このページのまとめ
- アーンアウト条項はM&A契約時に締結される特別条項
- 一定期間内に業績目標を達成すると、買い手から対価が支払われる仕組み
- 日本国内のM&A市場ではアーンアウト条項は普及していない
- 事業承継型M&Aの増加が見込まれる日本でもアーンアウトが普及する可能性はある
アーンアウト条項は、M&A契約に盛り込まれ、交渉を円滑に行うために活用される規定です。M&Aの契約が成立してから一定期間内に売り手が特定の目標を達成することで、買い手から買収対価の一部が支払われます。本稿では、アーンアウト条項とは何か、概要や採用するメリット、採用する際の留意点、実際の事例などを解説します。
目次
アーンアウト条項とは?
アーンアウト条項で設定される業績目標とはなんでしょうか。目標に利用される財務諸表上の数値や、アーンアウト条項が活用される背景を解説します。
アーンアウト(Earn-out)とは、M&Aにおいて利用される特定の条件を満たした場合に売り手に支払われる追加の対価を指します。通常、M&Aでは契約時に買い手から売り手に売却価格が一括で支払われます。しかし、売り手の事業の成長性や将来性に不確実性がある場合に双方の利害を調整する手段としてアーンアウトが活用されます。
アーンアウトの指標
アーンアウトの指標やベンチマークには、財務諸表上の様々な利益指標やその他の業績指標が利用されます。財務諸表上の指標としては、売上高や粗利、純利益、EBITDAなどがあります。
そのうち、国内外で最も一般的な指標はEBITDAです。EBITDAはグローバル企業の収益力を測定するのに適しており、設備投資の金額やタイミングに左右されない収益力を確認できるため、幅広く利用されています。
最も分かりやすく、操作が難しいという点では売上高も妥当な指標でしょう。売上高は過去の水準に近いこと、匹敵することが最低限の目標となります。
粗利や純利益は収益力を確認するために適しており、売上高の次にシンプルで分かりやすい指標です。
財務諸表上の数値以外では、以下の指標が挙げられます。
- 新規顧客の獲得数
- アクティブユーザーの数
- 顧客満足度
- 顧客の離脱率
- 株価の上昇
- 社内規定の整備
どの指標が利用されるかはM&Aごとに異なり、当事者の合意によって決定されます。ただし、数値目標でない場合には、当事者間で言葉の定義などを事前に確認しておく必要があるでしょう。
アーンアウト条項が活用される背景
アーンアウト条項は、M&Aにおける売却対価の一部が、売り手の将来の業績達成に基づいて支払われることを規定したものです。契約後に業績次第で対価の一部を支払うことを約束するアーンアウト条項は、M&A契約を複雑にすると思われがちですが、買い手と売り手双方のリスク回避手段として役立ちます。
買い手は、買収後に売り手がそれまでのパフォーマンスを維持するか、想定通りのシナジー効果を発揮できるか不安に思っています。アーンアウト条項によって、売却対価の一部を将来の業績に依存させることで、買収後の売り手の企業運営や成果に関するリスクを緩和できます。特に、成長中の企業やスタートアップ、競争の激しい業界の企業などは、将来の業績やキャッシュフローを予測しにくく、契約時の売却価格の決定が困難です。このような場合に、売却価格の決定を売り手のパフォーマンスが明らかになったあとに延期し、現在のリスクを回避する効果があります。
一方で売り手は、買収後に良好なパフォーマンスを発揮した場合に自社のパフォーマンスを買い手に無視されるリスクを回避できます。良好なパフォーマンスの対価として追加の報酬を受け取れるため、業績が無視される心配はありません。
売り手側がアーンアウトを利用するメリット
M&Aにおける売り手の視点で、アーンアウト条項のメリットを確認しましょう。
売却後も利益を獲得できる
通常、M&Aでは契約時に自社株譲渡の対価として、買い手から売り手に売却代金が支払われます。しかし、アーンアウト条項を設けることで、、売り手は契約時の売却代金に加えて、将来の業績目標の達成次第で追加の報酬を得ることができます。
