このページのまとめ
- 介護施設を売却する理由には、「人材不足」「経営への負担」などがある
- 介護施設売却のメリットは「売却利益の獲得」「利用者のサービスを継続できる」
- 介護施設を高く売却するためには「従業員の確保」「施設や設備状況」が大事
- 介護施設の売却では従業員の離職や総量規制、業務の属人化、売却スキームなどに注意
- 介護業界のM&Aのトレンドは異業種企業の参入や国内外の投資ファンドの参入など
「介護施設の売却を考えているけど、どのように進めるか分からない」と悩んでいる経営者も多いことでしょう。施設をより高く売却するために、何をすれば良いか知っておくことも大切です。
本コラムでは、介護施設を売却するメリットや、手続きの流れを解説します。売却価格を高めるためのポイントや、交渉をスムーズに進めるためのM&A仲介会社の選び方も解説するため、参考にしてください。
目次
介護施設とは
介護施設とは、自宅での生活が難しい高齢者などが入居し、生活する施設のことです。
以下のような施設が該当します。
- 特別養護老人ホーム
- 介護付き有料老人ホーム
- ケアハウス
- サービス付き高齢者マンション
また、介護施設は公的施設と民間施設に分類できます。その中で、M&Aが実施されるのは民間施設です。
介護施設事業が抱える3つの問題
介護施設事業では、次のような3つの問題が発生しています。
- 介護人材が不足している
- 施設の修繕や管理にコストが掛かる
- 介護報酬改定が経営に負担を欠けている
それぞれの問題を解説しますので、参考にしてください。
1.介護人材が不足している
介護人材が不足している点は、介護施設が抱える課題です。次のような理由で、介護施設で人手不足が発生しています。
- 賃金が安い
- 仕事内容がつらい
- 社会的な評価が低い
人手不足が起きると、働いている人材に負担が集まります。残業が多くなることで疲弊してしまい、さらに離職が進む悪循環も問題です。今後も介護人材の不足が予想されており、人手不足解消を目的としたM&Aも増加しています。
2.施設の修繕や管理にコストが掛かる
施設の修繕や管理にコストが掛かる点も、介護施設が抱える問題です。要介護度が高い施設ほど、機能や施設も高性能のものが求められます。
また、寝たきりの高齢者が入居する施設も多く、安全管理の面も重要です。施設の維持に必要なコストが増えることで、経営に苦しむ施設も多くなっています。
3.介護報酬改定が経営に負担を掛けている
介護報酬の改定により、経営に負担が掛かっている事業者が多い状況です。
介護報酬とは、介護保険の適用を受ける介護サービスを行っている事業者に与えられる報酬です。報酬に関しては、自治体が9割、介護施設の利用者が残りの1割を負担しています。
2015年に介護報酬の改定が行われ、2.27%も減額してしまいました。報酬の減額が原因で、倒産してしまった施設もあります。
介護報酬は3年ごとに改定が行われ、改定次第では施設の経営に大きな負担を与えます。報酬の減額が発生してしまえば、さらに倒産する施設が増えてしまうでしょう。
介護施設売却の5つのメリット
介護施設の売却には、次の5つのメリットがあります。
- 事業承継が実施できる
- 従業員の雇用を守れる
- 利用者がサービスを継続して利用できる
- 売却した利益が獲得できる
- 別の事業に進出できる
それぞれのメリットを解説します。
1.事業承継が実施できる
介護施設の売却により、事業承継が実施できます。後継者問題の解消につながるでしょう。
介護施設でも、後継者に苦しむ経営者はいます。そのため、親族や子どもではなく、M&Aを利用した第三者への事業承継が増えている状況です。
経営が安定していても、後継者不在の影響で廃業してしまう施設もあります。介護施設の売却であれば、廃業せずに事業を継続できるでしょう。
2.従業員の雇用を守れる
介護施設の売却により、従業員の雇用を守ることにつながります。
もし、廃業してしまうと、従業員は職を失い、生活に困ることでしょう。
売却で後継者を見つけることができれば、従業員は後継者のもとで働き続けることが可能です。
3.利用者がサービスを継続して利用できる
利用者がサービスを継続して利用できる点も、施設を売却するメリットです。廃業を理由に、新しいサービスを探したり、新しい施設に移動せずに済みます。
