ストックオプションとは?仕組みや種類、メリット・デメリットを解説
2024年3月29日
このページのまとめ
- ストックオプションとは従業員が事前に決められた金額で株式を取得できる権利
- ストックオプションは「無償」のものと「有償」のものに大別される
- 導入による従業員のメリットは仕事への意欲が向上することや税負担の軽さなど
- ストックオプションの理想的な持分比率は発行済株式総数の10%以内程度
- M&Aでのストックオプションの取り扱いは仲介会社などの専門家に相談する
「勤め先の企業でストックオプションの導入が決まったが、仕組みをよくわかっていないので不安」と考えている方もいるのではないでしょうか。本記事では、ストックオプションの仕組みや種類、メリット・デメリットについて解説します。
税制優遇を受けられる種類やM&A時の取り扱いもお伝えしますので、ストックオプションについて詳しく知りたい方は参考にしてください。
目次
ストックオプションとは
ストックオプションとは、従業員や役員などが、事前に決められた金額で自社の株式を取得できる権利のことです。ストックオプションとは、従業員や役員などが、事前に決められた金額で自社の株式を取得できる権利のことです。権利を付与された従業員や役員が権利行使価格で株式を取得し、その後売却することによって、権利行使価格と株価上昇分との差額が利益として得られる報酬制度です。
もともとアメリカで開始され、日本では1997年の改正商法を契機に認定されました。ベンチャー企業の上場数の増加などを背景に、国内で浸透しつつあります。
ストックオプションの仕組み
ストックオプションの仕組みを簡単にあらわすと、以下のようになります。
- 会社が「事前に設定した金額で株式を購入する権利」を、従業員や役員などに付与する
- 従業員や役員はあらかじめ設定された価格で自社株式を購入する
- 従業員や役員は株価の状況に応じて株式を売却し、株価が値上がった場合は差額分を利益として受け取る
その企業の業績向上によって株価が上がれば、従業員や役員への報酬額が増額となることがポイントです。
たとえば、今後5年間のうちに1株1,000円で、500株まで自社株式を購入できる権利を付与されたとしましょう。1年後に株価が2,000円に値上がった場合、1株あたり1,000円の利益を得られます。
一方、自社の業績が低迷し株価も下落した場合は、権利行使を行わなければ株式を取得したことにはならず、損をしない仕組みです。ストックオプションは「権利」であり、「義務」ではありません。したがって、権利を行使するかしないかは権利者それぞれの自由です。
新株予約権との違い
ストックオプションと新株予約権との違いは、以下のとおりです。
ストックオプション | 新株予約権 | |
付与される対象者が限定されているか否か | 限定されている | 限定されていない |
付与される対象者 | 一部の従業員や取締役、社外協力者など | 一般投資家 |
ストックオプションと新株予約権との違いは、権利を付与される対象が限定されているか否かという点にあります。一般的に、一部の従業員や取締役、社外協力者などの会社に関係する人物に対象者を絞るのがストックオプションです。入社予定者や、社外のアドバイザーに付与するケースもみられます。
一方、新株予約権は会社関係者にとどまらず、一般投資家などが幅広く取得できることが特徴です。ストックオプションは、新株予約権の1つという位置づけであり、あくまでも社内向けの制度であることを押さえておきましょう。
従業員持株会との違い
ストックオプションと従業員持株会との違いは、以下のとおりです。
ストックオプション | 従業員持株会 | |
付与される対象者 | 一部の従業員や取締役、社外協力者など | 基本的には全従業員(企業によっては契約社員やパート従業員などを除くことも) |
付与されるもの | 株式を購入する権利 | 株式 |
通常、ストックオプションで権利が付与されるのは、一部の従業員や役員です。会社への貢献度や年数などを付与基準とすることが多い傾向にあります。これに対して、従業員持株会は勤務先に制度があれば、基本的に誰でも加入できる点が違いといえるでしょう。
また、ストックオプションで付与されるのは「株式を購入する権利」であるのに対し、従業員持株会では従業員が実際に株式を保有する点も異なります。
ストックオプションの種類