M&Aの売却価格の交渉では、売り手は自社の価値が高く評価され、売却価格が最大化されることを望んでいます。しかし、売り手の契約後のパフォーマンスは、買収後の業績や市場の変動など不確実な要素に左右されます。
買い手はリスクを背負いたくないため、必ずしも売り手が希望する価格に応じてくれるわけではありません。アーンアウト条項を導入すれば、M&A契約時の買い手が支払うことを良しとしない売却価格であっても、一定期間内に良好なパフォーマンスを見せることで、追加代金の支払いを納得させることが可能です。
通常のM&Aでは、売り手の過去の業績に注目して、現在の企業価値を基に売却価格が決定され、将来の成果や成長のポテンシャルは無視されてしまいます。
しかし、アーンアウト条項を利用することで、売り手は将来の業績の成果に基づいた追加の評価を受けられます。これにより、売却価格の最大化という売り手側の目標を達成できるでしょう。
M&Aの成功率が上がる
契約時に加え、契約後に業績次第で売却代金を支払うアーンアウト条項には報酬の分割払いという効果があります。買い手は様々な要因でM&Aの実施に躊躇します。例えば、売り手がスタートアップ企業で将来のパフォーマンスを見通せない場合や、製薬系、運送系の企業で事故リスクを抱える場合などです。
アーンアウト条項を利用すれば、買い手は報酬の一部をM&A後の売り手の業績に連動させることができます。つまり、契約金額を一括で前払いする必要がなく、将来発生する可能性のある様々なリスクを回避できます。
M&A交渉時に買い手にメリットを提示することで、M&Aに躊躇する買い手の決断を後押しし、成功率を上げることができるかもしれません。
また、アーンアウト条項は、売り手と買い手の価格に関する意見の相違を解消するためのツールとしても有効です。買い手は将来の業績リスクを考慮した価格を提案し、売り手は将来の成果に基づいた追加の評価を主張できます。これにより、双方の合意形成を促進できるため、M&Aが成立しやすくなるでしょう。
買い手側がアーンアウトを利用するメリット
続いて、M&Aにおける買い手の視点で、アーンアウト条項のメリットを確認しましょう。
売り手のモチベーションを維持できる
M&A契約後も売り手の経営者が引き続き経営を担当する場合に、アーンアウト条項は売り手のモチベーション維持に寄与します。通常、M&Aが成立して報酬を受け取れば、売り手の目標は「引き続き自社の経営者としての地位が保障されること」のみです。
しかし、アーンアウト条項を取り入れた場合、売り手は設定された目標の達成次第で追加の報酬を受け取れるため、良好なパフォーマンスの発揮につながります。
買い手が期待するM&Aのシナジー効果を最大限に発揮し、M&A本来の目的を達成できるでしょう。
売り手側の潜在的なリスクを回避できる
M&A取引には買収後の売り手の業績や市場の変動など、様々な不確実性やリスクが存在します。通常は最終合意を締結する前にデューデリジェンスを実施し、財務や人事、法務、税務など多岐にわたるリスクを把握しますが、すべてのリスクを完全に回避することは困難です。
特に、社内規定が未整備の新興企業や、事故が起こりうる運送系や製薬系の企業では、予見不能なリスクは多くなります。これらの企業以外でも、市場の変動や自然災害、不景気などの影響を受けるおそれがあるでしょう。
アーンアウト条項では将来の成果に基づいて報酬を支払うため、買い手はリスクを最小化できると同時に、投資の回収を確保できます。例えば、買収代金の100%を契約時に支払うのではなく、70%を契約時に支払い、残り30%は契約後の売り手側の目標達成度合いに応じて支払うことで、リスクの一部を売り手に転嫁することが可能です。
資金流出を分散できる
買い手にとって、M&A契約時のキャッシュアウトは大きな負担となります。運転資金の大きい会社であれば、一度に多大な金額を支払うことは避けたいでしょう。M&Aの売却代金に銀行融資を活用することも多くありますが、金利負担が発生するため、賢明な選択とは言えません。
この点、アーンアウト条項には、売却代金の実質的な分割払いという側面があります。本来は契約時に100%支払う代金を、契約時60%、契約後40%のように分割することで、一度のキャッシュアウトを回避できます。資金流出を分散し、M&A成立と円滑な会社経営を両立できるでしょう。
