多くのケースで必要となる覚書や印紙について解説します。覚書には印紙を要するため、その種類や内容を確認しましょう。

地位承継で覚書が必要な理由

ここまでご紹介してきた通り、債務や貸借権などの地位承継をするにあたっては個別の同意が必要なことから、しばしば関係者間での認識齟齬などのトラブルを招く事例が発生します。

これを回避するためには、覚書を用いて合意した内容を共通認識化および明文化しておくことが重要なポイントとなります。

そもそも覚書とは、多くの場合「簡易的な内容に関する契約書」として扱われます。例えば、契約していた期間を延長/短縮する場合、既に締結した基本契約に関する具体的な条件面などを付記するために用いられます。

M&Aでは、基本合意契約書、秘密保持契約書、最終契約書、アドバイザリー契約書といった多くの契約書を取り扱いますが、「契約書」という名前は付いていないものの覚書も契約書の一種であり、その効果、法的拘束力は同様です。

また、類似した書面として誓約書・念書があります。これらは作成者が相手方に対して約束事を提出する場合に用いられますので、法的拘束力はありません。覚書は誓約書・念書と異なり、当事者である両者の誓約や合意事項が含まれるため、別の書面であることに留意しましょう。

地位承継では関係者間の合意内容を明確化しておくことが重要なので、誓約書・念書ではなく覚書を用いることが適しています。

地位承継の覚書に記載する事項

覚書に記載する事項についてですが、基本的に事業譲渡における地位承継では下記の項目を含むべきと言えるでしょう。

  • 事業譲渡概要(時期・条件・譲渡対象資産/債務)
  • 守秘義務
  • 協議事項
  • 解除条件

事業譲渡概要(時期・条件・譲渡対象資産/債務)

まず、事業譲渡の概要として、譲渡完了日や譲渡対象となる権利義務関係、およびその譲渡条件などを記載します。

守秘義務

同時に、これらは秘匿性の高い取引であることから、関係者間での守秘義務について記載します。既に譲渡・譲受企業間で秘密保持契約を締結しているケースが大半だと思われますが、この覚書には、基本的に個別同意を行う関係者を含め新たに記載する必要があります。

協議事項

次に、関係者間で合意された協議事項を記載します。ここでは合意内容だけでなく、その根拠となった資料や調査結果なども付記しておくと、後のトラブルを回避する助けとなるでしょう。

解除条件

最後に、見落とされやすいポイントですが解除条件も必要です。もし仮に合意事項に違反があった場合や根拠となった資料などに虚偽が発覚した場合の対策として、解除時における条件を付記しておきましょう。

ただし、いずれにしてもこれらのポイントはケースバイケースの側面が強く、必ず専門的な知識を有した弁護士などに相談するように心掛けてください。

地位承継の覚書での印紙の必要性

なお、覚書の作成時には印紙を貼付する必要があります。印紙とは、正式には収入印紙のことで、租税や手数料などの徴収を行うために政府が発行する証票を指します。

印紙は、覚書か契約書かといった種類による区別ではなく、その書面に記載されている内容に応じて必要性が定められます。この記載内容が「課税対象文書」と見なされれば、印紙を貼付しなければなりません。

課税対象文書であるかどうかの判別は、国税庁タックスアンサー「No.7140 印紙税額の一覧表(その1)第1号文書から第4号文書まで」を確認し、どの文書に該当するかで行いましょう。

事業譲渡の地位承継においては、多くの場合、第1号文書に該当し、記載された金額が1万円以上であればその金額に応じて印紙の貼付が必要となります。金額が1万円未満であれば印紙は不要です(詳細は上記国税庁のサイトまたは下記図1を参照)。

図1:第1号文書における印紙税額の一覧

※参照元:国税庁 タックスアンサー「No.7140 印紙税額の一覧表(その1)第1号文書から第4号文書まで

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まとめ

本稿では、M&Aの代表的なスキームの1つである事業譲渡において必要となる地位承継について、その全体像やメリット・デメリット、またトラブル回避のための覚書の必要性などを解説しました。

事業譲渡の地位承継は関係者間の個別同意が必要なため、煩雑かつ多くの時間を要する手続きとなります。また、関係者間でのトラブルや事業譲渡の取引全体へのマイナス影響などをもたらす可能性もあるため、その対応には留意が必要で、可能な限り専門家のアドバイスを受けるようにしてください。

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