このページのまとめ
- 簿外債務とは貸借対照表に計上されない債務のこと
- 簿外債務は中小企業では珍しい話ではない
- 簿外債務には退職給付引当金や買掛金、未払いの残業代などがある
- デューデリジェンスで簿外債務をきちんと確認することが重要
- 簿外債務の発覚時には、買収価格の見直しやスキームの変更が効果的
M&Aを検討している方のなかには、簿外債務について不安を覚える方もいることでしょう。簿外債務は、M&Aの成功に大きな影響を及ぼします。しかしながら中小企業においては、簿外債務は珍しい話ではないため注意が必要です。
本記事では、簿外債務の内容や生じる理由、種類を詳しく解説します。さらに、簿外債務を回避する方法や発覚した場合の対処法、簿外債務がM&Aに影響を与えたシャープの事例についてもご紹介します。
目次
簿外債務とは
M&Aを実施する場合、簿外債務の把握は重要です。M&Aの実施後に簿外債務が発覚すると、M&Aにかかった投資資金を回収できないばかりか、経営の破綻につながる可能性もゼロではありません。
ここでは、M&Aの成功に大きな影響を及ぼす簿外債務について詳しく解説します。
貸借対照表に計上されない債務のこと
簿外債務とは、貸借対照表に記載されていない債務のことです。そもそも貸借対照表とは、会社の資産や負債を示すもので、貸借対照表を見れば、その企業が抱える負債がひと目でわかります。
しかし、なんらかの理由で貸借対照表に記載されない負債もあります。たとえば、他社の債務への保証であったり、係争中の損害賠償債務があったりといったケースです。このような債務は偶発債務といい、実際には損失が生じておらず、貸借対照表には記載されないため注意が必要です。
簿外債務というと、企業が故意に負債や債務を隠そうとしていると感じる方も多いですが、中小企業において簿外債務は珍しい話ではありません。
次に、中小企業における簿外債務について解説しましょう。
中小企業における簿外債務
中小企業において簿外債務が発生しやすいのは、税務会計を採用しているからです。税務会計とは、課税額を算出するための会計のことです。
税務会計では、企業が費用を多く計上して課税額を減らすことがないように、損金として計上できる勘定科目が決まっています。退職給付引当金や賞与引当金などの未確定な債務は、損金として認められていません。そのため、こういった債務をあえて貸借対照表に記載する企業は少ないのが実情です。
簿外債務の開示の必要性
M&Aにおいては、簿外債務の開示は必須です。M&Aでは、会計や法務デューデリジェンスにおいて必ず確認される要素です。また、契約書で表明保証の条項を設けるのが一般的であり、契約締結後に簿外債務が発覚した場合は、損害賠償責任を問われる可能性があります。
ただし、売り手側が気づいていない簿外債務もありえるため注意が必要です。売り手側は、書類を提示する際には、丁寧な調査をおこないきちんと簿外債務を把握しておきましょう。
意図的な「飛ばし」
企業が意図的に債務を隠す行為に「飛ばし」があります。飛ばしとは、含み損が生じている有価証券を決算期の異なる企業に簿価(購入時の価格)で購入してもらい、決算期を終えたら買い戻す取引のことです。
含み損のある資産があると財務状況は悪くなりますが、飛ばしを行うことで一時的に財務状況をよく見せられます。現在では、証券取引法により飛ばしは禁止されていますが、飛ばしのような簿外債務があることも覚えておきましょう。
簿外債務が生じる2つの理由
簿外債務が生じる理由としては、次の2つが挙げられます。
- 損金が発生した時点で帳簿に計上するため
- M&Aの交渉を有利に進めるため
それぞれの理由を解説します。
損金が発生した時点で帳簿に計上するため
中小企業で簿外債務が発生する理由としては、損金が発生した時点で帳簿に計上するのが一般的なためです。
退職金や賞与はほぼ間違いなく支給されるもので、貸借対照表に記載されるべき債務です。しかし、中小企業では、実際に支払ったあとに帳簿に計上するため、先々支払う予定の退職金や賞与などは、貸借対照表の債務に含まれていないことがよくあります。
M&Aの交渉を有利に進めるため
簿外債務が生じる理由のひとつは、M&Aの交渉を有利に進めるためです。
売り手側は、財務状況をよく見せ、より高く売りたいと考えます。そのためには、負債を少しでも減らしたいという思惑が働きます。
財務状況をよく見せるために、自己資本を実態よりも多く記載することも考えられますが、これは粉飾にあたり違法です。しかし簿外債務として負債を隠せば、一時的に良好な財務状況に整えられます。
M&Aを行うときは、誠実な対応が大切ですが、実際には簿外債務の存在を開示しない企業もあるのが現実です。
簿外債務のおもな種類
簿外債務には、いくつかの種類があります。以下に、簿外債務の種類と大まかな内容を表にまとめました。
簿外債務の種類 | 内容 |
退職給付引当金 | 支払う予定の退職金の引当金 |
賞与引当金 | 支払う予定の賞与の引当金 |
買掛金 | 支払いがすんでいない仕入れの代金 |
未払いの残業代 | 従業員への支払いがすんでいない残業代 |
リース債務 | ファイナンスリースの取引で発生する債務 |
