このページのまとめ
- 拒否権付株式の保有者は株主総会や取締役会の決議に拒否権を発動可能
- 拒否権の対象事項は定款で定める必要がある
- 拒否権付株式のメリットは敵対的買収防衛や事業承継後の経営制御ができることなど
- 拒否権付株式のデメリットは事業承継税制が適用外になることや不公平感が生まれることなど
- 拒否権付株式は、新規で発行する方法と普通株式を転換する方法がある
事業承継後の経営体制に不安を覚えている現・経営者の方もいるのではないでしょうか?
事業承継をしたあとも経営に権限を持つ方法として、拒否権付株式の保有があります。
本記事では、拒否権付株式の概要やメリット・デメリット、発行方法などを解説します。また、事業承継における拒否権付株式の活用例や定款の記載例も紹介するので、ぜひ参考にしてください。
目次
拒否権付株式(黄金株)とは
拒否権付株式とは、会社法で認められている種類株式の1つです。別称で「黄金株」とも呼ばれます。
拒否権付株式の所有株主は、あらかじめ定款で定められた株主総会決議事項や取締役会決議事項などに対し、その実行に拒否権を発動できます。
拒否権付株式は、1株しか所有していなくても効力を発揮できるので、その所有者は絶大な権利を有しているといえるでしょう。
種類株式とは
拒否権付株式などの種類株式とは、普通株式とは権利の内容が異なる株式です。
拒否権付株式の場合、具体的に権利の内容が定められているのは会社法108条です。それによると、会社は株主総会決議事項などに対し、別途、種類株主総会を開催して決議しなければならないと定款に定めることが可能となっています。
つまり、種類株主総会の場において、種類株主が反対すれば株主総会の決議を覆すことができます。
拒否権付株式と普通株式との違い
本来、株式の原則は全ての株主が平等の権利を有することです。通常、発行されている普通株式は、その原則にのっとり主に以下のような権利を有しています。
- 株主総会での議決権
- 配当金の受領権
- 残余財産の配分権
拒否権付株式の場合、上記の権利以外に会社の決議事項に反対できる権利を有する種類株式となっています。
拒否権付株式の3つのメリット
ここでは、拒否権付株式のメリットである以下の3点について説明します。
- 敵対的買収を防ぐことにつながる
- 1株だけでも拒否権を行使できる
- 事業承継後も経営に干渉できる
それぞれの内容を確認しましょう。
敵対的買収を防ぐことにつながる
仮に会社が敵対的買収を仕掛けられて、相手に過半数の株式を取得されてしまったとします。その場合、通常、相手は株主総会において自分たちの思うままに決議を行えます(特別決議では3分の2以上の株式が必要)。
しかし、会社が拒否権付株式を発行している場合、拒否権付株式の株主は、種類株主総会で株主総会決議事項に反対することが可能です。敵対的買収者は、せっかく大量の株式を買収したのに、何の議決もできません。拒否権付株式があることで、敵対的買収に歯止めがかけられるでしょう。
1株だけでも拒否権を行使できる
拒否権付株式は、1株所有しているだけでその権利を行使できることも特徴です。普通株式のように、議決権を得るために多数の株式を所有する必要はありません。
事業承継後も経営に干渉できる
拒否権付株式は、中小企業の事業承継においてもメリットがあります。
先代の経営者が若い後継者に事業承継するケースでは、後継者はまだ経営者として経験不足で、会社の重要な経営判断を誤ってしまう可能性を否定できません。
そのとき、先代の経営者が拒否権付株式を所有していれば、後継者が下した判断に拒否権を発動することができます。その結果、後継者の誤った判断による会社へのダメージが発生するのを防げるでしょう。
拒否権付株式の4つのデメリット
拒否権付株式には以下のようなデメリットが考えられます。
- 拒否権の濫用で経営状況に悪影響を及ぼすケースがある
- 不公平感が生まれる可能性がある
- 事業承継税制の活用に支障を来す
- 後継者に実権がないと思われる
それぞれ、どのような懸念点があるのか解説します。
拒否権の濫用で経営状況に悪影響を及ぼすケースがある
拒否権付株式を保有している人物がその権利を濫用した場合、会社にとってポジティブにはたらくことであっても拒否されてしまい、成長が阻害されてしまう恐れがあります。
また、事業承継した中小企業において、先代経営者が拒否権付株式を所有しているケースでもこういったことは起こる可能性があります。先代の経営者が現経営陣の決定にことごとく拒否権を発動すると、会社の経営が停滞するうえ、後継者のモチベーションも下がってしまうでしょう。