介護施設の入居者は高齢者であり、新しい施設への移動は負担が掛かります。施設の売却であれば、経営者は変わるもののサービスを継続して利用できるでしょう。
4.売却した利益が獲得できる
売却した利益が獲得できる点も、施設を売却するメリットです。売却した利益を経営者引退後の資金に使用できるでしょう。
廃業を選択してしまうと、利益は獲得できず、廃業費用が必要です。赤字の施設でも売却できる可能性はあるため、売却の選択肢を選んでみると良いでしょう。
5.別の事業に進出できる
売却資金を活用し、別の事業への進出も可能です。介護施設を売却し、訪問介護に進出するケースも見られます。
中小の施設の場合、施設を維持するだけでも大変です。売却を行い、負担の少ない事業を選ぶことも選択肢にあがるでしょう。
介護施設売却の流れ
介護施設を売却する場合、次のような流れになります。
- 専門家に相談する
- 売却先の選定を行う
- トップ面談を実施する
- 意向表明書の提示を受ける
- 基本合意書の締結を行う
- デューデリジェンスを行う
- 最終売却契約を締結する
- クロージングを行う
それぞれの流れを解説します。
1.専門家に相談する
介護施設売却に向けて、まずは専門家に相談しましょう。売却の際には、次のような専門家への相談がおすすめです。
- M&A仲介会社
- M&Aアドバイザリー
- 金融機関
- 事業承継・引継ぎ支援センター
専門家への相談を行うことで、売却のアドバイスはもちろん、売却先の選定も行ってくれます。自分だけで売却先を探すことは困難なため、売却成功には売却先を紹介してもらうことが欠かせないでしょう。
M&A仲介会社や事業承継・引継ぎ支援センターなどであれば、中小企業の事業承継やM&Aに強い特徴があります。金融機関は、大企業を得意としている点がポイントです。
自社の規模や業種に合わせて、適切なサポートが受けられる専門家を選びましょう。
2.売却先の選定を行う
売却先選定に向けて、まずはリストを確認しましょう。条件に合う買い手を集めた「ロングリスト」を確認します。ロングリストには、大まかな条件に合わせて、数十社がピックアップされています。
ロングリストから、さらに絞り込みを行い、「ショートリスト」を作成しましょう。ショートリストの段階では、数社まで絞り込みます。絞り込んだ買い手に対してアプローチを行い、交渉を進めましょう。
3.トップ面談を実施する
買い手候補が決まれば、トップ面談を実施しましょう。トップ面談とは、経営者同士が顔を合わせ、条件面の交渉を行う面談です。お互いに交渉相手として信頼できるか見極めるためにも行われます。
特に、売却価格の設定は、トップ面談での争点になるでしょう。お互いに希望価格があるため、自分の要求を通しながらも、相手の要求を受け入れて落としどころを探すことが重要です。
4.意向表明書の提示を受ける
売却内容が決まれば、意向表明書の提示を受けることもあります。意向表明書とは、買い手が購入するために交渉を行う意思表示をする書類です。必須ではありませんが、提示を受けることにより、交渉が行いやすくなるでしょう。
意向表明書には、
- 買い手の概要
- M&Aのスケジュール
- 独占交渉権に関して
などが記載されるケースが一般的です。
5.基本合意書の締結を行う
トップ面談で交渉ができれば、基本合意書の締結を行いましょう。基本合意書には、売却の条件や売却価格などを記載します。最終決定ではないため、その後の進み方次第では内容を変更しても問題ありません。
6.デューデリジェンスを行う
デューデリジェンスを実施し、売り手企業の企業評価を行います。売り手はデューデリジェンスに協力するようにしましょう。
デューデリジェンスで調べる分野はさまざまで、次のような分野を調査します。
- 財務
- 法務
- 人事
- 税務
- 事業内容
- IT
調べる分野は、実施するM&Aによって異なります。すべての分野を調査せず、重要な分野だけを調査するのが一般的です。
7.最終売却契約を締結する
デューデリジェンスの結果に問題がなければ、最終売却契約を締結しましょう。最終売却契約には、法的拘束力が発生します。締結後は破棄できないため、注意しましょう。
