このページのまとめ
- 株主割当増資とは、既存の株主に対して持ち株比率に応じて新株の割り当てを行うこと
- その他の増資方法として、第三者割当増資や公募増資がある
- 株主割当増資のメリットは「株主構成が変わらない」「返済の必要がない」など
- 株主割当増資は大きな資金調達には向かず、費用や手間がかかる点がデメリット
- 株主割当増資を行うには募集事項の決定や株主への通知、登記などが必要
新規事業を始めるにあたって資金不足のため、増資してもらいたいと考えている人もいるでしょう。本記事では、その際の増資方法として有効な手段である、株主割当増資についてまとめました。
あわせて、第三者割当増資や公募増資など、その他の増資方法との違いも触れつつ、株主割当増資のメリットやデメリット、手続きの流れなどについて解説していきます。
目次
株主割当増資とは
株主割当増資とは、企業が新株の発行をして資金調達を行う方法の一つです。株主割当増資では、自社を除く既存の株主に対して、株式の保有割合に応じて新株の割り当てを受ける権利を付与します。
たとえば、株主A:300株、株主B:200株、株主C:100株という株数を保有し、新株として300株を発行する場合には、株主A:150株、株主B:100株、株主C:50株という形で、割り当てを受ける権利を与えます。
ただし、株主割当増資によって、既存の株主には新株の割り当てを受ける権利が生じますが、必ずしも申し込みをして出資を行う義務はありません。新株を引き受けるかどうかは、既存の株主の個別の判断によります。
既存の株主は新株の引き受けの申し込みを行わなければ、新株の割り当てを受ける権利が失効します。それによって、新株を引き受けなかった既存の株主は、相対的に持ち株比率が下がり、議決権の割合も下がります。
また、既存の株主の経済的利益に損害を与えることがないように、新株の発行価額は時価よりも低く設定するのが一般的です。
その他の増資との比較
その他に企業が選択可能な増資方法としては、第三者割当増資と公募増資もあります。ここでは、各方法のメリット・デメリットについて解説します。
それぞれの概要は、次の表の通りです。
株主割当増資 | 既存の株主に対して、新たな株式を取得できる権利を与える増資のこと |
第三者割当増資 | 既存株主かどうかにかかわらず、特定の第三者に新たな株式を取得できる権利を与える増資のこと |
公募増資 | 特定の第三者や既存株主などにとらわれず、広く一般の投資家に対して新たな株式を取得できる権利を与える増資のこと |
第三者割当増資
第三者割当増資とは、既存の株主かどうかにかかわらず、特定の第三者に新株を取得できる権利を与える増資のことです。既存株主にのみ新株の割り当てをする場合でも、持ち株比率に応じていないケースは第三者割当増資に該当します。
第三者割当増資では取引先や業務提携先、あるいは取引のある金融機関との関係強化の手段とされることが一般的です。そのため、第三者割当増資は縁故募集とも呼ばれています。
第三者割当増資のメリット
第三者割当増資のメリットとしては、次の5点が挙げられます。
- 資金調達が可能になる
- 信用力の強化や事業規模の拡大
- 引受先との関係性が強固になる
- 返済の義務が生じない
- 株式付与の相手を選べる
第三者割当増資の大きなメリットが、資金調達のしやすさです。企業の理念や事業内容に共感してくれる株主に対して、新株を発行して新規の資金を得る方法であるため、確実性の高い資金調達方法といえます。
第三者割当増資を実施する場合には、信用力のある相手を選んで株式を発行することが可能です。そうすることで、これまで以上に引受先との関係性が良好になるだけでなく、資本提携・業務提携にともない経営の多角化を図れるようにもなります。
また、返済の義務が生じない点もメリットです。第三者割当増資では、出資企業に対して資金返済の必要はなく、調達した資金については、すべて自己資本になります。
第三者割当増資のデメリット
第三者割当増資のデメリットとしては、次の4点が挙げられます。
- 引受先は100%の議決権を取得できない
- 引受先は多額の資金が必要になる場合がある
- 株式の希薄化が生じる
- 増税の可能性がある
新株を引き受ける第三者は既存株主の株式が残るため、議決権を100%取得することはできません。100%の株式を取得したい場合は、他の手法や第三者割当増資と他の手法を組み合わせて行う必要があります。
もし支配権獲得を目的として第三者割当増資を行うのであれば、既存株主が保有している株式割合を意識しつつ、一定以上の新株を引き受けなければならないため、多くの資金が必要になることも考えられるでしょう。