売り手側のアーンアウトのデメリット
アーンアウト条項には、デメリットもいくつか存在します。売り手の視点でアーンアウト条項のデメリットを確認しましょう。
一括で対価を受け取れない
分割払いで対価を受け取る場合、M&Aの成立時に受け取れる金額が少なくなってしまう点がデメリットです。
売り手にとって、一括でまとまった資金が手に入れば、資金の使途や新規事業の開始などに柔軟性を持たせられます。
しかし、アーンアウト条項によって売り手は将来の業績に基づいた報酬を受け取るため、売却代金の完全な受け取りまでに時間がかかります。また、将来の業績次第では、売り手が予想していたよりも少ない報酬額になりかねません。
売り手の予測と、実際の受け取り額にギャップが生じれば、資金繰りが苦しくなったり、予定していた事業展開に影響が及んだりするおそれがあります。
結果次第で対価が変動する
アーンアウト条項によって、売り手は買収後の業績に応じて報酬を受け取ります。しかし、将来の成果は不確実性を伴います。業績が予想を下回る場合や、外部要因によって影響を受けた場合、対価は当然少なくなるでしょう。
目標達成次第で受け取る対価が純粋な追加報酬であり、正当な評価に対する報酬を契約時にすでに受け取っている場合は、問題にならないかもしれません。
しかし、アーンアウト条項が実質的な報酬の分割払いとして機能する場合、業績次第で対価が小さくなれば、正当な対価ではないと感じるおそれがあります。アーンアウトで規定される対価は結果に左右され、不安定であることに注意しましょう。
交渉に時間を要する
アーンアウト条項では、将来の業績に基づいて報酬が計算されるため、売り手と買い手の間で業績目標や報酬の具体的な設定についての合意形成が必要となります。しかし、報酬の金額や算定方法、成果の評価基準などに関する合意形成は複雑であり、多大な時間を要するケースも少なくありません。そのため、通常のM&Aよりも交渉に時間がかかることを覚悟すべきでしょう。
交渉の過程で双方の意見が一致しない場合には、交渉が難航するおそれもあります。特に、将来の業績に関する予測や不確実性が高い場合、買い手と売り手の間で異なる意見が生じやすくなります。アーンアウト条項を巡る意見の不一致によって、M&Aが破談となる場合や、買い手が他の売り手を見つける可能性もゼロではありません。
買い手側のアーンアウトのデメリット
次に、買い手の視点でアーンアウト条項のデメリットを見ていきましょう。
買収価格が高くなる
アーンアウト条項が付いた契約では、売り手の業績次第で買い手は契約後に報酬を支払う必要があります。アーンアウト条項が分割払いの手段として活用される場合には問題になりませんが、ボーナス的な要素が大きい場合、契約後に追加の費用が発生します。その結果、通常のM&Aに比べて買収価格が高くなってしまいます。
また、売り手が業績目標を達成するために必要な投資を行う場合、買い手に追加の費用が発生することもあります。アーンアウト条項の導入を検討する際は、目標達成時に支払う価格を含めて全体の買収価格を考慮する必要があるでしょう。
代金の支払いが困難になる可能性がある
アーンアウト条項による追加の支払いは、買い手にとって資金調達の課題となる場合があります。追加の支払いは、売り手が業績目標を達成した際に行われるため、M&A契約とアーンアウト条項による追加代金の支払いは時間にズレがあります。
買い手は追加代金の支払いに間に合うよう、新たに資金を獲得する必要があります。そのため、買い手側の業績が悪化した場合や、運転資金が過大になったタイミングなどは、追加支払いが困難になるかもしれません。この場合、買い手はアーンアウトの契約を履行できないリスクがあります。
対策としては、追加支払いに備えて銀行にコミットメントラインを設定してもらうことが考えられます。コミットメントラインを設定すれば、貸出極度額の範囲内で、審査なしで借入が可能です。
M&Aが成立しない可能性がある
売り手は資金の使途や新規事業の開始などに柔軟性を持たせるために、売却代金を一括で支払ってもらいたいと考えています。そのため、売却代金の分割払いにつながるアーンアウト条項の導入を避けたいと考える売り手もいるでしょう。