最終売却契約の内容は、基本的合意書の内容にもとづいて決めることが一般的です。ただし、デューデリジェンスで問題が見つかった場合は、条件変更が行われる場合もあります。
8.クロージングを行う
契約締結後は、クロージングに移りましょう。クロージングの流れはM&A手法によって変わるため、M&A仲介会社に相談しながら行いましょう。
クロージングでは、資産の引継ぎや代金の支払いなどが行われます。期間は1ヶ月程度を想定しておきましょう。
介護施設の売却相場
介護施設の売却相場は、営業利益の2年〜5年分で計算するのが一般的です。もちろん、営業利益以外の要素も評価し、総合的な価格を決定します。
介護施設のなかでも、介護付有料老人ホームは高く評価される傾向にあります。また、土地や施設を自社で持っている場合は、さらに売却相場は上昇するでしょう。
もし、赤字の場合でも、売却できるケースがあります。まずはM&A仲介会社に相談してみましょう。
介護施設の売却価格が上がる4つの条件
介護施設の売却価格を上げるためには、次のような条件が必要です。
- 利用者と従業員を確保できている
- 施設や設備が整っている
- 立地条件の良い場所にある
- 自社の適切な価値を把握できている
より高額で売却を行うためにも、参考にしてください。
1.利用者と従業員を確保できている
利用者と従業員を確保できている施設は、売却価格が上がりやすくなります。人手不足が問題になりやすい介護施設では、従業員の充足が買い手にとってメリットになるからです。
また、高齢者向け住まい及び住まい事業者の運営実態に関する調査研究によると、施設ごとの入居率の平均は次のような結果になりました。
- 住宅型有料老人ホーム:88.0%
- 介護付き有料老人ホーム:87.0%
- サービス付き高齢者向け住宅:84.8%
平均を上回る入居率であることも、買い手のメリットになるでしょう。
参照元:株式会社野村総合研究所「高齢者向け住まい及び住まい事業者の運営実態に関する調査研究」
2.施設や設備が整っている
施設や設備が整っていることも、売却価格に影響します。次のような設備が整っているか、確かめてみましょう。
- 居室
- トイレ
- 浴室
- 食堂
利用者が暮らしやすい設備や環境があるほど、高く評価されます。
3.立地条件の良い場所にある
立地条件が良い場所にあることも、売却価格向上には大切です。立地条件が良ければ利用者が使いやすく、通いやすくなるでしょう。
また、自然が豊かな場所や散歩できる場所が近くにある施設も、好まれる傾向にあります。
4.自社の適切な価値を把握できている
売却価格を高めるためには、自社の適切な価値を把握しておくことも大切です。適切な価値が分からなければ、適性よりも安い価格で売却してしまうかもしれません。
介護施設の場合、「事業価値」と「不動産価値」の2つから総合的な価値を判断します。
事業価値
事業価値とは、営業利益や入居率の高さのことです。営業利益の2年〜5年分を価値にして計算します。従業員数や設備なども価値に加わることを覚えておきましょう。
また、居室数も重要で、多いほど価値が付きやすい傾向にあります。20室以下だと評価されにくく、30室以上あれば高評価につながるでしょう。
不動産価値
不動産価値は、土地や建物に対する評価のことです。事業価値よりも高く評価されるケースもあります。
不動産価値が高いケースには、「住宅街からアクセスの良い場所にある」「駅から近い」などがあげられます。また、利用者が快適に過ごしやすい場所にあることも、評価の対象です。
介護施設売却の5つの注意点
介護施設を売却する際は、次の5つに注意しましょう。
- 売却を理由に離職者が出ないようにする
- 必要な資料を準備しておく
- 総量規制を確認する
- 業務の属人化をなくす
- 売却条件を慎重に検討する
それぞれの注意点を解説します。
1.売却を理由に離職者が出ないようにする
売却を理由に、離職者が出ないように注意しましょう。従業員が離職してしまうことで、価値が下がってしまう可能性があるからです。
介護施設では従業員不足が問題であり、従業員獲得を目的に買収を行うケースもあります。売却を理由に離職が発生した結果、買収自体がなくなるケースも珍しくありません。
離職者が出ないように、伝え方に注意したり、売却目的や今後に関して丁寧に説明を行うことも必要です。
2.必要な資料を準備しておく
