このページのまとめ
- マーケットアプローチは、企業価値を算出する方法のひとつ
- マーケットアプローチのメリットは、公開された指標を使うため客観性が高いこと
- マーケットアプローチのデメリットは、比較できる企業がない場合に評価が困難なこと
- マーケットアプローチには、類似企業比較法・類似取引比較法などの種類がある
M&Aで企業価値を評価するにあたって、マーケットアプローチは自社にとって有利かどうか気になっている方もいるのではないでしょうか。マーケットアプローチは、公開された指標を使うため客観性が高い点がメリットです。
本記事では、マーケットアプローチのメリットとデメリットを解説しています。また、マーケットアプローチの類似企業比較法を使った計算例も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
目次
マーケットアプローチとは
ここからは、マーケットアプローチの概要について解説します。
マーケットアプローチは企業価値を算出する手法
マーケットアプローチは、M&A(企業買収)における企業価値の算出方法のひとつです。同業他社の時価総額や類似する買収事例などを比較することにより、企業価値を算出します。
マーケットアプローチは、類似企業比較法・類似取引比較法・市場株価法・類似業種比較法の4種類に分類可能です。後述するように、業界やM&Aの目的によって、それぞれ使い分けられています。
マーケットアプローチ以外の企業価値算出方法
マーケットアプローチ以外の企業価値算出方法には、「コストアプローチ」と「インカムアプローチ」の2種類があります。ここでは、それぞれの特徴やメリットデメリットを解説します。
コストアプローチ
コストアプローチとは、評価対象企業の純資産額を基準に、企業価値を算出する方法です。賃借対照表の情報をもとに、評価を行います。
コストアプローチは賃借対照表を使用できるため、中小企業のM&Aで活用されます。明確な価値が評価しにくい中小企業のなかでも、賃借対照表のデータであれば客観的な指標を得られやすいからです。また、特別な財務指標が必要なく、計算が簡単な点も、中小企業で使用される理由の1つです。
ただし、コストアプローチは現在の純資産額を基準にしているため、将来的に得られる収益を企業価値に反映しない点に注意しましょう。
インカムアプローチ
インカムアプローチとは、将来得られる収益を基準に、企業価値を算出する方法です。算出する際には、キャッシュフロー計算書や損益計算書を使用します。
インカムアプローチのメリットは、将来得られるであろうキャッシュを、企業価値に乗せて計算できる点です。そのため、スタートアップ企業やベンチャー企業などの価値を評価する際に使用されています。
ただし、インカムアプローチは客観性に欠ける点に注意しましょう。事業計画を基準に価値を決めるため、事業計画の精度次第で信頼性が変わります。
マーケットアプローチ、コスト・アプローチ、インカムアプローチのそれぞれの特徴は、以下のとおりです。
企業価値算出手法 | 特徴 |
マーケットアプローチ | 同業他社の時価総額や類似する買収事例などを比較して企業価値を算出 |
コストアプローチ | 評価対象企業の純資産額を基準に、企業価値を算出 |
インカムアプローチ | 将来得られる収益を基準に、企業価値を算出 |
関連記事:企業価値とは?計算方法や高めるための4つの方法をわかりやすく解説
マーケットアプローチのメリット3つ
マーケットアプローチのメリットは、主に以下の3つです。
- 公開された指標を使うため客観性が高い
- 計算式に当てはめれば評価できる
- 市場の需要や傾向などの環境を反映しやすい
各メリットを解説します。
1. 公開された指標を使うため客観性が高い
客観性が高い点が、マーケットアプローチを使うメリットとして挙げられます。株価や財務指標など、市場の公開データを用いることが、高い客観性を保てる理由です。
客観性の高いマーケットアプローチを採用することで、誰が実施しても同じような結果になるでしょう。特定の個人の偏った判断により、評価が大きく左右されることも基本的にありません。
2. 計算式に当てはめれば評価できる
計算式に当てはめるだけで企業価値を評価できる点も、マーケットアプローチのメリットとして挙げられます。比較的容易に計算できるため、インカムアプローチよりもスムーズに評価できるでしょう。
株価や財務指標などは、公開されている情報から集められるため、情報収集にも時間がかかりません。その結果、低コストでの企業価値評価が可能です。
3. 市場の需要や傾向などの環境を反映しやすい