売り手が導入に合意した場合でも、報酬の金額や算定方法、成果の評価基準などの詳細について売り手の理解を得なければなりません。条件交渉の際に、売り手は達成が容易な目標の設定を目指しますが、買い手には逆の動機が働きます。
アーンアウト条項の導入の可否、目標の内容、追加代金の価格など、買い手と売り手の双方が妥協できない場合に交渉が難航し、M&A自体が成立しない可能性があります。
アーンアウト条項採用時の留意点
M&A契約時にアーンアウト条項を導入する場合、いくつかの留意点があります。評価指標、評価期間、再売却に関する留意点を解説します。
評価指標
アーンアウト条項では、EBITDAをはじめ、売上高、粗利、営業利益などの数値目標を設定し、目標達成に応じて売り手に報酬が支払われます。一定の目標を達成すると、買い手には追加の費用が発生するため、故意に売り手の業績を悪化させる、目標となる指標を操作する可能性があります。
このような業績操作を阻止するためには、目標達成の可否が買い手に操作されない仕組みづくりが必要です。具体的には、評価指標を決定する際、売り手の目標達成に買い手が干渉することを禁止したり、売り手が売却後も一定期間は経営に参画することを容認したりする条文を入れるとよいでしょう。
一方で、売り手が容易に達成できる指標を設定することも想定されます。そのため、どの指標を採用するのかを買い手が売り手と交渉し、追加費用を支払う妥当性が認められる評価指標に決定するべきです。
アーンアウト条項採用時の留意点「評価期間」
評価期間、つまり「売り手はいつまでに目標達成をすれば、報酬を受け取れるのか」について、適正な期間を設定することが重要です。評価期間が長いほど、M&A契約時に予測困難な事情が生じて、目標達成が困難になります。
例えば、景気動向や自然災害、パンデミックなどは一企業が左右できる要素ではなく、業績に深刻な影響を与えるおそれがあります。
コントロール不可能な外部要因を排除するために、評価期間は短期に設定することが一般的です。設定する指標や目標によりますが、3年を超えない期間を目安に評価期間を設定します。買い手、売り手ともに追加の費用や報酬が発生するタイミングを早い時期に設定し、将来を見通すためにも、評価期間は短いほうが好ましいでしょう。
再売却の制限
再売却とは、買い手が買収した売り手の事業を第三者に売却することです。売り手が追加の報酬を得るために、アーンアウト条項で規定される目標達成に取り組むなかで買い手が再売却すれば、追加報酬の機会を失います。買い手には、追加の報酬を支払う理由を消滅させるために、再売却の動機が働きます。
売り手の権利を侵害しないために、再売却を禁止する条文をアーンアウト条項に入れることを検討しましょう。もしくは、やむを得ずに買い手が再売却する場合には、売り手に対して事前に対価を支払う義務を課すことも想定できます。
事業の譲渡に関して制約を受けたくない買い手としては、アーンアウト条項を消滅させるために追加の対価支払いに同意する可能性があります。再売却に関してどのような条文を入れるかは、当事者の交渉次第です。
日本のM&A市場におけるアーンアウト
欧米を中心に広まったアーンアウトですが、日本国内のM&A市場ではどのように扱われているのでしょうか。
日本ではアーンアウトが普及していない
日本国内のM&A市場では、アーンアウトは普及しているとは言えません。上場企業や大企業のM&Aであれば、企業のニュースリリースだけではなく、新聞などのメディアでも報道されますが、アーンアウト条項が付属する国内M&Aが実施された事例は多くありません。
アメリカの大手フリーランスサイトのToptal「Earnouts: Structures for Breaking Negotiation Deadlocks」によると、2016年にアメリカで実施されたM&Aのうち、30%がアーンアウト条項を含んでいました。
特に、将来のキャッシュフローが不確実である製薬業界や、スタートアップ企業に対するM&Aで幅広く活用されています。2012年から2015年に実施されたバイオ医薬品業界のM&Aの79%、医療機器業界の78%でアーンアウト条項が導入されました。