また、保有割合が低下することも、既存株主にとってはデメリットです。状況によっては、優位な議決権割合を失うことにつながる恐れもあるでしょう。持株比率の低下にともない、企業・株主の関係性弱化や取引条件の見直しなどにつながる可能性も考えられるため、注意してください。
最後に税金面ですが、第三者割当増資を行うことで資本金が増えると、税負担がより多くなる可能性があります。具体的には、資本金が1億円を超えた場合、法人の軽減税率が適用されないため、法人税の負担額が増えてしまいます。
公募増資
公募増資も企業が資金調達するための手法の一つで、株式を一般の投資家に対して発行することによって各所から資金を集めます。
公募増資のメリット
公募増資で資金調達を行うことによるメリットとしては、次の4つが挙げられます。
- 株主層が拡大する
- 資金調達がしやすい
- 投資家の注目を集めやすい
- 株式の流動性が高まる
1つめのメリットが、公募増資にともなう株主層の拡大です。公募増資では、一般に広く募集をかけることになるため、さまざまな投資家が新たな株主として誕生します。
株主層が拡大することで、一部の株主による偏った企業経営を防ぐことが可能です。
2つめのメリットとして、資金調達がしやすいことが挙げられます。前述したように公募増資では一般に広く募集をかけて、さまざまな投資家が資金の出し手となるため、第三者割当増資よりも多額の資金調達ができる点も魅力です。
3つめのメリットが、公募増資によって投資家の注目を集めやすくなる点です。証券会社などを通じて募集をかけた公募増資情報が広まることで、これまで自社のことを知らなかった投資家の注目を集める良い機会になります。増資情報が広まれば、企業のビジネスモデルや成長戦略が再評価されることにもつながります。
4つめのメリットは、株式の流動性が高まる点です。株式の流動性とは、株式の取り引きや現金化のしやすさのことを意味します。人気がなくあまり売買されていない株式では、株を売却して現金化しようと思っても、なかなか売買が成立しません。
公募増資を行うと、発行株式数が増えるため、市場に流通する株式数も増え、流動性が高まって売買しやすくなります。
公募増資のデメリット
公募増資で資金調達を行うことによるデメリットとしては、次の3つが挙げられます。
- 配当金の支払いが増える
- 税負担が増える場合がある
- 会社にとって望まない株主が株式を持つ可能性がある
1つめのデメリットが、配当金の支払いが増大する点です。公募増資によって資金調達を実施すると、会社が発行する株式の総数が増えるため、これまで以上に配当金の支払いが増大してしまいます。
2つめのデメリットが、増資により税負担が増える場合があることです。例えば、税法では資本金1億円以下を中小企業と定めており、1億円を超えないのであれば、中小企業として税制上の優遇が受けることが可能です。
しかし、資本金が1億円を超えてしまうと、税制上の優遇措置が受けられなくなるだけでなく、新たに外形標準課税の課税対象にもなってしまうため注意しましょう。
3つめのデメリットは、望んでいない株主(アクティビストなど)が現れる可能性があることです。公募増資は一般の投資家に新たな株主になってもらう方法のため、新たな株主にどのような投資家がなるかわかりません。
株主割当増資の3つのメリット
株主割当増資による資金調達には、主に次の3つのメリットがあります。
- 株主構成が変わらない
- 調達した資金を返済する必要がない
- 自己資本比率が向上する
以下でそれぞれ解説します。
1.株主構成が変わらない
株主割当増資は、既存の株主に対して持ち株比率に応じて新株の割り当てを受ける権利を付与するため、株主構成が変わらないことが特徴です。既存の株主の全員が新株を引き受けた場合には、持ち株比率も変化せず、議決権の割合にも影響がありません。
そのため、株主割当増資は新たな株主が現れて経営判断に関与するということがなく、これまで通りの安定した経営を続けられることがメリットです。意図せずに、特定の株主の持ち株比率が高くなるといった事態も避けられます。
また、既存の株主側からみた場合にも、割り当てを受けた新株を引き受ければ、議決権の割合や配当金が減らないことがメリットといえます。
2.調達した資金を返済する必要がない
株主割当増資や第三者割当増資といった新株の発行による増資という資金調達方法は、金融機関などからの融資と異なり、返済する必要がないこともメリットに挙げられます。
事業用の資金を調達する方法には、銀行などの金融機関から借りる融資もありますが、返済する義務があり、通常、元金に利子を上乗せて返さなければなりません。
