このページのまとめ
- 事業譲渡の「のれん」とは、取得原価と時価純資産価額の差額のこと
- 取得原価が時価純資産価額を下回るときは「負ののれん」と呼ばれる
- のれんと営業権は同義だが、会社法施行後は営業権という言葉はあまり使われなくなった
- 負ののれんにはリスクもあるが、企業を割安で買収できるメリットもある
事業譲渡の際に生じる「のれん」や「負ののれん」について、気になっている方も多いのではないでしょうか。事業譲渡ではのれんや負ののれんを正確に計算し、契約書にも盛り込むことがあります。
本記事では、事業譲渡におけるのれんについてわかりやすく解説します。のれんと企業価値の関係も紹介するので、ぜひ参考にしてください。
目次
事業譲渡で生じる「のれん」とは?
「のれん」とは、会計上や税務上の概念であり、事業譲渡における取得原価と時価純資産価額の差額を指します。通常資産としては計上されない無形の資産がのれんとして計上され、具体的には、企業のブランド価値、顧客関係、営業ノウハウ、商標権、特許権など、譲渡される事業の継続的な価値が該当します。のれんは通常、取得原価に対して時価純資産価額が下回るものを指しますが、取得原価に対して時価純資産価額が上回る場合には、「負ののれん」と呼ばれます。
のれんは、企業の評価や財務報告などの際に重要な要素として考慮されることがあります。
事業の譲渡が行われる場合、のれんの評価は買収価格の一部として取り入れられることが多いです。
一般的に、のれんの評価は専門家によって行われ、ブランド価値など複数の要素が評価されます。評価結果に基づいて、事業譲渡契約でのれんの金額が定められます。
事業譲渡後は、のれんは無形資産として企業の資産計上が行われ、摘要や財務諸表に明示されます。のれんの評価額は、取得原価から償却費を計算することで、一定期間にわたって費用として配分されます。
営業権とのれんの違い
営業権とのれんはどちらも同じ意味合いの言葉として使われます。しかし、厳密にいうと、営業権は会社が収益を上げる際に重要となる無形の財産的価値を有する権利のことを指し、のれんそのものとは意味するところが違います。
しかし、実務上は同じ意味で使っても問題はありません。営業権は会社法が施行される前によく使われていた言葉で、最近は営業権という言葉があまり使われなくなっています。
のれんという呼び方の由来
「のれん」の由来については、複数の説が存在しますが、一つの説として以下のようなものがあります。
「のれん」の語源は、江戸時代に遡ります。当時、商店や屋台の出入口には、風除けや宣伝効果を狙って布や幕を掛けることが一般的でした。この布や幕のことを「のれん」と呼び、のれんは、店名や商品の宣伝、風除け、目印としての役割がありました。
のれんは、商人の経済的な活動や店舗の存在を周囲に知らせるための手段であり、一種の広告媒体としても機能しました。
このように、のれんは日本の商習慣や文化に深く根付いた存在であり、商業活動と結びついた重要なシンボルとなっています。現代では、お店ののれんには、お店の名前が書かれていることから、ブランドや信用などの無形資産を表す会計用語として使われるようになりました。
事業譲渡の「のれん」の取扱い・償却期間
事業譲渡におけるのれんの取扱いを税務上と会計上に分けて説明をします。税務上ののれんの取扱いと会計処理上ののれんの取扱いは異なりますので、それぞれのポイントについてしっかり理解しましょう。
税務上の取扱い
税務上でのれんに該当する概念はありませんでしたが、2006年の税制改正で通常ののれんでは資産調整勘定が使われ、負ののれんには差額負債調整勘定が利用されるようになりました。いずれも5年間で均等償却されることとされています。
税務上ののれんの取扱いの注意点は、のれんの計上額と資産調整勘定の計上額が一致しても、のれんの償却額と資産調整勘定償却額が一致しない場合もあることです。
後程、詳しく説明しますが会計処理上ののれんは最大20年で償却する必要があるので注意しましょう。
会計上の取扱い
会計上ではのれんは資産として扱われ、のれんの取得時には、購入価格や取得原価が資産として企業の財務諸表に計上されます。のれんは無形資産と見なされ、バランスシートの資産部門に計上します。
日本基準では、資産の部に計上されたのれんは20年以内に規則的に償却し、必要に応じて減損損失を計上します。これに対し、IFRS(国際財務報告基準)では、のれんの償却は行わず、のれんの価値が減価していると認められた場合に減損損失を計上します。
事業譲渡での企業価値の計算方法
事業譲渡を実施するときには、売却する事業や企業の価値を評価しなくてはいけません。一般的な企業価値の計算方法としては、次の3つが挙げられます。