日本のM&A市場におけるアーンアウトの普及率は不明ですが、大企業のM&Aでさえアーンアウト条項が活用された話は少ないため、アメリカよりも普及率が低いと予想されます。
※参照元:Toptal「Earnouts: Structures for Breaking Negotiation Deadlocks」
日本のM&A市場でアーンアウトが普及していない背景
なぜ日本ではアーンアウトが普及していないのでしょうか。考えられる要因を2つ解説します。
売り手の経営陣が経営に参画しない
アーンアウト条項によって、売り手は業績目標を達成すれば追加の報酬を獲得できます。つまり、アーンアウト条項は、M&A実施後も売り手が事業経営に参画することを想定した特別条項です。欧米では、M&A実施後も売り手の経営者が残ることが多く、アーンアウト条項が活用されやすい要因となっています。
一方で、日本では売り手は事業売却後に経営に参画せず、買い手から経営者が送り込まれることが多いため、アーンアウト条項を活用するインセンティブが働きません。日本において、中小企業の後継者不足が深刻な問題であり、M&Aの相当部分を事業承継型M&Aが占めることも要因の一つでしょう。
アーンアウトを含まないシンプルな契約を好む
欧米では、企業が企業を評価する文化が存在します。M&A実施後に買い手が売り手のパフォーマンスを評価し、追加報酬を支払うアーンアウト条項が文化に合っています。
しかし、日本で企業が企業を評価する場面といえば、M&Aの価格決定時くらいです。企業間の評価文化が根付いておらず、アーンアウト条項が企業文化に合致しないことも普及しない要因と言えるでしょう。
また、日本のビジネス文化では「確実性」と「安定性」が重視される傾向があります。アーンアウト条項を採用すると、追加報酬の有無が将来の不確実な要素に左右され、確実性を重視する日本のビジネス文化に合致しません。そのため、アーンアウトを含む特別条項無しのシンプルなM&Aが一般的です。
しかし、グローバルな企業との取引が増えるにつれて、M&A市場でも欧米的な考え方が広まる可能性はあります。今後、アーンアウト条項の導入に関する議論が進むかもしれません。
アーンアウト条項付きM&Aの会計処理
IFRSは、国際的な財務報告基準です。日本では、従来JGAAP(日本国内会計基準)が主要な会計基準として使用されてきましたが、一部の大規模な企業や国際的な活動を展開する企業は、IFRSを採用しています。日本基準とIFRSでは、アーンアウトの会計処理方法が異なります。
日本基準の会計処理
売り手がアーンアウト条項で規定される業績目標を達成し、追加の報酬を得た場合に日本基準ではどのように扱われるのでしょうか。会計上はアーンアウト条項による対価は条件付取得原価と定義されます。
企業会計審議会「企業結合に関する会計基準(企業会計基準第21号)」の27項によれば、条件付取得原価は、取得が確定した時点で会計処理を実施します。つまり、売り手が業績目標を達成した時点で対価の取得が確定し、「のれん」として計上されます。
「のれん」は、売り手の実態価値と買収価格との差額を指します。しかし、取得が確定し、「のれん」として計上されるまでは、想定される追加の報酬を仮で計上し、取得が確定した時点で差額を処理するという事後的な手続きが必要となります。
売り手が業績目標を達成できず、追加報酬が発生しない場合には、会計処理は発生しません。日本基準では、取得が確定しなければ会計処理が発生しない点が特徴です。
※参照元:企業会計審議会「企業結合に関する会計基準(企業会計基準第21号)」27項
IFRS(国際会計基準)の会計処理
海外での事業展開やグローバルな投資家との関係を重視する企業が採用するIFRSでは、アーンアウト条項による追加報酬をどのように会計処理するのでしょうか。IFRSの「IFRS 3 Business Combinations」3章では、M&A等の“business combination”に関する会計処理を規定しています。
3章39項目では、次の規定があります。