買い手に提示するための資料を準備しておきましょう。資料の質が高かったり、提出が早かったりすれば、買い手からの好印象につながります。
介護施設の場合、「指定通知書」「ケアマネジメントに関する書類」なども必要な資料です。
必要になる資料を想定し、すぐに提出できるように準備しましょう。
3.総量規制を確認する
総量規制とは、自治体が介護施設数の制限を行うことです。たとえば、介護サービス付き有料老人ホームは、総量規制の対象になります。
総量規制が掛かっている場合、新しく介護サービス付き有料老人ホームを運営しようとしても、許可が下りません。
施設を運営する自治体で総量規制が掛かっていないか、確認しておきましょう。
4.業務の属人化をなくす
介護施設の多くは、地方の中小規模での施設が占めています。それらの小規模施設では業務が属人化されており、暗黙知となっていることが少なくありません。
たとえば、施設の個人オーナーによる属人的な判断や個人的なつながりによって業務が成り立っていること、マニュアル化されていない特殊なローカルルールで運用されていることなどがあげられます。
大手企業の買収などによってオーナーが変わると、今までの進め方ができなくなることで経営や業務が回らなくなり、買収・売却後に事業が破綻するケースも少なくない点に注意しましょう。
裏を返せば、属人的な業務を可能な限りなくすことは、買い手側から見た時にその介護施設を買収する理由になり得るため、当該施設の売却価格および事業価値を高めることにつながります。
5.売却条件を慎重に検討する
介護施設の売却においては、たとえば施設の営業権のみを譲渡する事例も多く存在します。介護業界特有の事象と言えるでしょう。
具体的には、介護施設のオーナーが賃貸収入を得る目的で、土地や建物は売却せずに営業権のみを譲渡するという形です。総量規制のため、その地域での事業拡大が制限されている場合、買い手にとってもメリットがあります。営業権のみの獲得は総量規制に該当しないためです。
したがって、介護施設の売却におけるスキーム選定時には、株式譲渡か事業譲渡という通常の選択肢に加え、事業譲渡の中でも対象範囲の選定を考慮しなければなりません。当然、対象範囲が異なることによって、買収価格も変わることに注意が必要です。
介護施設売却を相談するならM&A仲介会社
介護施設の売却を実施する場合、M&A仲介会社に相談しましょう。介護施設を売却する場合、知識がない状態で行えば、手続きが難しかったり、契約書のトラブルが発生したりするからです。
また、知識を持っていても、事業を行いながら売却交渉や手続きを進めることは大変です。事業に支障が出てしまうことは問題でしょう。
M&A仲介会社であれば、売却に向けたサポートを受けることができます。売却実施の負担を減らすことにもつながるため、まずはM&A仲介会社に相談しましょう。
介護施設売却でM&A仲介会社を使う3つのメリット
介護施設の売却でM&A仲介会社を使うメリットは、次の3つです。
- 売却先を選んでもらえる
- 売却のアドバイスを受けられる
- 案件が成約しやすくなる
それぞれのメリットに関して、解説します。
1.売却先を選んでもらえる
売却先を選んでもらえる点が、M&A仲介会社を使うメリットです。M&A仲介会社に相談すれば、自社に最適な買い手を選んでもらえます。
自社だけで探す場合、限られたネットワークから探すことになるため、なかなか買い手は見つかりません。仲介会社であればネットワークも広く、多くの選択肢から選べるでしょう。
2.売却のアドバイスを受けられる
売却に向けたアドバイスが受けられる点もメリットです。売却を成立させるためには、取り決めの箇所が多く、さまざまな知識が必要になります。
法律・税務・財務などの知識はもちろん、使用するM&A手法の知識も欠かせません。自社だけで成約までたどり着くのは大変でしょう。
M&A仲介会社は、M&Aの専門家です。必要な取り決めに対するアドバイスを受けられるため、リスクを減らして交渉を行うことができます。
3.案件が成約しやすくなる
M&A仲介会社は中立的な立場で交渉をサポートしてくれるため、案件が成立しやすくなります。利害の対立しやすいM&Aでも、良いバランスをとってもらえるでしょう。
