このページのまとめ
- 会社全体が譲渡の対象の会社売却と比べて、事業売却の相場は低いことが一般的
- 簡易的に売却価格の目安は、純資産(時価)+営業利益1~5年分で見積もれる
- 売却価格は経営成績や財務状況、技術力などさまざまな要素に左右される
- 対象事業の強みを理解して、タイミングをうかがうことが高値で売却するポイント
- 同時にリスクや弱みを把握し、事前に改善しておくことも交渉における重要な点となる
「事業売却に興味があるけど、相場はどれくらい?」と気になる方もいるのではないでしょうか。事業売却の価格は、その企業の経営状況や財務状況、技術力やノウハウによって変わってきます。
本コラムでは、事業売却の相場や査定方法を詳しく解説しています。価格を左右する要素や、相場以上の金額で売却するためのポイントも紹介しているため、ぜひ参考にしてください。
目次
そもそも事業売却とは
そもそも事業売却とは、会社の事業の全部もしくは一部を別の会社や個人に売却することです。会社自体は存続する点が、会社売却とは異なります。
また、事業売却と事業譲渡は基本的に同じ意味の言葉です。会社法では、「事業譲渡」が使われています。
事業売却の目的
企業が事業売却を行う主な目的は、経営の効率化です。自社の不採算部門を売却することで得た資金を利益の見込める事業や将来性のある事業に充てれば、利益率の改善や業績改善につながります。
また、債務超過や業績不振に陥っている場合、事業再生(事業再建)も事業売却を決断する目的のひとつです。赤字事業を切り離して中核の事業(コア事業)だけを残すことで、会社の存続を図ることがあります。
事業売却や会社売却の相場・価格は?
ここから、事業売却や会社売却の相場や売却価格について解説します。
簡易的な相場目安は純資産+営業利益1~5年分
事業売却における計算式は、簡易的に下記にて見積もることができます。
売却価格 = 純資産(時価)+営業利益1-5年分
正確なバリュエーションは、後述の通りの主に3種類の査定方法によりますが、初期的に自社の売却価格の規模感を把握するために、非常に有効な計算式となります。
例えば、純資産が時価で5,000万円、営業利益が毎年1,000万円なら、6,000万円~1億円の売却価格となるでしょう。
他には、上場間もないまたは上場している企業であれば、上場企業の平均PER(時価総額 ÷ 当期純利益)を用いて、自社の当期純利益に乗じることで概算値の算出が可能です。
ただしこの試算方法は、会社全体を売却する場合のみ有効で特定事業の売却には使えない点と、類似する企業の平均PERを取らなければあまり参考にならない点に留意しましょう。
事業売却と会社売却(企業売却)は相場が異なる
事業売却と会社売却では相場が異なります。事業売却の相場は会社売却と比べると低いことが一般的です。
主な理由として、売却の対象が異なる点が挙げられます。それぞれの対象を確認しておきましょう。
事業売却の対象
事業売却で譲渡の対象となるのは事業です。事業とは、ある特定の目的で継続する経済活動のことで、あくまで会社全体の活動のうちの一部を指します。
買い手側が会社全体の資産や法人格を手に入れられない代わりに事業を安く購入しようとするため、事業売却は会社売却よりも相場が低いことが一般的です。一方、売り手側は事業売却で手に入る金額は少なくても、法人格を引き続き継続して使用できます。
なお、事業売却の場合、対象事業を譲渡したことによる対価を受け取るのは株主ではなく、事業を売却した会社自身です。
会社売却(企業売却)の対象
会社売却(企業売却)では、会社全体が譲渡の対象です。会社が所有する資産すべてが買い手に移動するため、事業売却と比較して相場は比較的高い傾向にあります。
非上場企業の場合、会社売却には株式譲渡を用いることが一般的です。株式譲渡とは、買い手が売り手の株主から株式を購入することで、経営権を取得する方法を指します。
この場合、会社売却で対価を受け取るのは売り手(会社)ではなく、売り手の株主です。
実際の売却価格は交渉次第
事業売却や会社売却で相場を算出する方法はいくつもありますが、実際の売却価格は交渉次第です。当然、売り手はより高く、買い手はより安い価格での成約を目指すため、交渉での立ち回りが最終的な売却価格を左右します。
たとえば、売り手は数字に出ていない評判や技術力をアピールして、希望価格に近づけようとするでしょう。一方、買い手は対象の事業や会社に帳簿には記載されていないリスクを見つけ、減額を要求することがあります。