ストックオプションは、「無償」のものと「有償」のものに大別されます。両者の違いは、権利が付与される際に費用が発生するか否かという点です。その上で、以下のようにいくつかの活用型が存在します。
無償ストックオプション | 税制適格ストックオプション | ・権利が付与される際に対価の支払いが発生せず、さらに税制優遇を受けられる |
税制非適格ストックオプション | ・権利が付与される際の対価の支払いは発生しないが、給与課税が適用される | |
1円ストックオプション | ・無償税制非適格ストックオプションの活用型で、権利行使価格が1円 | |
有償ストックオプション | 有償ストックオプション | ・株式を取得する権利を得る際に一定の金額を支払う。金融商品扱いのため譲渡課税が課せられる |
信託型ストックオプション | ・ストックオプションと信託制度を組み合わせた、有償ストックオプションの活用型 |
複数の種類があるため、混同しないようにそれぞれの特徴や違いを理解する必要があります。ここからは、各ストックオプションの概要を確認しましょう。
無償ストックオプション
その名のとおり、無償で従業員や役員などに付与されるのが無償ストックオプションです。どの段階が無償なのかがわかりにくいですが、無償なのは発行段階です。つまり、ストックオプションが発行された際に、付与された人が対価を支払う必要がないことを意味します。
税制適格ストックオプション
税制適格ストックオプションは、権利が付与される際に支払いが発生しません。さらに、権利を行使した際に税制優遇を受けられる点がポイントです。
税制非適格ストックオプション
権利を付与される際に対価を支払う必要がない点は、税制適格ストックオプションと同じです。しかし、税制非適格ストックオプションは、権利行使時と権利行使後の株式売却で得た利益に対して、最大約55%の給与所得課税が適用されることに注意しましょう。
2回も課税されるのをデメリットとする考え方もあるでしょう。しかし、課税される代わりに厳しい要件がありません。そのため、権利行使期間や他人への譲渡に制限を受けない点がメリットです。
1円ストックオプション
1円ストックオプションは、名称どおり権利行使価格が1円です。そのため、その時点の株価に近い金額の利益を得られる点が最大のメリットであり、退職金として活用されるケースが多い傾向にあります。
退職所得として譲渡する場合は、給与所得課税ではなく、最大約45%の退職金課税が適用されるため、税金の負担を抑えられます。
有償ストックオプション
有償ストックオプションは、対価を支払って株式を取得する権利を得るため、税務上では金融商品の位置づけです。そのため適用されるのは、最大約20%の譲渡課税です。最大約55%の給与所得課税に比べ、譲渡課税のほうが税率が低いため、課税負担を抑えられる点が魅力といえるでしょう。
また、有償ストックオプションの活用型である「信託型ストックオプション」は、ストックオプションと信託制度を組み合わせたスキームが特徴です。
ストックオプションが保管されている信託期間中、従業員や役員などの受益者には、業績や評価などに応じてポイントが付与されます。獲得したポイント数に応じて、ストックオプションを取得できます。
信託制度の利用により企業は信託時点でのストックオプション条件を維持できるため、数年後に入社した従業員であっても、株価変動の影響を受けません。付与される時期にかかわらず、同じ条件のストックオプションを取得できる点がメリットです。
税制優遇を受けられるストックオプション
税制の優遇が受けられるストックオプションは、「税制適格ストック・オプション」と呼ばれます。
通常、ストックオプションは税制上は給与所得としての取り扱いになるため、最大約55%の給与課税が適用されます。
しかし、税制適格ストックオプションは、「発行価格」「付与対象者」「権利行使期間」「譲渡禁止規定」などの要件を満たすことで、税制優遇の対象となることが特徴です。株式譲渡時に約20%の税金がかかるのみであるため、通常よりもかなり課税負担が少なくなります。
ストックオプション導入のメリット・デメリット
ストックオプション導入のメリット・デメリットについては、下表をご参照ください。
メリット | デメリット | |