先代経営者が拒否権付株式を保有している場合、認知症などで正しい判断を下せなくなる可能性があることも懸念点です。対策として、一定期間経過後や認知症などの医師の診断が下った場合は、会社が強制的に拒否権付株式を買い取れる条項を定めておくとよいでしょう。
不公平感が生まれる可能性がある
拒否権付株式は、大きな決定権を有する株式です。持っている株主とそうでない株主との間に権利の差が生じるので、保有していない株主が不公平感を覚える可能性があります。
たとえば、中小企業では親族内で自社株式を持ち合っているケースが多々あります。オーナー経営者だけが拒否権付株式を所有し、ほかの親族は普通株式を所有しているケースでは、拒否権付株式を持つオーナー経営者が絶大な権利を持っている状態です。
仮にほかの親族の普通株式の所有数が過半数であっても、拒否権付株式の権利には太刀打ちできません。この状況に不満を覚え、不和が生じることもあるでしょう。
事業承継税制の活用に支障を来す
事業承継税制とは、先代経営者から生前贈与や相続で自社株式を引き継いだ後継者が、一定の条件を満たして手続きを行うことで、贈与税や相続税の納税猶予や免除を受けられる制度です。
この制度が定める条件の中に、「後継者以外が拒否権付株式を所有していない」というものがあります。
事業承継後の経営状況コントロールのために先代経営者が拒否権付株式を所有している場合、事業承継税制の適用が受けられません。生前贈与で自社株式を引き継ぐ事業承継の当事者の多くは親子であることから、贈与税の負担と経営状況コントロールのどちらを取るか、よく協議する必要があります。
後継者に実権がないと思われる
会社が拒否権付株式を発行する場合、その数や内容は商業登記への記載対象です。商業登記に記載された内容は公開されることになり、手数料を支払えば誰でも対象会社の商業登記簿謄本を閲覧できます。
取引先が閲覧する可能性もあります。もし事業承継後も先代経営者が重要な決議事項に対する拒否権付株式を所有していて、そのことを取引先が知った場合、「後継者に実権がない」と判断し、その後の取引に悪影響を与えることもあるでしょう。
拒否権付株式の活用法
拒否権付株式が用いられる主な決議は以下の事項です。
- 取締役に関する決議
- 財務に関する決議
- 人事に関する決議
- 経営に関する決議
取締役に関する決議には、取締役・代表取締役の選任や解任、取締役の報酬の決定などがあります。財務に関する決議とは、融資や資産の売却の決定などです。人事に関する決議には、組織の改編や人事異動の決定などがあります。経営に関する決議とは、新株発行やM&A実施の決定などです。
どのような決議に対しても、定款で定めれば拒否権付株式の行使事項に設定することができます。特定の決議を指定するだけでなく、全ての決議を対象にすることも可能です。また、株主総会での決議事項だけでなく、取締役会や社内の業務機関が行う決定も拒否権付株式の行使対象にできます。
ここでは、事業承継時に活用するケースに絞って、拒否権付株式の行使例を4つ示します。
取締役の選任・解任に対する行使の例
取締役の選任・解任は、株主総会の普通決議事項です。後継者が過半数の株式を持っていれば、自由に決められます。事業承継後、自分のカラーを出したい後継者が、自分の知人など外部からの招請も含め、取締役を大幅に入れ替えようとするかもしれません。
大幅な取締役の交代が従業員に動揺をもたらすと判断した場合、拒否権付株式で決定を否決できます。
代表取締役の報酬決定に対する拒否権付株式の行使の例
中小企業の事業承継では、後継者は少なくとも過半数の株式を取得しています。事実上、後継者の一存で会社経営の全てが決められる状態です。
経営者が下した決定のうち、業績に対して役員報酬が高過ぎるといったケースでは、先代経営者が拒否権付株式を所有していることで、役員報酬額の決定を否決できます。
設備投資計画および資金計画に対する拒否権付株式の行使の例
事業承継した中小企業の後継者の多くが目指すことに業績拡大があります。しかし、多額の借金をして行う設備投資は大きなリスクを伴うものです。
後継者が決定した設備投資計画および資金借入計画に無理があるようなケースでは、先代経営者が拒否権付株式を所有していることで、拒否権を行使し計画を止められます。
M&A実施決定に対する拒否権付株式の行使の例
長年、多角経営をしてきた中小企業の後継者が、「事業の選択と集中」を理由に事業譲渡や会社分割などで一部の事業の売却を決めることもあります。