未払いの社会保険 | 支払いがすんでいない社会保険料 |
債務保証 | 保証人や連帯保証人になっている場合に起こりえる債務 |
訴訟リスク | 現在行われている訴訟や、将来発生しうる訴訟 |
次に、それぞれのリスクについて詳しく解説します。
1.退職給付引当金
簿外債務のひとつに退職給付引当金があります。引当金とは、将来発生する特定の費用や損失に備えるために、あらかじめ計上しておく見積金額のことです。
退職給付引当金は、将来支払う予定の退職金の引当金で、会計上、損金として認められていません。そのため、簿外債務になりやすい勘定科目のひとつです。退職給付引当金は、外部に積み立てている年金資金があれば、その金額を差し引いて算出します。
退職制度を設けている会社では、退職給付引当金についてのチェックが欠かせません。
2.賞与引当金
賞与引当金も、簿外債務になりやすい勘定科目です。賞与引当金とは、従業員に支払う予定の賞与の引当金です。ほぼ確実に支払う賞与の引当金は、費用として計上する必要があります。しかし、退職給付引当金と同様に損金として認められていないため、簿外債務として見つかるケースが少なくありません。
賞与の規定があるにもかかわらず、賞与引当金が計上されていない場合は、簿外債務の有無をしっかりと確認しましょう。
3.買掛金
買掛金とは、取引先への支払いがすんでいない費用のことで、こちらも注意すべき簿外債務です。
本来は、買掛金が生じた時点で帳簿に記載するのが正しいやり方ですが、帳簿への記載漏れにより簿外債務となってしまうケースが珍しくありません。また、長年にわたり付き合いのある取引先の買掛金はいくつかまとめて計上することも多く、こういった慣わしも簿外債務の要因のひとつです。
ほかにも、電気代、ガス代などの未払い分の計上漏れも簿外債務となります。
4.未払いの残業代
未払いの残業代も、簿外債務となりやすい項目です。企業は従業員の残業代を正しく支払う義務があるものの、中小企業ではサービス残業が多く行われているのが現実です。
残業代を確認する場合、タイムカードなどの記録ではなく実際の残業時間で判断されるため、未払いの残業代が想定よりも多額になるケースがよく見られます。従業員から、残業したことが証明され請求されれば、支払い義務が生じるため注意が必要です。
未払いの残業代は、デューデリジェンスでの社長や会社幹部へのヒアリングで発覚するケースが多く、十分に気をつけるべき簿外債務といえるでしょう。
5.リース債務
リース債務も簿外債務のひとつです。リース取引とは、リース会社が企業にかわり機器や設備を購入し、長期間にわたりそれらを賃貸する取引のことです。購入するよりも費用を抑えることができるため、中小企業ではリース取引を多く利用しています。
リース取引は、大きくファイナンスリース取引とオペレーティングリース取引に分類されます。リース債務とは、このファイナンスリース取引によって借り手側に生じる負債のことです。
売買取引として処理する場合は、企業はリースしたものを資産、債務をリース債務として計上します。しかし、賃貸借取引として処理すると、リース資産とリース債務は計上せず、リース料の支払時に費用計上するため、リース債務が簿外債務となる可能性が高くなります。長期間のリースでは、リース債務が多額になることもあるため、リース債務についてもきちんと押さえておく必要があります。
6.未払いの社会保険
未払いの社会保険も簿外債務になりやすい項目です。とくに契約社員やパート社員の社会保険料は未払いになりやすく、デューデリジェンスで発覚するケースがよくあります。
M&Aでは、表明保証条項のなかで、社会保険の未払いへの対応を記載するのが一般的です。場合によっては、未払い分は買収金額から差し引かれます。
7.債務保証
債務保証も簿外債務になりえます。企業が他社や個人の保証人になっている場合、債務者が債務不履行に陥ると、保証人である企業が債務を負担しなければならないからです。
通常、債務保証は引当金を計上する必要がありますが、決算書にその旨と保証金額を記載するのみで処理するケースも珍しくなく、簿外債務になりやすいです。
8.訴訟リスク
訴訟リスクも簿外債務に含まれます。現在進行している訴訟だけでなく、将来起こりうる訴訟も対象です。
訴訟結果によっては、莫大な損害賠償責任を負うだけでなく、事業に必要な許認可まで取り消される可能性もあります。相手企業が持つ許認可を目的にM&Aを実施する場合は、とくに入念なデューデリジェンスが必要でしょう。
訴訟リスクは決算書には記載されないため、隠れた訴訟リスクがないかどうかをきちんと確認することが重要です。
簿外債務のリスクを防ぐ2つの方法
簿外債務のリスクを防ぐ対策としては、次の2点が挙げられます。
- デューデリジェンスを徹底する
- 表明保証を設定する
それぞれの対策について詳しく解説します。
デューデリジェンスを徹底する
簿外債務のリスクを防ぐ効果的な方法として、デューデリジェンスの徹底があります。デューデリジェンスとは、M&Aの過程で買い手によって行われる調査のことです。税務や法務、人事、経理などさまざまな分野において、それぞれの専門家によって行われます。