一方、株主割当増資など新株の発行による増資の場合には、出資金は返済する性質のものではなく、株主には利益の一部を配当金として還元します。
また、新規事業に対する融資など、金融機関がリスクが高いと判断したケースでは、そもそも融資が受けられず、資金調達ができないこともあります。株主割当増資では時価よりも低い価額とすることが多く、資金調達をしやすい傾向があります。
3.自己資本比率が向上する
総資本は自己資本と他人資本を足したもので、自己資本は純資産、他人資本は負債を指します。自己資本比率とは、総資本における自己資本の割合です。自己資本比率が高いほど、借入金に頼った経営を行っておらず、返済の負担が重くないため、財務の健全性が高いとされます。
株主割当増資によって資本金が増えると、相対的に自己資本比率が向上します。これにより、財務の健全性に関する評価が高くなり、金融機関からの融資が受けやすくなったり、広く出資を集めやすくなったりします。
株主割当増資の2つのデメリット
株主割当増資という資金調達の方法にはこれまで挙げてきたメリットがある一方で、デメリットも存在します。
- 大きな資金を調達できない
- 多くの費用や手間がかかる
2つのデメリットについて、以下で詳しく説明します。
1.大きな資金を調達できない
株主割当増資では、新株を引き受けるのは既存の株主に限定されるため、大規模な資金調達は難しい点がデメリットです。既存の株主を対象としているため、資金源が限られるとともに、すべての株主が新株の引き受けに応じるとは限りません。
また、株主割当増資は一般的に株式の発行価額を時価よりも安く設定することからも、調達できる資金が低く抑えられます。
2.多くの費用や手間がかかる
株主割当増資を行うには、取締役会や株主総会で募集要項を決定し、新株募集事項を公示した後、引き受け申し込みを受けて株式の割り当てをして登記変更を行うなど、手間がかかることもデメリットです。
既存の株主にとっては、全員が持ち株比率に応じて新株を引き受ければ、株主間のパワーバランスは変わらないため、特にメリットが感じにくいことから、理解を得るまでに時間を要することもあります。
また、登記に関わる登録免許税や司法書士報酬などの費用も発生します。
株主割当増資の流れ
株主割当増資による資金調達を行う際の手続きの流れを紹介していきます。
- 募集事項を決める
- 募集事項を株主に通知する
- 出資金を株主に支払ってもらう
- 登記申請を行う
それぞれのステップについて詳しくみていきます。
1.募集事項を決める
まず、株主割当増資を行う株式会社は募集事項を決定します。募集事項で定める項目は以下のものです。
- 募集株式の数
- 募集株式の払込金額または算定方法
- 金銭以外の財産を出資する場合は、現物出資の旨、資産の内容と価額
- 金銭の払込期日または払込期間、現物出資の場合は給付期日、または給付期間
- 新株発行によって、増加する資本金と資本準備金に関する事項
- 申し込み期日
募集株式の数とは、株主割当増資によって新株の割り当てを行う株式の数です。募集株式の払込金額は、新株として発行される募集株式1株に対する払い込み金額を指します。
現物出資は金銭以外の財産を出資する場合が該当します。現物出資は車やOA機器などの動産、不動産、債権、有価証券、特許権や実用新案権、商標権などの知的財産、営業権などの無形固定資産、ゴルフ場などの会員権が対象です。金銭以外の財産を出資する場合には、資産の内容や価額を決める必要があります。
金銭の払込期日または払込期間は、募集株式と引き換えに金銭の払い込みを行う期日や期間です。現物出資の場合の給付期日、または給付期間は、財産を引き渡す期日や期間です。
新株発行によって、増加する資本金と資本準備金に関する事項があるのは、払い込まれた出資金のうち2分の1を超えない額は資本金として計上せず、資本準備金として計上することもできるためです。
募集事項の決定方法をみていくと、会社法上、公開会社と株式譲渡制限会社とがあります。以下では、それぞれの場合について解説します。
公開会社の場合
公開会社とは、株式の全部または一部についての譲渡制限をしないことを定款で定めている株式会社のことです。公開会社では、原則として取締役会にて募集事項を決めます。
株式譲渡制限会社の場合
株式譲渡制限会社(会社法上の株式公開会社ではない会社)とは、定款で株式の全部について譲渡制限を定めている株式会社のことです。株式譲渡制限会社の場合は、定款の定めの有無により、取締役、取締役会、または株主総会のいずれかで募集事項を決定します。