関連記事:事業売却とは?相場や税金、メリットなどを紹介!必要な手続きも解説します
事業売却のメリットとデメリット
続いて、事業売却を行うことによるメリットとデメリットについても解説します。
事業売却する2つのメリット
事業売却を決断することで期待できる主なメリットは以下のとおりです。
- 引き続き会社の商号を利用できる
- 経営リソースを集中できる
それぞれ解説します。
1. 引き続き会社の商号を利用できる
事業売却の対象はあくまで資産や負債、ノウハウなどのため、会社の商号を引き続き使用できる点がメリットです。会社売却を選択した場合、商号を使えるのは買い手のため、売り手は使用できなくなります。
自社の商号に愛着がある場合や、商号そのものにブランド的価値がある場合は、事業売却を選択した方がよいでしょう。
2. 経営リソースを集中できる
複数の事業のうち赤字事業のみを売却すれば、本業に経営リソースを集中できる点もメリットです。経営リソースとは、人材・時間・資金・情報など経営に欠かせない資源のことを指します。
本業など特定の事業に経営リソースを集中することで、経営効率・業績の向上を期待できるでしょう。多角化から特定の事業に経営リソースを集中することを「選択と集中」と呼びます。
関連記事:選択と集中とは?メリットや成功させる方法、多角化との違いを解説
事業売却する3つのデメリット
事業売却には、以下のようなデメリットもあります。
- 手間や時間がかかる
- 対象事業用の財務諸表を作成しなければならない
- 競業避止義務が課される
各デメリットを確認していきましょう。
1. 手間や時間がかかる
事業売却は、手間や時間がかかることが売り手・買い手双方にとってのデメリットです。
株式譲渡の手法を用いる場合、売り手側株主が買い手に株式を譲渡し、その対価を受け取ることで会社を売却できます。一方、事業売却では、不動産の移動や知的財産権の移動、債権・債務の移動など、各資産や負債ごとに手続きを進めなければなりません。たとえば不動産の移動の場合、売却する不動産ごとに地位譲渡契約を締結し、所有権移転の登記が必要です。
また、売り手が対象事業ですでに許認可を得ていたとしても、事業売却後に買い手は再度取得しなければなりません。そのほか、買い手は従業員との雇用関係や、取引先との契約関係も再度締結が必要です。
2. 対象事業用の財務諸表を作成しなければならない
会社全体の財務諸表しかない場合、事業売却にあたって対象事業の財務諸表の作成が必要な点もデメリットです。事業用の財務諸表を作成する際は、会社内で複数の事業にまたがった材料費・労務費・経費(間接原価)を適切に配分したり、各事業単独での収益力などを判断したりしなければなりません。
適切に配分するには、各事業・部門でかかった原価を集計してから、計算して再度按分しなければならないため、現場の従業員に大きな負担をかけてしまいます。
3. 競業避止義務が課される
事業売却した会社には、一般的に競業避止義務が課される点もデメリットです。競業避止義務とは、ある者(会社)が特定の者(会社)の営む営業や事業活動に対して、競業することを契約や法令などで禁じることを指します。
会社法第21条第1項では、事業売却(事業譲渡)した会社が(売却先と)「同一の市町村の区域内や隣接する市町村の区域内で、事業譲渡した日から20年間、同一事業を営むこと」を禁じています。
ただし、当事者間で合意して特約を付けることで、競業避止義務の期間を変更したり、排除したりすることは可能です。
参照元:e-Gov「会社法 第二十一条」
事業売却時の金額・価値の査定方法
事業売却時の金額や価値を査定する方法は、いくつもあります。その中で、代表的な査定方法が、以下の3つです。
価格の査定方法 | 概要 |
1. コストアプローチ | 対象会社の貸借対照表に記載されている「純資産」に注目して価値を算出する方法 |
2. インカムアプローチ | 対象の会社から期待される収益やキャッシュフローに注目して価値を算出する方法 |
3. マーケットアプローチ | 将来得られるフリーキャッシュフロー(FCF)から価格を算出する方法 |
各アプローチの概要や、具体的な方法について詳しく解説します。
1. コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)
コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)とは、対象会社の貸借対照表に記載されている「純資産」に注目して価値を算出する方法です。貸借対照表は、以下のように主に資産と負債、純資産で構成されています。
資産 | 負債 |
純資産 |
コストアプローチ(ネットアセットアプローチ)は、以下のようにさらに細かく分類が可能です。
- 簿価純資産価額法
- 時価純資産価額法(のれん代付き)
- 清算価値法
それぞれの特徴を確認していきましょう。
簿価純資産価額法
簿価純資産価額法とは、貸借対照表上に記載されている(帳簿価額)資産合計額から、負債合計額を引いて算出した純資産額をその会社の価値としてみなす方法です。そのため、貸借対照表に記載された資産が負債よりも大きければ大きいほど、価値も上昇します。
簿価純資産価額法では帳簿上の数字(簿価)を用いるため、手軽に計算できる点や客観性を保てる点がメリットです。一方で、資産や負債の帳簿価額と実際の価格(時価)との間に乖離が生じている場合、実態が反映されない点がデメリットとして指摘されています。
各資産の簿価と時価は乖離していることが一般的なため、実務で用いる機会は少ないでしょう。
時価純資産価額法(のれん代付き)
時価純資産価額法は、簿価純資産価額法が抱える課題を解決するための方法です。時価純資産価額法では、貸借対照表に記載されている資産・負債額を時価に換算し、時価資産から時価負債を引いて算出した時価純資産額をその会社の価値としてみなします。
時価を用いるため、現在の価値を算出できる点が時価純資産価額法を用いるメリットです。一方、時価純資産価額法を使っても将来の収益性までは判断できない点や、時価で再評価することが難しい資産もある点などがデメリットとされています。実務では、不動産・有価証券など時価評価しやすいもののみ再評価することが一般的です。
また、時価純資産価額法で算出した時価純資産額に、のれん代を加えて算出する時価純資産価額法(のれん代付き)を用いることもあります。のれん代とは、対象の会社が保有する技術力やノウハウ、ブランド力などの無形固定資産のことです。
のれん代を上乗せして算出することで、対象会社の将来的な価値をある程度考慮できます。
清算価値法
清算価値法とは、会社を解散・清算(廃業)することを想定し、対象資産の売却額から負債を引いて価値を算出する方法です。清算価値法では、一般的に貸借対照表に記載されていない債務(簿外債務)も考慮して計算します。廃業を前提としているため、売却を急いでいるケースに限って使われることが一般的です。
なお、清算価値法を時価純資産価額法のひとつとしてみなす考え方もあります。
2. インカムアプローチ
インカムアプローチとは、対象の会社から期待される収益やキャッシュフローに注目して価値を算出する方法です。キャッシュフローとは、事業に関するお金の流れを指します。
インカムアプローチは、以下の手法にさらに分類可能です。
- DCF法
- 配当還元法
- 収益還元法
各手法の特徴を解説します。
DCF法
DCF(Discounted Cash Flow)法とは、将来得られるフリーキャッシュフロー(FCF)から価格を算出する方法です。計算が複雑なため、一般的にExcelなどの表計算ソフトを使用して計算します。詳しい説明は省略しますが、基本的にフリーキャッシュフローや残存価値、割引率を使って現在価値に割引き、価値を算出するものと理解するとよいでしょう。
フリーキャッシュフローとは利益のうち会社が自由に使えるお金で、残存価値とは評価対象の事業価値のことです。割引率は、将来受け取るお金を現在価値に割り引くための割合を指します。
DCF法で割引率を算出する際は、加重平均資本コスト(WACC)を用いることが一般的です。加重平均資本コストは、借入にかかるコストと株式調達にかかるコストを加重平均して求められます。
DCF法に欠かせないのが、事業計画です。将来得られるフリーキャッシュフローの計算には、事業計画に記載された数値を使います。
キャッシュフローの概念を用いるため実態を反映しやすい点が、DCF法を利用するメリットです。一方で、事業計画(ビジネスプラン)を策定する人によって、事業価値が変動する可能性がある点がデメリットといえます。
配当還元法
配当還元法とは、将来的に獲得を期待できる配当金から価格を算出する方法です。配当還元法を用いる場合、以下の計算式で算出した株価を使って会社の評価額を計算します。
配当還元価額 =(1株あたりの年間配当金 ÷ 10%)×(1株当たりの資本金等の額 ÷ 50円)