デューデリジェンスには、多額の費用がかかります。しかし、取り返しのつかないほどの簿外債務があると経営自体に大きな影響が出かねないため、多額の費用がかかっても入念に行わなければなりません。
表明保証を設定する
簿外債務を防ぐひとつの方法は、表明保証の設定です。表明保証とは、売り手が買い手に開示した企業の財務や法務に関する事項が、真実かつ正しいと約束するものです。表明保証を設定することにより、虚偽が発覚した場合に対応できます。
表明保証を設定しておけば、万が一、M&Aの実施後に簿外債務が発覚した場合でも、契約解除や損害賠償を請求できます。入念なデューデリジェンスでも漏れてしまった簿外債務に備えるために、表明保証の設定は必須です。
簿外債務が見つかった企業を買収するリスク
簿外債務がある企業を買収すると、大きなリスクを抱えることになります。多額の資金をかけてM&Aを実施する目的は、シナジー効果を得たり事業を拡大したりと、より大きなプラスαを得るためです。しかしながら簿外債務があると、M&Aに投じた資金すら回収が難しくなる場合も出てきます。
簿外債務が見つかった場合でも、対処できると判断できれば、M&Aをそのまま続行することもひとつの選択です。その場合は、買収金額にリスクを反映させたり、表明保証で備えたりと柔軟な対応が求められるでしょう。
簿外債務が発覚した場合の対処法
ここでは、簿外債務が発覚した場合の対処法を解説します。対処法については、実施前と実施後の2つのパターンで理解しておくことが大切です。事前に対処法を押さえておくことで、安心して交渉に臨めるようになります。
M&A実施前の対処法
まずは、実施前の対処法として、次の3つが考えられます。
- M&Aを中止する
- 買収価格を変更する
- M&Aのスキームを変更する
それぞれの対処法を詳しくお伝えします。
M&Aを中止する
発覚した場合の対処法として、最もシンプルな方法はM&Aの中止です。対応しきれないと判断した場合は、魅力的な相手であっても交渉を中止するほうが無難です。得られるメリットとデメリットを天秤にかけて慎重に判断しましょう。
買収価格を変更する
簿外債務が見つかった場合、事前に設定していた買収価格の変更もおすすめです。買収価格から簿外債務で発生する金額を差し引き、金額を見直して交渉を続行することも考えられるでしょう。
M&Aのスキームを変更する
簿外債務が発覚した場合、スキーム変更もひとつの選択です。簿外債務が限定的な場合は、スキームを株式譲渡ではなく事業譲渡に切り替える方法が効果的です。
株式譲渡の場合は、資産や負債を丸ごと引き継ぐことになりますが、事業譲渡であれば、引き継ぐ資産や負債を選べます。簿外債務がある場合は、スキームを事業譲渡に切り替え、獲得したい事業のみを選択しましょう。
M&A実施後の対処法
M&Aを実施したあとに簿外債務に気づいた場合は、表明保証を遂行しましょう。表明保証の内容どおりに、契約を解除したり損害賠償請求を行なったりします。契約したからといって、すべての責任を負う必要はなく、表明保証を設定することでセーフティーネットをかけられます。
簿外債務がM&Aに大きく影響したシャープの事例
2016年、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業股份有限公司は、日本の大手電機メーカーであるシャープ株式会社の買収を進めていましたが、シャープの簿外債務が発覚したことで、交渉が中断する場面がありました。
鴻海は、スマートフォンや薄型テレビなどの電子機器の受託生産を行なっている会社です。もともとシャープとは、液晶事業において相互補完関係にあったため、M&Aにより強固な協力関係が築けると考えていました。
一方、シャープは、液晶パネルへの巨額投資で失敗したことにより長らく経営危機にありましたが、鴻海の支援を受けることでパネル事業での復活を果たしたいとの思惑がありました。
この際、浮き彫りになった簿外債務は約3,500億円と巨額なものです。鴻海は、想定以上の簿外債務により買収を一旦延期しています。最終的には、当初予定した出資額よりも約1,000億円ほどの減額で話がまとまりました。
参照元:シャープ株式会社「第三者割当による新株式の発行並びに親会社、主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ」
まとめ
簿外債務とは、貸借対照表に計上されない債務のことです。おもな簿外債務には、退職給付引当金や未払いの残業代、買掛金などがあります。中小企業では、損金が発生した時点で帳簿に記載することが多く、簿外債務は珍しくありません。そのため、M&Aを行う際には入念なデューデリジェンスが重要です。
レバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社は、M&A全般を支援する会社です。経験豊富なコンサルタントが担当するため、中小企業とのM&Aにおける簿外債務が不安という方も安心してご相談ください。
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