このページのまとめ
- 事業譲渡を行った際は契約関係の個別承継の一環として、取引先への通達として挨拶状を使用する
- 譲渡事業の契約関係者は個別にやり取りを行っており、挨拶状送付は必須ではない
- 譲渡側の残った事業および譲受側の関連事業の関係者には送付するのが一般的
- 挨拶状は事業譲渡日の1週間以内に手紙またはメールにて送付
- 挨拶状には挨拶・譲渡事業内容・目的に応じたメッセージ・送り主の所在が必要
事業譲渡は経営戦略上の重要なアクションであり、事業を譲渡する側、譲受する側ともに、今後のビジネスに影響を与えます。影響の範囲は、自社だけでなく関係する取引先についても同様であり、事業譲渡によって変化を要する場合もあるでしょう。
これら取引先との関係性において、事業譲渡の取引を通達する挨拶状は、1つの重要な手段となり得ます。本稿では、この挨拶状の全体像を整理し、押さえておくべきポイントを解説します。
目次
事業譲渡とは
まずは簡単に、事業譲渡について紹介します。
事業譲渡とは、企業が営んでいる特定の事業を別の企業へと売却することを指します。
譲渡する側の企業にとって、企業そのものは売却後も存続できる点が特徴です。
事業譲渡が行われる典型的な背景の1つが、企業の収益の柱となっている好調な事業がある一方で、長年にわたって不採算事業も存在する場合です。好調な事業に企業のリソースを集中させる目的で不採算事業を売却するケースです。
また、好調な事業がなくとも、一部の事業を売却することで資金を得ることを狙いとした事業譲渡もあり得ます。
いずれにしても、事業譲渡は事業の選択と集中を目的として実施されます。
関連記事:M&Aにおける事業譲渡とは?メリット・デメリット、手続き・ポイントなどを解説
事業譲渡と株式譲渡、会社分割との違い
次に、事業譲渡と混同されやすい株式譲渡や会社分割との違いについて触れておきます。
株式譲渡との違い
株式譲渡は、特定の事業ではなく会社そのものを譲渡する行為となります。
事業譲渡は、どの事業およびそれに関連するどの資産(従業員や契約なども含む)を譲渡するかといった、個別の判断が必要ですが、株式譲渡の場合は必要がありません。従って、基本的に事業譲渡の方が手続きが複雑で時間を要することになります。
一方で、株式譲渡は経営権を完全に譲受企業へと譲渡してしまうため、譲渡後は譲受企業の方針に従う必要があります。事業譲渡のように残った事業で既存の体制を維持するといったことはできません。
また株式譲渡の場合、買い手となる譲受企業は負債などのマイナス要素も一手に譲受することになるため、リスクが伴うことも両者の大きな違いとなります。
会社分割との違い
会社分割とは、企業を2つに切り離し、片方を他の企業に吸収させる手法です。おおまかに、新設した新規会社に事業を承継する新設分割と、既存の企業に事業を承継する吸収分割の2つがあります。このうち吸収分割は、一見すると事業譲渡と同じ手法のように見受けられ、実際、スキームそのものは同様というケースも多く存在します。
では、両者の違いは何かと言うと、会社法によって定められた手続きに従うべきか、という点です。
事業譲渡は、株式の変動は伴わない取引法上の契約であるのに対して、会社分割は、会社法で規定された組織再編行為に該当します。会社法で定められた内容による違いは、主に以下のとおりです。
- 事業譲渡においては資産は個別に譲渡するため、取引先との契約関係・債権者事前承諾・従業員同意なども個別に対応が必要だが、会社分割では包括的に承継される
- 両者ともに譲受企業は許認可の再取得が必要となるが、会社分割の場合、自動的に承継されるケースもある
- 事業譲渡後は、譲渡企業に競業避止義務が生じる
- 会社分割の場合、負債も合わせて譲渡されるが、事業譲渡では承継されない
- 事業譲渡は個別資産に対して消費税や不動産所得税が加算されるが、会社分割では非課税となる
特に、2点目の許認可については、取得に想定以上の時間を要する場合があるため注意が必要です。許認可が取得できなければ、譲受先はその事業を営むことができないため、事業譲渡日を変更しなければなりません。
従って、許認可の有無やその再取得に要する時間は、事業譲渡か会社分割かのスキームを選択する際の1つの重要な要素となり得るでしょう。
事業譲渡における挨拶状とは
前章のような特徴を持つ事業譲渡において、本稿のメインである挨拶状がどのようなもので、どのような役割を持つかを解説します。
挨拶状の送付対象となる「取引先」
株式譲渡と会社分割との違いで紹介したとおり、事業譲渡では、事業の「資産」は個別に承継されます。ここでの「資産」とは、建物や設備のような固定資産だけでなく、従業員や契約関係、債権なども含まれます。