- マーケットアプローチ
- コストアプローチ
- インカムアプローチ
各計算方法と特徴については、以下をご覧ください。
企業価値評価方法 |
計算方法・特徴 |
代表的な手法 |
マーケットアプローチ |
上場企業のなかから類似する業種や企業を選び、株価などを参考に企業価値を計算する手法。客観性は高いが、類似企業が見つからないこともある。 |
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コストアプローチ |
純資産の時価評価額から企業価値を計算する手法。貸借対照表から簡単に計算できるが、将来的な価値を考慮できない。 |
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インカムアプローチ |
将来的な収益価値に基づいて企業価値を計算する手法。将来性・成長性を考慮できるが、客観性を欠く可能性がある。 |
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マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは譲渡会社と似ている業種や企業などを選び、実際の株価に一定の係数を掛けて企業価値を算出する計算法です。マーケットアプローチの主な方法は2つです。
- 類似業種比較法
- 類似企業比較法
それぞれの方法について説明します。
類似業種比較法
類似業種比較法では、国税庁発表の業種別月別平均株価を使って、会社や事業の評価をします。ただ、この方法は「業種別」という大きな区分となっているため、多様な企業が対象となるM&A取引ではほとんど使われていません。
類似企業比較法
類似企業比較法は、ターゲット企業と類似した業種や規模を持つ他の企業と比較し、その比較結果から評価を行います。
類似企業比較法の手順は以下の通りです。
ターゲット企業と同様の業種、市場地位、規模、事業モデルなどの比較基準を選定します。これにより、ターゲット企業と類似性の高い他の企業を見つけます。
一般的な比較要素は、売上高、営業利益、純利益、財務指標(ROEやROAなど)、企業価値(時価総額や時価簿価比率など)などです。選定する要素は、評価の目的や業種の特性に応じて決定されます。
次に、選定した比較基準や要素に関連するデータを収集します。これには、比較企業の財務諸表、公開情報、市場データなどが含まれ、データの信頼性と正確性を確保するために、公開されている最新の情報や公認会計士の監査報告書などを参照することが重要です。
収集したデータを分析し、ターゲット企業と比較企業との間で比較要素を評価します。比較の結果、ターゲット企業が比較企業と比べてどの程度優れているか、あるいは劣っているかを評価します。
比較分析の結果を考慮しながら、ターゲット企業の評価額を算定する方法です。
コストアプローチ
コストアプローチとは純資産とのれん代を足して譲渡会社の価値を算出する計算法です。
コストアプローチには主に2つになります。
- 簿価純資産法
- 時価純資産法
それぞれの方法について説明をします。
簿価純資産法
簿価純資産法は、企業の資産や負債を会計帳簿に基づいて評価します。具体的には、企業の資産の総額から負債の総額を差し引いた金額を簿価純資産として算出します。簿価純資産は、特に中小企業の場合は企業価値と乖離が大きい場合が多く、事業譲渡ではほとんど使われていません。
時価純資産法
時価純資産法は、企業や資産の価値をその時点の市場価値に基づいて算定します。時価純資産法の利点は、市場価値を反映するため、現実の企業や資産の価値に近い評価が得られることです。また、企業の経営状況や将来の収益性を考慮せずに評価するため、相対的に客観的な評価方法といえます。
インカムアプローチ
インカムアプローチとは譲渡企業または事業が将来生み出すと予測できるフリーキャッシュフローを現在の価値に割り戻して企業価値を算出する計算法です。インカムアプローチの主な方法は2つになります。
- DCF法
- 配当還元法
それぞれの方法について説明します。
DCF法
DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)は、企業や投資対象の評価方法の一つであり、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引いて算定します。計算式は、おおまかにいえば「企業価値=(売上-経費)÷(1+割引率)」となり、これを年度ごとに計算していきます。割引率はWACCと呼ばれる加重平均資本コストをもとに計算するのが一般的ですが、詳細は複雑になるためここでは割愛します。
