このページのまとめ
- 事業譲渡はM&A手法の1つで、企業の事業の一部もしくは全部を第三者に売却すること
- 無償の事業譲渡は、親族間の事業引継ぎが目的のケースが多い
- 事業の無償譲渡には決議や契約締結、通知・告知など踏むべきステップがある
- 無償の事業譲渡でも、売り手・買い手の双方で税金が発生する可能性がある
- 無償の事業譲渡の際は、契約書の作成や既存従業員のフォローなどに注意する
親族間での引き継ぎなどで検討されることもある「無償の事業譲渡」。 実は、無償で事業譲渡しても様々な手続きがあり、 事業譲渡する側・される側の双方で、税金が発生することをご存知ですか。
今回は無償で事業譲渡する場合の流れ、発生する税金、注意点について解説。無償の事業譲渡が実施される背景などもご紹介します。
目次
事業譲渡とは
事業譲渡とは、企業が実施する事業の一部もしくは全部を第三者に売却する、M&Aの手法の1つです。譲渡できる資産には「事業」「人材」「施設」「設備」「ブランド商標」などがあります。
事業譲渡は、株式譲渡・合併・事業継承と混同されることもありますが、以下のように異なるものです。
事業譲渡
譲渡するものは「会社が保有する財産(事業)の一部」。譲渡対象の財産・権利・義務などを個別に継承する。経営状態が悪くても譲渡が成立しやすい。
株式譲渡
譲渡するものは「会社の経営権」。 経営状態が悪いと譲渡が成立しにくいケースがある。
合併
原則として、譲渡対象の財産・権利・義務などをトータルに継承する。
事業継承
すべての事業を、後継者が現経営者より受け継ぐ。
事業譲渡の目的としては、後継者不足・経営難の解消、複数ある事業の整理、資金の確保などが挙げられます。
事業譲渡における売手側・買手側それぞれのメリット・デメリットは以下のとおりです。
売り手側 | 買い手側 | |
メリット | 残したい従業員や資産は確保できる 「不採算事業のみ」「技術のみ」など、事業の一部だけを譲渡できる組織再編せず事業が継続できる | 合併や株式譲渡と異なり、不要な資産/負債を背負う必要がない事業の新規立ち上げのコストや時間が節約できるのれん相当額は5年償却の損金計上ができ、節税効果が期待できる |
デメリット | 発生した譲渡益に対して法人税が発生する 20年間は同一・隣接区域で、同一の事業を行うことができない(会社法第21条)事業譲渡に際して、従業員や取引先と契約継承手続きが必要 | 買取資金の準備が必要 許認可や移転などの手続き取り直しが必要事業譲渡に際して、従業員や取引先と契約継承手続きが必要 譲渡された地形が自社に馴染まない・馴染むまでに時間がかかるケースがある |
無償で事業譲渡するケース
無償の事業譲渡は、資金確保が目的ではなく「親族間の事業引継ぎ」を目的とするケースが多いと考えられます。
親族間の事業引継ぎとは「経営者と、経営者の子ども・孫・甥・姪などとの間の事業継承」を意味します。
中でも、親族間の事業引継ぎを希望する中小企業は多いです。
2017年版「小規模企業白書」(中小企業庁)では、後継者が決まっている小規模法人の後継者選定において「90%以上が親族内継承」であるデータが紹介されています。
また事業継承ガイドライン(中小企業庁)の掲載データを見ると、経営者の在任期間が長いほど親族内承継(子供や親族への承継)の割合が高い結果となっています。
具体的に、経営者の在任期間が10年以上の事業者は70%以上、経営者の在任期間が30年以上の事業者については、約90%以上が親族内承継を選択しています。
事業譲渡は、他のM&A手法と比較して課税額の多い点がデメリットですが、中小規模の企業はあまり影響を受けません。
そのため、親族間の事業引継ぎ手段の1つとして、無償の事業譲渡が選ばれていると考えられます。
無償の事業譲渡の流れ
事業譲渡は、他のM&A手法と比較して手続きに手間がかかります。これは無償で事業譲渡する場合も同様です。
法人が当事者となり無償の事業譲渡を実施するケースでは、以下のような流れを踏む必要があります。
- 取締役会の決議
- 無償事業譲渡契約を締結する
- 事業譲渡の通知と告知
- 株主総会での決議
- 株式買取請求
上記の手続きが完了し、効力発生日となった段階ではじめて、無償事業譲渡が成立したことになります。
取締役会の決議
事業譲渡の決定に伴い、事業譲渡計画を作成した後は、取締役会での決議が必要があります。
取締役会がない会社の場合、過半数の取締役の決議を取ることが必要です。
無償事業譲渡契約を締結する
当事者間で条件などの話し合いが終わった後、無償事業譲渡契約を作成・締結します。
無償事業譲渡契約には、話し合った合意内容を含め、以下のような内容を記載しましょう。
- 事業の譲渡日
- 事業譲渡の目的
- 譲渡資産の内訳
- 瑕疵担保責任