従業員側 | ・仕事に対する意欲が向上する ・利益に対する税負担が給与所得に比べて少ない ・権利付与された従業員のリスクがほとんどない | ・株価の変動が仕事へのやる気を失わせる場合がある ・付与基準が明確でない場合、社内での不協和音の原因になる |
企業側 | ・人件費を抑えつつ従業員にインセンティブを与えられる ・優秀な人材を確保しやすくなる | ・ストックオプションを行使した人材が退職する可能性がある ・既存株主が持つ株式価値の希薄化につながる |
ここからは、ストックオプションの導入によって得られるメリットと懸念されるデメリットについて、従業員側と企業側それぞれの視点から解説します。
従業員側
ストックオプションの導入によって従業員の仕事に対する意欲の向上が見込まれる一方で、株価の変動がやる気を失わせてしまう可能性がある点などに注意が必要です。それぞれのメリット・デメリットをみていきましょう。
メリット
ストックオプションの導入によって、従業員が感じられるメリットは、主に以下の3点です。
- 仕事に対する意欲が向上する
- 利益に対する税負担が給与所得に比べて少ない
- 権利付与された従業員のリスクがほとんどない
企業の業績が向上すると株価が上がる傾向にあるため、結果的にストックオプションによって多くの利益を得られる可能性が高まります。企業に対する自分の貢献が適切に評価され、ストックオプションという目に見える形で還元されれば、従業員の意欲の向上につながるでしょう。
税制適格ストックオプションについては、利益に対する税負担が給与所得に比べて少ないことも、大きなメリットです。給与に対する税金は最大約55%ですが、株式という形で受け取るストックオプションでは、売却で多額の利益が出た場合でも20.315%の税負担で済みます。
また、通常の株式投資にあるリスクがほとんどないことも魅力です。ストックオプションの場合は、たとえ株価が下落したとしても、権利を行使しなければ損失は生じません。
デメリット
ストックオプションの導入によって、従業員側で懸念されるデメリットは、主に以下のとおりです。
- 株価の変動が仕事へのやる気を失わせる場合がある
- 付与基準が明確でない場合、社内での不協和音の原因になる
成長が著しい企業であっても、一時的に株価が低迷することは珍しくありません。しかし、そのようなとき、従業員や役員によっては、仕事に対するやる気が下がってしまうことが想定されます。
さらに、ストックオプションが付与される基準が不明確な場合、社内で不協和音が生じる原因となりかねません。たとえば、同じ役職でも割当数が大きく異なるような場合、従業員間の関係が悪くなってしまうリスクがあります。人事評価を反映させるなど、明確な付与基準を設けることが大切です。
企業側
ここからは、ストックオプションの導入による企業側のメリットとデメリットを解説します。
メリット
ストックオプションの導入によって企業側が享受できるメリットとしては、以下の2点が挙げられます。
- 人件費を抑えつつ従業員にインセンティブを与えられる
- 優秀な人材を確保しやすくなる
ストックオプションは、人件費を抑えつつ従業員にインセンティブを与える手段として有効です。たとえば、創業期のベンチャー企業において、高い人件費を支払うことが困難なケースがあります。その点、損益計算書の人件費として計上しなくてよいストックオプションは、インセンティブとして適しているといえるでしょう。
企業の視点では、優秀な人材を確保しやすい点も、ストックオプションを導入することで得られるメリットの1つです。ストックオプションを取得した従業員は、株価の上昇次第では大きな利益を手に入れられます。そのため、採用時の報酬が他社よりも若干見劣りしていても、ストックオプションの存在によって、優秀な人材を採用できる可能性が高まります。また、権利を付与することによって、人材が定着する効果も期待できるでしょう。
デメリット
ストックオプションの導入によって懸念される、企業側のデメリットには以下のようなものがあります。
- ストックオプションを行使した人材が退職する可能性がある
- 既存株主が持つ株式価値の希薄化につながる
企業にとって、ストックオプションを行使した人材の退職は、大きな痛手となるでしょう。ストックオプション制度を全面的にアピールして採用を行った場合、獲得した人材は金銭面を重視している可能性が高いです。