“The acquirer shall recognise the acquisition-date fair value of contingent consideration as part of the consideration transferred in exchange for the acquiree”
(取得者は、被取得者と引き換えに移転した対価の一部として、偶発対価の取得日の公正価値を認識しなければならない)
ここで重要となるのが“fair value”つまり公正価値です。公正価値とは追加報酬の価値を指します。3章58項を見てみましょう。
“Some changes in the fair value of contingent consideration that the acquirer recognises after the acquisition date….Other contingent consideration that……is within the scope of IFRS 9 shall be measured at fair value at each reporting date and changes in fair value shall be recognised in profit or loss in accordance with IFRS 9”
(取得日以後の公正価値の変動は、…その後のその報告日において損益として認識される)
つまり、公正価値、追加報酬の変動は事後的に損益として認識されます。最初に「のれん」として追加報酬を計上し、取得が確定して報酬額が変動した場合、その差額は損益として処理され、すでに計上した「のれん」には影響がありません。
※参照元:IFRS「IFRS 3 Business Combinations」
アーンアウト条項付きM&Aの国内事例
国内のアーンアウト条項が付いたM&Aの事例を紹介します。日本国内のM&A市場ではアーンアウトが普及しておらず、大企業でも事例はほとんどありません。
DeNAによるngmoco買収
DeNA社のプレスリリースによると、DeNAは2010年10月にアメリカのモバイルゲーム開発会社ngmocoの買収を発表しました。ngmocoは、iOSやAndroid向けの人気モバイルゲームを開発しており、累計のアプリダウンロード数は5,000万を超えます。
「日本の大手ゲーム開発会社がシリコンバレーのベンチャー企業を買収した」として有名になりましたが、それ以上に注目を集めたのはM&A契約にアーンアウト条項が付与されていたことです。
M&A契約時には、現金と株式などで合計3.03億米ドル(約257億円)が支払われましたが、「2011年12月に終了する事業年度に係るngmocoの業績に応じて2012年6月頃までに支払」という条件で、合計最大1.00億米ドル(約85億円)相当の現金や株式などが支払われることになりました。
アーンアウト条項が盛り込まれた理由は公表されていませんが、ngmocoがベンチャー企業であることや、アーンアウト条項が普及しているアメリカとのクロスボーダー案件であることを考慮すれば、納得の決定だと言えます。
※参照元:DeNA「米国ngmoco社の買収について~世界No.1のソーシャルゲームプラットフォームの構築を加速~」
マネックスによるコインチェック買収
2018年4月にネット証券大手のマネックスグループは、仮想通貨取引所であるコインチェックを買収しました。
コインチェックは大手仮想通貨取引所ですが、3カ月前の2018年1月に不正ハッキングによる被害で約5億ドル相当のNEMコイン流出が起こり、注目を浴びました。関東財務局による業務改善命令を受けており、深刻な信用問題を抱えています。そのため、買収価格は36億円と控えめな金額で決定しました。
M&A契約にはアーンアウト条項が盛り込まれ、今後3年間の純利益合計額に対して2分の1を上限に追加で支払うという条件が設定されました。国内M&Aとして珍しくアーンアウト条項が盛り込まれたことで話題となりましたが、コインチェックが深刻な信用問題を抱え、一部顧客から訴訟を提起されていることを踏まえると、妥当な内容と言えるでしょう。