上記の式にある「1株あたりの年間配当金」を計算するための式は以下のとおりです。
1株当たりの年間配当金=(直前の期とさらに前の期の配当金総額を合計したもの ÷ 2)÷(直前期の資本金 ÷ 50円)
配当還元法は、具体的な数値を用いるため客観性がある点がメリットです。一方、配当政策が都度変わる場合は正確に算定できない点がデメリットといえるでしょう。
収益還元法
収益還元法とは、事業計画から対象会社や事業の将来的な収益を計算し、現在の価値に換算する方法です。分母に資本還元率、分子に平均収益を用いて計算できます。資本還元率とは、対象会社の調達金利や市場金利などから算出する指標です。
収益還元法には、将来の利益を比較的簡単に計算できるメリットがある一方で、予想利益が変動する場合に正確に計算できないデメリットがあります。
3. マーケットアプローチ
マーケットアプローチとは、類似する会社・事業・取引事例などと比較し、価値を算出する方法です。主に以下の種類に分類できます。
- マルチプル法
- 類似取引比較法
- 市場株価法
各手法を確認していきましょう。
マルチプル法
マルチプル法とは、事業内容が類似する上場会社の株価を参考にして価値を算出する方法です。「マルチプル」は倍数(倍率)を意味します。
マルチプル法で主に参考にするのが、EV/EBITDA倍率です。EV/EBITDA倍率は、買収する会社の何年分の本業利益で、買収コストを回収できるかを示しています。
おおまかに言うと、対象会社のEBITDA(企業の収益力)に比較する上場会社のEV/EBITDA倍率を掛けることで、価格を算出可能です。
売却する会社のEBITDAが1,000万円、比較する会社のEV/EBITDA倍率が5で有利子負債が1,000万円の場合、4,000万円の価値があると判断できます(1,000万円×5-1,000万円)。
マルチプル法のメリットは、インカムアプローチのDCF法よりも手軽に将来の収益予測を考慮した価値を算出できる点です。一方、類似会社が見つかるとは限らない点、選定する会社によって数値が大きく変動する点がデメリットとして挙げられます。
類似取引比較法
類似取引比較法(比準法)とは、対象の会社売却・事業売却と類似する取引を参考にして価値を算出する方法です。類似する会社の売却額をその会社の売上高などで割って計算した額に、対象の会社の売上高などをかけることで価値を算出できます。
客観的な評価を得やすい点が類似取引比較法を使うメリットです。ただし、会社売却・事業売却のデータを収集する機関がないため、取引事例を探すことが難しい点がデメリットとして挙げられます。
市場株価法
市場株価法とは、証券取引所などに上場している会社の市場価格に基づき、算出する方法です。一般的に、過去数か月の平均株価を基準に価値を算出します。
市場で活発に取引されている場合、客観性が高い点が市場株価法のメリットです。一方、基本的に上場会社にしか使えない点がデメリットとして挙げられます。また、上場会社であっても、取引頻度が少なければ、客観的な価値の算出は期待できないでしょう。
事業売却(事業売買)の流れ
事業売却(事業売買)を進める際の主な流れは、以下のとおりです。
- 売却する事業を決める
- 売却先を探す
- セラーズデューデリジェンスを行う
- 基本合意契約書を締結する
- デューデリジェンスを実施する
- 事業譲渡契約書を締結する
- 事業譲渡手続きを進める
事業売却を検討中の会社が、それぞれ具体的に何をするのかを詳しく解説します。
1.売却する事業を決める
自社のどの事業を売却するかを決める作業です。自社の不採算事業やノンコア事業などを切り離すか判断します。また、成長が期待できても、今後過大な投資が必要な場合は、状況によって切り離しを検討した方がよいでしょう。
不採算事業とは、収入よりも支出が多く、赤字で採算が取れない事業のことです。不採算事業を切り離し、本業や別の黒字事業に注力することで、会社全体としての業績改善を期待できます。
ノンコア事業(非中核事業)とは、本業(コア事業)以外に、主に多角化を目的として会社が手がける事業のことです。ノンコア事業を売却することで、労働力不足の解消やコスト改善などにつながることがあります。
2.売却先を探す
売却する事業を決めたら、次に売却先(買い手)探しが必要です。売却先探しには、主に以下の方法があります。
- 身近な人や団体に相談する
- 金融機関に相談する