そのため、ストックオプションを行使し多額の利益を得た後に、すぐに退職してしまうケースが想定されます。権利の行使後にすぐに退職するつもりがなくても、大きな利益を得た後は、仕事へのモチベーションが低下してしまい、結果的に退職を選択する従業員も現れる可能性があります。
このような状況を防ぐためにも、従業員に対してストックオプションの取得と行使に制約を設ける「ベスティング条項」を設けている企業も少なくありません。
そのほか、既存株主の持つ株式価値の希薄化につながることも、デメリットの1つです。ストックオプションの付与に上限は設けられていませんが、大量に付与してしまうと、既存の株主が保有している株式の価値が下落してしまうリスクがあります。
ストックオプションの持分比率の目安
ストックオプションの理想的な持分比率は、税制適格・非適格を問わず、発行済株式総数のおおよそ10%以内、多い場合でも15%以内が望ましいとされます。持分比率とは、「企業の全株式に占める従業員が保有するストックオプションの割合」のことです。
持分比率に関する法的な決まりはないものの、ストックオプションの持分比率があまりにも高いと、株式価値の希薄化を招き、既存株主が損をしてしまう可能性が高まります。投資家がそのような状況を敬遠し、大量に株式を売却すると、株価は一気に下がるでしょう。株価の大幅な下落を避けるためにも、適切な持分比率に収めておくことが望ましいと考えられます。
ストックオプション導入に必要な手続き
ストックオプションの導入の手続きは、基本的に以下のような流れで実施します。
- 新株予約権の募集事項を決定する
- 付与対象者や割当数を決定する
- 新株予約権原簿を作成する
順番に確認しましょう。
新株予約権の募集事項を決定する
ストックオプション導入にあたって、募集事項を決定します。決めなければならない新株予約権の内容は、以下のとおりです。
- 発行する時期や内容および数
- 無償か有償か
- 有償の場合は払込金額あるいは算定方法
- 権利行使が可能な期間
- 権利行使価格
- 割当日
- 払込期日
募集事項の決定は、取締役会もしくは株主総会で決議を取る必要があります。原則として、公開会社であれば取締役会の会議で、非公開会社であれば株主総会で決議を取ります。
このように、会社法上の企業の形態で、決議を行う機関が異なるのがポイントです。公開会社と非公開会社の定義は以下のとおりです。
- 公開会社:一株でも譲渡制限のない株式を発行している
- 非公開会社:定款により、すべての株式に譲渡制限をしている
公開会社という言葉のイメージから、「上場会社」であると捉えやすいですが、この2つは同じ意味ではないことに注意しましょう。
付与対象者や割当数を決定する
募集段階で、付与対象者や割当数を設定しておくことが重要です。公開会社の場合は取締役会、非公開会社の場合は株主総会の特別決議で定めます。
新株予約権原簿を作成する
新株予約権を発行したら、速やかに新株予約権原簿を作成し、新株予約権の登記を行います。原簿を作成するのは、新株予約権者や発行した新株の内容の管理を行うためです。位置づけとしては、株主名簿のようなものであり、会社法によって作成が義務づけられています。
また、新株予約権はやがて株式になる権利であるため、発行すると登記事項になります。割当日から2週間以内に登記申請を行ってください。
ストックオプション導入時の注意点
ストックオプションを、企業のインセンティブとして効果的に機能させるためには、以下のような注意点を押さえておく必要があります。
- 付与条件を明確にする
- 持分比率を重視する
- 株価が安いうちに発行する
- なるべく1回で発行する
それぞれの内容を解説します。
付与条件を明確にする
ストックオプションの付与条件を明確にしておかないと、社内の不協和音の原因になりかねません。一般的には、企業業績への貢献度合いや勤続年数などを基準にします。
誰からみても納得感のある基準になっていないと、ストックオプションの割当数が少ないまたは割り当てがない従業員や役員から不満の声が上がるでしょう。そのような場合、当初の目的であるインセンティブとしての機能を果たせず、モチベーションの低下や離職につながってしまう可能性があります。
持分比率を重視する
ストックオプションの発行数を検討するにあたっては、「何株まで発行するか」ではなく、持分比率を重視しましょう。持分比率とは、企業として発行しているすべての株式に対し、ストックオプションとして対象者が保有する株式の割合のことを指します。
