このページのまとめ
- 債権者保護手続きとは債権者の権利を守るために法律で定められた手続き
- 債権者保護手続きは組織再編や資本金が減る場合に実施が必要
- 債権者保護手続きでは原則として官報公告と個別催告が必要になる
- 債権者保護手続きは異議申し立ての期間を1ヶ月以上設けなければならない
- 債権者保護手続きをしない場合は組織再編が無効になる場合もある
合併や会社分割をする際、「債権者保護手続きが必要になる場合を知りたい」と考える経営者の方もいるでしょう。債権者保護手続きは会社法で定められており、法に従った手続きを行わなければ組織再編が進められないこともあり、注意しなければなりません。本記事では、債権者保護手続きが必要になるケースや手続きの方法について解説します。手続きの注意点も解説するため、参考にしてください。
目次
債権者保護手続きとは
債権者保護手続きとは、合併などの会社再編を実施する際に、債権者の権利を守るために組織再編に対する異議を申し出る機会を与える手続きのことです。
企業は経営判断の一環で、組織再編を行う場合があります。しかし、組織再編は企業の資産や債務に影響を与える行為であり、債権者は無視できない行動です。企業は組織再編を行う旨を通知し、債権者は異議を申し立てるか判断を行います。
異議申し立てがない場合は、債権者は組織再編を承認したとみなされます。もし、異議申し立てが合った場合には、「弁済」「相当の担保提供」「相当の資産を信託する」のいずれかの選択をしなければなりません。
ただし、債権者の利益を侵害しない場合には、異議申し立てへの対応は不要になります。
債権者保護手続きは会社法で実施が定められている
債権者保護手続きは、会社法で実施が定められている手続きです。ただし、M&Aスキームごとに必要な場合と不要な場合があるため、確認しておきましょう。
M&Aスキーム | 手続きの有無 |
株式譲渡 | 不要 |
事業譲渡 | 不要 |
吸収合併 | 必要 |
新設合併 | 必要 |
会社分割 | 必要 |
株式交換 | 原則不要 |
株式移転 | 原則不要 |
M&Aスキームに関わらず、債権者保護手続きでは官報公告、個別催告が必要です。官報公告、個別催告ともに、異議を唱えられる期間を1ヶ月以上確保しましょう。
債権者保護手続きの対象者
債権者保護手続きの対象者は、組織再編により債務履行ができなくなった債権者です。たとえば、分割型分割を行う場合は、全債権者になります。分社型分割を行う場合は、承継会社に移転する債権を持つ債権者です。
ほかにも、吸収合併を行う場合は、消滅会社と存続会社両方の債権者に対し、債権者保護手続きを行います。新設合併では、消滅会社の債権者に対し、必要になります。
M&Aスキームごとに、手続きを実施する対象者は変わるため、確認しておきましょう。
債権者保護手続きの期間
債権者保護手続きの異議申し立ては、最低でも1ヶ月の期間を設けなければなりません。会社法では、債権者保護手続きが完了していなければ会社分割の効力は発生しないとされており、債権者への公告や催告は会社分割の効力発生日よりも1ヶ月以上前から開始することが必要です。
そのため、組織再編の際は、余裕をもってスケジュールを設定するようにしましょう。
債権者保護手続きをしなかった場合
債権者保護手続きを実施しない場合、法令違反になります。当事会社の株主から、組織再編の差止請求をされる場合もあるため注意しましょう。
組織再編が実施されたあと、無効の訴えを主張される可能性もあります。無効の訴えは、組織再編の効力が生じた日から6ヶ月以内に、効力が生じた日に当事会社の株主などであった者や破産管財人、組織再編に対して承認しなかった債権者が提起することができます。
また、債権者から異議申し立てがあった場合、企業は。次の3つの方法のうち、いずれかの対応をしなければなりません。
- 債権者に債務を弁済する
- 債権者に相当の担保提供を行う
- 債権者への弁済を目的に資産を信託する
異議申し立てがない場合は、組織再編が承認されたとみなすことができます。
関連記事:合併とは?実施目的やメリット、手続き方法などを解説
債権者保護手続きが必要になる場面
債権者保護手続きが必要になる場面に関して、詳しく解説します。大きく分けて、次の2つの場面で、実施しましょう。
- 資本金や準備金が減るとき
- 組織再編を行うとき
それぞれの場面に関して解説します。
資本金や準備金が減るとき
資本金や準備金が減る場合は、債権者保護手続きが必要です。債務を抱えるリスクが増加し、経営に影響を及ぼしてしまうからです。経営を行うために必要な資本金や準備金が減る場合には、債権者を守るために手続きを行う必要があります。
ただし、「累積赤字の穴埋めをするため、資本金を取り崩す場合」「取り崩した準備金を資本金に振り替える場合」などに関しては、手続きは不要です。これら2つの場合は、賃借対照表での「資本の部」のなかで資金を移動しているだけだからです。