事業の多角化を経営上のリスクヘッジであると先代経営者とが捉えている場合、リスクが高まることを避けるために、拒否権付株式によってM&Aの決定を否決できます。
拒否権付株式の発行方法・手続き
ここでは、拒否権付株式の発行方法について、その手続き内容と手順を説明します。
拒否権付株式の発行では、以下の2つの手続き方法があります。
- 新規で拒否権付株式を発行
- 普通株式を拒否権付株式に転換
それぞれの手順を詳しく解説します。
新規で拒否権付株式を発行する場合の手続き
新規で拒否権付株式を発行する手順は以下のとおりです。
- 株主総会で定款変更の決議
- 株主総会で新株(拒否権付株式)の募集事項を決議
- 拒否権付株式の引受者に決定を通知し申し込みを受ける
- 拒否権付株式を申込者に割り当てる
- 申込み者は対価を払い込む
- 変更登記をする
株主総会での定款変更には特別決議が必要です。変更する内容は、以下の項目になります。
- 拒否権付株式の内容(拒否権の対象)
- 拒否権付株式の発行可能総数
定款変更と同時に行う拒否権付株式の募集事項として、以下の内容も決議します。
- 拒否権付株式の発行数
- 拒否権付株式の引受者が支払う払込額
- 拒否権付株式の引受者の払込期日
- 増加する資本金・資本準備金の金額
会社は、拒否権付株式の引受者の払込期日の前日までに割当てを行わなければなりません。また、変更登記を行う事項は以下のとおりです。
- 拒否権付株式の発行可能総数
- 拒否権付株式の内容
- 発行済株式の総数
- 発行済株式の種類
- 発行済株式の種類ごとの数
- 資本金額
なお、新株を特定の対象に発行するということは、M&Aスキーム(手法)である第三者割当増資に該当します。
普通株式を拒否権付株式に転換する場合の手続き
普通株式を拒否権付株式に転換する手順は以下のとおりです。
- 株主総会で定款変更の決議
- 普通株式を拒否権付株式に転換する株主との同意書作成
- 変更登記をする
株主総会での定款変更が特別決議であること・定款の変更内容・変更登記の内容は、いずれも拒否権付株式の新規発行の場合と同様です。
拒否権付株式の定款の記載例
ここでは、拒否権付株式を発行する場合の定款の条文例を示します。
- 拒否権付株式1株を発行する場合
- 種類株主総会での決議が必要となる事項を特定する場合
- 株主総会と取締役会の全決議に拒否権を持つ場合
拒否権付株式1株を発行する場合
普通株式1,000株を発行している会社が拒否権付株式1株を発行する場合の定款条文例です。
(発行可能種類株式総数) 第〇〇条 当会社の発行する株式の総数は1,001株とし、このうち1,000株は普通株式、1株はA種類株式とする。 |
種類株主総会での決議が必要となる事項を特定する場合
種類株主総会での決議が必要となる事項を特定する場合の定款条文例です。ここでは、事業譲渡・合併・解散を種類株主総会の対象事項とします。
(A種類株式) 第△△条 当会社が次の各号を実施する場合には、当会社の株主総会決議のほか、A種類株式を保有する株主の種類株主総会決議を要する。 (1)事業譲渡 (2)当会社が消滅会社となる会社合併 (3)当会社の解散 |
株主総会と取締役会の全決議に拒否権を持つ場合
下記は、株主総会と取締役会の全決議に拒否権を持つ拒否権付株式を発行する場合の定款条文例です。
(A種類株式) 第◆◆条 当会社が株主総会および取締役会で決議する全ての議案は、A種類株式を保有する株主の種類株主総会の決議を要する。 |
また、定款では種類株主総会が必要になる決議事項を特定せず、その都度、取締役会で決めるといった運用も可能です。
まとめ
拒否権付株式は、会社が株主総会や取締役会などで決議した事項に対し、1株のみで否決できる権限を持ちます。
本来、普通株式では決定的な議決権を得るためには過半数を所有する必要があります。しかし、拒否権付株式は1株だけでもその権利を発動できるため、非常に絶大な権力を持つといえるでしょう。
濫用は禁物ですが、事業承継後に後継者の判断ミスによって会社の経営が傾かないようにすることを目的に、拒否権付株式を保有する先代経営者もいます。
なお、拒否権付株式の発行に際しては、定款の変更に伴う法務局への届出(変更登記)など法令に従った手続きが必要です。手続きにミスが生じないためにも専門家に相談するのをおすすめします。
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