市場の需要や傾向などの環境を反映しやすい点も、マーケットアプローチのメリットです。
マーケットアプローチでは、実際に市場で取引されている株式の価格(株価)を使います。景気動向や企業の業績、競争環境などによって値が左右される株価を使うことにより、市場のトレンド・価格動向を織り込んだ企業評価ができるでしょう。
マーケットアプローチのデメリット2つ
マーケットアプローチのデメリットは、主に以下の2つです。
- 株式市場の流れに影響されやすい
- 比較できる企業がない場合に評価が困難
各デメリットを詳しく解説します。
1. 株式市場の流れに影響されやすい
株式市場の流れに影響されやすい点が、マーケットアプローチのデメリットです。マーケットアプローチは市場のトレンドを盛り込める分、万が一株価が過剰に反応した際に適切な評価をできない可能性があります。
とくに、流動性が低い株式を発行している企業を比較対象に選ぶ際は注意が必要です。流動性が低い場合、企業の業績発表やポジティブ(ネガティブ)なニュースが出た直後に、株価が極端に上がる(下がる)ことがあります。比較対象の企業の株価が異常な動きをした場合、マーケットアプローチでは適切な評価ができません。
2. 比較できる企業がない場合に評価が困難
比較対象の企業が見つからない場合に、マーケットアプローチで評価できない点もデメリットです。とくに、今までにない新たな商品やサービスを提供するスタートアップの場合、比較対象企業を見つけられない可能性があります。
マーケットアプローチ・コストアプローチ・インカムアプローチのメリット・デメリットの比較については、以下の図表を参考にしてください。
企業価値算出手法 | 主なメリット | 主なデメリット |
マーケットアプローチ | 市場環境を反映しやすい | 比較対象の企業がない場合に、評価が困難 |
コストアプローチ | 計算が簡単で、中小企業でも使用できる | 将来的な収益を反映できない |
インカムアプローチ | 将来性のように不確かな要素も計算できる | 事業計画の精度によって左右されるため、客観性に欠ける |
マーケットアプローチの種類
マーケットアプローチの種類は、大きく分けて4種類です。
- 類似企業比較法
- 類似取引比較法
- 市場株価法
- 類似業種比較法
それぞれについて解説します。
1.類似企業比較法
類似企業比較法とは、評価対象企業と似ている上場企業を参考に、株式価値の算出を行う方法です。代表的な計算方法には、下記の3種類があります。
- PBR法
- PER法
- EBITDA法
類似企業比較法では、「売上高」「営業利益」「EBIDATA」のように、財務指標に掲載されている指標を用いて計算を行います。参考になる上場企業さえ見つかれば、企業価値を算出しやすい点がメリットです。一般的には、類似する企業を複数選定し、企業価値を算出します。
PBR法
PBR法は、株価純資産倍率を使用して企業価値を算出する方法です。PBRは、企業の時価総額が、純資産の何倍で買われているかを示しています。株価を1株あたりの純資産額で割れば、算出可能です。
たとえば、株価が3,000円であり、1株あたりの純資産額が2,000円だったとしましょう。この場合、「3,000円(株価)÷2,000円(純資産額)」で、PBRは1.5倍になります。
PBR法は、マーケットアプローチのなかでも算出が行いやすい手法です。投資候補が多い場合、対象と対象外の企業を簡単に分けられることからも使用されています。
買い手企業が投資対象を選ぶ場合、PBRの目安は1倍とされています。1倍を下回れば、時価総額が純資産額を下回って割安になるため、投資の価値があると判断されます。
PER法
PER法は、株価利益率を使用して企業価値を算出する方法です。1株あたりの利益に対し、株価が何倍で購入されているかを示します。算出したPERは似ている上場企業のPERと比較を行うことで、評価対象企業の株価が割高かどうかを判断します。
PERの算出方法は、「株価÷1株あたりの純利益」です。たとえば、株価が3,000円で1株あたりの純利益が300円だったとしましょう。この場合、「3,000円(株価)÷300円(1株あたりの純利益)」でPERは10倍になります。
PERに関しては、投資金額を回収できる年数扱いも可能です。もし、PERが10倍の場合、対象企業が10年間同じ利益を出し続けることができたら、10年で投資を回収できます。
PERは比較を行う上場企業でも算出しましょう。算出した上場企業の結果が、PERが10倍を上回るなら対象企業は割安、下回るなら割高になります。
EBITDA法