- M&A仲介会社に相談する
業界の情報に詳しい取引先に相談すれば、事情を理解してもらえるため、事業売却の話がスムーズに進みやすいです。ただし、事業売却を検討していることが周知の事実にならないよう、信頼できる先に相談するようにしましょう。なぜなら、従業員の動揺やモチベーションの低下を招き、事業売却の交渉に影響を与えかねないためです。
また、メインバンクなどの金融機関に相談して、売却先を探すこともできます。ただし、売却先が相談した金融機関の顧客に限定される点に注意が必要です。また、金融機関に相談しても、最終的に提携するM&A仲介会社に回されることがあります。
M&A仲介会社とは、売り手と買い手の間に入って仲介業務を担う会社です。M&A仲介会社に依頼すれば、マッチングだけでなく法務・税務・財務面でのサポートも期待できます。
手数料(報酬)は発生しますが、スムーズに事業売却を進めたいのであればM&A仲介会社への依頼を検討した方がよいでしょう。
3.セラーズデューデリジェンスを行う
デューデリジェンスとは一般的に、買い手が対象企業のバリュエーションやリスク精査を行うことを指す場合が多いでしょう。
一方で、売り手側が自社の価値などを見積もるために実施する、セラーズデューデリジェンスも存在します。
会社売却では行われないケースもありますが、事業売却ではどの範囲を売却するか、その価格はどの程度になりそうかを事前に整理する必要があるため、しばしばセラーズデューデリジェンスが行われます。
基本的には買い手が行うデューデリジェンスと流れは同じで、売り手側が事前に自社の価値やリスクを洗い出すことが目的となるため、基本合意の前に実施されるケースが一般的です。
4.基本合意契約書を締結する
売却先との交渉がうまく進めば、基本合意契約書を締結します。基本合意契約書(LOI、MOU)とは、最終契約前に双方で基本的な事項について合意する書面のことです。
一般的に基本合意契約書には、以下の内容が盛り込まれます。
- 事業売却の方法(スキーム)
- 売却額
- 売却対象の資産や負債
- 従業員をどうするか
- 事業譲渡契約書を締結する日
基本合意契約自体は、法的拘束力を持たないことが一般的です。しかし、基本合意契約書を締結し、売却の対象や金額、大まかなスケジュールなどを明確にすることで、成約に至る可能性が高まるでしょう。
5.デューデリジェンスを実施する
事業売却前に、買い手が対象事業のデューデリジェンスを実施します。デューデリジェンス(DD)とは、対象事業のリスクや価値を専門家が調査することです。
デューデリジェンスには、財務デューデリジェンス・税務デューデリジェンス・法務デューデリジェンス、ビジネスデューデリジェンスなどの種類があります。財務デューデリジェンスは業績や簿外債務の確認、税務デューデリジェンスは税務リスク、法務デューデリジェンスは法的リスク、ビジネスデューデリジェンスは経営内容などを調査するものです。
なお、デューデリジェンス実施にあたって、事業売却をする側は資料提出や質疑応答などの対応をしなければなりません。
6.事業譲渡契約書を締結する
デューデリジェンスの実施後、双方の合意に基づいて事業譲渡契約書を締結します。事業譲渡契約書に盛り込まれる内容は、主に以下のとおりです。
- 譲渡対象資産の移転手続き方法
- 事業売却額
- 対象の資産や負債
- 譲渡期日
- 競業避止義務
なお、事業売却の効力が生じる前日までに、株主総会の承認を得なければなりません(会社法第467条)。ただし、要件を満たす場合に株主総会の承認が不要のこともあります(会社法第468条)。
参照元:
e-Gov「会社法 第四百六十七条」
e-Gov「会社法 第四百六十八条」
7.資産・負債の移転手続きや届出を済ませる
株式譲渡によって会社売却するケースと異なり、事業売却の際は契約書を締結するだけで資産や負債を移動できません。債権・債務や従業員の雇用契約などに関する手続きが必要です。
そのほか、買い手側で監督官庁への届出や業務に必要な許認可などの再取得を済ませれば、事業売却の手続きが終了します。
事業売却・会社売却における税金
事業売却では売却によって得た対価に対して、税金が発生します。その税金は次の2種類に分類されます。
納税対象 | 納税者 | 課税される税金 | 税率 |
事業売却 | 個人 | 所得税 | 15% |
住民税 | 5% | ||
復興特別所得税 | 0.315% | ||
消費税 | 10% | ||