特に契約関係については個別に承継が必要なことから、関連する取引先への通達方法として挨拶状が用いられます。
ただし、「取引先」といっても事業には多くの関係者が存在します。事業譲渡における「取引先」を分類すると、大きく次の4つになると言えるでしょう。
- 取引対象とする事業の契約関係者
- 譲渡側における(A)以外の契約関係者
- 譲受側における(A)以外の契約関係者
- 契約関係にはない顧客など、譲渡・譲受側におけるその他の関係者
例えば、カフェとレストランの2事業を運営しているX社が、カフェ事業を、同じくカフェ事業を営む競合のY社に譲渡したとします。
その場合、(A)にあたるのは、譲渡対象となったカフェ事業の関係者で、コーヒー豆などの卸売業者やコーヒーマシンなどの機器の販売業者となります。
一方で、(B)はX社に残ったレストラン事業の関係者で、食品の生産者や店舗機器の販売業者が挙げられますし、X社の本社におけるシステム販売や人材紹介などの企業も該当するでしょう。
また、(C)については、Y社のカフェでも同じ卸売業者や販売業者と取引している場合もあれば、そうではないケースもあり、そうでないケース(Y社のカフェ事業で契約していたがX社とは契約していなかった取引先など)が該当します。加えて、X社と同様に、Y社本社に対してサービスなどを提供する関係者もここに当たります。
最後に(D)は、X社・Y社それぞれの顧客や過去に取引のあった企業などが該当します。
このように多くの取引先が存在する中で、(A)の譲渡事業の契約関係者には、譲渡企業と譲受企業の連名で譲渡側が挨拶状を送付します。その他(B)〜(D)に対しては、譲渡側と譲受側がそれぞれ挨拶状を送付することとなります。
挨拶状の目的
挨拶状は、その名のとおり、事業譲渡・譲受をしたことの「挨拶」であり、上記の関係者への通達が主な目的となります。言い換えれば、第三者などからの情報による、取引先への混乱や不安を回避することが狙いとして挙げられます。
また、上記の各取引先に対して知らせるべき内容は以下のとおりです。(A)には契約などの承継を実施したこと、(B)へは譲渡側にとって特定事業が廃業となること、(C)へは新たな事業を獲得したこと、(D)へは事業譲渡・譲受により運営主体が変更となったことの通達です。
挨拶状の送付タイミングと手法
挨拶状の送付は、可能な限り早く実施することが望ましいと言えます。遅くとも、事業譲渡契約を締結した日(事業譲渡日)から、1週間以内を目安に送付しましょう。
送付の方法は手紙が多いものの、昨今の風潮からメールでの送付も増えており、どちらでも問題ありません。各関係者と普段のやり取りをどのようにしているかに応じて、それらと同じ手段で良いでしょう。
事業譲渡締結時の挨拶状の必要性
次に気になる点は、挨拶状はどこまで重要で、送付すべきものなのかということではないでしょうか。本章では、この挨拶状の必要性について整理します。
挨拶状の送付が「必須」となる場合
結論としては、挨拶状は必ずしも送付しなければならないという法的な要件・制限はありません。ビジネスマナー・慣例として、という背景に留まるためです。
先ほどのX社とY社によるカフェ事業譲渡の例で考えてみましょう。
- 取引対象とする事業の契約関係者
- 譲渡側における(A)以外の契約関係者
- 譲受側における(A)以外の契約関係者
- 契約関係にはない顧客など、譲渡・譲受側におけるその他の関係者
少なくとも、取引対象事業以外の契約関係者である(B)や(C)には送付すべきだと考えられます。理由は、今後のビジネスに何らかの影響を与える可能性が少なくないためであり、特に(C)にとっては新たなビジネスチャンスにもなり得ます。
X社に残ったレストラン事業の関係者(B)については、X社から挨拶状を通じて、カフェ事業の廃業を通達する必要があります。1番の目的は、やはり不安の払拭にあると言えるでしょう。
現在のレストラン事業での取引に支障が出るのか、将来的に問題がないのかなどの不安を解消することが不可欠です。事業譲渡の情報をHP上や第三者から得ると不安を助長するため、挨拶状を通じて問題がないことを訴求しましょう。
Y社が元々行っているカフェ事業や本社での関係者(C)については、(B)とは異なり、ポジティブな内容を訴求する挨拶状になるケースが多いと言えます。今回譲受した新たなカフェ事業に対して、(C)の取引先にとっては販路拡大の機会になり得ます。ただし、(A)に該当する関係者がいるため、拡大機会が存在すること自体の明言は避けるべきです。Y社としては、今回の成就により何を企図し、今後どうしていきたいかを伝えることが肝要です。