EBIDATAとは、「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization」を略したものです。日本語では、「金利の支払い前」「税金の支払い前」「減価償却費やその他の償却前利益」を表しています。
EBIDATA法は、「支払い利息」「税金」「減価償却費」の3つを利益から控除し、比較を行う方法です。
EBITDA法は、マーケットアプローチのなかでも公平に収益性を算出できます。税金は国によって異なり、支払い利息は融資の状況次第で変化するからです。また、減価償却費も計算方法が複数あることから、違いが生まれやすい要素を排除して計算を行うことで、価値算出が実施しやすくなります。
企業価値を評価する場面では、事業価値を示す「EV」をEBIDATAで割った「EV/EBITDA倍率」を使用します。EV/EBITDA倍率は、倍率が低いほど、買い手は投資資金を短期間で回収できることを示す指標です。
2.類似取引比較法
類似取引比較法とは、過去のM&A取引と比較を行い、株式価値の算出を行う方法です。上場企業がM&Aを行う際に、よく使われています。
類似取引比較法は、M&A取引の実績が多く、取引価格を算出するための指標が根付いている業界では有効です。しかし、過去事例の売り手企業の財務情報が入手できないケースも多く、その場合には算出が難しくなります。
汎用性に関しては、類似企業取引の方が高く、使いやすい手法です。
3.市場株価法
市場株価法は、対象企業の株式市場価格を基準に評価を行う方法です。上場企業同士を比較する場合のみ使用できます。
評価を行う際には、過去数ヶ月間の平均株価を算出し、評価額として扱いましょう。急激な株価変動の影響を受けやすいことから、影響を抑えるために平均株価で評価します。
4.類似業種比較法
類似業種比較法は、国税庁が財産評価を行う際に使用している手法です。グループ内の関連企業間で相続を行う際の、株式評価に用いられます。株価を操作して、不正に利益を得ていないか確かめる必要があるからです。
類似業種比較法は、現時点の財産評価を行う目的で使用されます。しかし、用途が限定されるため、M&Aではあまり使用されません。
マーケットアプローチによる計算方法(類似企業比較法)
マーケットアプローチで計算する流れは、以下のとおりです。ここでは、例としてEBITDA法を用います。
- 評価する企業と類似する企業を見つける
- 選択した類似企業のEVを計算する
- EVやEVITDAなどの指標を使って倍率を計算する
- 対象企業のEVを計算する
- 対象企業の株式価値を計算する
各手順ですべきことを解説します。
1. 評価する企業と類似する企業を見つける
マーケットアプローチの類似企業比較法を使う場合、まず類似企業を探します。同業種で、売上などの規模が同じくらいの企業を探しましょう。
なお、たとえ同業種・同規模であっても、手がけている事業内容がまったく同じケースは多くありません。事業内容が同じ企業が見つからない場合は、対象企業と似た条件の企業を数社挙げてそれぞれの倍率を計算し、最終的に平均値もしくは中央値を使って算出することが一般的です。
2. 選択した類似企業のEVを計算する
類似する企業を見つけたら、EV(企業価値・事業価値)を計算します。EVを計算する方法は、以下のとおりです。
- EV = 時価総額(株式価値) + 有利子負債 − 現預金
- 時価総額 = 1株あたり株価 × 発行済株式総数
金融庁のEDINETで「書類簡易検索」を利用し、比較する会社の有価証券報告書を検索すれば、現預金や有利子負債などの情報を確認できます。
3. EVやEVITDAなどの指標を使って倍率を計算する
2で計算したEVを使って、比較する企業の倍率(マルチプル)を計算します。倍率の計算で、EVと一緒に使う主な指標はEVITDAです。
EVITDAは、以下の式で計算できます。
EVITDA = 税引前当期純利益 + 特別損益 + 支払利息 + 減価償却費
EVをEVITDAで割った値が、倍率(EV/EBITDA倍率)です。
4. 対象企業のEVを計算する
3で計算した倍率を使って、企業価値を評価する企業のEVを計算します。対象企業のEVを計算するにあたって、あらかじめEBITDAを算出しておきましょう。
対象企業のEVの計算式は、以下のとおりです。
類似企業のEV/EBITDA倍率(3の計算結果) × 評価対象企業のEBITDA
なお、類似企業が複数存在する場合は、平均値(もしくは中央値)を「類似企業のEV/EBITDA倍率」とします。
5. 対象企業の株式価値を計算する