法人 | 法人税等 | 約30~40% | |
消費税 | 10% | ||
会社売却(株式譲渡) | 個人 | 所得税 | 15% |
住民税 | 5% | ||
復興特別所得税 | 0.315% | ||
法人 | 法人税等 | 約30~40% |
※「法人税等」には、法人税、事業税、地方法人税、法人住民税の4つが含まれます
それぞれについて詳しく解説します。
事業売却では譲渡益に対する法人税等
事業売却によって得た売却益に対して、法人税が発生します。ここでの法人税の対象となる売却の譲渡益とは、売却価格から譲渡した資産の簿価を差し引いた金額のことです。
「法人税等」には、法人税、事業税、地方法人税、法人住民税の4つが含まれ、合わせて30~40%になると覚えておきましょう。
会社売却では所得税と住民税
一方で会社を売却した場合は、その売却益は株主に帰属することになるため、事業売却とは税金の考え方も異なります。
税金は企業ではなく株主個人に発生することから、個人がスモールビジネスなどを行いそれを売却した場合も同様の扱いです。
具体的には、売却価格から必要経費を引いた売却益に対して、およそ20%の税金が発生します。20%の内訳は、所得税15%と住民税5%であり、また場合によって復興特別所得税が0.3%ほどかかります。
また、株式譲渡による会社売却の場合には、消費税が課税されないことも覚えておきましょう。
事業売却の価格を左右する要素
事業売却や会社売却の価格は、さまざまな要素に左右されます。代表的な要素は、以下のとおりです。
- 売上高や利益
- 財務状況
- 技術力やノウハウ
- 競争優位性
- 従業員
- 抱えている取引先・顧客
- 将来性を示す事業計画
各要素を詳しく解説します。
売上高や利益
売上高や利益などの経営成績は、売却価格に影響を与えます。買収後の早い段階で投資した金額を回収できるため、利益額が大きい事業は高額での売却を期待できるでしょう。
また、純利益が高ければ純資産額も大きくなるため、純資産法による価値算定額が高くなります。DCF法を用いる場合も、利益が高ければフリーキャッシュフローが増え、価値向上が期待できるでしょう。
さらに、市場全体の売上高に占める割合を示した「市場シェア率」が売却価格を左右することもあります。対象事業の市場シェア率が高ければ、今後も一定の売上を得られると期待して買い手は高い金額を払うでしょう。
財務状況
財務状況・財務状態も価格を左右する要素です。たとえば、借入金が少なく自己資本比率が高ければ財務の健全性が高いといえるため、売却価格の増加を期待できます。
自己資本比率は、自己資本(主に純資産)を総資本で割ることで算出可能です。財務省の資料によると、2018年度における全産業・全規模の自己資本比率は42.0%でした。
一方、デューデリジェンス実施時に、多額の「簿外債務」などが見つかると価格が下落しやすいです。簿外債務とは、賞与引当金や退職給付引当金のように貸借対照表に記載されていない債務を指します。
そのほか、訴訟リスクのように将来特定の条件を満たした際に発生する「偶発債務」も、価格下落につながる要素です。
参照元:財務省「自己資本比率」
技術力やノウハウ
技術力やノウハウによって、価格が大きく変動することもあるでしょう。経営成績や財務状況が特に良くなくても、特筆すべき技術力やノウハウがあれば顧客の囲い込みをしやすいため、価格上昇につながることがあります。
技術力やノウハウをアピールする要素の代表例が、特許や商標などの知的財産権です。知的財産権を持つことにより、自社の信用力を高められます。知的財産権は他にも、意匠権や著作権なども具体的な権利として挙げられます。
また、ITシステムが整っていることも、価格上昇につながるでしょう。デジタルトランスフォーメーション(DX)の重要性が高まっているため、自社に新たな技術やシステムに対応できる基盤があることや、IT人材を抱えていることが強みとなります。
競争優位性
技術力やノウハウなどは、定量的にその企業の強みを示すためにわかりやすい指標ですが、それ以外にも、全般的な対象市場での競争優位性は重要な要素となります。
例えば、初期投資に大規模かつ長期間なリソースが必要となるような設備や顧客との関係性を持つ場合や、模倣されにくいビジネスモデルを有している場合などが挙げられます。
従業員
帳簿上でアピールできない項目ですが、従業員の質も価格に大きな影響を与えます。対象事業や会社に携わる従業員の質が高ければ、買い手は買収後も継続的に利益を見込めると判断するでしょう。