持分比率に関して、法的なルールが定められているわけではないものの、10%程度にすることが望ましいとされています。持分比率が高すぎると、既存の株式の価値が希薄化し、既存株主に不利益を与える可能性があるためです。発行される総株数が増えると、1株あたりの純利益や純資産が低下する可能性があるのが、その理由です。持分比率が10%を超えた場合、上場時の審査の弊害になるケースもあります。
株価が安いうちに発行する
株価が安いうちに発行することも、ストックオプションをインセンティブとして有効に機能させるために押さえておくべきポイントの1つです。ストックオプションの権利行使価格は、発行時の企業の株価を基準に設定されます。そのため、株価が安いうちにストックオプションを発行すれば、権利保有者はより多くの利益を得られる可能性が高まります。
資金調達を目的に外部からの増資を行うと、その後の株価が増資を行う前の数倍、あるいは数十倍になることも珍しくありません。増資を予定している段階であれば、増資を行う前にストックオプションを発行しておくとよいでしょう。
なるべく1回で発行する
ストックオプションは複数回に分けて発行するよりも、1回で発行したほうがよいでしょう。
新株予約権の総数や権利行使価格を決議した後、1年間のうちであればこの条件で発行できます。しかし、税法上はストックオプションの発行の都度、税制適格要件を充足するかどうかの判定を行っています。そのため、発行回数が多いとその分判定の回数が増えてしまい、税制非適格と判断されるリスクが高まるためです。
ストックオプションに向いている企業
ストックオプションの導入が向いているのは、今後高い成長が見込まれる、新規上場を目指すベンチャー企業です。成熟した企業の株価が、短期間のうちに何倍にも上昇するケースはほとんどありません。しかし、発展途中のベンチャー企業の場合、事業が成長し株価が急上昇することもあり得ます。そのような企業は、ストックオプション導入に向いているといえるでしょう。
創業期で高額な給与の支給や充実した福利厚生の提供が困難な場合も、ストックオプションは優秀な人材を確保するための選択肢となります。
そのほか、すでに上場している企業であっても、従業員の定着率や採用に課題を抱えている場合は、ストックオプションが有効な手段の1つになることがあります。
ストックオプションの活用例
ここからは、ストックオプションを活用した、以下の実際の企業の事例を確認しましょう。
- 楽天グループ株式会社
- シャープ株式会社
- ソフトバンク株式会社
各事例を解説します。
楽天グループ株式会社
楽天グループ株式会社では、子会社や関連会社を含めた取締役や役員、従業員を対象に、将来的に100株を1円で購入できるストックオプションを発行しています。いつでも権利が行使できるわけではなく、発行からの年数によって段階的に権利の行使ができるように制限していることが特徴です。権利の行使を部分的に制限することにより、従業員の早期離職を防ぐ効果があります。
参照元:楽天グループ株式会社「当社取締役及びに当社子会社の従業員に対するストックオプション(新株予約権)の付与について」
シャープ株式会社
経営再建中であったシャープ株式会社は、2017年にはじめてストックオプションを導入しました。2018年には取締役と従業員に対して、企業の成長や人材の維持・確保、従業員の意識の向上を目的に無償のストックオプションを付与しました。ストックオプションを行使できる期間は、発行日より2年後から7年後までと設定されています。
参照元:シャープ株式会社「ストックオプション(新株予約権)の割当てに関するお知らせ(経過開示)」
ソフトバンク株式会社
ソフトバンクグループ株式会社(以下、ソフトバンク)は、取締役・執行役員・幹部従業員を対象に、企業価値向上に対する意欲を高めるために有償ストックオプションを付与しています。
ソフトバンクは、2010年に有償ストックオプションを導入しました。2006年頃から有償ストックオプションというスキームを採用する企業は登場していたものの、2010年にソフトバンクが導入して以降、導入企業は加速度的に増加しています。
参照元:ソフトバンクグループ株式会社「新株予約権(ストックオプション)の発行内容確定に関するお知らせ」
ストックオプションのM&A時の取り扱い