介護施設を売却する場合、売り手はより高く、買い手はより安く価格を決めようとします。当事者だけで交渉を進めてしまうと、利害が折り合わずに決裂する場合もあるでしょう。
M&A仲介会社は中立の立場で、双方の相談にのってくれます。交渉がスムーズに進み、両者が納得して条件に同意できるでしょう。
介護施設売却時のM&A仲介会社の選び方
介護施設の売却を行う場合、M&A仲介会社は次のポイントで選びましょう。
- 報酬体系で選ぶ
- 自社の規模に合っているか確認する
- セキュリティ対策が万全な会社を選ぶ
- 専門家の在籍や連携を確認する
それぞれの選び方に関して、解説します。
1.報酬体系で選ぶ
M&A仲介会社は、報酬体系が自社に合うかで選びましょう。着手金の有無が変わったり、中間報酬が発生したりするからです。
仲介会社によっては、オプション費用が必要になり、想定外のコストが掛かってしまうこともあるでしょう。
オプション費用が掛からない成功報酬型の場合もあるため、事前に報酬体系を確認し、自社に合う会社を選びましょう。
2.自社の規模に合っているか確認する
M&A仲介会社が得意とする規模が、自社の規模に合っているか確認しましょう。中小規模が得意な場合もあれば、大規模を得意としている場合があります。
自社の規模を得意としている会社であれば、知識も経験も持っており、スムーズに取引が進みます。Webサイトを確認し、どのような規模や業種を得意としているか確認しておきましょう。
3.セキュリティ対策が万全な会社を選ぶ
セキュリティ対策にも注意して選ぶことが大切です。どのような対策を行っているか確認しておきましょう。
依頼をする場合、決算資料や社員名簿のように、重要な情報を提示します。情報漏洩が起きてしまえば、大問題になるでしょう。自社の安全を守るためにも、セキュリティ対策が万全な企業を選んでください。
4.専門家の在籍や連携を確認する
売却に携わる専門家の在籍や連携状況を確認しておきましょう。手続きをスムーズに進めるためには、分野ごとの専門家が欠かせません。法務であれば弁護士、税務であれば税理士が必要になります。
もし、M&A仲介会社で専門家が手配できない場合、自社で依頼する必要があります。費用と手間が掛かってしまい、負担になるでしょう。
手続きに欠かせない法務・税務・会計などの専門家が在籍しているか、紹介してもらえるかなどは確認が必要です。
介護業界のM&A動向と事例
本コラムの最後に、介護業界全体におけるM&Aの動向と具体的な事例について紹介します。
介護業界のM&Aにおける近年の動向
介護業界のM&Aにおけるトレンドとして、主に次の4点があげられるでしょう。
- 異業種からの参入が相次ぎ、特に教育系・保険系が上位を占める
- 買収スキームは事業譲渡や株式譲渡を中心としつつも種々さまざまで主流があるわけではない
- 海外事業者による買収は少ない
- 大手企業や投資ファンドが中小企業を買収/出資するケースが増加
それぞれのトレンドとその根拠となる事例のサマリは次のとおりです。これ以降の章でそれぞれの事例を詳しく解説します。
事例 |
概要 |
特徴・トレンド |
SOMPOホールディングス株式会社の介護事業進出 |
2015年ごろからM&Aを繰り返し、SOMPOケアグループが業界2位のポジションにまで成長 |
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株式会社ニチイ学館のM&A |
SOMPOホールディングス株式会社よりも早い2000年ごろから、M&Aを繰り返し成長。現在は業界1位のポジションを獲得 |
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日本生命保険相互会社による株式会社ニチイ学館の買収 |
生命保険事業の業績悪化を受け、新たな収益源として介護事業へ日本生命保険相互会社が参入を検討。業界1位の株式会社ニチイ学館の買収を検討中 |
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国内外の多数の投資ファンドによる日本介護事業者への出資 |
介護市場の成長性や、各プレイヤーの経営改善の可能性などから今後のバリューアップを期待し、さまざまな投資ファンドが国内の中小事業者への出資を活性化 |