DCF法の利点は、現金をもとに計算することで、会計方法が違っていても、企業や投資対象の実態に基づいた評価が可能となる点です。また、割引率を適切に設定することで、投資のリスクや時価状況を反映することもできます。
配当還元法
配当還元法は、企業の価値を配当に基づいて評価する方法です。この方法では、企業が将来的に配当として株主に還元することが予想される利益やキャッシュフローを評価の基準とします。
配当還元法の利点は、配当を重視することで株主の収益性を評価できる点です。また、企業の実績や将来の配当政策に基づいて評価が行われるため、実態に即した評価結果が得られることもあります。
関連記事:M&Aにおける事業譲渡とは?メリット・デメリット、手続き・ポイントなどを解説
企業価値とのれんの関係
企業価値(事業価値、買収価格)は以下の計算式でも表記できます。
- 企業価値(事業価値、買収価格)=時価純資産額+のれん
事業譲渡における時価純資産額とは、当該事業に関する時価資産額から時価負債額を差し引いて求めたものです。
- 時価純資産額=当該事業の時価資産額-当該事業の時価負債額
時価純資産額を求めるときには、資産だけでなく負債も時価に換算する必要があります。また、時価に換算するときは、売掛金や貸付金を回収できるか、販売不能在庫や赤字見込み品などがあるかも詳しく調べてすべて正確に評価しなくてはいけません。
また、事業譲渡の際に発生するのれんは、次の計算式で求めることもあります。
- のれん=当該事業の3年間の営業利益平均額×2~5年
なお、営業利益平均額に掛ける年数は、事業の特殊性によって変わります。たとえば、飲食事業のように参入障壁が低い事業では2~3年、事業開始に特殊な許認可が必要な産業廃棄物処理業などは4~5年を掛けることが一般的です。
事業譲渡での「のれん」の評価基準
事業譲渡でののれんの評価基準について評価してもらうためのポイントと評価に影響しないものについて説明します。
のれんを評価してもらうためのポイント
のれんを評価してもらう主なポイントは以下の通りです。
- 会社の知名度
- 商品の知名度
- ブランド力
- 信頼性
- 事業価値や将来性
- 技術力
- 開発力
- ノウハウ
- 特許権
- 知的財産権
- 市場での独占性
- 顧客リスト、顧客との関係
- 人材
上記のいずれかに強みがある場合には、交渉時に積極的にアピールすることが重要です。
のれんの評価に影響しないもの
のれんの評価に影響しない主なものは2つです。
- 事業売却側の企業の経営歴
- 該当事業の事業歴の長さ
経営歴や事業歴の長さはのれんの評価に影響しそうですが、実際は影響しません。のれんの評価は歴史の長さではなく、ノウハウや知名度などに影響されますので覚えておきましょう。
事業譲渡での「負ののれん」とは
負ののれんとは、ある企業が他の企業を買収した際に、取得価格がその企業の純資産価格(時価純資産)よりも低い場合に生じる現象です。買収対象の企業が経営上の問題や財務的な困難を抱えている場合、その企業の純資産の時価が低くなります。
買収企業がその企業をマイナス要因を加味した取引価格で取得することで、負ののれんが生じる可能性があります。負ののれんは、買収対象企業の将来的な経営改善やシナジー効果を見込める場合は、買収企業にとってある意味好ましい状況とされます。
なぜなら、買収企業は低コストで企業を取得し、将来的に収益を改善して利益を上げられるからです。
負ののれんのリスク
負ののれんが生じる場合、買収対象企業の純資産の時価が低く、買収対象企業が不良資産や債務を抱えている可能性が高いと考えられます。そのため、買収企業はこれらの不良資産や債務を引き継ぐことになり、将来的なリスクを抱えるかもしれません。買収後には早急に収益を改善する対策を検討・実施し、利益を上げる必要があります。
しかし、買収対象企業の業績が低迷している場合、業績改善は容易ではないかもしれません。市場環境や競争状況によっては、予想以上に業績改善が難しい状況に直面する可能性もあります。
また、負ののれんが発生しているときは、訴訟による損害賠償請求のリスクにさらされているケースも少なくありません。リスクを調べずに事業譲渡を実施すると、買い手側は売り手側に代わって損害賠償金の支払いに応じることが求められる可能性があります。
負ののれんがあるときは、簿外債務が発生しているケースも多いです。簿外債務とは貸借対照表に計上されていない債務のことで、未払いの残業代や債務保証などが該当します。思わぬリスクやトラブルに巻き込まれないためにも、事業譲渡契約を締結する前に確認しておきましょう。
負ののれんのメリット