M&Aの売り手企業側におけるストックオプションは、基本的には消滅します。ただし、一定の条件のもと、買い手企業に対して買取請求権を行使できる場合もあることを押さえておきましょう。
完全子会社になる場合 | 合併により法人格が消滅する場合 | |
売り手企業 | 買い手企業に移管され、消滅する。一定の条件のもと、買取請求権を行使できる | 基本的に消滅する。一定の条件のもと、買取請求権を行使できる |
買い手企業 | 潜在株式を処理する必要がある。売り手企業のストックオプションを買い取る、もしくは消滅させる | 金銭的補償を行う、もしくは買い手企業のストックオプションを与えるかを選択する |
ここからは、M&Aにあたっての、売り手企業側と買い手企業側におけるストックオプションの取り扱いを解説します。
M&Aにおける売り手企業側
以下の2つのケースにおいて、売り手企業におけるストックオプションの取り扱いを知っておく必要があります。
- 買い手企業の完全子会社になる
- 合併により売り手企業が消滅する
ケース別に解説します。
買い手企業の完全子会社になる場合
基本的には完全子会社化されると、売り手企業の株式はすべて買い手企業に移管され、ストックオプションは消滅します。
しかし、消滅と引き換えに完全親会社がストックオプションを交付する場合、その内容や条件などが、売り手企業で定めていた権利内容の条件にマッチしないときには、買取請求権を行使できることもあります。そのほか売り手企業が規定した権利内容に、完全親会社のストックオプションが交付される定めがあるにもかかわらず対応されないケースでも、買取請求権を行使できる場合があることを押さえておきましょう。
このように、買い手側と売り手側の規定にズレがある場合は、そのままでは消滅してしまうストックオプションについて、買取請求権を行使できる場合があります。
合併により法人格が消滅する場合
合併によって法人格が消滅する場合、ストックオプションも一緒に消滅するのが基本です。ただし、完全子会社になるケースと同様に、ストックオプションに関する規定について買い手企業と売り手企業で乖離している場合は、買い取りの請求を行えます。
M&Aにおける買い手企業側
ここからは買い手企業の視点から、売り手企業のストックオプションの取り扱いについて解説します。
売り手企業を完全子会社化する場合
完全子会社化した際は、売り手企業のストックオプションを無くす処理をしなければなりません。譲渡後に売り手企業の保有者が権利を行使すると、完全子会社が実行できなくなる可能性があるためです。
その際、ストックオプションを消滅させるか、買い取るかを選択します。消滅させることを選択した場合は、さらに、買い手企業のストックオプションを与えるかどうかを決める必要があるでしょう。
なお、売り手企業の規定に、企業が別会社の完全子会社になった場合の対応が定められている場合は、その内容に従う必要があります。
合併で売り手企業が消滅する場合
合併が行われる場合、売り手企業に在籍する者のストックオプションは消滅します。
完全子会社化する場合と同様に、売り手企業のストックオプションの規定に、企業が別会社の完全子会社になった場合の対応が定められている場合は、その内容に従わなければなりません。
買い手企業は売り手企業の保有者に金銭的補償を行うか、買い手企業のストックオプションを付与するかを判断します。
ストックオプションのM&Aにおける注意点
ここからは、M&Aにおけるストックオプションの取り扱いに関する注意点を、売り手企業と買い手企業のそれぞれの視点から解説します。
売り手企業側の注意点
M&Aに際して、売り手企業が押さえておくべき注意点は、以下の2点です。
- ストックオプションが消滅する可能性を伝えておく
- M&A時の対応をあらかじめ規定しておく
1つずつ解説します。
ストックオプションが消滅する可能性を伝えておく
M&Aが行われたときには、ストックオプションが消滅する可能性があることを、付与するタイミングで伝えておきましょう。ストックオプション保有者にとって、M&Aによって自身のストックオプションを失う可能性があることは、大きなリスクです。消滅するリスクを知らない状態で突然失ってしまうと、企業に抱く不信感はより大きなものになるでしょう。結果的に、離職する従業員が出る可能性もあります。