従業員の質とは、具体的に資格や経験、実績などのことです。買収後、新たに資格取得させるコストを省けるため、買い手は従業員の質が高い事業・会社に高いお金を払うでしょう。
なお、事業売却の場合、対象事業に携わる従業員の雇用契約は買い手に承継されません。そのため、該当する従業員が買い手への転籍を望まなければ、事業売却が中断したり、売却価格が下がったりすることがあります。
事業売却において従業員の扱いは非常に重要な論点となりやすいです。詳細は他の記事でも解説しているため、合わせてご一読ください。
関連記事:
「事業売却時の従業員の扱いは?3種のパターンと転籍を成功させるコツを紹介」
「M&Aで社員が退職する?事業を売却する際の社員の不安や退職金などを解説」
抱えている取引先・顧客
売却する事業の取引先・顧客によって、価格が動くこともあります。抱えている取引先・顧客が多い場合、買い手は買収後に他社との競争で優位性を発揮できるため、価格が上がりやすいです。
また、取引先・顧客の数だけでなく、質が判断されることもあります。とくに、信頼関係を構築するまでに手間や時間を要する大企業や優良取引先をすでに顧客として抱えている場合、売却価格が上がりやすいでしょう。
例えば、LINEの登録リストやメーリングリスト、購買者リスト、ロイヤリティプログラム会員の情報などが挙げられます。またそのようなリストに加えて、購買動向に資する購入頻度や購入価格、リピート率、購買チャネルなどの質に関するデータも重要な価値と見なされやすいです。
実際の例としては、年収3,000万円以上の所得者リストを有する倒産寸前の不動産会社が、数十億円で売却することに成功したケースなどが挙げられます。
将来性のある事業計画
インカムアプローチのDCF法などが示すように、その企業や事業がどのくらい成長しそうかどうかは、非常に重要な価格決定の要素となります。当然、成長する見込みが高い事業には高値がつきやすく、逆に成長見込みが低いと判断された事業は想定よりも低い価格となるケースもあるでしょう。
具体的には、事業の中期計画や事業戦略は成長性・将来性を判断する必要な要素ですし、対象事業がビジネスを行う市場そのものの成長性やマクロ環境なども、加味すべき項目として挙げられます。
相場より高い金額で事業売却を成功させるポイント5つ
事業売却の流れや価格を左右する要素を踏まえた上で、相場より高い金額で成約するためのポイントは以下の5つです。
- 対象事業の強みや弱みを分析する
- リスクと見なされやすい要素をなくす
- 売却のタイミングをうかがう
- 対象事業の強みを理解している相手に売却する
- 子会社にしてから売却する
各ポイントを確認していきましょう。
ポイント1. 対象事業を分析する
対象事業を分析することが、より高い価格で売却するためのポイントです。自社の事業を客観的に分析することで、今まで見落としていた自社の強みや弱みに気づけます。
自社の強みを交渉時に存分にアピールすれば、「他の会社に買われたら困る」と考えた買い手候補がより高値で購入しようとするでしょう。また、自社の弱みを交渉前に改善することで、買い手候補から価格の値下げ交渉をされる可能性を軽減できます。
なお、強みや弱みを分析する経営戦略方法のひとつに、SWOT分析があります。SWOT分析とは、自社の事業の状況を内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)に分けて考える手法です。
ポイント2. リスクと見なされやすい要素をなくす
上記のような競争戦略上の弱みだけでなく、買い手のデューデリジェンスによってリスクと見なされかねない要素はできるだけなくしておくことも忘れてはなりません。
例えば、簿外債務や過剰在庫などの財務状況に関するリスクはその代表例となります。他にも特定顧客や取引先へ極度に依存していたり、1つの国や地域のみでビジネスを行っておりBCP観点でのリスクが存在する場合、また訴訟を受ける可能性のリスク、キーマンとなる人材の流出リスクなどが挙げられます。
ポイント3. 売却のタイミングをうかがう
事業売却で高値を狙うためには、タイミングをうかがうことも大切です。
会社や事業の業績は毎年安定したものではなく、景気がよくて大幅な利益増になるときもあれば、社会情勢の影響で赤字に転落することもあります。業績が好調のときに売却を検討すれば、事業価値を算出する際によい数値を使用できるため、高値で売りやすいでしょう。
