このページのまとめ
- 吸収合併された企業側の社員の雇用契約は継承される
- 原則として、存続会社は吸収合併を理由に従業員を解雇できない
- 吸収合併直後であれば、退職する従業員に従来の退職金を満額支給する可能性がある
- 吸収合併後に退職金水準を引き下げる場合は、個別に従業員との合意が必要
- 吸収合併において、一般的に勤続年数は引き継がれる
吸収合併を検討中の方のなかには「合併後の退職金の扱いはどうなる?」と気になっている方もいるのではないでしょうか。
退職金制度が統一されるまでは、基本的に満額の退職金を支払います。
本コラムでは、吸収合併後に退職金を満額支払うケース・満額支払わないケースを紹介します。吸収合併された企業側の社員の処遇や勤続年数の扱いについても詳しく解説しているので、ぜひ参考にしてください。
目次
吸収合併された企業側の社員の処遇
吸収合併とは、複数の会社をひとつの会社にする際に、一方の法人を消滅させて他方の法人に権利・義務のすべてを承継させる組織再編の手法です。
吸収合併された企業側の社員の処遇のポイントとして、以下が挙げられます。
- 雇用契約は継承される
- 吸収合併を理由とするリストラ・解雇は原則できない
それぞれ確認していきましょう。
雇用契約は継承される
吸収合併する際、消滅する会社(消滅会社)のすべての権利や義務が、存続する会社(存続会社)に引き継がれるため、雇用契約や就業規則なども継承されることが基本です。
吸収合併後、一般的に消滅会社の従業員は存続会社で引き続き働くことになります。
雇用契約の継承にあたって、従業員の同意は不要です。ただし、従業員が存続会社で働くことに納得いかない場合に、個人の判断で退職することはありえます。
参照元:e-Gov「会社法第七百五十条」
吸収合併を理由とするリストラ・解雇は原則できない
会社が消滅しても雇用契約が存続会社に引き継がれるため、吸収合併を理由とするリストラや解雇は原則として認められていません。
原則リストラ・解雇はありませんが、吸収合併で存続会社に余剰人員が発生した場合に企業が配置転換を行ったり希望退職者を募ったりすることがあります。
すでに締結している雇用契約の範囲内であれば、事務職から営業職、A県勤務からB県勤務などの配置転換ができます。労働条件を変更する際は、従業員や組合側と事前に協議しなければなりません。
希望退職者制度を用いれば、優遇条件を示すことで希望する退職者との労働契約を終了させられます。ただし、優秀な人材が流出する可能性があるため、注意が必要です。
そのほか、余剰な人員が出た際に従業員に退職をすすめる(退職勧奨)方法もありますが、退職するかどうかは、あくまで個人の判断に委ねられます。
関連記事:吸収合併とは?メリットや手続きの方法、新設合併との違いを解説
吸収合併後に退職金は満額支払うのか
吸収合併後に消滅会社の従業員が退職する場合、退職金を満額支払うのかは状況によって異なります。ここから、退職金が満額支給されるケース・退職金が満額支給されないケースを説明した上で、実際に起きた事例を紹介します。
退職金が満額支給されるケース
合併直後であれば、退職金が満額支給される可能性があります。なぜなら、消滅会社と存続会社の退職金制度が統一されるまでに、1〜2年の猶予期間が設けられることがあるためです。
猶予期間中は吸収合併前の退職金制度の規定が継続して適用されるため、存続会社は退職する従業員に対して退職金を満額支給することになるでしょう。
退職金が満額支給されないケース
退職金が満額支給されないケースの代表例は、合併前に退職金の引き下げが確定している場合です。合併後に労働条件が存続会社の制度に統一され、退職金の水準が合併前よりも低くなる場合に起こりえるでしょう。
ただし、退職金を減額することは労働契約法第8条の「労働契約の内容の変更」に該当します。会社側は、労働者との合意なしに一方的に就業規則を変更して、労働者の不利益に労働条件を変更することはできません(労働契約法第9条)。
参照元:厚生労働省「労働契約法第八条、労働契約法第九条」
山梨県の峡南信用組合で起きた事例
山梨県の峡南信用組合(現・山梨県民信用組合)の元職員が起こした裁判は、退職金が満額支給されないことについて争われた事例です。合併に伴い退職金基準が変更されたことで、退職金額が著しく低額になったことに対して、元職員が支払いを求めて裁判を起こしました。