挨拶状の送付が「任意」となる場合
一方で、意外かもしれませんが、取引対象となる事業の契約関係者(A)に対しては、挨拶状の送付は必須ではないと言えるでしょう。なぜなら、(A)の関係者には、事前に契約手続きに関する個別の同意を得なくてはいけないためです。
つまり、(A)の関係者は既に事業譲渡のことを認識しているため、挨拶状を送付する目的は、単に形式的なもの、通例的な意味合いのものになると言えます。
従って、これまでの関係上、ビジネスマナーの側面が非常に重視される、と判断した場合には送付する方針で良いでしょう。挨拶状の内容は、単に事業譲渡が行われたことを通達するのみで問題ないと言えます。
最後に、(D)に当たるその他の関係者、すなわち直接的な契約関係がない関係者については、基本的に挨拶状の送付は必要ありません。ただし、例えば重要な顧客などにはメールで送付するというケースもあります。この「重要」とされる判断基準は、取引頻度や規模、信頼関係などに応じて考慮が必要です。
海外の取引先の場合
また、挨拶状を送付するというビジネスマナーは基本的に日本特有のものであり、海外では存在しないことが多いです。もちろん、国によって慣習が異なるため、あらかじめ確認が必要な点は留意してください。
ただし、どのような場合でも挨拶状の目的に立ち返り、海外の取引先であっても(B)や(C)に該当する場合は、少なくともメールにて送付すべきでしょう。
事業譲渡の挨拶状に記載すべき項目
最後に、挨拶状にどのような項目を含めるべきか、具体的な内容を紹介します。
記載事項
挨拶状における項目はシンプルで、以下が記載されていれば問題ありません。
- 文頭の挨拶
- 事業譲渡の内容
- 該当する事業について
- 事業譲渡企業と譲受企業
- 事業譲渡の実施日
- 挨拶状において通達したいメッセージ
- 送り主の所在(Aの場合は連名での送付のため、譲渡企業・譲受企業の両方)
先ほどのX社とY社によるカフェ事業譲渡の例で解説します。
- 取引対象とする事業の契約関係者
- 譲渡側における(A)以外の契約関係者
- 譲受側における(A)以外の契約関係者
- 契約関係にはない顧客など、譲渡・譲受側におけるその他の関係者
通達したいメッセージは、前章で紹介した通り(B)や(C)のケースにて必要です。またそのメッセージは、(B)については廃業による不安の払拭、(C)については事業譲受による狙いなどを伝えるべきです。言い換えれば、(A)や(D)の関係者には、これらのメッセージは不要です。
事業譲渡の挨拶状テンプレート
これまでの内容に鑑みて、具体的な挨拶状の例を掲載します。譲渡側企業から(B)の譲渡対象事業以外で取引のある関係者への挨拶状となります。
事業譲渡のお知らせ 拝啓 貴社ますますご盛栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。 さて、このたび当社 X株式会社は 令和○年○月○日(以降、「事業譲渡日」)をもちまして、都心部を中心に展開しておりましたカフェ事業(ブランド:○○)を、同じくカフェ事業を手掛ける株式会社Yに譲渡することになりました。 従って、事業譲渡日をもって、弊社カフェ事業は廃業いたします。ここに永年にわたりご愛顧、ご芳情を賜りましたこと、心より御礼申し上げます。 今後弊社はレストラン事業を中心とし、引き続き皆様のご要望にお応えしていく所存でございますので、ご高承の上、より一層のご指導ご鞭撻を賜りますよう宜しくお願いいたします。 まずは、略儀ながら書面をもちまして、ご挨拶申し上げます。 敬具 令和○年○月吉日 X株式会社 従前のカフェ事業に関するお引き合い、ご注文は、事業譲渡日以降、Y社にて承りますので、下記までご連絡の程、宜しくお願い申し上げます。事業譲渡日以降に当該事業にて賜りましたご注文に関しましては、Y社宛のご注文として取り扱わせていただきますことを、何卒ご了承願います。 【事業譲受会社】株式会社Y 【事業譲渡会社】 本件に対するお問い合わせは、X株式会社までお願い申し上げます。 |
まとめ
本稿では、事業譲渡における、挨拶状の持つ役割やその必要性について、具体例やテンプレートを用いつつ、解説しました。
事業譲渡は契約関係の個別承継が必要で、挨拶状はその手続きにおける1つの役割を担います。また、送付すべき関係者は多岐にわたりますが、それぞれの関係性に応じて送付の必要性やメッセージを判断することが重要です。挨拶状の送付時には、ぜひ本稿を参考にし、円滑な手続きに活かしてください。
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