- 守秘義務
- 競業避止義務
- 協議事項など
事業譲渡の通知と告知
事業を譲渡した事実と株主総会の開催を、事業譲渡の効力発生日の20日前までに通知・告知します。
通知・告知の方法は以下のとおりです。
- 官報への掲載
- 電子公告
- 株主への個別通知 など
株主総会での決議
法人が事業譲渡を実施する際は、株主からの承認が必要です。具体的には以下のような条件を満たす必要があります。
- 事業譲渡の効力が発生する前日までに株主総会を開催すること
- 過半数以上の議決権を持つ株主が出席すること
- 2/3以上の株主が承認すること
上記の全ての条件を満たさない場合、事業譲渡が実施できないためご注意ください。
なお、以下のようなケースでは、株主総会決議が省略できます。
略式事業譲渡
子会社の90%以上の株式を保有している親会社と、子会社の間で事業譲渡を実施する場合、株主総会決議を省略できます。
簡易事業譲渡
譲渡する資産の帳簿価額が、譲渡会社の純資産額の20%を超えない譲渡会社は「株主総会」が省略できる。(会社法467条1項2号)。また、他社の事業の全部の譲受について、譲受の対価として交付する財産の帳簿価格が、譲受会社の純資産の20%を超えない譲受会社は「株主総会決議」を省略できます(会社法v条2項)
※参考:e-Gov「会社法」
株式買取請求
事業譲渡に反対する株主は、会社に対して株式買取請求を行うことができます。
そのため、事業譲渡を実施する企業は「株主の買取請求が可能なこと」を事業譲渡に反対する株主へ通知する必要があります。
買取請求権は、事業譲渡の効力発生日の前日まで行使することが可能です。
ただし、簡易事業譲渡の場合は、反対株主に対する株式買取請求権が認められていません。
無償の事業譲渡で発生する税金
事業譲渡そのものが無償で実施されても、事業の譲渡側(売り手側)と譲受側(買い手側)の双方で税金が発生します。
また、譲渡側と譲受側のそれぞれが「個人か法人か」によっても、発生する税金が異なります。
想定外の税金の支払いで慌てることがないよう、どのような税金が発生するか確認しておきましょう。
事業譲渡する側の税金
譲渡側は、事業の譲渡益が0円であっても一部、税金の支払いが発生するためご注意ください。
無償の事業譲渡における事業譲渡する側の税金について、以下でご紹介します。
消費税
事業譲渡が無償で実施される場合、税務上は「贈与」「寄付金」などの扱いになります。このような無償取引に対しては、消費税の課税はありません。
法人税
無償の事業譲渡では、譲渡側は対価を受け取っていませんが、時価に対する法人税が発生します。
なお、税務処理の内容は以下のように、譲渡の内容によって変わります。
- 寄付金:雇用関係のない第三者に対する無償譲渡
- 役員賞与:役員に対する利益供与として譲渡
- 交際費:取引先・仕入れ先への譲渡
- 賞与:法人から雇用関係のある個人への譲渡
所得税
個人が譲渡側である場合は、以下のように譲受側(買い手側)によって所得税が発生するかどうかが変わります。
譲受側(買い手側)が法人であった場合
みなし譲渡(時価で売却したとみなして課税する制度)が適用され、譲渡側の個人に対して、所得税が課せられます。みなし譲渡所得税の具体的な金額は「値上がり益×20.315%」で計算できます。 値上がり益とは、譲渡時の事業の時価から、取得金額を引いた金額です。
譲受側(買い手側)が個人であった場合
個人間の事業譲渡となり、譲渡側には所得税が課税されません。
事業譲受する側の税金
譲渡側は、事業を無償で得ることができますが、税金が想定外に高額となるケースもあるためご注意ください。
無償の事業譲渡における事業譲受する側の税金について、以下でご紹介します。
所得税
法人から個人へ無償で事業譲渡した場合、個人に対して所得税は発生しますが、法人・個人間の「雇用関係の有無」によって税務上の扱いが変わります。
雇用関係がある場合
雇用関係がある場合は、事業の時価総額が給与所得の扱いとなるケースが多いです。所得金額が上乗せされることで、所得税が高額となります。
雇用関係がない場合
雇用関係がない場合、事業の時価総額が一時所得の扱いとなります。一時所得は「(総収入金額-収入獲得に要した費用-(一時 所得の特別控除額・50万円)÷ 2」で求めることができます。
法人税
個人から法人へ、あるいは法人から法人へ無償で事業譲渡した場合、法人は資産を時価で取得したとみなされ「受贈益」が発生し、それに対する法人税がかかります。
「無償だから」と安易に譲渡を受けると、予想外の法人税がかかる恐れがあります。
贈与税
個人間で事業を無償譲渡した場合、事業の時価総額に応じて贈与税が発生します。贈与税は、課税価格(贈与を受けた金額ー基礎控除額110万円)を基礎に計算できます。