また、想定していた金額と大きく異なる提案を相手からされた場合に、慌てたり感情的にならないことが大切です。
たとえ高額な提案をされて嬉しかったとしても、慌ててその場で契約せず、「このタイミングで契約すべきか?」「他の条件に問題はないか?」などを吟味しましょう。関連して、安い提案を持ちかけられた場合でも、怒ってその場で交渉を中止にせず、妥協策を探ることも重要です。
ポイント4. 対象事業の強みを理解している相手に売却する
対象の事業の強みを理解している相手に売却することも、高値につながります。たとえ競合他社にはないノウハウや技術力を有していたとしても、価値を理解できない買い手であれば高値で購入しようとしないためです。
同業者相手なら、強みの価値を十分に理解してもらえるため、高値での売却できる可能性が高まります。ただし、同業者は本当の価値や評判を見極められるため、少しでもネガティブな要素があれば相場より安く交渉してくることがあるかもしれません。
ポイント5. 子会社にしてから売却する
事業売却ではなく、事業を子会社化してから売却する方が高く売れることもあります。事業売却よりも会社売却のスキームの方が、買い手の節税につながる可能性があることが主な理由です。
子会社にして売却するためには、新たに会社を設立して対象の事業を譲渡しておかなければなりません。吸収分割や新設分割の方法を用いて子会社化することもあります。
なお、税金面の手続きは複雑なため、専門家に相談するとよいでしょう。
事業売却・会社売却の注意点
事業売却や会社売却では、以下の点に注意が必要です。
- 売却しにくい事業・会社もある
- 相談する仲介会社によって手数料が異なる
- 交渉シナリオを用意しておく
各注意点を詳しく解説します。
売却しにくい事業・会社もある
事業や会社によって売却しにくいケースもある点に注意しましょう。たとえば、赤字や経営不振の事業はすぐに売却先が見つからない可能性があります。
しかし、赤字・経営不振の事業でも、その事業ならではの強みがあれば交渉次第で高値での売却が可能です。自社で何が強みか判断できない場合は、M&A仲介会社などの専門家に一度相談してみるとよいでしょう。
相談する仲介会社によって手数料が異なる
事業売却について相談するM&A仲介会社によって、手数料が異なる点にも注意が必要です。主な手数料として、以下が挙げられます。
- 着手金(正式に依頼する際に払う手数料)
- 仲介手数料
- 価値評価費用(対象の事業価値を評価するための費用)
- 月額報酬(成約まで毎月支払う費用)
- 中間報酬(基本合意書を締結した段階で支払う費用)
- 成功報酬(成約段階で支払う費用)
成功報酬を計算する際は、各社レーマン方式と呼ばれる計算式を使うことが一般的です。
なお、依頼するM&A仲介会社を選定する際は、手数料以外の面にも気をつけましょう。事業売却で成功するためには、経験や実績を備えた専門家がいる会社を選定することが大切です。
交渉シナリオを用意しておく
事業売却は基本的に、高く売りたい売り手と安く買いたい買い手とで立場が異なるため、交渉において意見が食い違うことは多々起こり得ます。
特にバリュエーションは、機械的に行えるものではなく、どうしても恣意的な要素が入ることが避けられないため、折り合いをつけるには交渉がつきものです。
したがって、交渉において売り手側としては、最低いくらなら売却できるか、どの点を交渉ポイントに持っておくかなどの交渉シナリオを事前に準備し、買い手との交渉に臨むことが非常に重要となるでしょう。特にこの交渉シナリオを策定するにあたっても、セラーズデューデリジェンスの実施によって、売却価格の概算やリスク、強みを事前に客観的に把握しておくことが肝要です。
まとめ
事業売却とは、会社の事業の全部もしくは一部を別の会社や個人に売却することです。事業売却の相場を知りたい場合は、コストアプローチやインカムアプローチ、マーケットアプローチの手法を用いるとよいでしょう。
また、事業売却の金額は相場だけでなく、会社同士の交渉や対象事業が持つ技術力などにも左右されます。より高い価格で売却するには、対象事業の強みを理解し、タイミングをうかがうことが大切です。
事業売却先を探す際は、M&A仲介会社などを利用します。ただし、会社によって手数料が異なる点に注意しましょう。
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