このページのまとめ
- 個人として株式を譲渡すると、税率20.315%の分離課税制度が適用される
- 法人として売却する場合は、より高い税率が課されるが損益通算等の仕組みを利用できる
- 譲渡所得と税額を計算することで影響を把握できる
- 課税制度の違いを理解してタックスプランニングを行うことが重要
会社を売却する場合、多くの方は売却金額を高くすることに注力します。一方で、複雑なM&Aの税制に注意を払う人は多くはありません。しかし、税制の活用の仕方次第で対価が大きく変わることがあります。
本記事では分離課税制度について説明を行います。分離課税制度が適用される個人として株式を売却するのか、或いは資産管理会社などの法人として売却するのかといった選択肢がありますが、これは売却スキームを検討する初期段階で重要になる知識です。
目次
分離課税とは
分離課税とは所得税、つまり個人に対して適用される税制度です。したがって、売却する株式の保有者があなた個人や親族である場合には、この制度が適用されます。
所得の分類
分離課税制度とは、一部の所得を他の所得とは分離して、その所得に特定の税率を適用するという制度です。国税庁の「タックスアンサー(よくある税の質問)No.1300 所得の区分のあらまし」によると、所得税法では所得は以下のように分類されます。
- 利子所得:預貯金や公社債の利子などに係る所得
- 配当所得:株主や出資者が法人から受ける配当などに係る所得
- 不動産所得:土地や建物などの不動産の貸付けなどによる所得(事業所得または譲渡所得に該当するものを除く)
- 事業所得:事業から生ずる所得
- 給与所得:勤務先から受ける給料、賞与などの所得
- 退職所得:勤務先から受ける退職手当や厚生年金保険法に基づく一時金などの所得
- 山林所得:山林を伐採して譲渡したりすることによって生ずる所得
- 譲渡所得:株式、土地、建物などの資産を譲渡することによって生ずる所得
- 雑所得・一時所得・雑所得:上記いずれの所得にも該当しないもの
上記のうち、分離課税制度が適用されるのは主に譲渡所得、利子所得、配当所得です。分離課税とは、これら特定の所得については他の所得と合算せず、各所得ごとに定められた税率で課税する制度のことを指します。
国税庁「タックスアンサー(よくある税の質問)No.2260 所得税の税率」によると、たとえば株式を売却して得た利益は株式の譲渡所得となり、これに20.315%の税率が適用されます。これは所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計です。
※参照元: 国税庁「タックスアンサー(よくある税の質問)No.1300 所得の区分のあらまし」
総合課税との違い
分離課税制度は総合課税制度と比較することで、その特徴をよりよく理解できます。総合課税制度では、分離課税の対象ではない所得の全てを合算し、それに対して所得税率を適用します。この税率は累進的で、所得が増えるほど税率も高くなります。
国税庁の「タックスアンサー(よくある税の質問)No.2260 所得税の税率」によると、令和4年4月1日現在の所得税率は7段階に分けられており、所得1,949,000円までは税率 5%ですが、所得40,000,000円以上では税率45%となります。
所得が増加するにつれて税率が上がり、より高い所得により高い税率が適用されることを示しています。これと比較して、分離課税が適用される場合を考えてみましょう。大きな事業所得を得ていて高い所得税率が課される状況でも、株式の譲渡所得には20.315%の税率となるため、税負担が軽くなっていると言えます。
※参照元:国税庁「タックスアンサー(よくある税の質問)No.2260 所得税の税率」
損益通算と繰越控除
分離課税の場合、株式等譲渡所得と他の所得の損益通算ができないことには注意が必要です。たとえば事業所得が赤字であったとしても、事業所得と譲渡所得の黒字を合算することはできません。
同じ株式の譲渡所得であっても、上場株式と非上場株式の譲渡所得を通算することや、不動産の譲渡所得との通算もできません。
また、繰越控除には制限がある点にも注意が必要です。繰越控除とは、ある年度に生じた損失を繰越して別の年度の所得と合算し、所得を小さくすることで税負担を軽減する仕組みです。売却する株式が上場株式の場合は一定の要件のもとで繰越控除を利用できるものの、非上場株式の場合は利用できません。
分離課税の申告方法
次に、申告手続きに着目しましょう。分離課税は、申告分離課税と源泉分離課税の2つに分けられます。申告分離課税は、個別に申告し税金を納付する制度です。M&Aにおける非上場株式の売却で生じる株式の譲渡所得は、申告分離課税に該当します。
一方、源泉分離課税は、所得源泉により会社や金融機関などで所得税が徴収され、税務申告の必要がない制度です。主に預金利息や株式配当などがこれに該当します。
たとえば、ある上場株式から配当を受け取った場合、配当金に20.315%の税率が適用され源泉徴収されます。そのため、受け取った配当金は税金が引かれた「純額」であり、税務申告の必要はありません。
以上のように、分離課税制度は特定の所得に対して固定の税率を適用するものであり、それぞれの所得が独立して課税されるという特徴があります。