まとめると、債権者を守る必要がある場面は、資本金や準備金が減り、かつ減った資金が社外に流出してしまう場合のみになります。
組織再編を行うとき
組織再編を行うと、会社の組織や仕組みが大きく変わります。次のような組織再編を行う場合には、債権者保護手続きを行いましょう。
- 合併
- 会社分割
- 株式交換・移転の例外
それぞれに関して、詳しく解説します。
合併
合併とは、2つ以上の企業の法人を1つにするM&Aスキームです。合併には、既存の会社に吸収させる「吸収合併」と、新しく会社を設立して合併する「新設合併」があります。
どちらの合併も、資本金や準備金が減少し、債権回収に使用する原資が減る恐れがあります。また、合併相手次第では、合併後に経営が悪化し、債権を脅かす点に注意しましょう。
合併では、財政状況の変化が予想されることから、債権者保護手続きが必要です。
会社分割
会社分割とは、会社の一部、または全部の事業を切り離し、別会社に承継する手法です。既存の会社に移転させる「吸収分割」と、新しく設立した会社に移転させる「新設分割」の2つに分けられます。
吸収分割を行う際には、事業を移転させる会社と、事業を吸収する会社の両方で債権者保護手続きが必要です。事業を移転させる側は事業分の資産が減少するからです。
一方で、事業を吸収する側も、不採算部門を引き受ける場合があり、債権減少のリスクがあります。そのため、吸収分割では、移転させる側も承継する側も債権者を保護しなればなりません
新設分割の場合、引き継ぐ事業が負債を抱えているケースもあります。その場合、債務の支払いは、分割会社から承継会社に移動します。支払い元が変わる場合、債権者保護手続きが必要になるため、分割会社は手続きが必要です。
一方で、承継会社側も負債を引き継ぐことから、債権者への手続きを行わなければなりません。
株式交換・移転の例外
株式交換と株式移転は株主が変更するだけであり、原則として債権者保護の手続きは必要はありません。ただし、例外的に、債権者に不利になるケースでは保護手続きが必要です。
株式交換では、親会社になる企業が子会社に対し、株式以外を対価にして交換を行う場合に債権者保護の手続きが必要になります。
また、子会社とする会社から親会社に新株予約権付社債を承継する場合も、保護手続きが必要です。
さらに、株式移転の場合は、子会社とする会社から、親会社になる企業に新株予約権付社債が引き継がれる場合に、債権者保護手続きが求められます。
債権者保護手続きが不要になるケース
組織再編では、債権者保護手続きを行わなくても良い場合があります。次のケースでは、債権者保護手続きは不要です。
- 債務の移転が発生しない場合
- これまでの債務者に弁済を請求できる場合
- 株式交換・株式移転の場合(原則)
それぞれのケースに関して、解説します。
1.債務の移転が発生しない場合
債務の移転が発生しない場合、債権者保護手続きは不要になります。債務者は変わらず、会社の資産や負債の変動もないからです。
たとえば、株式移転や株式交換の場合、会社の財務状況に影響はありません。債務者の債務は他社に移動せず、債務へのリスクが発生しない場合には、債権者保護手続きは不要です。
2.これまでの債務者に弁済を請求できる場合
債務の移転がある場合でも、これまでの債務者に弁済を請求できる場合、債権者保護手続きは不要です。債務者にとっては、「誰が支払いを行うか」ではなく、「支払いが行われるのか」が重要だからです。
債務者が変わっても弁済が請求できれば、債務者は心配する必要がないでしょう。
3.株式交換・株式移転の場合(原則)
株式交換とは、完全子会社となる会社の発行済株式のすべてを完全親会社となる会社に取得させる手法です。株式移転は、既存の会社が新規に親会社を設立し、発行済株式をすべて取得させる手法を指します。
これら株式交換・株式移転では株主が変更するだけであり、権利義務の承継は生じません。そのため、完全子会社となる会社では原則、債権者保護手続きが不要です。
また、完全親会社となる企業においても、株式交換で完全子会社となる株主に対して交付するものが株式もしくは「株式に準ずるもの」と定められているものである場合、保護手続きの必要はありません。
債権者保護手続きの実施方法
債権者保護手続きは、次のような流れで実施します。
- 官報公告に掲載する
- 「知れたる債権者」に個別催告を行う
- 債権者異議が発生すれば対応する
- 組織再編の登記を行う
それぞれのプロセスに関して解説するため、実施時の参考にしてください。
1.官報公告に掲載する
債権者保護手続きを行うために、まずは官報公告に掲載します。官報は国が発行する機関紙です。官報公告を行うことで、法令上の義務にもとづき、債権者に重大な影響を及ぼす事項を決定したと知らせます。
官報公告には、次のような内容を記載しましょう。
- 組織再編に関する内容