すでに述べたように、労働契約法第9条には使用者(会社)が労働者と合意せずに就業規則などを変更して、労働者の不利益に労働条件を変更できないことが規定されています。そのため、本事例では、労働者が同意書に署名押印したことが、法律で求められている同意に該当するかが争われました。
裁判所の「最高裁判所判例集 事件番号 平成25(受)2595」によると、2016年2月に最高裁判所は署名押印だけでなく「合理的な理由が客観的に存在するか否か」についても判断されるべきと述べ、署名押印をもって同意があるとした原審の判断に違法があるとして、東京高裁に差し戻しています。
退職金の減額などの労働条件の変更が発生する場合、書面での合意だけでなく、労働者側に対して事前説明が必要であるという判断です。
参照元:裁判所「最高裁判所判例集 事件番号 平成25(受)2595」
参照元:広島県「【事件名】山梨県民信用組合事件(最高裁平成 28 年2月 19 日判決) 」
参照元:日本経済新聞電子版「退職金減額「事前説明が必要」 信組訴訟で最高裁初判断」
吸収合併での退職金の取り扱い
ここからは「合併前の役職による退職金支給手続きの違い」と「合併前の勤続年数の扱い」に分けて、吸収合併における退職金の取り扱いについて詳しく解説します。
合併前の役職による退職金支給手続きの違い
退職金支給の手続きは、合併前の役職によって異なります。
一般社員の場合、会社側は従業員と退職金の扱いについて合意しなければなりません。一度退職手続きをして退職金を受け取るのか、そのままの労働条件を承継して勤務するのかなどを話し合います。話し合いを経て退職金の扱いが決定したら、従業員の署名・捺印が必要です。
役員の場合、存続会社から退職金を支給できます。ただし、役員退職金の支給は株主総会の決議事項のため、事前に株主総会で承認を得ておかなければなりません。
なお、合併後に存続会社の役員に就任する場合でも、役員退職金を支給できます。
合併前の勤続年数の扱い
一般的に、合併前の勤続年数は存続会社で働くことになってからも、そのまま引き継がれます。なぜなら、吸収合併前の労働条件を基本的に存続会社で継承するためです。
会社側は、従業員との合意がないかぎり、勤続年数を通算することを拒否できない点に注意しましょう。
なお、吸収合併ではなく事業譲渡で会社の権利義務を売買する場合、従業員は一度退職してから転籍するため、一般的に勤続年数は1年目から数えることになります。
吸収合併における退職金の移換・減額について
ここから、吸収合併における退職金の移換や減給について詳しく説明します。
退職金の移換
消滅会社が採用していた退職金制度が承継会社に存在しない場合、従業員は合併時にこれまでの退職金を一時金として受け取ることになります。しかし、その場合は将来受け取るはずであった満額を受け取れません。
そこで活用できるのが、退職金の移換の制度です。移換の手続きを行えば、勤続年数や積み立て年数が継続し、将来的に従業員に支給できます。
退職金の減額
会社側が退職金を減額するには、会社側と従業員側で個別に合意しなければなりません。合意には、会社側が合理的な理由を述べて、そのうえで従業員が納得することが必要です。
そして同意のうえで署名・捺印が必要です。
なお、吸収合併後に給与が増額になる場合のように、総合的にみて従業員の不利益が小さいと判断されれば、個別合意を得ずに就業規則を変更して退職金を減額できることがあります。
まとめ
吸収合併では消滅会社のすべての権利や義務を存続会社が承継するため、消滅会社とその従業員で結ばれている雇用契約は存続会社に引き継がれます。
また、吸収合併を理由として、存続会社が従業員を解雇することは原則として認められていません。そのため、吸収合併で存続会社に余剰人員が発生した際は、配置転換などを検討する必要があります。
吸収合併後に従業員が退職する場合、退職金制度が統一されなければ基本的に従来の制度に基づき会社側は退職金を満額支給する必要があります。合併前に退職金の引き下げが確定していれば満額支給する必要はありませんが、あらかじめ個別に従業員との間で合意が必要です。
吸収合併を検討している場合は、退職金のこと以外にも手続きの方法や候補先探しなど、さまざまなことを検討しなければなりません。そこで、まずは信頼できる専門家に相談することが大切です。
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