また、M&Aの実施を公表する際には、ストックオプションの取り扱いについてもしっかりと説明しておくことが重要です。
M&A時の対応をあらかじめ規定しておく
M&A時のストックオプションへの対応をあらかじめ規定しておくことも欠かせません。別の会社の完全子会社になったときや、合併によって企業が消滅した場合でも、売り手企業としてストックオプションの取り扱いを規定していれば、買い手企業はその内容に従う必要があります。
具体的には、保有するストックオプションを消滅させる代わりに買い手企業のストックオプションが発行される、あるいは金銭での補償が受けられるといった内容が該当します。M&Aの契約書にも、規定した内容を盛り込むことが大切です。
買い手企業側の注意点
完全子会社化や合併をした際に、ストックオプションを消滅させて終わりという対応では、売り手企業の従業員からの反発は免れないでしょう。売り手企業が定めている規定に沿って、金銭の補償、買い手企業のストックオプションの付与などを検討する必要があります。
規定内容どおりの対応をしない場合は、保有者からの買取請求に対応しなければなりません。
ストックオプションのM&Aにおける税務処理
M&Aにおいて、買い手企業がストックオプションを買い取るケースと、M&A前に売り手企業の保有者が行使するケースでは、以下のように課税の扱いが異なります。
ケース | 課税の扱い |
買い手企業が買い取る | 買取時点で発生する給与所得に対し課税される |
【税制適格に該当】 M&A前に売り手企業の保有者が行使する | 売却時に発生する譲渡所得に対して課税される ※権利行使段階では課税されない |
【税制適格に該当しない】 M&A前に売り手企業の保有者が行使する | 権利行使時に発生する給与所得と売却時に発生する譲渡所得、それぞれに課税される |
まず、完全子会社化や合併などに際し、買い手企業が売り手企業の保有者からストックオプションを買い取る場合です。買い取りが実施された段階で保有者に対して給与所得が発生し、課税されます。
次に、M&A実施前に、売り手企業の保有者がストックオプションを行使するケースを確認しましょう。税制適格要件に該当する場合は、取得した株式を売却するときに発生する、権利行使価格と売却価格の差額である譲渡所得に対して課税されます。このケースでは、権利行使時には課税されないことがポイントです。
これに対して非適格要件に該当する場合、つまり税制適格要件に当てはまらない場合は、ストックオプションを行使した際に、その時点での株価と行使価格との差額に対して所得税が課税されます。さらに、株式を売却する際に発生する譲渡所得に対しても税金が課せられます。
まとめ
ストックオプションとは、企業の従業員や取締役などが、あらかじめ決められた価格で自社の株式を取得できる権利のことです。インセンティブとして活用しやすく、ベンチャー企業の上場数の増加などを背景に、国内で浸透しつつあります。
ストックオプションを付与された従業員は、事前に決められた価格で自社株式を購入します。株価が値上がったときに売却すれば、差額分を利益として得られる仕組みです。万が一業績が低迷し株価が下落した場合でも、権利行使を行わなければ株式を取得したことにならず、損をすることにはなりません。
ストックオプションは、「無償」のものと「有償」のものに大別されます。さらに、税制適格ストックオプションや税制非適格ストックオプションなどに分かれます。税制適格ストックオプションは、税制優遇が受けられるため、通常のストックオプションよりも課税負担が軽くなる点が魅力です。
ストックオプションの導入によって従業員が得られるメリットは、仕事への意欲が向上することや税負担の軽さ、リスクがないことなどです。企業が得られるメリットは、人件費を抑えつつインセンティブを与えられることや、優秀な人材の確保につながることなどが挙げられます。
完全子会社化や合併に際して、売り手企業がストックオプションを採用している場合、基本的にストックオプションは消滅します。買い手企業は相手企業のストックオプションを消滅させて終わりにせず、規定に沿って買い取りや自社のストックオプションの付与などの対応を行いましょう。
M&Aで生じるストックオプションの対応でわからないことがあるときは、M&A仲介会社に相談することをおすすめします。
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