負ののれんにはリスクがありますが、買い手側にとっては割安で買収できるというメリットもあります。本来なら何倍もの価値がある事業も、業績悪化や簿外債務などの事情により、予想よりも大幅に低い価格で買収できるかもしれません。
たとえば、事業の歴史が古く、事業そのものがブランド化している場合なら、負債を多く抱えていても短期間で業績を回復できることもあります。また、経営手腕に優れた人物が買収すれば、能力だけでなく「あの人なら結果を出すだろう」と周囲から評価されることによっても、短期間で赤字から脱出できるかもしれません。
負ののれんが発生する原因
負ののれんが発生する主な原因は下記の通りです。
- 業績悪化
- 簿外債務
- 訴訟リスクを抱えている
買収対象企業の業績が悪化しているときや、簿外債務や訴訟リスクなどマイナスの要素があるときは、負ののれんが発生する可能性があります。
このように負ののれんが発生する要因はネガティブなものになりますので注意しましょう。
負ののれんの償却方法
日本の会計処理においては、のれんは20年を上限として償却しますが、負ののれんは発生した事業年度に特別利益としてまとめて仕訳・計上します。なお、負ののれんを特別利益としてまとめて計上するのは2010年以降で、それ以前は、のれんと同様に20年を上限として償却していました。
一方、国際財務報告基準(IFRS、International Financial Reporting Standards)では、のれんは償却せず、決算期ごとに減損テストを行って見直します。また、特別利益と営業利益の区分がないため、負ののれんはすべて営業利益として計上します。
M&Aで「負ののれん」が発生した事例
事業譲渡を含むM&Aでは、負ののれんが発生することも珍しくありません。買収する企業・事業に何らかのリスクがあるときや業績悪化をたどっているときには、負ののれんが発生することもあります。いくつかの事例を紹介します。
ライザップ
ボディメイクで有名なライザップは急成長を遂げました。その要因が「負ののれん」にあります。
ライザップは経営などに問題のある企業を多く買収しました。結果として多額の負ののれんを計上します。負ののれんは取得した期の利益として処理され、日本の会計基準では特別利益になります。
しかし、ライザップは日本の会計基準ではなく国際会計基準のIFRSの基準を採用していたため、特別利益には計上されず営業利益に計上をしていました。そのため、見かけ上は常に黒字でしたが、事業により収益を上げているわけではないため、内実は苦しい状態が続いていました。
結果的に一時的な急成長を演出できましたが、2018年4〜9月期連結決算で85億円の最終赤字に転落しています。
参照元:
マネー現代「ライザップ「負ののれんの錬金術」ツケが回ってくるのはこれからだ」
日経ビジネス「RIZAP、下方修正の背後に「負ののれん」」
三越伊勢丹ホールディングス
2008年4月、伊勢丹と三越が経営統合を実施して三越伊勢丹ホールディングスが誕生しました。その際、700億円もの負ののれんが発生しています。
経営統合を実施したときは現行の会計処理とは異なり、負ののれんは20年以内に償却することがルールでした。毎期の償却額は費用ではなく営業外利益として扱われ、経常利益を押し上げる効果を発揮します。
三越伊勢丹ホールディングスの場合、多額の負ののれんが経常利益を大きく押し上げ、本業の営業利益が340億円の期でも、負ののれんの償却が入った経常利益は470億円にもなりました。
参照元:株式会社 三越伊勢丹ホールディングス「平成24年3月期 第2四半期 決算説明資料」
日本取引所グループ
日本取引所グループは2019年7月、東京商品取引所の株式を公開買付けにより取得することを発表しました。東京商品取引所の全株式を取得し、子会社化することを目的としています。
その際、買付け価格として算定されたのが約55.5億円です。しかし、DCF法に基づく分析では最大63.2億円の価値と算定されていたことにより、負ののれんが発生したのではと考えられています。
参照元:株式会社 日本取引所グループ「株式会社東京商品取引所株式に対する公開買付けの開始に関するお知らせ」
まとめ
事業譲渡の際に発生するのれんとは、会計上・税務上の概念であり、営業権と同義です。買収価格が純資産価格よりも低いときは「負ののれん」が発生しますが、業績悪化が起こっていたり、簿外債務や損害賠償請求のリスクを抱えていたりすることもあるため、慎重に買収を進めていかなくてはいけません。
事業譲渡を成功させるためにも、相手企業の財務状況や法的リスクなどを詳細に調べることが必要です。M&Aサポートを専門的に行うM&A仲介会社への相談も検討してみましょう。
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