このように課税価格には110万円の基礎控除が設けられているため、無償譲渡された事業の時価が年間110万円を超えた時に、贈与税が発生する仕組みです。
なお、譲渡価額が高額なほど、累進課税によって税率も高くなります。最大税率は55%まで設定されているため、譲渡する事業の時価にはご注意ください。
無償の事業譲渡の注意点
無償で事業譲渡する際には、以下3点にご注意ください。
- 契約書は作成しておく
- 有償譲渡と無償譲渡の比較検討をする
- 既存従業員へのフォロー
契約書は専門家監修で作成する
有償・無償にかかわらず、会社法においては「事業譲渡契約書の作成」は義務付けられていません。
特に、無償の事業譲渡は、親族間で実施されるケースも多く、あえて事業譲渡契約書を作成する必要はないようにも思えます。
しかし、事業譲渡契約書がないと、後になってトラブルに発展する恐れもあるため、しっかり作成すべきと言えるでしょう。
事業譲渡契約書の作成に際しては、専門家監修のもと、きちんとした内容・体裁となるようにしてください。
有償譲渡と無償譲渡の比較検討をする
すでにご紹介したように、無償の事業譲渡であっても、各種税金は発生します。
発生する税金は、事業の譲渡側(売り手側)と譲受側(買い手側)のそれぞれが、個人か法人かによっても変わります。
例えば、個人から法人へ時価5,000万円の事業を無償譲渡すると、譲渡益が全くない状態でも、およそ1,000万円ものみなし所得課税が譲渡側に発生します。
このように無償譲渡であっても、高額の税金が発生するケースは少なくありません。
場合によっては、有償譲渡の方が税負担は少ないケースもあるため、有償譲渡と無償譲渡それぞれの税負担をよく比較検討したうえで、最適な方法を選択してください。
既存従業員へのフォロー
従業員へのフォローは事業譲渡に際して、最も重要な事柄の1つです。
合理的な理由がない限り、従業員の雇用は継続されるものの、以下のような変化・不安でストレスを感じるケースは少なくないと考えられます。従業員に対して適切にフォローしない場合、モチベーションの低下や退職につながる恐れがあるので、可能な限りフォローしましょう。
職場環境や人員配置の変化
自社に残る従業員も、部署の消滅・変更などで環境が変わり、不安やストレスを抱える可能性があります。 そのため可能な限り従業員に寄り添い、希望に沿った配置や待遇を実現しましょう。
転籍する従業員に対しては、譲渡側企業と待遇や配慮を話し合っておき、その内容を丁寧に伝えます。従業員が転籍に同意しない場合は、譲渡側企業との雇用関係を維持したまま、譲受側企業に「出向」してもらう方法もあります。
有給休暇のカウントがゼロになる
事業譲渡契約を交わす際は、転籍する従業員の有給休暇についてもクリアにしておく必要があります。有給休暇日数は勤続年数で変わりますが、譲渡側企業との契約終了に伴い、有給休暇の権利が消え、転籍後に引き継がれない恐れもあるためです。
従業員が転籍する場合は、譲受側企業にこのような配慮を事前に打診し、従業員の有給休暇が引き継がれるよう、事業譲渡契約書にも盛り込むと良いでしょう。
譲渡先の経営方針・就業規則などに馴染めない
事業譲渡に際して、新たな人材に馴染んでもらうべく「労働時間の保証期間」を設ける企業もあります。つまり、一定期間は前と同じ労働条件で働くことを許可するのです。
従業員が転籍する場合は、前述の有給休暇と同じく、事業譲渡契約書へ従業員に配慮した働き方の項目も盛り込むと良いでしょう。
退職金減額への不安
事業譲渡に際して、転籍する従業員は新たに買い手企業と雇用契約を結びます。つまり、勤続年数が切れてしまうことで、退職金が減額しないか不安に感じる従業員は少なくありません。
対策としては「譲受側が勤続年数を引き継ぐ」「譲渡側が、転籍する従業員に退職金を支払う」のいずれかのケースがほとんどです。
そのため事業を譲渡する際は、税金のみならず、転籍する従業員への「退職金」についても考えておく必要があります。
関連記事:M&Aにおける事業譲渡とは?メリット・デメリット、手続き・ポイントなどを解説
まとめ
無償で事業譲渡する場合も、様々な手続きを踏む必要があり、譲渡する側・される側の双方で税金が発生します。
さらに、譲渡する側・される側が「個人か、法人か」によっても、かかる税金の種類や税額が変わります。
簡単そうだからと、事業継承の手段に「無償の事業譲渡」を選択する方もいますが、実際は考えるべき点が多くあるのです。
特に課税額などから見た場合「事業継承の手段として、無償の事業譲渡が本当に自社に合っているのか」は、外部の専門家から判断してもらうことが賢明です。
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