- 定款で定めている場合:取締役会の決議で決定
- 定款で定めていない場合:株主総会の特別決議により定める
2.募集事項を株主に通知する
次に既存のすべての株主に対して、申し込み期日の2週間前までに、募集事項やそれぞれの株主が割り当てを受ける株式の数、引き受けの申し込みの期日の通知を行います。ただし、すべての株主の同意を得られる場合には、申し込み期日の2週間前までという通知の期間を短縮することが可能です。
そして、通知を受けた既存の株主が新株の引き受けを行う場合には、申し込みの手続きが必要です。申し込みを行う株主は、氏名または名称、住所、引き受ける募集株式数を記載した書面を提出します。
3.出資金を株主に支払ってもらう
既存の株主のうち、新株引き受けの申し込みを行った株主は、募集事項で定められた払込期日まで、あるいは払込期間の末日までに出資金の全額を指定された方法で払い込みます。
新株引き受けの申し込みを行っていても、期日までに払い込みを実施しなければ、新株の割り当てを受ける権利が失効してしまうため、注意が必要です。
タイムリミットは金融機関の窓口が閉まる15時までのため、あわせて注意しましょう。
4.登記申請を行う
株主割当増資を行った株式会社は株式の発行を行います。また、増資の効力発生日から2週間以内に、資本金額や発行株式数の増加の変更登記の申請が必要です。
法務局で変更登記を行う際には、以下の書類が必要です。
- 株式会社変更登記申請書
- 株主総会の議事録(非公開会社)
- 取締役会の議事録(公開会社や非公開会社でも取締役会で募集事項を決定している場合)
- 株主の氏名・名称、住所、議決権数などが記載された株主リスト
- 募集株式の引受けの申込みを証する書面
- 払い込みがあったことを証する書面として通帳のコピー
- 資本金の額の計上に関する証明書
法務局で登記申請が受理されると、登記手続きが完了となります。
株主割当増資の事例
大手企業の事例では、ソニー銀行株式会社は株主割当増資をたびたび実施し、ソニーフィナンシャルグループ株式会社が新株の割り当てを引き受けています。
2021年6月にもソニー銀行は株主割当増資を実施しましたが、ソニー銀行はソニーフィナンシャルグループ株式会社の100%出資による子会社のため、新株の割り当てを受ける権利を付与されるのはソニーフィナンシャルグループ株式会社のみです。
ソニー銀行が株主割当増資を行ったのは、個人向けの資産運用銀行として業績が好調であることを受けて、さらなる収益の向上のためです。ソニー銀行は株主割当増資を行う前の時点でも自己資本比率は健全な状態でしたが、自己資本を増やしてさらに盤石な財政基盤の確保を図りました。
参照元:
PR TIMES「ソニーフィナンシャルホールディングスによるソニー銀行の株主割当増資引受に関するお知らせ」
日本経済新聞「ソニーFHDとソニー銀行、ソニーFHDによるソニー銀行の株主割当増資引受について発表」
株主割当増資を行う際の注意点
株主割当増資を行う際には、他にも手続きが必要になるケースや、増税になる可能性があるケースがある点に注意が必要です。
発行可能株式総数を確認する
発行可能株式総数とは、株式会社において発行できる株式の数の上限です。会社法によって株式会社を設立する際に、定款で発行可能株式総数を定めることが義務付けられています。そのため、株主割当増資を行う際には定款で発行可能株式総数を確認する必要があります。
もし株主割当増資によって発行可能株式の総数を超える新株の発行を行いたい場合には、定款の変更が必要です。まず株主総会を開催して、特別決議による承認を得て、定款変更をしてください。
資本金
株主割当増資を行った結果、資本金が1億円を超えると、増税となる可能性がある点にも注意が必要です。資本金1億円以下の会社は所得金額800万円までの部分に対して、法人税の税率は15%の軽減税率が適用され、所得金額800万円を超えた部分は23.2%の税率となります。
しかし、資本金1億円超の会社は法人税の軽減税率の適用がなく、所得全体に対して23.2%の税率が適用されます。
まとめ
株主割当増資は株主構成が変わらず、安定した経営を続けやすいといったメリットのある資金調達方法です。一方で既存の株主は新株の引き受けを拒否することも可能であり、多額の資金を調達したい場合には向かないというデメリットもあります。第三者割当増資や公募増資など、他の資金調達の方法などと比較して、状況に合った手段を選択しましょう。
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