たとえばM&Aに際してあなたが個人として非上場会社の株式を売却する場合、この分離課税制度に基づき課税され、自ら確定申告手続きを行うことを理解しておく必要があるでしょう。
分離課税が適用されない法人の課税方法
次に、株式の売却者が法人であるケースを解説します。売却を考えている会社の株式を資産管理会社などの形で法人として保有し、それを譲渡する場合、分離課税は適用されないため課税方法が大きく異なります。
法人が所有する株式を売却して生じた売却益は、その法人の事業所得の一部となります。事業所得は法人税の対象となり、法人税率に基づいて課税されます。通常、その年度内の所得と損失は全て合算され、その結果として得られる純利益(または純損失)が法人税の課税対象となります。
したがって、法人がその年度内に株式を売却して利益を得ながら、一方で営んでいる事業に損失が出ると、利益と損失が合算された金額に課税されます。損益通算を利用すれば、株式売却による利益に対する課税額が減少することがわかるでしょう。この点は、株式の譲渡所得が独立して課税される分離課税制度との大きな違いになります。
ただし、損益通算のルールは複雑で、特定の条件下では限定されることがあります。たとえば、一部の損失は翌年度以降に繰り越し可能で、一部の利益は特定の損失との通算が制限されることがあります。また、法人の規模、業種、損失の種類によってもルールが異なる場合があるので注意が必要です。
なお、法人税の税率は、分離課税の20.315%より高くなります。法人の所得に対しては、法人税・地方法人特別税・法人住民税・法人事業税などいくつかの課税が行われ、それらを総合したものが実効税率と呼ばれています。
デロイト トーマツ「法定実効税率についての最新情報~令和5年3月決算を迎えるに当たり確認~」によると、令和5年3月期以降の実効税率は29.74〜34.59%であり、分離課税の場合よりも高くなっていることがわかります。
また、法人は非上場株式であっても繰越控除を利用することができます。したがって、過年度の事業が赤字で繰越欠損金を有している場合、一定の期間内であれば株式売却益と合算することで税負担を軽減できます。株式を保有した法人の資本金が1億円以上ならば、一定の場合を除き、繰越欠損金の全額を利用することが可能です。
以上のように、法人として株式を売却する場合には、個人に適用される分離課税よりも高い税率が課されます。一方で、損益通算や繰越控除の仕組みを利用できる点が特徴です。
※参照先: デロイト トーマツ「法定実効税率についての最新情報~令和5年3月決算を迎えるに当たり確認~」
売却者が個人である場合の計算方法
株式の売却者が個人である場合の分離課税の計算方法を解説します。あなた個人や親族が株式の保有者となっており、それを売却する状況の場合です。なお、以下では非上場株式の売却を前提とします。
まず、譲渡所得を算出します。譲渡所得は、譲渡した資産の価格や対価である譲渡価額から、取得費を差し引いた金額です。
なお、相続により株式を取得したなどの経緯で取得費を把握できない場合には、譲渡価額の5%を取得費とみなすことが可能です。また、実際の取得費が譲渡価額の5%未満の場合、5%とみなすこともできます。
そして取得費に加えて、仲介業者に支払った手数料や弁護士・税理士の専門家相談料(消費税込みの料金)などを売却手数料として譲渡価額から差し引くことが可能です。
ここでは以下のように仮定します。
- 譲渡価額: 1億円
- 取得費: 7,000万円
- 売却手数料: 500万円
この時、譲渡所得は、譲渡価額1億円から取得費7,000万円と売却手数料500万円を引いた2,500万円です。
そして、適用される税率は20.315%です。これは、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%の合計です。譲渡所得2,500万円に税率20.315%を乗じることで、税額は507万8,750円と計算されます。
損益通算の適用
仮に、このM&Aと同じ年度において、あなたが不動産を売却し1,000万円の損失を計上していた場合、この税額はどうなるでしょうか。分離課税制度においては株式と不動産の譲渡所得を損益通算することができません。したがって税額は507万円8,750円のままです。
繰越控除の適用
また、過年度に非上場株式を売却し1,000万円の損失を計上していた場合、この税額はどうなるでしょうか。分離課税制度においては非上場株式の譲渡所得について繰越控除を利用することはできません。したがって税額は507万円8,750円のままです。
以上のように、分離課税制度における税額はシンプルな計算方法によって算出することが可能です。一方で、損益通算や繰越控除といった仕組みを適用できませんでした。後述する法人税額の計算方法と比較することで、この影響を理解することができます。
売却者が法人である場合の計算方法
次に、売却者が法人である場合の法人税等の計算方法について詳しく説明します。
個人の場合で用いたものと同じように仮定します。ただし、法人の場合は、個人に認められた譲渡価額の5%を取得費とみなす仕組みは利用できません。
- 譲渡価額: 1億円
- 取得費: 7,000万円
- 売却手数料: 500万円
この時、譲渡所得は、譲渡価額1億円から取得費7,000万円と売却手数料500万円を引いた2,500万円です。