- 組織再編に関係する会社の商号と住所
- 資本金の額
- 負債の変動額
- 当時会社の計算書類
- 債権者は異議申し出ができる旨
官報公告の掲載に関しては、費用が掛かります。一般的に、公告で用いられる枠を使った場合には、37,165円になります。詳しい金額に関しては、「官報公告掲載料金」を参考にしてください。
参照元:全国官報販売協同組合「官報公告掲載料金」
2.「知れたる債権者」に個別催告を行う
官報公告を行ったあとは、「知れたる債権者」に個別催告を実施しましょう。知れたる債権者とは、組織再編に関係する債権者のことです。
たとえば、会社分割を行う場合、「会社分割を通して債務者が変更する債権者」が知れたる債権者になります。
催告の内容に関して、特に指定はありません。基本的には、官報公告と同じ内容を使います。また、催告方法に関しても定めはありません。封書や郵便はがきを郵送すると良いでしょう。
個別催告のポイントは、官報公告と同様に、催告期間を1ヶ月以上とる点です。債権者に催告が届いた時点から催告期間が開始されるため、郵送期間に注意しましょう。
3.債権者異議が発生すれば対応する
債権者から異議申し立てがあった場合、対応しなければなりません。次の3つの選択肢のうち、いずれかで対応しましょう。
- 弁済
- 相当の担保提供
- 相当の資産の信託
ただし、会社の資産状況に問題ない場合や、債権者に対する弁済への影響が薄い場合、組織再編の手続きを継続できます。その場合、上申書を法務局に提出しましょう。
また、官報公告と催告から1ヶ月以上経っても、異議申し立てがない場合もあります。その場合は債権者から承認されたとみなしましょう。
4.組織再編の登記を行う
債権者保護手続きが終われば、組織再編の登記が必要です。法務局にて申請を行いましょう。
登記時には、債権者保護手続きに必要な公告、および催告をしたことを証明する書類を添付しましょう。
債権者保護手続きで個別催告を省略できる場合
債権者には個別催告が原則ですが、省略できるケースもあります。公告方法を電子公告や日刊新聞紙で行うと定款に定めている場合です。
この場合、官報とともに定款所定の方法による公告を行うことで、債権者への各別の催告を省けます。「二重公告」もしくは「ダブル公告」と呼ばれる方法です。
ただし吸収分割・新設分割のケースにおいて、分割会社に対して債務の履行を請求できない債権者のうち、不法行為によって発生した債務の債権者に対しては、各別の催告を行わなければなりません。
また、合資会社・合名会社から株式会社へと変わる組織再編の場合、社員の責任が無限責任から有限責任へと変わることで債権者への影響が大きくなるため、個別催告が必要です。
債権者保護手続きの3つの注意点
債権者保護手続きを行う際は、次の3つに注意しましょう。
- 官報に公告してから1ヶ月以上の異議申し立て期間を設ける
- 債権者に個別催告漏れがないようにする
- 登記時には債権者保護手続きが完了している書類を準備する
それぞれの注意点に関して、詳しく解説します。
1.官報に公告してから1ヶ月以上の異議申し立て期間を設ける
債権者保護手続きでは、異議申し立ての期間が必要です。官報公告から1ヶ月以上の期間を設けましょう。もし、期間が不十分な場合、手続きが適正に実施されていない状態と判断されます。手続きのやり直しや、組織再編自体が無効になる場合もあるため注意しましょう。
2.債権者に個別催告漏れがないようにする
債権者に個別催告を行う場合、催告漏れがないようにしましょう。催告できていない債権者がいると、手続きが適正とみなされません。個別催告に漏れがある場合も、異議申し立てが行われ、組織再編が無効になる恐れがあります。債務額に関係なく、全員に個別催告を行いましょう。
催告漏れを防ぐためには、定款を改定する方法もあります。電子公告、または日刊新聞紙で催告を行えるようにしておくと、催告漏れを防止できるでしょう。
3.登記時には債権者保護手続きが完了している書類を準備する
組織再編の登記時には、債権者保護手続きを完了したことを証明する書類が必要です。登記時に手続きが完了していない場合、日程がずれ、組織再編をやり直さなければならない事態も発生します。
登記を行う際には、債権者保護手続きを終えたことを確認してからにしましょう。手続きを終えたことを証明する書類も作るようにしてください。
まとめ
債権者保護手続きとは、債権者の権利を守るため、組織再編に対する異議を申し出る機会を与える手続きです。組織再編を行う際には、債権者保護手続きが必要になるかどうかを確かめましょう。
債権者保護手続きが必要になる場合、公告と催告に注意してください。官報公告・個別催告ともに、1ヶ月以上の期間を設ける必要があります。スケジュールは余裕をもって設定しましょう。
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