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SOMPOホールディングス株式会社の介護事業進出
SOMPOホールディングス株式会社(以下、SOMPO)は「安心・安全・健康のテーマパーク」をミッションに掲げる、国内の保険会社大手です。SOMPOは同ミッションの達成と、本業である保険事業とのシナジーの高さから、近年介護事業へ注力しています。
参入の方法としてM&Aを積極的に活用しており、下記のような流れで事業を順調に拡大し、現在は業界2位のポジションを獲得するにまで至っています。
2015年 | 株式会社メッセージ(現SOMPOケア株式会社)と資本・業務提携ワタミの介護株式会社を完全子会社化、SOMPOケアネクスト株式会社に商号変更 |
2016年 | 株式会社メッセージをSOMPOケアメッセージ株式会社に商号変更、翌年完全子会社化 |
2018年 | 株式会社ジャパンケアサービス、株式会社プランニングケア、SOMPOケアネクスト株式会社などを吸収合併SOMPOケアメッセージ株式会社をSOMPOケア株式会社に商号変更 |
2019年 | ライフメッセージ株式会社を吸収合併 |
2020年 | 東京建物シニアライフサポート株式会社を子会社化商号変更後、翌年吸収合併 |
2022年 | 株式会社ネクサスケアを子会社化 |
2023年 | 株式会社みなけあ新座、株式会社エネルギア介護サービスを子会社化その後、株式会社みなけあ新座、株式会社ネクサスケアを吸収合併 |
SOMPOの介護事業への参入戦略としては、2017年ごろまでと、それ以降の期間に大別できます。
2017年までの期間では、リハビリなどオフラインに強みを持つ株式会社シダー(現在は提携解消)、在宅介護や低価格帯施設が強みの株式会社メッセージ、首都圏の中価格帯施設が強みのワタミの介護株式会社(後のSOMPOケアネクスト株式会社)と、この時点で介護事業のフルライン化を実現していることが分かります。
一方で、近年はデジタルを活用した生産性の向上や、ヘルスケアなどのデータとも連動したエコシステム形成に注力しており、これらの領域に強みを有する企業のM&Aを実施しています。
参考:
SOMPOケア株式会社「企業情報・沿革」
SOMPOケア株式会社「企業情報・沿革(旧SOMPOケアネクスト)」
株式会社ニチイ学館のM&A
SOMPOを上回る現在業界1位のポジションを占めるニチイ学館株式会社(以下、ニチイ学館)もM&Aを繰り返し、介護事業における成長を遂げてきました。
ニチイ学館はSOMPOよりも比較的早いタイミングから、以下の流れで介護事業へと参入しています。
2000年 | 介護保険制度施行により介護事業に本格参入(全国に770拠点の設置)、株式会社デベロ介護センターを吸収合併 |
2003年 | シルバーサービス株式会社を吸収合併、京浜ライフサービス株式会社を完全子会社化 |
2007年 | 株式会社コムスンの施設介護事業を吸収分割によって承継 |
2014年 | 株式会社ホスピカを吸収合併 |
2016年 | 株式会社小田急ライフアソシエを子会社化 |
2019年 | 阪急バス株式会社の介護事業を譲受 |
ニチイ学館は、2000年に開始した介護施設を基盤としつつ、在宅介護に強みを持つ地域特化型の中小企業の買収を繰り返しながら事業を拡大してきたことが分かります。
参考:
株式会社ニチイ学館「沿革」
株式会社ニチイ学館「有価証券報告書」
日本生命保険相互会社による株式会社ニチイ学館の買収
ここまでSOMPOおよびニチイ学館の介護業界トップ2社の動向を紹介してきましたが、そのニチイ学館について、日本生命保険相互会社(以下、日本生命)が2023年11月末に買収する予定であると発表しました。
※2024年1月現在は金融庁の認可を得るための協議中との報道
背景は、コロナ禍により日本生命の保険事業の業績が芳しくなく、異業種への投資による戦略を模索していた中、ベンチャーキャピタルから打診があったと言われています。
これらのことから介護業界におけるM&Aでは、保険会社や教育系などの異業種の企業が存在感を示していることが分かります。また業界の3位以下の企業は、株式会社ベネッセホールディングス、株式会社ツクイホールディングス、株式会社学研ホールディングスとなっており、異業種の参入の活発な状況が推察できるでしょう。