※参照元:Bloomberg「マネックスG、コインチェックを36億円で完全子会社化」
アーンアウト条項付きM&Aの海外事例
海外のアーンアウト条項が付いたM&Aの事例、特にアメリカの事例を解説します。
サノフィによるGenzymeの買収
2011年2月16日にフランスの製薬会社Sanofi-Aventisは、アメリカのバイオテクノロジー会社であるGenzymeを買収しました。Sanofi-Aventisは敵対的買収を仕掛け、Genzymeの買収に成功しました。
Genzymeは、過去に製薬工場の製造過程でウイルス汚染が発生するという問題が発覚しています。これに関して、Genzymeは医薬品の生産に関する過去の問題は完全に解決され、現在製造中の新薬は宣伝通りの成功を収めると主張しました。しかし、Sanofi-Aventisは納得せず、買収代金の分割払いとして以下の条件を提示しました。
- M&A成立時に1株当たり74ドルを現金で支払う
- Genzymeが特定の指標目標を達成した場合に追加で1株当たり14ドルを支払う
両社は上記の条件で合意しますが、事態はさらに混乱します。結果的にGenzymeは目標を達成できませんでしたが、逆にSanofi-Aventisを訴えて、目標達成に必要な役割を果たさなかったと主張したのです。
※参照元:reuters「Sanofi-Aventis makes £11.9 billion offer for Genzyme」
CreoMedicalによるAlbynMedicalの買収
2020年7月に医療機器メーカーCreoMedicalグループは、医療機関向けに消化器科、泌尿器科、内視鏡製品を供給および製造するAlbyn Medical S.L.の買収を発表しました。買収総額は2,480万ユーロですが、今後2年間の業績に応じて、追加で270万ユーロの支払いを規定したアーンアウト条項を盛り込みました。
世界的なコロナ流行のなかで急成長を遂げるAlbyn Medical S.L.の買収は注目を集めました。それゆえに、アーンアウト条項には疑問符が付きますが、同社が医療機器メーカーであり、事故リスクやコロナの感染状況に業績が左右されることを考えると納得の結果と言えるでしょう。
※参照元:CreoMedical「Acquisition of Albyn Medical S.L.」
マスターカードによるFinicityの買収
2020年6月、マスターカードは金融データ企業のFinicityを8億2500万ドルで買収することを発表しました。契約時の報酬に加えて、アーンアウト条項によってFinicityの既存株主は、業績目標が達成された場合、最大1億6,000万ドルの追加報酬を受け取ることになりました。
契約金額、アーンアウト条項による追加報酬ともに莫大な金額となり、大きな注目を集めた事例です。Finicityはベンチャー企業ではなく、1999年に設立されたフィンテック企業であることが、莫大な追加報酬が設定された理由だと予想されます。
※参照元:Yahoo!Finance「Mastercard Buys Finicity For $825 Million; Top Analyst Cuts Rating」
まとめ
本稿では、アーンアウトの概要やメリット、デメリット、留意点、実際の事例などを解説しました。
アーンアウトは、企業の合併や買収(M&A)において、売り手が一定期間内に特定の業績目標を達成することで追加の支払いを受ける仕組みです。日本ではあまり知られていませんが、今後クロスボーダー案件の増加や企業活動のグローバル化によって、アーンアウトが普及する可能性はあります。
M&AならレバレジーズM&Aアドバイザリーにご相談を
レバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社には、各分野の専門知識に長けたコンサルタントが多数在籍しています。安心でスムーズなM&Aを実現するために、ぜひレバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社の利用をご検討ください。