対象企業のEVがわかれば、株式価値も計算できます。株式価値を計算する方法は、以下のとおりです。
株式価値 = EV − 純有利子負債(有利子負債 − 現預金)
今回のように、マーケットアプローチ(類似企業比較法)を使ってM&Aの取引価格を交渉する際は、1から5までの過程を経て計算した株式価値を使うことが一般的です。
企業価値(EV)と株式価値の違い
企業価値が企業全体の価値を示したものであるのに対し、株式価値は企業価値のうちの株主に属する部分である点が違いです。企業価値は、「株式価値」と「債権者価値(債権者に返済しなければならない金額)」に分類できます。
また、企業価値と事業価値も混同しやすいです。事業価値は、企業価値のうち「非事業価値」を除く事業自体の価値を指します。
なお、状況やメディアによってEVを事業価値と訳すケースと、企業価値と訳すケースがあるため、注意しましょう。
マーケットアプローチを使用した企業価値評価の例
マーケットアプローチを使用し、実際に企業価値を評価してみましょう。ここでは、EV/EBITDA倍率を使用して、算出を行います。対象企業のA社と、類似企業を比較してみましょう。企業価値を評価する2つの企業情報は、次のとおりです。
A社の情報
科目 | 金額 |
現預金 | 5,000万円 |
有利子負債 | 1億円 |
税引前利益 | 3,000万円 |
支払利息 | 200万円 |
減価償却費 | 500万円 |
類似企業の情報
科目 | 金額 |
株式価値 | 2億 |
現預金 | 5,000万円 |
有利子負債 | 1億円 |
EVIDATA | 5,000万円 |
まずは、類似企業の企業価値を算出します。企業価値の算出方法は次のとおりです。
『株式価値+有利子負債-現預金=企業価値』
類似企業の情報を当てはめると、「2億円+1億円-5,000万円=2億5,000万円」になります。
次に、類似企業のEV/EBITDA倍率を算出します。EV/EBITDA倍率の算出方法は、次のとおりです。
『企業価値÷EBITDA=EV/EBITDA倍率』
類似企業の情報を当てはめると、「2億5,000万円÷5,000万円=5倍」になります。
続いて、対象企業A社のEBITDAを算出しましょう。EBITDAは、次の式で算出できます。
『税引前利益+支払利息+減価償却費=EBITDA』
上記の式を使うと、「3,000万円+200万円+500万円=3,700万円」になります。
さらに、A社の企業価値を算出しましょう。A社の企業価値の算出は、次の式で行います。
『EBITDA✕EBITDA倍率=企業価値』
上記の式を使うと、A社の企業価値は「3,700万円×5倍=1億8,500万円」です。
最後に、A社の株式価値を算出します。以下の式で算出しましょう。
『企業価値+現預金-有利子負債=株式価値』
上記の式を使うと、「1億8,500万円+5,000万円-1億円=1億3,500万円」になります。EV/EBITDA倍率を使用した結果、A社の株式価値は1億3,500万円と算出できました。
まとめ
マーケットアプローチとは、企業価値を算出する方法のひとつです。同業他社の時価総額や類似する買収事例などを比較することで、企業価値を算出します。
マーケットアプローチのメリットは、公開された指標を使うため客観性が高い点です。ただし、比較できる企業がない場合に評価が困難な点がデメリットとして挙げられます。
マーケットアプローチは、類似企業比較法・類似取引比較法・市場株価法・類似業種比較法の主に4種類です。類似する企業を見つけて、EVやEVITDAなどの指標を使うことで、価値を評価できます。
ただし、類似する企業や過去の取引事例が見つからない場合は、マーケットアプローチを用いて企業価値を算出することは難しくなります。その場合、インカムアプローチなどを使用することが多いですが、計算が複雑になるため、専門家に相談することをおすすめします。
M&AならレバレジーズM&Aアドバイザリーにご相談を
レバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社は、M&A全般をサポートする仲介会社です。実績を積み重ねたコンサルタントが、相談から成約まで一貫してサポートを行っています。
企業価値の算定に関しても、的確なサポートを実施します。料金に関しては、M&Aの成約時に料金が発生する、完全成功報酬型です。M&A成約まで、無料でご利用いただけます(譲受側のみ中間金あり)。無料相談も実施しています。
M&Aでの売却を検討している方は、ぜひレバレジーズM&Aアドバイザリー株式会社にご相談ください。