そして適用される税率は33.58%です。法人税・法人住民税・法人事業税など様々な税金を考慮する必要がありますが、これは売却者である法人の資本金が1億円以下で東京都に所在すると想定した実効税率の数値です。
譲渡所得2,500万円に税率33.58%を乗じることで、税額は839万5,000円と計算されます。税率が分離課税の場合に適用される税率20.315%より高くなるため、個人として売却した場合よりも332万円ほど税負担が重くなっています。
損益通算の適用
仮に、当該法人が不動産を売却し1,000万円の損失を計上していた場合、この税額はどうなるでしょうか。法人の場合は損益通算が可能です。具体的には、先程の譲渡所得2,500万円から不動産の譲渡損失1,000万円を差し引いた金額に実効税率33.58%を乗じることになります。この時、税額は503万7,000円となります。先程の計算よりも336万円減少し、個人として売却した場合と同じ水準になりました。
繰越控除の適用
加えて、過年度に非上場株式を売却し1,000万円の損失を計上していたと仮定します。法人の場合は繰越控除が可能なので、さらに1,000万円を差し引くことが可能です。
譲渡所得2,500万円から不動産の譲渡損失1,000万円と繰越控除1,000万円を差し引き、実効税率33.58%を乗じます。この計算により税額は167万9,000円となります。分離課税を用いた個人の場合の税額よりも340万円小さくなりました。
個人に適用される分離課税制度と比較すると、法人は税率が高く、また株式譲渡以外の取引についても把握する必要があるため計算は複雑になります。一見すると分離課税の方がメリットが大きく見えますが、一定の条件においては法人の方が税負担が小さくなることを認識しておくことが重要です。
分離課税制度を理解した上でどのように売却すべきか
では、分離課税制度を理解した上で、株式の売却方法をどう検討するべきか考えてみましょう。M&Aに際し、税負担を適正にするにはタックスプランニングが重要です。
タックスプランニングとは、税法を正しく理解した上で、個人や企業が支払う税金を最小限にするための戦略的なプロセスです。
株式譲渡にあたっては、以下のプロセスで検討を進めることで税負担を軽減できるでしょう。
現状を把握する
まずは現在の株式保有状況を正確に把握する必要があります。相続などを経て保有状況が複雑になっている場合もあります。
また、譲渡する株式だけではなく、不動産や他の会社の株式についても取得費や売却できるかどうかを検討しておくべきでしょう。過年度の欠損金についても把握する必要があります。
シミュレーションを行う
現状把握をした上で、個人と法人の場合でどのように税額が変わるのか計算してみましょう。税率に着目した場合、分離課税制度が適用される個人の方が法人より10%以上低いため、個人が有利と考えられます。
しかしながら、損益通算や、繰越控除を適用した場合には、法人の方が税額が少なくなる場合があります。したがって、税負担を最小化するためには、様々なケースを想定して計算しておくことが重要です。
スキームを変更する
計算の結果、現状では個人として株式を保有しているが、法人の方が税額が小さくなると分かった場合、どのように行動すべきでしょうか。或いは逆に、現在は法人を通じて株式を保有しているが、分離課税制度を利用できる個人の方が税額が小さくなる場合には、どのように行動すべきでしょうか。
M&A実施の前段階として株式の移転を行い、現在の保有状況を望ましい状態に変化させるプランニングが効果的でしょう。その際には、移転により株式の評価額が変化する可能性にも注意しなくてはいけません。
適格組織再編などの手法を利用することで、当該株式の取得費を維持したまま保有者を変えるなどの工夫が必要です。
株式の保有状況によっては、より複雑なタックスプランニングが必要になるかもしれません。
たとえば、売却する会社の株式をあなた単独ではなく多くの親族が保有している場合です。買い手は、契約関係をシンプルにするために、売却前に保有者を集約するよう求めることがあります。
この際に検討すべきことは、あなた個人が代表して集約する場合と何らかの法人に集約する場合、両方を併用する場合のシミュレーションを行うことです。それぞれ税負担が変わる状況も考えられますので、綿密に計算してスキームを選択しましょう。
タックスプランニングのための現状把握やスキームの変更には、複雑な税法の知識や計算が必要です。しかし適切にプランニングを実施すると税額を減らせる可能性がありますので、専門の税理士や弁護士に相談することが重要です。
まとめ
分離課税制度は、個人に対して認められたシンプルで便利な制度です。株式の譲渡所得に対して、20.315%という所得税率が適用されます。この税率は法人税率よりも低く、計算によって税額を把握できます。
一方で、法人が売り手になった場合に利用できる損益通算や繰越控除は認められない点が特徴です。
これらの要素は法人税率の計算を複雑にします。しかし、あなたが置かれた状況によっては税負担を大きく減らせる可能性があります。自身の状況に合わせて最適な方法を選択できるよう、税金に関する疑問点や不安がある場合は、専門家に相談することをおすすめします。
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