また、SOMPOやニチイ学館の例を見ると分かるように、M&Aのスキームはさまざまです。事業譲渡や株式譲渡だけでなく、吸収合併なども頻繁に採用されています。
さらに、業界のトッププレイヤーは基本的に国内企業であり、売却企業も国内企業が中心となっています。次に紹介する投資ファンドには海外事業者が存在するものの、海外の介護事業者による日本への参入は多くないと言えるでしょう。
その要因は主に、日本が世界有数の高齢化社会であることにより、国内企業の競争力が高いことや介護施設の国内特有の規制や風習、言語の問題などが推測されます。
参考:
日本経済新聞「日本生命、介護最大手のニチイ買収へ 2100億円で」
日本経済新聞「日本生命、ニチイ買収発表 脱・生保依存へ勝負の一手」
日本生命保険相互会社「株式会社ニチイホールディングスの株式取得に関する合意について」
国内外の投資ファンドによる介護施設事業への出資
最後に、トレンドの4点目で言及した投資ファンドによる出資の活発化についても紹介します。
近年の国内外の投資ファンドによって実施された介護事業のM&Aをピックアップすると、下記のような事例があげられます。これらは全体の一部であり、実際の件数はさらに多いと推測されます。
2016年 | 国内の株式会社日本産業推進機構(NSSK)が株式会社SCホールディングスを買収イギリス CVCキャピタル・パートナーズが長谷川ホールディングス株式会社(現HITOWAホールディングス株式会社)を買収 |
2019年 | 国内 ポラリス・キャピタル・グループ株式会社がHITOWAホールディングス株式会社を買収 |
2020年 | ニチイ学館がアメリカ ベインキャピタルと組みMBOを実施、成立 |
2021年 | アジア系 MBKパートナーズが株式会社ツクイホールディングスをTOBにより完全子会社化 |
2023年 | 同ファンドが株式会社ユニマット リタイアメント・コミュニティを買収、およびHITOWAホールディングス株式会社をポラリスより買収マネーフォワードのファンドであるHIRAC FUNDがスリーエス株式会社へ出資 |
このようにさまざまな投資ファンドが、国内の中小規模の介護事業者に積極的に投資をしていることが分かります。これは主に、日本の介護業界の市場が今後も成長見込みであることや、その反面、各事業者の利益率は低く改善の余地があると見込まれていることがあげられます。したがって、投資ファンド目線では今後のバリューアップが期待できる点が要因と言えるでしょう。
上記のスキームにおけるMBO(Management BuyOut)やTOB(Take-Over Bid)については、こちらの記事で詳しく解説しているので、併せてご参照ください。
関連記事:
「MBOとは?メリット・デメリットとTOBとの違いをわかりやすく解説」
「TOBとは?種類やメリットデメリット、実施方法を解説!」
参考:
日本経済新聞「日本産業推進機構、老人ホーム運営会社を買収」
日本経済新聞「英ファンドCVC、「おそうじ本舗」の長谷川を買収 350億円」
日本経済新聞「ポラリス、HITOWAを買収」
日本経済新聞「ニチイ学館、MBO成立」
PR TIMES「HIRAC FUND、24時間型の訪問介護領域に特化したサービスを展開するスリーエス株式会社に出資」
まとめ
経営難や後継者問題から、介護施設を売却する経営者も増えています。売却ができれば、後継者問題の解決や従業員の雇用継続などを実現できるでしょう。利用者へのサービスを継続できるメリットもあります。
また、介護施設を売却する場合は、施設の価値を正しく認識しておきましょう。施設の価値を把握していなければ、安い相場で売却してしまうかもしれません。「施設や設備」「従業員数」「利用者数」など、どのような点が売却価格に影響するか知っておきましょう。
加えて介護施設の売却では、通常のM&Aでは生じにくい業界特有の注意点があることも忘れてはなりません。たとえば、総量規制による自治体ごとの施設数の制限や、オーナー施設に起こりやすい業務の属人化、営業権のみの売却などのスキームの多様性があげられます。これらも加味した上で介護施設の売却を検討しましょう。
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